司波深雪にTSしてしまったのだが   作:からすみ

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第1話

ㅤTS。たとえば、元々男性だった人間が女性になること。その逆もあり得る。

 

ㅤそして今、俺はその事態に直面していた。昨日まではしがない男子大学生だった筈の俺。それなのに目が覚めたら、幼い少女になっていたのだ。

ㅤ眠る前まで、特に変な兆候は無かった。アニメを観ながら酒を飲み、意識も虚ろな状態で布団には入ったが……それもいつものこと。もしかしたら、そこで運悪く死んでしまったのだろうか。急性アルコール中毒とかで。

 

「でも……。女に転生って……なぁ? ──それにしても……」

 

ㅤそう呟き、自室にあった全身鏡の前に立つ。目の前に映るのは、下着姿の小学生一年生くらいの少女。まだ胸は小さいからか、ブラジャーはつけていない。せっかくなので、服を脱いで自分の身体を見ているのだ。

ㅤしかし、何だか変な気分。バ美肉、ってこういうことなのだろうか。鏡に映る自分が、とても可愛いのは確かだ。けれども、どうも気後れする。一応、俺の筈なのに。

 

「どうしよう……」

 

ㅤどうしていいか分からず、しゃがみこんで頭を抱える。

ㅤその時だった。ノックの音が鳴る。そして、扉の向こうから「深雪さん?」という声がした。俺はハッとする。だって、今の自分は下着姿なのだから。慌てて、再び布団へと潜り込む。

 

「おはようございます、深雪さん。……あら?」

 

ㅤ部屋へと入ってきたのは、若い女性だった。とても人の良さそうな、穏やかな女性だ。

 

「どうしたの? いつもなら、私が入ってくるときには目が覚めているのに……具合でも悪い?」

 

ㅤ心配そうな顔をして、彼女は俺の額にそっと手を当てた。ひんやりしたその手は、何だかとても気持ちが良い。

 

「いっ、いえ……そうじゃないの。俺……じゃなかった。えっと、多分……私、あまりよく眠れていなくて」

 

ㅤそう答えた瞬間、頭に様々な記憶が流れ込んできた。それが何なのか、直感的に理解する。これは少女の今までの記憶――それの「知識」だ。

 

「うぅ……」

 

ㅤキリキリと頭が痛む。叫び出したいほどの苦痛だ。人が横にいるということも忘れて、反射的に身体を丸める。

 

「深雪さん!? どうしたの?」

 

「痛いの……。頭が、すごく……」

 

ㅤ途切れ途切れながらも、何とか症状を伝える。すると、「私」はなんだか気が遠くなってきた。頭に靄がかかったような、そんな感じだ。だから、身体の欲求に任せて目蓋を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤ目が覚めた「私」は、自分の身に何が起こったのかをゆっくりと思い出していた。先程流れ込んできた知識と、以前から持ち合わせていた自分の知識を照らし合わせることで、自分の身に何が起きたのかをハッキリ理解できるようになる。

 

ㅤ転生したのはどうやらアニメの中の世界らしい。というのも、「魔法科高校の劣等生」のメインヒロインである「司波深雪」になっていたのだ。正確には、成り代わったと言うべきか。

ㅤ原作での彼女は、とにかく容姿端麗で成績優秀。だけど、ちょっぴり……いや、恐ろしいほどにブラコンの少女。ことあるごとに、兄を褒め称えている。そんなキャラクターに!? ちょっと、荷が重すぎではないか。

 

ㅤこの「魔法科」世界では、血筋の良さがモノを言う。魔法の才能の多くは、血統に依存しているからだ。魔法技能師開発研究所をルーツとする十師族を頂点とし、その後に百家などが続く。魔法師業界は、そうしたピラミッド構造である。

ㅤそして、司波深雪の生家は十師族の一つである「四葉家」。つまり、天稟なる魔法師の才を約束されているということ。

 

ㅤ深雪の固有魔法は「コキュートス」。精神そのものを「凍る」という事象をもって停止する魔法。また、その才能は精神だけでなく現実にも影響を及ぼし、「冷却魔法」という形でも現れていた。その為、広域減速魔法「ニブルヘイム」などを原作の彼女はとても得意としている。

ㅤ魔法師としてならば、絶対やっていけるだろう。だが、それ以外の人生のことを考えると……どうだろうか。原作通りなら、私はあの「お兄様」との結婚ルートなのだ。普通に嫌である。

 

「──深雪さん、具合はどう?」

 

ㅤ部屋に女性が入ってきた。今ならば、彼女が誰なのかも分かる。桜井穂波――私の母である司波深夜のガーディアンであり、私達の身の回りの世話も請け負っている人だ。

 

「もう大丈夫……少し眠ったら、楽になったの」

 

「そう? じゃあ、寝不足だったのね……食欲はある? お昼は食べられそうかしら?」

 

ㅤそう問われた途端、急に空腹を感じた。朝ごはんを食べていないからだろう。

 

「えぇ……お腹が空いたわ」

 

「ふふ。じゃあ、持ってくるわね」

 

ㅤ穂波が持ってきてくれた食事を食べながら、私は状況を改めて整理する。

ㅤ自分の中にある知識では、この家――四葉家が用意したマンションである──に住んでいるのは、私と深夜、穂波の3人。達也は本家の何処かに押し込められているらしい。

 

「まだ、あの『お兄様』は私のガーディアンに任命されてないのかしら。まぁ、達也の魔法は基本は距離に依存しないから、単に訓練場に近い場所で過ごしているだけかも」

 

ㅤ四葉家にある訓練場での戦闘訓練は、実戦に重きを置いた過酷な訓練である。四葉家の血縁の子女、また四葉に所属する使用人はそこで訓練を受けるのだ。

ㅤだが、私はそれを義務付けられていない。戦闘訓練をしていない訳ではないが、大規模魔法による制圧作戦だけをピンポイントで学んでいる。魔法力の高さがあるので、他の方法はいらないという理由らしかった。

 

「……いや、良い訳ないじゃん!」

 

戦術を固定化すれば、いずれパターンが読まれてしまう。誰も何も言わなかったのか。

ㅤきっと、お兄様がいるからだろう。彼を厭う関係者達も「戦闘能力だけならば、四葉内でも随一を争う」と評価しているのだ。彼がガーディアンでいる限り、私が死ぬことはほぼ有り得ない。

ㅤしかし、私は彼に依存する訳にもいかないのである。そうなると、結婚ルートまっしぐら。絶望のゴールインだ。

だって、私は今でこそ女の子だけれども。元々の男の感覚も持ち合わせている。あの「お兄様」とあんなことや、こんなこと……考えるだけで、最悪だ。

 

「実力だ、実力を付けないと……」

 

ㅤボソボソと呟く私。やっぱり、必要なのは近接戦闘のスキルか。力押し一辺倒だけではない、技巧を凝らした戦い方が必要な気がする。

 

「……お母様に相談してみようかしら」

 

ㅤ食器の載ったトレーを持ち、ダイニングの方へと向かう。そこでは、穂波が食器の片付けをしていた。

 

「あっ、食べ終えた? 言ってくれたら、下げてあげたのに」

 

「大丈夫、もう元気だもの。美味しかったわ。ありがとうね、穂波さん」

 

「いえいえ、どういたしまして」

 

ㅤ彼女は照れたようにはにかんだ。そして、「褒めてくれるなんて珍しい」と言った。どうやら今までの深雪は、そういったことをあまり言わなかったらしい。言えよ。

 

「ところで……お母様は?」

 

「奥様ですか? 今日はお加減の方もまずまずらしくって……ベランダでお茶を召し上がっていらっしゃるわ」

 

「そう、ありがとう!」

 

ㅤ私はベランダまで駆け足で急ぐ。穂波の言う通り、深夜はティータイム中であった。

 

「――お母様!」

 

「……深雪さん! もう体調は大丈夫なの?」

 

ㅤわざわざ席を立ち、彼女は私の方へと近づいてきた。心配そうな顔で、私の額に手を当てる。

 

「はい、大したことなかったみたいです。先程、食事を済ませましたし」

 

「良かったわ……」

 

ㅤ椅子に座り直す深夜に合わせ、私もベランダの端にあった椅子を持ってきて座る。

 

「そうそう、お母様。私、相談したいことがあるんです」

 

「相談?」

 

ㅤ私は頷き、話を切り出す。「近接戦闘のスキルを磨きたいのだが、どうすれば良いのか」ということだ。

 

「近接戦闘? 必要ないでしょ、そんなもの」

 

ㅤあっさり切り捨てられた。まぁ、深夜も四葉の関係者なのだから考え方の方針は同じなのだろう。

 

「そんなことないです。本当に近接戦闘スキルを使用する事態は私も考えていませんけれど、もっと『実戦』に対する覚悟みたいなもの……それが必要だと思いますわ。いざ魔法で人を殺さなくてはいけない時に、迷いで威力をセーブしてしまっては……。自分が危ないですもの」

 

「その為に、達也がいるんでしょう? そうじゃないと、あれを貴女のガーディアンとして付けないわ」

 

ㅤやはり、達也は既にガーディアンとしての任についているらしかった。穂波といる時はともかく、単独で移動する時は達也が付いてくるのだろう。

 

「でも……私、何だかイヤですもの」

 

「嫌って……。貴女、昔に真夜がどんな目に遭ったか分かってないの?」

 

「だからこそ、不意打ちに強くなるべきなのではないですか? ガーディアンなんていたら、警戒心が薄れてしまいますわ。黒羽の……亜夜子ちゃんなどには、ガーディアンは付いていないではないですか」

「黒羽と貴女は違うのよ」

「でも……私、亜夜子ちゃんに負けたくない!」

 

ㅤ思わず立ち上がり、机を叩く。そのお嬢様らしくない振る舞いに、深夜は目を剥いて娘を見つめる。

ㅤわたし自身もこの行動には、内心驚いていた。

ㅤ後々考えると……元より「本人」が無意識に抱え込んでいた、同世代の女の子に対する対抗心がここで発露したのだろう。とはいえ、自分でそれを認識できるほど、今の私は大人でもなかった。

 

「――貴女がこんな屁理屈を言い出すなんて思わなかったわ」

 

ㅤ三十分ほど、平行線の言い合いが続いたのち。深夜は疲れた顔で言い捨てた。

 

「私もお母様がこんなに頑固だなんて思いませんでしたわ!」

 

ㅤ睨み合う私達。先に目を逸らしたのは、深夜の方だった。

 

「だけど、深雪さんが感情的になるのも初めて見たわ。私は貴女が決してヒステリーなんて起こさないように……そう思って育ててきたの。でも、そんな上手くは行かないわよね。結局、人なんだから」

 

ㅤ眉尻を下げて、困ったような顔をしている。私はどう返事すれば良いか、それが分からずにただ俯く。

ㅤまた、原作の記述を何となく思い出す。「感情的になり、魔法を暴走させないように〜」云々。けれど、何だかんだで彼女は頻繁に魔法を暴走させていた。これは、幼少期に思いなどを抑圧されていたことが要因だったのかもしれない。

 

「達也に近づけ過ぎるのは、やめるべきなのかもしれないわ……。関心を完全に無くす、というのは無理だもの。――深雪さん、貴女には話しておくべきなのかもしれないわね。本当のことを」

 

ㅤ深夜は居住まいを正し、私と兄を巡る諸事情を話しはじめた。

ㅤ司波達也は、四葉の人々の世界を恨む心から生まれた化け物だということ。彼の持つ本当の魔法は、世界そのものを破壊してしまう力を秘めていること。彼の感情を暴走させない為、「司波深雪に関する事象」以外には激情を抱けないように精神構造を改造してしまったこと。

ㅤまた、司波深雪という少女は、実は四葉の最先端技術によって生み出された「完全調整体」であること。そして、深雪に付随する「コキュートス」は、司波達也を停止させるシステムとして、深夜の祈りによって生み出されたこと。

 

「……あの子は、貴女が死んでしまえばタガが外れ……この世の全てを破壊する。だからこそ、最初から感情を全部消しておけば良かった。どうして、あんなことしちゃったのかしら」

 

ㅤ深夜の表情は悔悟の念に満ちていた。予期せず手にしてしまった「人間兵器」のスイッチ。それをすっかり持て余してしまっているのだ。

ㅤそんな中、私はといえば――

 

(──それ、原作知識だから知ってる〜)

 

ㅤ話半分で聞き流していた。要は、魔法科世界でよく出てくる「お兄様どうしよう問題」である。原作では深雪が達也のストッパーになるはずが、彼の一挙手一投足を褒めるものだから、結局なぁなぁになっていた。しかし、私は司波深雪でありながら、厳密では司波深雪ではない。私ならば、彼を止められる。

 

「……お母様。つまりは、私が彼を『止めて』しまえばよろしいのですか?」

 

ㅤ殺してしまえば、結婚しなくて済む。そう思い、私は身を乗り出して尋ねる。

 

「いいえ。実際『質量爆散(マテリアル・バースト)』自体は、四葉の為に使うならば有用だもの。捨てるのは勿体ないわ。だから、貴女をそばに置いているの」

 

「そこに私がリソースを割くということは、結果的には私の力は弱まってしまうのでしょう? それならば、やはり別の力を付けるべきですわ」

 

「貴女の望みは分かったわ」

 

深夜は首肯して──たっぷりと溜息をつきながらではあったけれど──私の主張を受け入れた。

 

「では……」

 

「けれど、それは私が決めることじゃないの。真夜が決めることよ」

 

ㅤ真夜。深夜の双子の妹であり、現四葉家当主の四葉真夜だ。

ㅤたまにしか会わないけれど、美味しいクッキーと紅茶をいつも用意してくれる優しい人。そして……「物語」の役割上、世界に降り注ぐ不幸を一身に受けた人。

 

「本家に行ってきなさい」

 

ㅤ冷めた紅茶を飲み干す深夜。飲まないうちに渋みが出てしまったのか、微かに顔を顰めていた。

 

「はい、お母様」

 

ㅤ私は成し遂げなければならない。

ㅤ司波達也よりも物語の中心に立ち、ストーリーを進めていくことを。「お兄様」を持ち上げるだけが、私の生き方ではないのだ。

 

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