Return to race 作:はるりん
アンケート結果が発表されるまでは、ただひたすらにテイオーの身体能力の向上に努めた。特に体幹トレーニングは以前よりも3倍近く増やしている。重心をいかに逸脱させずに走れるかという課題においては、いわゆるインナーマッスルが必須となってくる。
「さあ、あと2周だ! やれば出来るじゃないかテイオー君!」
「ひいぃ、しんどいよぉ〜!」
「ほら腰が落ちてきてる! ここで踏ん張れなければレースでも同じように折れてしまうぞ!」
タキオンもスパルタだな……と思ったが、ノートに記した通りの練習内容だから俺も同罪だった。大人しく受け入れてくれテイオー。
「これが終わったら走り込みだ。ついでに重心を上手く使うとどうなるかも教えておこう」
「今それどころじゃないぃ……」
ごめん、わざと。
◼️
「走り込みの前に……力比べしようか」
「え、ボクが勝つよ?」
「言ったな? 絶対に負けねえからな」
ルールは簡単。手のひらは上に向けて真っ直ぐ腕を伸ばしてもらい、俺がその腕を全力で押し下げる。肩の角度が45°くらい下がれば俺の勝ち。耐えればテイオーの勝ちだ。腰への負担を避けるために、足は軽く広げて膝は曲げてもらった。
バカにしたような視線を向けられたから大人気なくやってやる。
「ぬおぉぉぉお……!」
「ほんとに全力なの? 遠慮しなくても大丈夫だよ?」
「これが全力だっ……ぶはっ、無理!」
アホか。勝てるわけないだろうが。
「コーチもまだまだだね〜」
「くっそ、もっかいやるぞ!」
「何回やっても一緒だってば」
「そう言うなよ。いくぞ?」
右手を彼女の手のひらに乗せ、右足をその真下に踏み出す。
そして手を押し下げると同時に、足を地面から軽く離した。
「わっ、とと!?」
「よし勝った!」
「むむむ、えいっ!」
「う、おわっ!?」
調子に乗った瞬間、軽く放り投げられてしまった。
少し恐怖心を覚えるくらいには宙に浮いた。ウマ娘って怖い。
「まあ、力じゃ勝てないわな」
「やけに力が強かったというか、重かったというか……」
「それが重心だ。テイオーの手のひらに体重の殆どを乗せたんだ」
それでも吹っ飛ばされたから格好つけて言えるものでもないんだけどな。
「重心移動+体重移動。この2つを限界まで滑らかに出来た時、誰にも負けない走りが実現する」
「誰にも、負けない……」
「ただし。フォームが完成したからといって油断は禁物だ。馬場の状況やレース展開によっては100%の走りが出来ないこともある……というより出来る方が少ないな」
「『8割の力でレースに勝て!』って、そういう事だったんだ。ボクの脚を守るためだと思ってた」
「勿論テイオーの脚も考慮してるさ。なんなら7割でもいいくらいだ」
スピードと瞬発力は鍛えれば誰よりも伸びるが、逆にスタミナとパワーはマックイーンには届かない。ならば、第4コーナーからゴールまでの直線で全員纏めて差し切れる状況を作ればいい。クビ差だろうがハナ差だろうが、1cmでも先にゴールを通過すれば勝ちだからな。
「第4コーナーまで落ち着いてポジションを確保する。好位置で第4コーナーを回ればこっちのもの……と言いたいが、それは皆同じだ。つまり身体をぶつけてくる時もある」
「その為の体幹トレーニングさ。ぶつけられたら、ぶつけ返して萎えさせるくらいの勢いでだな……」
「それは気持ちだけに留めておいてくれ。本当にすると降着も有り得るからな」
ぶつかってきた相手が降着になるのはいいが、それが原因で本来のレースが出来なくなるのは好ましくない。冷静さと負けん気を最後まで失わなかった時にこそ、チャンスは自ずと見えてくる。
「コーナーを回る際の遠心力でぶつかってしまうケースもある。そんな時でもフォームを大きく崩されないパワーが必要なんだ」
「速く走れたらOK、って訳でもないんだね」
「逃げるならそれが正解だがな」
「スズカ先輩はそうだったなぁ……アメリカでも、元気にしてるのかな」
サイレンススズカにも、いずれは会わなくてはならない。
……今はテイオーの事を考えよう。
「俺も心配ではあるが、今は練習時間だ。しっかりウォーミングアップして走ってこい」
「うん!」
スピカにとって、スズカの事故はいつまで経っても忘れることの出来ないものなんだと痛感させられた。スピカのメンバー以外にも当てはまる者はいるだろうが、やはり同じチームメイトの事故というのは辛いものだろう。
「『プランB』は、上手くいくのだろうか」
「……珍しすぎるぞ、タキオン。お前が弱音を吐くなんて」
「私をなんだと思っているんだい?」
尻尾でペシペシ叩いてきた。地味に痛い。
「実験対象に感情移入するのは科学者として望ましくない。しかし同じウマ娘として、私のような絶望はもう味わって欲しくないのだよ」
「彼女にとって、この提案が良かったのかどうかさえ考えてしまう」
「一度骨折しても尚走りたいという意気込みに、私は引き寄せられた。彼女ならば、『プランB』を完遂出来ると思ってしまったんだ」
「私はこの選択をとって良かったのだろうか」
「……クサイ台詞にはなるが、俺がいるだろう。何かあれば、俺を身代わりにしろ」
一瞬だけ不意をつかれたような表情を見せ、すぐに彼女は目を細めた。
「随分とおちゃめになったではないか、コーチ」
「お前も随分明るい表情をするようになったぞ?」
「長年の研究がようやく身を結ぼうとしているんだ。本来なら舞い上がっているところさ!」
白衣の袖をグルングルン回して嬉しそうに跳ねるタキオン。
「まだまだこれからだ。頼むぞ、タキオン」
「こちらこそ頼むよ。コーチ」
ヘトヘトになったテイオーを迎え入れ、今日の練習を終えることにした。
◼️
翌週。
トウカイテイオーの臨時トレーナーを正式に認められたと同時に、たづなさんが俺たちのサポートをする事になった。