サイパン島で彼女が水着に着替えたら―彼女のゾイドと荷電粒子砲・番外編   作:城元太

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㉕(最終話)

 学力診断テスト実施直前、新学期早々に押川が顔を寄せてきた。

「オマエ、モテ期の存在って信じるか。オレは信じるぞ」

 なんだよ藪から棒に。

「一応伝えておくが、さっき泊さんと柏崎さんからチョコレートもらったんだ。バレンタインでもないのにだぞ。これどう思う?」

 あー。成田※オンで買って、一時我が家の冷蔵庫に保管し、帰国後二人に返却したあれのことだ。知らない仲でもないし、かと言って仰々しくサイパン土産を渡すのもどうかと思い、二人で相談して同じ物を選んだのだろう。

「〝今日のお昼に食べてくださいね〟って言われたけど、感激してとても食べられない。持ち帰って家で大切に保管するんだ」

 いや、きっとそれはチョコが溶けちゃうから早めに食べてというメッセージだ。夏休みが終わったとは言え、残暑のさなか持ち帰るまでに形状を維持できるのだろうか。

「それと、今度は秋にまた見学会に誘われたんだ。なんか原子炉みたいな施設っていうけど放射能の心配はないみたいだし。どうせオマエも行くだろうけど、嬉しいじゃないか、なあ」

 いろいろ間違ってるぞ。まず原子炉じゃなくて核融合炉だ(後述)。まあ仕方ない。

 押川のモテ期自慢は続く。

「相沢先生お気に入りの古典の名作だから、夏休み頑張って『源氏物語』にも取り組んだんだぜ。先生は〝すごいね、押川君、がんばってね〟って言ってくれたんだ」

 それは国語教師であり文芸部顧問として答えた最低限の社交辞令じゃないのか。

 全く返事をしないわけにもいかないので、取りあえず応じる。

「で、どこまで読んだんだ」

「光源氏の母親が、ウ※コ撒かれていじめられる話まで」

 おい、それ第一段だろ。全然進んでないじゃん。

「高校生活ももう半分終わっちまった。勉強に恋愛に、これからもっと充実した人生を送っていけそうだ。オマエも頑張れよ!」

 言うだけ言って、自分の教室に戻っていく。あ、選択コースはほぼ同じだけど、僕とエリさん、アヤちゃんは一緒のクラス、押川だけ2つ離れた教室です。

 新学期初日、始業式を終えてすぐ(ベネ※セの陰謀としか思えない)学力診断テストが実施される。学習アンケートを記入し終え、切り離し式のマークシート答案用紙を前にして、僕はテスト開始のチャイムを待つ女子二人の背中を凝視していた。

 

                      ※

 

 帰国後、帰り道の関係で父親のセダンは最初にアヤちゃんの自宅へ向かった。日暮れに到着したアヤちゃんの家では、アヤちゃんの母親から恐縮するぐらいに何度もお礼を言われた。

「どうかお気になさらずに。こちらも一緒に行けて楽しかったです。やっぱり女の子はかわいくていいですね……」

 母親同士の立ち話に花が咲く。一方のアヤちゃんはどうも不機嫌で「私もまだ(車に)乗っていたい」と言い出した。僕とエリさんが一緒だというのが不満の理由のようだったが、僕の両親同伴ということで渋々納得してくれた。去り際「今度は秋の京都に行きたいです」と僕に告げ、玄関先で名残惜しそうに手を振ってくれていた。

 エリさんの家は我が家を通り越す場所にある。乱気流に加え、さっきのアヤちゃんの母親との立ち話による疲労が蓄積し、母親は車内で「早く家に帰りたい」を連呼していたので、やむなく自宅に立ち寄った。

 玄関先に到着し真っ先に「やっぱり我が家が一番」のセリフが出た。

「じゃあね、絵梨ちゃん、またね」の挨拶もそこそこに、母親は我が家の灯りの中に吸い込まれていく。今頃リビングでぐったりと寛いでいるだろう。

 後部座席には僕と、アイアンコングの箱を抱えたエリさんだけが残された。

 荷物を解いて箱を組み立てパーツを詰め込んでみると、やはりアイアンコングのボリュームは圧倒的だった。ホコリを拭っておいたとはいえ、あちこち汚れたハズブロ版のコングの箱を抱える彼女の姿は、お気に入りのおもちゃを買ってもらった子どもとは異なり、再び出会えた母親との思い出を噛み締めるようだ。

 ハンドルを握る父親が(おもむろ)に語り出す。

「柏崎さん、今年の粒子加速器公開は中止になったが、秋に熱核融合炉JT-50Aの見学会があるんだ。興味あるかい?」

「デューテリウムやトリチウムを高温のプラズマに閉じ込めて地上に太陽を作るというプロジェクトですか」

「おっ、嬉しいね。そこまで勉強しているってのは」

 父さん父さん、さっきの凱龍輝の一件といい、女子高生と話すのは嬉しいのだろうけど、息子を差し置いて共通の話題で盛り上がるのは止めて欲しい。なにより僕が何を言っているか分からない。

「最高温度が5億ケルビンに達するトカマク型融合炉ですよね。まだ建造途中と聞いていましたが」

「完成は来年予定で、稼働開始すると見学は出来なくなる施設だから今年がラストチャンスだよ」

 人間関係をわざとややこしくしようとしてるのか? いや違う。理系の専門職は趣味嗜好が揃った同好の士を純粋に呼び寄せているだけなのだ(偏見)。

「またみんなで行こうよ」

 箱を抱えたまま、彼女は瞳を輝かせる。

「まだまだ思い出を作りたい。もっといろいろな場所に行ってみたい。お父さんが言ってくれたみたいに、今しかできない経験を重ねてみたい」

「決まりだな。私の方で人数を予約しておく。今度も4人かな」

 4人……押川も人数に入ってるんだ。まあ、腐れ縁だし、今度連れて行かなかったら面倒くさいし(前述)。

 

 エリさんの自宅マンションに到着、当然アイアンコングの箱を持つ彼女にトランクを持ち上げる余裕はない。但し、以前は棟の前で門前払いを喰ったのと比べ、僕に自宅の階まで荷物を運ばせてもらえる栄誉が与えられた。

 駐車スペースでトランクを降ろし、父に車内で待ってもらい3階までエレベーターを使う。

 夜のエレベーターホールで二人きり。こんな姿をアヤちゃんが見たらまた怒るに違いない。

 ホールで待つ間、唐突に彼女が呟いた。

「ほっぺた、まだ熱いんだ」

 あの時叩いた痛みがトラウマになってしまったのだろうか。

 反射的に「ゴメン」が口を突いて出る。

「ううん、謝って欲しいんじゃなくて、サイパン島での忘れられない思い出になったことを伝えたかったの。命の恩人だもの、文句なんて言わないよ」

 エレベーターが到着し、トランクを持ち上げ乗り込んだ。後ろを向いたまま、3階のボタンを押す彼女。

「こんなこと言うと、変なひと、って思われるかもしれないけど。

 あのね、叩かれて、ちょっと気持ちよくなっちゃったんだ。

 なんか胸の奥がジンジンするような感じ。

 恥ずかしいけど、もしかしたらそんな趣味があるのかな……」

 ……

 ……

 ……

 いやいやいやいや、それダメだって!

 健全な思春期男子の前、二人っきりの夜のエレベーターでそれを告白するのは危険過ぎます。

 ヤバい、絶対ヤバい。思わず僕の身体が彼女の背中に吸い寄せられそうになったとき

 

 チン

 

 エレベーターが3階に到着、扉が開く。彼女は左手でアイアンコングの箱を抱え、右手で慌ただしくトランクの取っ手を引っ張り外へ出た。

「じゃあね、明。また学校で」

 胸元で小さく手を振る彼女の姿が、エレベーターの扉で塞がれた。

 

 いまなんて言った

 

〝あきら〟って、敬称略したぞ。

 

 ヤバいヤバいヤバい。ヤバいヤバい。

 

「どうしたあきら、顔が赤いぞ。彼女さんと何かあったか」

「何でもないよ!」

 父親がニヤリとした。理系の専門職は、こうしたことに疎いと信じることにした。

 脳内に血液が逆流するような感覚で自宅に戻ると、玄関先では激務から帰宅した兄が、いつものように倒れ込んで眠っている。間違いなく僕は、日常に帰還したのだった。

 

                      ※

 

 日程を終えた学力診断テストの成果は予想通り。

 国語はアヤちゃん、数学は僕、英語はエリさん(意外だが、子どもの頃に両親とハワイに行っていたくらいだから、語学力には一日の長があるのだろう)の出来が良かった。一応言っておくと、押川は全然勉強してなかったやつが言う「全然勉強してなかった」の通りの結果だったそうだ。

 

 試験中、問題そっちのけで考えていたことがある。

 彼女が天然でボケたと思っていた【コペンハーゲン解釈】。

 量子状態で原子内に存在する電子雲は、測定されない内はその位置が定まらず、測定された時点で確定するといわれる。

 観測されなければ、存在することにならないという不確定理論。

 もしかすると、アヤちゃんに視認されなければ、いわゆる「二股」には成らない、という意味なのだろうか。 それではあまりに狡猾過ぎないか。

 それとも純粋に、人間として僕を好きになってくれたと。でも、古い恋愛の歌詞のようにLikeとLoveの漸近線って、どこまでを示すのだろう?

 僕はそんなに器用な人間ではない。一気に二人の女性とおつき合いなんて……

「筆記用具を置いて。答案回収します」

 わーっ! 時間がー!

 最後の英語のテストは散々だった。

 

「絵梨から聞きました。去年行った場所より遠いみたいですけれど、今度は原子炉見学に行くのですね」

「ざっと150kmはあるかな。でも地方だから高速道路で2時間くらいだし、日帰りできるから安心して」

 二学期初日が終わり、駅でエリさんと別れて乗った電車の車内、早速話を切り出された。やっぱり専門外の女子では、押川と同じレベルの理解度なのだろう。

「私も明君の知識に追いつきたいから頑張ります。それに去年見た紫峰の山も綺麗だったからお付き合いさせてください。

 ところで、京都奈良は遠いし、観光シーズンに行くのは難しいでしょうか」

「サイパン旅行でお小遣いかなり使っちゃったから。でも、行きたいね、みんなで京都にも」

「中学の修学旅行では行っていますが、やっぱり自分で行きたいと思わないと楽しめません。きっと明君と一緒なら、もっと楽しいと思います」

 そして すっ、と僕の肩にもたれ掛かる。

「それと凱龍輝、楽しみにしてます」

 もたれかかった視線の先、僅かに上目遣いで僕を見上げる。

 艶やかな黒髪に天使のリングが光っていた。これをされたら全ての男子はどんなことでも断ることなど不可能だろう。

 高校二年生の秋は、様々な変化を伴って開始されたのであった。

 

 その後の経過。

 エリさんのアイアンコングMk-Ⅱ(イミテイト)は順調に完成した。

 通常カラーに銀色のビームランチャーやマニューバスラスターを装備したコングは、アニメ版のシュバルツコングを思わせる。赤いスマホに保存された動画には、力強く稼働するアイアンコングの姿が映っていた。

「やっぱりゾイド、カッコイイ」

 動画を見せながら、本当に嬉しそうに笑う。

「お母さんも、同じ気持ちだったんだろうね」

 彼女の笑顔の中に、喜びだけではない感情も溢れ出ていた。

 

 一方、僕の凱龍輝再生計画は苦難の連続だった。

 電池入れっぱなし等の液漏れは無く、パーツも揃っていた。しかし月甲のダボが一部折れ脚部に装着するのが難しく、パーツ裏を補強し装着用のダボをプラ棒で追加する。

 銀色に塗装されてしまった頭部をリムーバーで塗装落としをかけたものの、どうしても筋彫り付近は落とし切れず安っぽいウォッシングに見えてしまう。それに紫外線での色落ちも目立って、そのままではあまりに貧弱だった。

 一念発起し父親愛用のエアブラシを借り受け、サフェーサー吹き、グロスブルーでの青パーツ全面塗装を行い、仕上げにラメ入りのクリアを乗せ、集光パネル裏にアルミシールを貼って完成させた。

 

「これが凱龍輝――ありがとうございます。このネックレスと一緒に大切にします」

 家も近いので僕が運んで手渡すと、ゾイドに関して全くの素人だったアヤちゃんも本当に喜んでくれた。それと、ただ歩くだけと思っていた凱龍輝のギミックに、集束荷電粒子砲発射態勢があったことにも驚いて、更に大喜びしてくれた。

「私アニメはあまり見ないのですが、文字列は追えるので明君が持っている本を貸して頂けると嬉しいです」

 どうやらバトスト、ファンブックの存在にも気付いたようだ。

 深みに嵌まると恐いゾイダー界隈に、純真無垢な文学少女を導くのは気が退けたが、本人が望むことなので仕方が無い。皮肉にも、エリさんの兄である浩先輩から僕の兄が受け取ったバトスト4冊と、ファンブック3冊(四巻は未入手)を貸してあげた。残念なことに凱龍輝の活躍シーンは無いのだけれど。

 エリさんの赤いスマホの壁紙が、赤い限定型から自分の作ったイミテイトに変わっていた。一方でまるで対抗するように、アヤちゃんはいつの間にか青い凱龍輝カラーのスマホを契約し、同じように動画を撮っていた。そしてJK二人が「アイアンコングがカッコいい!」「凱龍輝がカッコいい!」と論争する姿は――もはや至福の極みとしか言えません。

 アヤちゃんとの関係は良好で、あれからも変わらず健全なお付き合いを続け、僕を慕ってくれている。

 エリさんもその後、保護者的な立場で相変わらず付かず離れずの関係のままでの現状維持だった。

 僕たち三人の関係は、まるで量子の重ね合わせだ。絡み合い、その場に二重に存在する不確定要素のように。

 

 彼女は時折、僕だけドキッとさせる台詞を囁いて来る。

「ねえ、有名な物理学者が言ったんだ。【情熱ある恋愛には半減期がある】んだって」

 一緒に弁当を食べていた押川もアヤちゃんも、? ? と聞き流したが、曲がりなりにも多少の知識がある僕はその意味を理解してしまう。

 放射性物質は、一定の期間を経るとその放射線量が半分に減少する。つまり、強ければ強い程、エネルギー量は激減するということだ。

 情熱的な恋愛感情も永遠に続くわけではなく、いつかは崩壊していくもの。

 それがどちらの女子の感情なのか、或いはどれ程の期間が半減期なのかは語らないまま、彼女は微笑んでいる。

 参ったな。

 僕は彼女の視線から目を逸らし、図らずも空を見上げていた。

 それぞれが変わって、それぞれが成長した夏休み。

 青空を見上げる度、僕はサイパン島の青空を思い浮かべていた。

 

 

 サイパン旅行は一つのきっかけで、僕らはこれから幾つもの経験を重ねて行くに違いない。

 それは粒子加速器見学であったり、核融合炉見学であったり、京都奈良の神社仏閣の散策であったりと、無数に続いていく出逢いの一つに過ぎないはずだ。

 

 もしかすると、これから幾つもの国々を訪れる機会があるかもしれない。

 しかし、高校二年生の夏休み、この時期にしか出逢えなかった経験がある。

 透き通った海と青空の下、みずみずしい素肌を晒して思いっきり遊んだこと。

 

 サイパン島で彼女が水着に着替えた、眩しい姿に。

 

 

『サイパン島で彼女が水着に着替えたら―彼女のゾイドと荷電粒子砲・番外編』 終

 

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