司波深雪にTSしてしまったのだが   作:からすみ

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第2話

ㅤ公表はされていないけれど、私は四葉直系の人間だ。つまり、正真正銘のお嬢様。

ㅤこんな夕方の中途半端な時間からでも、「本家まで連れて行って」と運転手を呼びつければ、文句も言わずに連れて行ってくれる。ありがたいことだ。

 

「――ありがとう。今日はもう泊まって帰るから、待っていなくても大丈夫よ」

 

ㅤ運転してくれた使用人に声を掛け、私は車を降りる。

 

「こんな素朴な村が、死の魔法研究施設だとは誰も思わないわよね」

 

ㅤ村の中は安全なので、1人でてくてく進んでいく。集落の中でも一際大きな平屋の屋敷が、少しばかり見えてきたところで、私は足を止めなくてはならなかった。

 

「おや、深雪さんではないですか。貴女がお母様も伴わず、お一人とは。珍しいこともあるものだ」

 

「……あら、勝成さん」

 

ㅤ四葉分家の一つ、新発田家。その嫡男である勝成が、こちらに歩いてきたから。用事があって、本家に来ていたのだろう。

 

「私が1人で来てはいけないかしら?」

 

ㅤ意識して顎を軽く上げ、めんどくさそうに私は答える。予想もしない切り返しだったのか、彼はいささかたじろいだ。元の「深雪」は、年上相手だからとお淑やかな対応をしていた。そのため、気の強いところを表に出すことは無かったのだ。

 

「いや、いけないことはないが。本家への用事に貴女1人で来なければならないほど、深夜様のお加減がよろしくないのかと心配しただけだ」

 

「貴方に邪推されるようなこと、何も無いのだけれど」

 

ㅤ勝成は父から色々とプレッシャーを掛けられているのか、以前からこちらに攻撃的だった。私の姿を見つければ、絶対に突っかかってくるので、かなり面倒な存在だ。

 

「それで、何の御用でここに?」

 

ㅤしつこく聞いてくる勝成。問い詰めれば、私が口を滑らすだろうって舐めてかかっている。無視して立ち去ってもいいけれど……。

 

「それじゃあ……私と戦って、貴方が勝ったら教えてあげますわ」

 

CADを片手に挑発する。このいけ好かない親戚をぶちのめしてやろうと思った。

ㅤそもそも、今日は叔母様に「訓練したい」とお願いしにきただけなのだ。別に揉め事を知られても困りはしない。

 

「ふん、それなら受けて立つ」

 

「そう」

 

ㅤ私は答えつつ、CADに指を走らせる。発動したのは「ホワイトアウト」。領域内の温度を下げる魔法。冷凍倉庫くらいの寒さが一気に訪れ、勝成は反射的に身を縮こませた。

ㅤなんでこんな魔法を、と思うかもしれない。威力も絞っていて、寒いだけの効果しか示さないそれ。実は、領域干渉を兼ねているのだ。

 

ㅤ領域干渉はその場の状況に応じて、自分で範囲を決めた方が使いやすい。けれど、魔法力の高い魔法師が何も考えずに広げられるだけ広げれば、持続型魔法故に消耗してしまう。制御が必要だ。

ㅤけれども、魔法というのは全体に作用させるのは比較的容易いが、部分的な作用は失敗しやすい。魔法師自身が、上手くイメージ出来ないからだ。

ㅤでは、未熟な魔法師はどうするか。答えは簡単で、平易な領域魔法を掛けるのだ。領域魔法も領域干渉も「魔法式をばら撒く」点は同じ。

ㅤそして、そこから任意で移動させたり、広げたりすることで、相手の魔法を妨害する。自分で意識しやすいようにして、間接的に領域干渉を制御するのだ。これは基礎的なテクニックとして、魔法戦闘の教科書にも載っている内容だ。

 

(私の方が干渉力は高いんだから!)

 

ㅤ続いて、私は無系統魔法「幻衝」をお見舞いする。

ㅤしかし、相手もやられっぱなしではない。「密度操作」で周囲の水分子を集め、加速魔法で自分の周囲に掛けられた低温領域を経由し、氷礫をいくつも精製。それは勢いを殺さず、私に襲い掛かってくる。領域干渉は、範囲内の魔法を妨害するもの。つまり、その範囲外で行われた魔法は止めらない。

 

(厄介過ぎる……!)

 

ㅤ魔法を止めるために領域干渉を広げるか。しかし、領域魔法であるホワイトアウトを維持しつつ、礫を防ぐのはかなり難しい。しかたなく、防御障壁に切り替える。

 

「……!?」

 

ㅤ解除した途端、元の温度に戻った空気の塊が一気にこちらへ向かってくる。私に干渉力で劣る彼は、切り替わりのタイミングを狙っていたのだ。

ㅤ作った防御障壁を回り込むように暴風が流れ込み、私は思わずたたらを踏む。こけそうになりながらも、振動系統の「サウンドウェーブ」をかなりの威力で叩き込んでやった。勝成が堪らず崩れ落ちるのを、目の端で確認。

 

「――……ふふん! って、あっ!」

 

ㅤ向こうも馬鹿ではないらしい。彼は地面に「摩擦力低下」を掛けていた。私がバランスを崩すことを見越して、トラップを用意していたのだ。無理にでも領域干渉を広げておけば……と唇を噛むけれど、後の祭り。まず今の私の実力では、あれこれ色々なことに気を回すリソースは無い。

 

(このままだと……絶対、頭打っちゃう!)

 

ㅤ迫り来る痛みに備えて、ギュッと目を瞑る。けれども、頭蓋に響くような鋭い痛みはいつまで経っても来なかった。代わりに、誰かが私の体を支えている。背中を通して、誰かのひんやりとした手のひらの温度を感じた。

 

「え……」

 

ㅤ体を立て直し、瞼を開く。振り向くと、そこには私と同い年くらいの男の子。

ㅤぼんやりと視線を彷徨わせるうち、目がぴたりと合った。彼の目つきには鋭さがありながらも、目の奥からはどこか温かみを感じさせる。

 

(司波達也……!)

 

「大丈夫ですか、お嬢様」

 

ㅤ今の私はお嬢様で、兄は使用人。それが、実際に事実として存在している。すこし可哀想だと思った。

 

「えぇ、何ともないわ」

 

ㅤつとめて平然とした態度で答える。

ㅤそして、勝成の方に向き直った。彼は悔しそうな顔でヨロヨロと立ち上がる。

 

「……今日のところは、これで引き分けだ! 次は、俺が勝つ! 首洗って待ってろ!」

 

ㅤ捨て台詞と共に、勝成は新発田の離れの方へ駆け出していく。

 

「おとといきやがれ、ですわっ!」

 

ㅤ彼の背中に、追い討ちをかけるよう叫ぶ。舌も出してやろうかと思ったけれど、私の中に残る淑女が止めた。

 

「……さぁ、行きましょうか」

 

ㅤ本家の屋敷の方へ体を向ける。ロスをしてしまったので早足で進むが、なぜか後ろから達也も付いてきている。

 

「何か、まだ用事があるのかしら?」

 

「失礼いたしました。お嬢様をご案内するのが今の私の仕事ゆえ、ご容赦を」

 

ㅤ丁寧に頭を下げる達也。その態度に、私は何だか背中がむず痒くなる。

 

「……普通に話せばいいじゃない。貴方は、私の兄なのだから」

 

「そうか。……意外とやんちゃな性格だったんだな。新発田家の長男に喧嘩をふっかけるとは」

 

「もっとボコボコにしてあげても良かったのだけれど。有耶無耶になってしまったわ」

 

「領域干渉に拘らず、一撃で決めればよかった。あちらも優秀な魔法師だから、発動スピードは速いが……貴女ほどではない。単一の『サイレントウェーブ』なら、圧倒的な差で決められた筈だ」

 

ㅤこっそり、何処かから見ていたのか。戦術にケチをつけられ、私は少しむくれる。

 

「魔法戦闘において、他の魔法が入り込む余地がないようにするのは定石だわ」

 

「無論そうだ。しかし、確実に一対一の戦いであるならば……スピードだけに拘っても良い」

 

「そうかもしれないわね。だけど、もし奏太さんなんかが近くにいて乱入してこようとしたら……どうだったかしら?」

 

ㅤ奏太というのは、勝成のガーディアンの名だ。彼より年下なので、今のところ護衛というよりは話し相手、遊び相手と言うべきかもしれないが。

 

「そうなったら、俺が止めてやったさ。ガーディアンなのだから」

 

当たり前のように、彼はそう言った。無論、これは正しいのだろう。でも、不満は不満だった。

 

「……確かに、私は守られるだけのお姫様かもしれないわ」

 

ㅤ血の濃さや潜在魔法力によって、四葉家次期当主候補の中でも一番有力な私。ある意味で、次世代の家を盛り立てるお飾りでもあった。

 

「でも……守るものがいなくなった時。圧倒的に不利な状況の時。そんな場面でも、諦めずに道を開ける人でありたいのよ」

 

ㅤ司波達也という「お兄様」がいない世界でも生きていけるように、とは言わなかった。

 

「――これからは、私のことを『深雪』と呼んで頂戴。だって、貴方だけが、妹の我儘を叶えられる唯一の人間なのだから。じゃあね、『兄さま』!」

 

ㅤ勢いよく駆け出し、達也を置いて勝手に進む。彼は追いかけて来なかった。

 

「……仕方ない妹だね、深雪」

 

ㅤそんな呟きは、既にどんどん先へ走っていってしまった私の耳には入らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤ久々に会う真夜は今日も優しかった。道草を食ってしまったことを詫びると、「気にすることはない」と彼女は寛容に笑うのみ。勝成とのバトルは、既に知るところだったようだ。

ㅤ話とは何か、と促され、私は思いの丈をポツポツと伝える。

 

「――貴女の考えは分かりました」

 

「では……」

 

「えぇ、これからは四葉の戦闘訓練に参加させてあげるわ。今までは貴女の分の仕事を、達也さんに押し付けようかという方針でいたけれど。それでは確かに、分家の子供達の反発を招いてしまう」

 

ㅤどちらにせよ、不平等ですものね。真夜は、そう言葉を重ねる。

 

「ありがとうござ……「でも、言っておくことがあります」

 

ㅤ私がお礼を言おうとするが、途中で遮られてしまう。

ㅤ何を言われるのだろうか。きょとんとして、私は真夜の顔を見つめる。彼女は、真剣な表情をしていた。

 

「そもそも……貴女が力を求める理由は、自分の兄がガーディアンである現状を何とかしたいからではないかしら?」

 

「え?」

 

「実戦に対する備えをしたい、というのだから。汚れ仕事を他人に任せて、自分だけは綺麗な手でいるというのが、納得できないのでしょう?」

 

ㅤその通りだ、と首を縦に振る。私は主人公に依存した生き方をするだけのヒロインにはなりたくない。

 

「えぇ。私は私で、きちんと四葉の任務に従事したいと思っていますの」

 

「……兄妹の繋がりというのは。外からの力で変えられるものではないのかもしれないわね……」

 

ㅤおや? 話が何処かズレているような……。

ㅤ単に、達也とセット扱いされる存在は嫌なだけなのだが。

 

「とはいえ、ガーディアンを外すのは無理よ」

 

「せめて、変更はできませんか?」

 

ㅤいくら四葉家が人手不足とはいえ、直系である私のガーディアンを別に用意できないはずはない。「桜」シリーズから、誰か回して欲しいものだ。穂波から聞いた噂だが、「桜崎」の第一世代は空いているらしかった。

 

「深雪さん。今の彼の立場はとても不安定なものよ。貴女のガーディアンであることで、やっと四葉の端くれとして認められている」

 

ㅤなるほど。私はその辺りを詳しく認識している訳ではない。使用人序列などは、わざわざ教えてもらうことでもないからだ。

ㅤ追加する、という案もある気はするが、そういう訳にもいかないのだろう。それなりに達也の能力を知る者はともかく、そうでない者は「妹一人守れるだけの力もない」と断ずるに違いない。

 

「兄を()()なら、今は我慢なさい。――そうね、いつかは、貴女の願いが叶う日も来るんじゃないかしら」

 

ㅤ真夜はそう言って、にこりと笑う。

ㅤ上手く丸め込まれた気もするが、「訓練の参加」はもぎ取れた。概ね、目的は達成したのではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤ深雪が去った後。真夜は一人、自室で考え込んでいた。

 

「姉様や、貢さん達の思惑は……まぁ上手くいかないでしょうね。既に一番近しい身内として、深雪さんは兄への興味を持ってしまっている」

 

想定外ではあったが、真夜にとっては都合の良いことでもあった。彼女の願う「復讐」を叶えるためには。

ㅤ元より、彼女の時間は12歳で止まっている。今の四葉真夜は、「世界への復讐」の為に生きながらえた死人に過ぎない。少なくとも、自身の認識ではそうだ。

ㅤ頭の中の知識から、無理に想像した怒りや悲しみ。それをできるだけ、自分の気持ちとして表したい。でも、今の真夜には不可能なことだった。それが苦しくて……許せない。

 

(皆が同じような理不尽を受けたら、私の気持ちを代弁してくれるだろうか。ならば、世界が灼けた時……ようやく私は同じになれる気がする)

 

「それには、あの子が必要なのよ……」

 

ㅤ司波達也を守らなくてはならない。そうでないと、真夜の心は満たされないから。

 

「ストッパーとして監視する必要性から、姉様達は深雪さんのガーディアンを達也さんのままにするしかない。きっと、できるだけ遠ざけるでしょうけど……」

 

ㅤ頭の中で巡る考えをまとめるように、口に出していく。

 

「何とか思い入れを持って欲しいものだわ。『止めて』しまわないように」

 

ㅤ今の真夜はそう願うことしかできない。精神に作用する魔法を使えない彼女は、「祈り」だけが頼みの綱であったのだ。

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