司波深雪にTSしてしまったのだが 作:からすみ
ㅤ四葉家の戦闘訓練は、異常なほどに過酷なものだが、覚悟を決めたからには教官役だって私に容赦はしない。
ㅤ小学1年生の後半にスタートしたそれは、4年半という長い期間をかけ、段階的に進んでいった。
ㅤまず叩き込まれたのは、意図的に魔法暴走を止める訓練。感情ではなく、テクニック──想子操作によって制御するのだ。その為に延々と圧縮想子弾を作らされた。体から限界まで想子を絞り出すことにより、身体に魔法力を失う危機を感じさせる。それにより、無意識下で無駄な想子を出さないよう徹底的に覚え込ませるのだ。
ㅤこれが出来ないと、市街地でセンサーに引っ掛からずに魔法を使用できない。無駄な想子を出してしまうと、魔法師の存在をセンサーが感知してしまう。
ㅤ外に余剰想子を漏らさずに魔法発動することは、四葉の戦闘魔法師では必須のスキルなのだった。
ㅤ他にも、CADを使えない状況で、出来るだけ事前動作を相手に悟らせずに魔法を発動する訓練。非常に高度なイメージ力が求められる。また、最悪の場合に自爆戦術を取れるよう、魔法発動の心理的なセーブを外す訓練。対魔法師用フルパワーライフルの銃弾を跳ね返す対物障壁を構築する訓練……。
ㅤ他にも、魔法非依存の訓練も多く課された。数々の苦難を、我ながらよく耐えたと思う。安易に「参加する」と言ってしまった自分を呪いたくなった。
「──ようやく、最終段階まで来たわね」
ㅤ四葉の所有する小型自家用機の中で、私は外の景色を眺めていた。眼下に見える島は、巳焼島。凶悪魔法犯罪者を収容する刑務所を備える島で、四葉家の訓練にも使用されている。
ㅤここで、私は「収容者を処刑」するミッションを遂行する。殺人への忌避感を完全に払拭させると同時に、「本番」の魔法戦闘を体験するのだ。
「けど……どうして貴方も一緒なのかしら。兄さま?」
ㅤ横目でキッと睨みつける。これだけは納得いかなかった。
ㅤ何故か、巳焼島へは達也も同行することになっていたのだ。私の訓練だというのに。
「俺はお前のガーディアンなのだから、危険な場所へは着いていくさ」
「兄さまは既に島に行ったことがあるのでしょう?」
「あぁ、2回な」
それならば、もう訓練課程は終了している筈。本当に私の為に同行しているのだ。
「……とにかく、邪魔はしないで頂戴」
「深雪の身に危機が及ばない限りは、な」
ㅤどこか噛み合わない。敵と戦うことは、安全では決してないのだから。殺すか、殺されるか……。
ㅤその認識は、達也にもあるに違いない。ならば、結局は私の邪魔をするということ。溜息をつきたくなった。
「──ところで、CADを変えたのか?」
ㅤ達也がそう尋ねてきた。私の手首に巻かれている、武骨な銀色の腕輪型CADを見てのことだろう。
「えぇ。端末型は好きだったんだけど、殴ったりする時に不便なものだから……」
ㅤ手が空いていた方が良いと思い、変えることにしたのだ。ベースこそFLTの基本ラインではあるが、軍や警察に卸している特殊タイプだ。非常に軽い上、少々乱暴に扱っても壊れない。そして、テンキーに凹凸が付いているので、覚えれば見なくてもコードを打てる。なかなか優れものだ。
「殴らなくていいだろう。深雪の魔法特性的には、大規模魔法での制圧が一番向いている」
「私が優先して警戒しなくてはならないのは、コミュニティ内の裏切り者よ。そんな時、魔法よりも手が早いこともあるわ」
ㅤ例えば、悪意ある者が私の信頼する誰かを洗脳していたら? 使用人が背信行為をしたら? クラスメイトが私を殺す使命を帯びていたら?
ㅤとはいえ、私の身とかはどうでもよいのだ。死ぬとしてもそれは仕方ない。けれども、私の死は「世界の終わり」でもある。これは、世界の危機を私が背負っているという責任感だ。
「……俺が裏切ることも考えているのか?」
「いいえ。兄さまが私を裏切ることなんかないわ。絶対よ」
それだけは、即答できた。ずっとㅤずっと昔から、私はよく知っている──「司波達也」は、「妹を守る」という生き方を運命づけられている少年なのだと。
彼が裏切るというのなら、それは物語の崩壊を意味する。
「……そうか」
ㅤ話しているうちに、飛行機は巳焼島に着陸。ここを管理する所長に挨拶をしたあと、下士官の案内で宿舎へと移動する。このままずっとスーツケースを転がす訳にもいかないからだ。
「──まさか、同じ部屋だなんて」
ㅤ驚くべきことに、私と達也の部屋は別々でなかった。重要人物用に用意されている部屋のようで、そこそこ広いのだけが救いか。寝室も別になっている。
「じゃんけんしましょうか」
ㅤ案内人が去ったあと。私は拳を握りしめ、達也に向き直る。
「どういうことだ?」
「ベッドにどちらが寝るか決めるのよ」
「深雪が寝ればいいだろう」
「ちゃんと決めたいの。……勝ったらベッドよ!」
ㅤ仕方なさそうな顔をしながらも、達也が手を出した。私は喜色満面の笑みを浮かべ、ポーズを構える。結果は……私がチョキで、達也がパー。
「俺はソファで寝るから。深雪はちゃんとベッドで寝るんだよ。ベッドルームには立ち入らないようにする」
「……わざと負けたでしょう」
「あぁ。この後何回やっても、俺は深雪に負け続けるだろうさ」
ㅤさらりと彼はそう答える。私は「ふんっ!」と鼻を鳴らすことしか出来なかった。
◆
ㅤ島には二つの火山があり、それらは位置で単純に「西岳」、「東岳」と名付けられている。刑務所は西岳西側に位置し、私はここで脱走者が出るまで待機せねばならない。
「……そう都合よく逃げ出すのが出てくるものかしら」
「監視の人間が切り替わる、とわざと噂を流しているんだろう。罠だと思う可能性もあるが……逃げ場のない島だからな。囚人達も、万に一つの可能性に賭けるしかない」
ㅤすることもないので、刑務所近くの待機所で暇を潰していた。普段は警備係の軍人が数人詰めているようだが、今日は代わりに私達が入っている。
ㅤCADをサスペンドモードにしているとはいえ、のんびりとした空気感だ。天気もいいし、日光浴みたいなものである。
「……来た」
ㅤ思ったよりも早く、脱走者が現れた。人影は3人。何らかの方法を使い、囚人同士でコンタクトを取っていたのか。
ㅤCADを操作しつつ、わたしは現場に急行する。視認できる距離まで行かないと、有効な魔法を放つことができないからだ。とりあえず、「領域干渉」を広げられるだけ広げて無作為に魔法を阻害する。敵は強力な魔法師であり、CAD無しでも危険な可能性が高い。
「!?」
ㅤ案の定、魔法が使えなくても突破するつもりらしい。
ㅤ戦おうと足を前に踏み出した時、何かがそれを阻んだ。達也の背中が、私の目の前にあった。
「ちょっと!」
ㅤ文句を言おうとする間にも、達也は敵を排除しようとしている。3対1、体格の差。かなり不利な状況でも、彼は上手く立ち回り戦っている。けれども、私は領域干渉を維持しているだけ。これが重要なのは分かっているけれど……。
(何かやらなくちゃ!)
ㅤ私は目を凝らし、CADを操作する。達也には被らないよう、注意深く作用範囲を調整し……広域減速魔法「ニブルヘイム」を発動した。領域内の物質を比熱、フェーズに関わらずに均等冷却し、極小氷粒、ドライアイス粒子、液体窒素の霧を含む大規模冷却塊を作り出す魔法である。
ㅤ氷の国と名付けられた通り、それは凄まじい冷気を生み出し、囚人達は一瞬で凍りつき死んだ。
(あっ、マズい)
ㅤニブルヘイムは、一定の領域の温度を急激に低下させる。それによって、冷気に向かって勢いよく風が吹き込んでしまう。地面が抉られ、尖った砂利混じりの黒い渦が巻き起こる。
ㅤ範囲近くにいた達也が突風に巻き込まれ、吸い込まれていく。踏ん張りはしたようだが、小学生の体格では流石に厳しい。
「兄さま!」
ㅤけれども、達也は何とか自己加速術式でそこから抜け出した。彼の人工魔法演算領域ではCADがあったとしても、ここまでのスピードでは発動できない。フラッシュ・キャストを使ったのだろう。
ㅤ私は達也が抜け出したのを確認し、自分達に防御障壁を掛けた。もちろん、「ニブルヘイム」も解除する。私達は半円ドームの中で、渦が収まっていくのを眺めた。
「……やれやれ」
「あっ! 兄さま、怪我を!」
ㅤ我にかえり、達也を見る。彼の顔は傷だらけで、ところどころ血が流れていた。スピード重視で加速術式を発動したのだろう。腕が折れており、だらんと垂れ下がっている。この様子では、内臓へのダメージもありそうだ。
「これくらい、何ともないさ」
「でも……」
ㅤ私がそう言った時。ほんの一瞬だけ、想子光が瞬いた。光が消えた時には、ボロボロだったはずの達也はすっかり元通りに。
ㅤ彼固有の二つの魔法。その一つである「再成」の効果だ。エイドスの変更履歴を最大で24時間遡ることで、損傷を受ける前のエイドスをコピー、それを魔法式として現在のエイドスを上書きする。見た目としては「巻き戻った」ような効果を現す。
「あ……」
「お前に怪我がなくてよかった」
「……ごめんなさい」
ㅤ達也に向かって、私は頭を下げた。悪いのは私だ。味方と敵が混在している状況で、大規模魔法を使うなんて無茶をしたから。自分の力に驕って、兄を傷つけてしまった。
「いいんだよ」
ㅤ頭をぽんぽんと撫でられる。見れば、達也は優しく微笑んでいた。
「お前を守りたい。誰であっても、お前を傷つけるなんて許さない……俺にはその思いしかないし、これだけは譲ることはできない。──だが、それはお前の気持ちを無視することでもあるんだな」
「ごめんなさい、兄さま」
「もう謝ることはない。これからもその戦術を取ればいいんだ」
「え?」
ㅤ言っている意味が分からず、私は首を傾げた。
「俺に当たるかもしれないなんてことは気にせず、敵に魔法を放てばいい。敵も味方も黙らせてしまえる、力任せの大規模魔法がお前の特徴だ。それを磨けばいいんだよ」
ㅤ達也はそう言いながら、私の手を両手で包み込む。ひんやりとしていて、手のひらの皮膚は硬い。苦労をしている手だった。
「何があっても、俺は決して斃れることはない。だからね、深雪……ガーディアンとして、お前の側で守り続けるよ」
ㅤなんて悲しい自己犠牲だろう。「『妹を守る』という生き方を運命づけられている少年」とは、あまりに残酷なさだめだ。
ㅤいつか、解放してあげられるだろうか。私とは違った未来を、歩ませてあげられるだろうか。
「ありがとう。……『お兄様』!」
ㅤせり上がってくる様々な感情を押し殺し、微笑みを返した。
「……なんだ、その呼び方は?」
「勘違いしないでよ? ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、見直しただけなんだから!」
ㅤ道を違えることを望むのもまた、確かな兄妹愛と信じる。
ㅤ嫌いなわけじゃない。憎いわけでもない。でも、一緒にいない方がきっと幸せ。歪なまま、残った感情を本当の愛だと思ってしまったら……達也にとっても不幸だ。
(失った感情を取り戻すことはできないけれど……私を経由して、大切なものを見つけられたら)
「戻りましょうか、お兄様?」
ㅤ今日初めて、「お兄様」と口に出して兄を呼んだのに。驚くほど、その呼び方がしっくりくる。どうしてだろう。その答えは分からなかった。