サイパン島で彼女が水着に着替えたら―彼女のゾイドと荷電粒子砲・番外編   作:城元太

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 高崎、暑かったです。とにかく暑かったです。以上。

 

 それからの夏休み。

 いつものファミレス、いつものメンバーでの勉強会。数学の問題を、アヤちゃんはいつも同じところで間違う。比べてエリさんの数学・物理の能力はメキメキ上昇し、もはや僕が出る幕はなくなっている。いつものように数学がイヤで、ドリンクバーにアヤちゃんが逃げ出した間のことだった。

「パスポート、有効期限内に使えるなんて思わなかった」

 エリさんは自分用の数学ⅢCの参考書に目を落としながら呟く。

「小さい頃、小学二年生かな、一度家族でハワイに行ったことがあるんだ。でも全然覚えていないけどね」

「そう、なんだ」

 僕は敢えて深入りを避け、平静を装う。

 彼女の家族は複雑だ。最近になって知ったことだが、いまエリさんが住んでいるのは母方の祖父母が住むアパートだった。僕がなかなか自宅に招待してもらえなかったのも、三人で住むには手狭になっていて、部屋に案内するにも躊躇われたかららしい。

 離婚し別宅で兄の浩さんと暮らす父親から、養育費を含む諸々の経費は支払われていて生活に困る状況にはないそうだ。それでも去年の入学式で見せた憂いを帯びた表情は、家族を欠いた悲しみをどこかに負っていたからかもしれない。

 今は本当に明るくなった。特に数学や物理学の本を読んだり、問題を解いたりしている時間は活き活きとしている。それに今でも僕の父親(※注;僕ではない)とは、粒子加速器関連でのメールの遣り取りをしていて、乾いた大地に水が染み込むように膨大な知識を吸収し続けている。昨年の加速器見学会を機に彼女の母親譲りの才能が開眼した、と言い切れるだろう。

 それでも、家庭の事情にはまだまだ踏み込めない部分はある。だからこそ、家族の話を打ち明けて貰えるほどに、僕たちの『友情』は深まっていたとも言える。それは嬉しくもあり悲しくもあるのだが。

「知ってる? パスポートって、子どものうちは有効期限が五年間しかないんだよ」

 理由は簡単。成長に伴い、顔も背格好も大きく変化するからだ。

「小二で外国に行く時パスポートを作ったの。でもそのあと、両親は離婚した。

 あのね、離婚するとパスポートの変更って、住民票や戸籍謄本が必要になって大変なんだ。

 お母さんは、もしこれから中学や高校で外国への修学旅行があって、またパスポートを申請する必要があるといろいろな書類を書き直して提出しなければなると知って、更新しておいてくれたんだ。一度更新すれば次に期限が切れても再発行は簡単だから」

 充分色付いたサーバからカップに紅茶を注ぎ、寡黙に味わう。続く言葉を知っていた。「その後母親は亡くなった」と言うことを。

 僕は努めて明るく振る舞う。

「なんにしても良かった。僕もアヤちゃんも、申請手続きが大変だったし」

「ホント、お母さんには感謝しなくちゃ。有効期限が丁度今年の夏までだったんだもの」

 ということは、エリさんのパスポート写真は五年前のものか。ふと、どんな美少女が写っているのか気になってしまう。

「そういえば考えてる? サイパンでどんな観光地を巡るか」

「うん、実は見てみたい場所はたくさんあって――」

「ねえねえ、何の話?」

 丁度オレンジジュースをコップにたっぷりと満たしたアヤちゃんが戻ってきた。

「サイパンの観光コースの話をしようとしていたのだけど――彩香はまだ問題解き終わっていないでしょ。ここが終わってからね」

 渋々参考書に取り組むアヤちゃんの横顔と、エリさんの横顔を見比べる。屈託のない文学少女と比較すると、微かに憂いを宿す荷電粒子砲少女(失礼)はどこか繊細だ。

「水着はどうするの?」

 ときどきアヤちゃんは明け透けな問いを発することがある。あのね、ここに健全な男子高校生がいるんだけど。

「去年鎌倉旅行で買ったのでいいかな」

「新しいの買おうよ、折角だし」

 あー。そういう話題は女子だけでして欲しい。

「すぐそうやって勉強を休もうとするんだから。その話は後で」

 ショッピングモール、女子高生二人、試着室、大胆な水着。

〝ねえ、ちょっと刺激的かな~〟

〝海外なんだし、冒険してみようよ!〟

 まずい、思考が極限値limの∞発散になっている。

 その日それ以降の僕は、あまり勉強に身が入らないままになった。

 

 七月末。花火大会がありました。花火も浴衣もきれいでした!

 八月上旬。普通に過ごしました!

 八月中旬。お盆(盂蘭盆会)期間。墓参りに行きました。兄はまた一日しか休めませんでした!

 そしてやってきた、八月下旬。

 

 朝七時。乗り慣れたセダン。父親の運転で成田へ出発。

 助手席に僕が、後部座席には小柄なアヤちゃんを真ん中にして、母親とエリさんが挟んで座る。お母さま、昨年は確か生温かいまなざしで(なんであんたが彼女の隣に座らないの)と語っておられませんでしたか。

「そんなこと言ったかしら?」

 息子の思考を読むのも止めてください。

「シートベルト忘れずに。高速道路で捕まったら面倒だから」

 三人座った後部座席では、どのベルトがどの金具に嵌まるのか混乱する。走り出してから運転者が確認するのは不可能なので、あらかじめよく教えておく必要がある。何に捕まるって、もちろん覆面パトカーのこと。高速道路では常に巡回していて、左車線を時速90km程でゆっくり走っている黒銀紺白のスモークガラスで地域ナンバーのロー※ルはほぼ間違いない(父親談)。見分けるのは簡単。運転席助手席には、車内でわざわざ白いヘルメットを被ったお巡りさんが座っている。ターゲットを発見すると、しばらく伴走した上で徐に警告灯を出し警報を鳴らしながら一気に加速し追い越しをかける。リアガラスに赤文字で『左に車を寄せてください』の電光掲示が表示され、反則切符を切られるそうだ。シートベルト違反は罰金こそないが減点1が付き、免許更新が面倒になると、これも父が語っている。具体的過ぎる、追及は止そう。

 留守番になる兄は既に出勤済み。母親不在の間の家事は父親が行う。器用なもので、料理の腕は母親を上回っていると自称している。

 ふと、去年の粒子加速器見学会のシーンを思い出した。

 あの時には、ケースに入ったアイアンコングMk-Ⅱ限定版が一緒だった(ついでに押川)。そしてその赤いゾイドは、陽電子の対消滅から粒子加速器施設を守るため荷電粒子を大量に浴び、プラスチックの塊となって消えた。大切な思い出のゾイドだったのに。

「明君、これ、わかる?」

 エリさんが前の座席に手を伸ばしてきた。銀色のおもちゃの鉄砲……ではなかった。

「えっ、ビームランチャー、持ってきていたんだ」

 それは、あの時軽装化して外したMk-Ⅱ限定版のパーツの一つだった。彼女もまた、思い出していたのだろう。

「それとこれ、またお願いします」

 手渡されたCDは、やっぱり『ブロントサウルス』のアルバム。

「あら、【レベッカ】。懐かしい。〝せんぱ~い〟ってのもあったわね」

 お母さまお母さま、それは禁則事項です。父親が苦虫を噛み潰したよう顔をしている。

 エリさんとアヤちゃんは怪訝な顔をしている。

 よかった、二人とも気付いていなくって。

 車は走り出していた。

 

 成田空港まで約二時間の行程。途中サービスエリアで休憩をはさむ。夏休み期間中なので、いろいろな屋台が準備中。でも朝の時間帯なのでまだ開店していない。美味しそうな串焼きや、団子なんかが幟を上げていたが、当然焼き上がっておらず買うこともできない。フードコートに行っても、蕎麦や丼ものなどの通常の朝食コーナーこそ営業していたが、名物の焼きたてパンや今川焼風の食べ物も品出し前。ちょっと残念。

 しかし、父も母も口をそろえて言う。

「少しお腹を空かせておきなさいよ」

 そういえば、フライト時間は午後の1時。さすがに出発は早すぎないかと思っていた。「時間があれば近くで遊んでいくこともできるぞ」の父の言葉を思い出す。きっとなにかあるのだ。まだ朝の香りを残し、ツクツクボウシの声が響くサービスエリアでの食事は、簡単なサンドイッチだけを買って済ませることにした。

 

 JCを抜け、車は広大な田園地帯を延々と貫く東関東自動車道へ。

 やがて閉じているウィンドガラス越しに甲高いエンジン音が聞こえてきた。

「おー!」

 思わず声が出た。

 巨大な旅客機が次々と目の前を横切っていく。

「あんなに低く飛ぶんだ」

「ほんとに」

「すごいねー」

 高速道の高架から見ると、生い茂る杉林が滑走路を覆い隠し、まるで森林の中の秘密基地から飛び立っていくようにも見える。色とりどりの大型旅客機が発着する光景を前に、ここが海外への玄関口ということをまざまざと実感する。

 豊かな自然に囲まれた未来的施設。

 成田空港も、あの粒子加速器と同じように、田舎と都会が混在した異空間に存在していた。

 

 東関道成田ICを降り、立体交差のなかに林立する巨大なホテル群を見上げる。周囲には旅行期間中に利用する有料駐車場の看板が並ぶ。羽田に比べ利用料金は遥かに低額なので、利用者は多い。もっとも、駐車場無料という地方空港も存在するようだが。

 時刻は間もなく10時になる。通勤ラッシュも終わり、国道に混雑はない。

「さて、行くか」

「ひさしぶりね」

 両親が思わせぶりに会話する。

「イオ※に行くの?」

「そう、成田のイ※ン、美味しい物もたくさんあるのよ」

 なぜわざわざ旅行前に※オンにいくんだろうと、素朴な疑問が湧く。それでも出発まで時間は充分あるし、自家用車なので自由は利く。幾つかの航空表示灯を脇に見て、車は空港とは反対方向のイオ※に向かった(伏字面倒)。

 

 走ること十数分、※オンに到着。予想通り大きい。映画館やゲームセンター、家電量販店、ホームセンターなどが併設された大型商業施設になっている。幸い直営店舗前の平面駐車場に駐車できた。店舗の奥には巨大な立体駐車場があり、専門店街奥にも駐車場が続いている。さすがに越谷の※イクタウンには及ばないが、周囲に目立った大型店舗のない成田では、ずば抜けた広さを誇っていた。

「時間はたっぷりあるから、三人で好きなところに行ってきたら? それとも男同士、女同士で移動する?」

 施設のマップを見ながら母親が言う。

「お勧めはここ、チョコレートショップ」

 モール街一角の店を指さした。

 女性陣が目を輝かせる。一方で「アヤちゃん、大丈夫かな」と考えてしまう。

「僕らで移動するよ、ね」

「そうだね」

 きっとエリさんも同じことを考えたのだろう。

「それとも明君と彩香にはおじゃまかな?」といたずら気味に笑う。

「そんなこと」

「ありません」

 息が合ったのはちょっと嬉しい。僕らは三人で移動することにした。

 

 で。

 女子とのショッピングは概ね退屈、というのはご存じだろう。衣料のアウトレットや、かわいい小物店に行っている間にやることはない。初めて訪れた綺麗で広々としたショッピングモールを散策する女子二人の背中を、僕は備え付けの椅子から呆然と眺めるほかなかった。いままで文学にしか興味がないと思っていたアヤちゃんと、最近数学ばかり勉強しているエリさんも、やはり女子高生なんだと妙に感心する。アニメやまんがでは、この後いっぱいの買い物の箱を抱えて男は後を追うのだが、高校生の限られた資金と出発前の荷物を思えばできるわけがない。それでも父親の車で持ち帰りを頼めるので、多少の余裕はある。これのことか、と父の言葉に納得していた。

 モールの地図をぼんやりと眺めていて、専門店街脇にハー※・オフがあることに気付いた。そういえば、ゾイド熱が起きたのもこの中古チェーン店だった。女子二人は完全に意気投合し、僕の入り込む隙間はない。時間は充分あるし、暇つぶしにはなりそうだ。エリさんがいればアヤちゃんは大丈夫だろう。

「ちょっと行ってくる。なんかあったら電話して」

 僕は二人と別行動で、隣の※―ド・オフに向かうことにした。

 

 遠い。イオ※を出てからもかなり歩いた。途中迷路のような階段口に入り込んで遠回りしてしまう。〝ここは新宿駅じゃないぞ!〟と思いつつ、漸く目立つ黄色と青、緑と白の文字の店舗が視野に入ってきた。

 予想以上に商品が充実している。中古の電化製品、新古品の衣料、CDやDVD、ゲームソフトとハード、そして古本。目立つのがプライズ品などのフィギュアだった。千円前後でかなり手頃な価格帯になっている。客層を見て気付く。恐らく日本土産に買っていく海外旅行客が多いのだろう。成田イオ※から空港までシャトルバスが運行されていて、外国人観光客にもアクセスしやすい。陳列棚を物色する人たちも、実にバラエティに富んでいる。何度か秋葉原の電気店街を散策したことがあるがそれ以上。さすが海外への玄関口だと再度実感した。

 陳列しているガラスケースの一つに、見覚えのあるものが展示されていた。

(凱龍輝!)

 荷電粒子砲を無力化する集光パネルを全身に装備したへリック共和国軍の切り札、蒼き龍の雄姿がそこに展示されていた。

 

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