司波深雪にTSしてしまったのだが 作:からすみ
エセお嬢深雪を眠らせている間に、本物の「お嬢様一般人」が登場してきてしまった……おハーブですわ〜!
ㅤ魔法科高校の入学試験は、大きく分けて3つに分けられる。魔法実技、魔法理論、一般教養。配分傾斜は、だいたい7:2:1くらいだろうか。脳筋が受かる学校である。例年、一科生の平均は6割くらい、二科生の平均は6割を少し切るほどか。そして、実技成績では足切りが存在し、半分は取れないと合格できない。
「ハァ〜!? やっぱり、私が総代なんておかしいわ! お母様に怒られてしまったじゃないのよ! あぁ……最悪だわ」
ㅤ学校に向かう為に乗ったキャビネット内で、私は達也に不満をぶちまける。ちなみに、彼が二科生であることには少しも文句はない。人工魔法演算領域のスペックでは、その程度なのは理解していた。
「誰が忖度をするんだ。まぁ、お前がそんなに言うからな……藤林さんに、一高の入試データを探ってもらった」
ㅤ藤林さんというのは、国防陸軍の軍人である。彼女はハッキングが得意なのである。
沖縄の一件で四葉家──正確には達也だが──は、国防陸軍内の実験部隊「独立魔装大隊」と急速に接近することとなったのだ。彼らは組織が作られた経緯上、十師族とは関わらないスタンスを取っていた。
ㅤけれども、ナンバーズの傍系や、訳あって一員として認められていない者は、積極的に登用していた。達也もその括りで採ってもらえたのである。もちろん、「あの魔法」も理由にはあるが。
「何もおかしいところは無かったぞ? 正真正銘、お前が一番だよ。深雪」
「変ね……合格者平均に収まるように、調整したのに」
「まさかと思うが……深雪、点数を筆記で調節してないか?」
ㅤその問いかけに、私は頷く。実技を8割ほど、筆記を半分よりちょっと下で抑えた。
「そうよ? 実技もちょっと手は抜いたけれど……。あんまり手を抜くと、一気に削れてしまうもの。筆記は書かなければ良いから」
「一高の入試総合成績は、実技成績をベースに『総合的』に評価し、点数をつけたものだぞ? 入試の点数はまた別だ。そうじゃないと、俺すら一科生になる可能性がある」
「まぁ。考えてるのね、学校側も……」
ㅤ道理で、入試成績は原則非公開な訳だ。そう納得していると、達也は私の肩に両手を置く。じっと私の目を見つめ、彼は言った。
「一生に一度の高校生活だ。総代になれたことを誇らしく思って欲しい。そして、俺にお前の晴れ姿を見せてくれ」
「……仕方ないわね。私の挨拶、しっかり目に焼き付けなさい!」
ㅤ達也の言葉に納得できた訳ではない。というより、迂闊な自分を責めたい気持ちは……これからもずっとある。
ㅤそれでも、兄の願いを聞いてあげたかった。彼の前では、可愛い妹でいたかった。
「そうさせてもらうよ」
◆
ㅤ深雪についてきたものの、式が始まるまではまだまだ時間がある。
ㅤしばらくうろついたのち、達也は手頃な校内のベンチで書籍データを読むことにした。書籍といっても、魔法系の論文なのはご愛嬌。これはFLT開発第3課の研究員が書いたもので、できるだけ早く査読しなければならなかったからだ。
「司波くん、よね?」
ㅤ急に声をかけられた。顔を上げると、そこには一人の小柄な少女。豊かな黒髪をリボンで纏めたヘアスタイルの可愛らしい少女だが、達也は彼女の正体を「データ上」でよく知っていた。
「エルフィン・スナイパー……」
「そのあだ名は好きじゃないわ。──私は七草真由美。この第一高校の生徒会長よ」
ㅤ十師族「七草家」の長女、七草真由美。長距離狙撃魔法の名手として、若年ながらも界隈では名の知れた天才。異名は「エルフィン・スナイパー」。妖精のようにキュートな彼女のビジュアルを讃えた故らしいのだが、どうやら本人はお気に召していないらしい。
ㅤなるほど、手首には薄型の腕輪型CADが巻かれている。ここ第一高校の校則では、生徒会・風紀委員などの役職を持った者しかCADを携行できなかったはず。十師族直系ならば、校内でそれなりの地位についているのは不思議なことでもない。達也はそう納得した。
「それで。生徒会長ともあろうお方が、なぜ俺のような者に? ご覧の通り……刺繍はありませんよ」
ㅤ達也は肩をすくめ、胸ポケットを指さした。本来あるはずの校章である八枚花弁の刺繍がない。「紋無し」……これは、二科生の象徴でもあった。
「その刺繍は……いえ、今言うことではないわね──でも、貴方はもう既に一部では有名人よ。だって、ペーパーテストで前代未聞の高得点を叩き出した子だもの。7教科平均96点、中でも魔法理論と魔法工学は小論文含めて満点……一科生でも、このレベルには達していない」
「ペーパーテストだけの話で「そう。ペーパーテストだけなの」
ㅤ達也の謙遜を、真由美は食い気味に遮った。
「実技点が足切りギリギリだというのに、理論は素晴らしい成績……本来、魔法実技と魔法理論には強い相関関係が見られるというのに」
「実技は苦手ですが、理論は得意なんです」
「もう1人、実技と理論の点数があってない子がいたわ」
ㅤ弁明を聞くことなく、彼女は話を続けた。しかし、真剣そうな語り口の割には表情が面白がっているそれだ。──彼女はどういう立場なのか。達也は警戒を強める。
「……司波深雪。貴方の妹さんよ」
「まさか、俺と深雪が答案を交換したとでも?」
「教員の間では、そう考えてる人もいるわ。まぁ、結果的に貴方の入学許可は下りたのだけどね」
だって、ㅤ証拠が無いんですもの。真由美は自分の頬に手を当てて、そう嘯いたのだった。
「だから、私がお節介を焼きにきたの。入学早々、いきなり謂れのない中傷に遭うのは嫌でしょう?」
「現在進行形で受けている気はしますが」
「あら、酷いわ……」
ㅤ真由美は、わざとらしく頬を膨らませた。チャーミングな表情。だが、その可愛らしい彼女の姿を見ても、達也の脳裏には「小悪魔」というワードがチラつくのみ。
ㅤこの人には今後も振り回される気がする……そんな嫌な予感がして、彼はため息をつきたくなった。
「そろそろ、講堂も開放される頃ね。またね、達也くん。これからも仲良くしましょうね?」
ㅤ知らぬ間に「達也くん」呼びになっている。彼はハァだがウムだかとにかく曖昧な返事で、真由美の言葉を乗り切った。
ㅤ歯切れの悪い返事だったが、彼女は特に咎めることなく、明るく手を振りつつ去っていった。
(深雪に火の粉が降りかからないといいが……)
ㅤ妹を守る為に高校まで付いてきたというのに、これでは本末転倒である。
ㅤ最悪の場合は退学して、常時「精霊の眼」で気を配っておくという選択肢にせざるを得ないかもしれない……達也は考えを巡らせながら、付けっ放しだった端末の電源を落とした。
◆
ㅤ入学式の答辞は、そこそこ「魔法師」らしい内容を適当に言っておいた。要は、魔法という才能によってここに集った200名であるとか、生まれ持った力を伸ばして世の中に還元していきたいとか……そんなもんである。特に講堂内の前半分、つまり一科生は、私の演説に拍手喝采であった。ここから3年間に向けた掴みはバッチリと言えよう。
ㅤわざわざクラスに顔を出す気にもなれないので、達也と合流しようかと歩き始めた時、声をかけられた。
「おつかれさま、司波さん。この後に時間はあるかしら?」
私に声をかけてきたのは、現生徒会長──七草真由美だった。そういえば、彼女は達也と会ったのだろうか。ふと抱いた疑問だが、真由美は偶然にもその答えを告げた。
「良かったら、達也くんも呼べないかしら? さっきは少ししか話せなかったから」
「それは構いませんが……七草先輩、既に兄とお話をされたのですか?」
ㅤ端末でメッセージを送りつつ、私は真由美に尋ねる。やはり、ペーパーテストの成績で興味を持ったのだろうか。
「えぇ。面白い子よね」
「そうですか?」
ㅤもちろん、私としては面白いと思っているが。感情にリミッターが掛かっている割に、そこそこ達也は人間味があるのだ。しかし、分かりやすい訳でもない。日頃から、生活を共にしてるからこそ分かることだ。
ㅤ真由美が、達也のことを「面白い」と表現したのは、意外なことでもあった。
「照れ屋さんというのかしら……あまり、人と関わるのが得意じゃない感じ。可愛くて新鮮だわ、弟みたいで」
ㅤ私の家、きょうだいは多いけれど……弟はいないのよね。真由美はそう続けた。
「……あまり兄で遊ばないでくださいね」
「いやねぇ、そんなことしないわよ。ふふふ」
ㅤその笑顔を見るに、まったく信用ならない。
ㅤ掴みどころのない先輩と話しつつ、生徒会室へと向かう。達也にもメッセージを送ったから、じきにやってくるだろう。
「──待たせたな、深雪」
ㅤしばらくして、達也が姿を現した。悠々とした足取りだ。雰囲気だけはある。二科生なのに。
「達也くん! さっきぶりね」
「……七草会長」
「なーんか距離があるわねぇ。気安く『真由美さん』とかでもいいのよ?」
「いえ、結構です」
ㅤウザ絡みをされて困っている達也。いや、困っているというよりは、面倒に感じているのか。
「──あんまり、調子に乗るなよ。一年生」
ㅤ急に硬い声がした。声の主は、上級生らしき男子生徒であった。たしか、彼は副会長だ。式の際に自己紹介をしていた気がする。
「ちょっと、はんぞーくん……」
ㅤそうだ、この男は服部刑部少丞範蔵。模擬戦で達也にボコボコにされる未来が待っている。
「会長も会長です。入学式直後というのに、ウィードに気安く声を掛けていては……新入生に舐められてしまいます」
「そんなこと……「では、そういう『舐めた』新入生だけに注意をした方が効果的ではありませんか。新入生達の目の前で、会長の印象を下げかねないことを言ったら意味がない」
ㅤ真由美の反論よりも早く、達也が切り込んだ。私は「面白くなってきた」と内心ワクワクする。誰譲りでもない無鉄砲で、敵を作りまくるのが司波達也だ。とはいえ、そこに正義感は全く無くて、ただ「正論」を言っているだけ。
ㅤ私に関してのこと以外は、情より道理が先行してしまう。あまりにも共感能力が薄いのだ。
「…っ、! それは……」
ㅤぐっ、と詰まる服部。まさか、反撃されるとは思ってもいなかったのだろう。少し脅せば、ビビって黙る。そんなふうに考えていたのかもしれない。
「少なくとも、最優先で諫言すべきことではない。一高の校則を考えるに、会長の態度は正しいものではあるのですから」
ㅤまぁ実態は違うのでしょうが、と達也はぼそりと呟く。
「──ほ、ほら! 2人とも落ち着いて!」
ㅤ我に返った真由美が、あわてて間に入った。
「ね? 深雪さんも何とか言ってあげて!」
「えぇ。服部先輩、申し訳ありません。──兄はルールを気にしがちで。何しろ、規則の穴を突くのが大好きなものですから……。ルールがルールとして機能していないと、それができなくなってしまうでしょう?」
「……は、はぁ?」
ㅤあんまり良い趣味ではないわね……、と真由美が小さな声で言うのが聞こえた。
「でも、世の中には書かれていない暗黙のルールってものがありますものね……それで提案があるのですが」
「提案?」
「兄が折れるとは思えませんし……ここは、模擬戦で決着を付けるというのはいかがでしょうか?」
「深雪!?」
「なっ……! 司波さん、貴女は自分が何を言っているのか分かっているんですか?」
ㅤ私は不敵に笑う。だって、適当なことを言っている訳ではないのだから。
「えぇ、分かっていますわ。私、信じていますもの。……自分の才能を」
ㅤ達也が、服部をボコボコにする必要は特にない。目立って面倒事を引き起こすリスクがある。
ㅤ私はもう総代になってしまったのだ。怪しまれるのなら、全てこちらに寄せてしまった方がいい。
「えっ……貴女がやるの?」
ㅤ真由美が目を丸くして、両手を口に当てた。
「それ以外に誰がいるんです?」
ㅤ私は首を傾げるが、服部が食い気味に言い募る。
「司波さん。たしかに、貴女は今年の総代だ。優秀な魔法力を持っているんだろう。だが、一年の差というのは大きい。やめておいた方が……」
「……舐められたものね」
ㅤ私は「意図的」に、自分の魔法制御を雑にした。一気に冷気が発生し、室内の温度がみるみる下がる。
ㅤ服部も真由美も、顔を蒼くしている。寒さからか、それとも……恐怖からか。
「自らの意思を通すために必要なのは、圧倒的な力です。私はそれを……よく知っていますわ」
ㅤ一瞬だけ軽く目を瞑り、先輩らに笑いかける。
「勝負をしましょう、服部先輩。――私が勝ったら……貴方の一年間の学びは、何の意味もなかったということです」