サイパン島で彼女が水着に着替えたら―彼女のゾイドと荷電粒子砲・番外編 作:城元太
値段は800円(税別)。はっきり言って状態は悪い。パーツの欠損こそないが、頭部の一部がマーカーのようなもので銀塗りされていて汚れと変色も目立つ。それでもガラスケースの中のゾイドは魅力的で、思わず手に取りたくなるカッコ良さだった。
凱龍輝は持っていなかった。僕の中でゾイドブームが再燃したきっかけは、ぶっちゃけエリさんのスマホの画像だったので、セイスモサウルス以降の新世紀ゾイドはほとんど買っていない。それにバーサークフューラーは持っていたし、どうせマイナーチェンジ版だろうと買わないでいたら、旬の時期が過ぎた後に画像を見て「やっぱり買っておけば良かった」と何度後悔したことか。
ケースの前を行ったり来たりして、ガラスの前に立って見つめたりした。もし買ってしまうと、これからも動き回るのに荷物になる。女子たちと合流の後、凱龍輝の入った袋を持って移動するのもかっこ悪い。それに移動中どこかにぶつけて壊れてしまうかもしれない。なにより中古品の恐いところは、電池ボックスに電池が入りっぱなしで液漏れを起こし、金具が腐食して動かない場合がよくあるのだ。
丁度その時携帯にアヤちゃんからの連絡が届く。「いまどこにいるの?」
僕はその場を離れ専門店モールに戻らなければならなかった。かなり後ろ髪引かれる気持ちだったけれど、結局購入はあきらめてしまった。
新宿駅ほど複雑じゃないが、専門店街の通路は本当に迷路のようで、二階フロアをかなりさ迷った。ようやく見つけたチョコレートショップ。華やかなポップが飾られた店頭で、アヤちゃんが僕を見つけて軽く手を振る。
(なんだこれ、隕石の破片?)
ウィドマンシュテッテン模様が刻まれたチョコの塊。普通のチョコレート色のチョコレート(二重表現)の他に、ホワイトチョコレート、ピンク色のストロベリーチョコ、パステルブルーのたぶんミントチョコがあって、その中にコンドリュールのようにレーズンやチェリー、ナッツなどが色とりどりに入って量り売りされていた。美味しそうな分お値段もなかなかなもので、ちょっとした塊一つでさっきの凱龍輝が買えちゃうぐらい。それでもお店のロゴが入った袋を、二人はそれぞれ提げていた。
「いろいろ試食させてもらったから買っちゃった」
キラキラした瞳でエリさんが言うと、隣のアヤちゃんもうんうんと肯く。だろうね、この魅力には女の子たちには抗えないし、そんな女の子が店頭にいれば、最大の宣伝効果も生む。アヤちゃんは最初のお土産が買えたのが楽しくてしかたがないらしく「これはお土産」と嬉しそうにロゴ入りの袋を振っている。なるほどこれが母親が言っていたことかと納得させられた。
このあと食事をとろうとレストラン街を歩いたものの、慣れないモールでは簡単に気に入った店は選べない。合流時刻も近づいていて、結局駐車場近くのマク※ナル※(もはや伏せ字意味ない)へ。セットメニューを頼み、早々に食事を終え、両親との合流を待った。
「お待たせ」
数分で特に買った荷物もない両親が駐車場前に現れる。旅立ち前のウィンドウショッピングだけを楽しんで来た様子だ。
「回るお寿司を食べてきたよ」
確かに国内ならありふれた日本食でも、海外でなら高級料理になるはず。今更ながら同じ店で食事をすればよかったと思ってしまった。
「それじゃ、空港へ行くぞ。みんなパスポートを準備しておくように」
まだ飛行機に乗るわけじゃないのに気が早いな、と思いつつ、再び車にて一路空港へ。
金網の向こうで巨大旅客機が滑走する光景を見ながら立体交差を抜け空港ゲートに到着すると、検問所のバリケード前で停車させられた。
僕たちが生まれるずっと前、この空港では激しいテロ事件があったそうだ。だから身分証明のためのチェックを、事件から何十年も経った今でも行っている(※現在検問は終了しています;作者)。父親が言ったのはこのことだったのだ。送迎の父親だけは運転免許証を、そして残りの僕たちはそれぞれのパスポートを提示する。僕らは紺、母親は赤のパスポート。検問所の警備員さんがしみじみとエリさんのパスポートを確認していて「いいなー」などと呑気な悩みが湧いてくる。結局僕は彼女の五年前の写真を見ることはできなかった。
ゲートをくぐり成田空港の送迎場所へ到着。車からみんなのトランクを引っ張り出す。僕は緑色、アヤちゃんは新品のパステルピンク、エリさんは黄色い使い込まれたもの。母親の黒のトランクは最低限の荷物しか持ってきていないようで予想外に小さい。
「子どもたちを頼む、そしてたくさん楽しんできてくれよ」
「行って来ますね、到着時刻は伝えた通りで。それと彩香さんたちのチョコ、冷蔵庫に入れるの忘れずにお願いね」
「お世話になりました」「また帰りにお願いします」
「あきら、レディたちのエスコート、しっかりな」
僕は「わかった」と力強く答え、空港を去っていく父親の車を見送った。
成田空港第二ターミナル。テレビのニュースで見たことはあったが、実際来てみると本当に広かった。様々な国の人たちが、いろいろな姿で行き交っている。髪型も体型も様々。いろいろな国のシールが貼られたトランクを引っ張って慌ただしく歩いて行く。日本庭園をイメージした枯山水や、屏風を思わせる金色のディスプレイ。巨大なモニターには日本と世界の絶景が映し出され、雲間を飛ぶ旅客機の映像が流れている。
「絵梨ちゃん、彩ちゃん、一緒にドル交換してあげようか?」
銀行の名前が入った両替所の前で搭乗客が列を作っている。電光掲示板に各国の為替レートが表示されていた。当たり前だがこれから行く場所は日本円は原則使えない。円ドル交換には少し面倒な記入はあって、初心者には少々敷居が高い。母親は二人から1万円ずつ預かると、貴重品だけ持ちトランクを置いて両替所へ、残された僕たちはしばらく呆然と空港ターミナルの天井を見上げ待つことになった。
「エリさんって、ここに来たこと覚えてる?」
「全然覚えてない。それとも第一(ターミナル)だったのかな……」
彼女も出国前の感慨を味わっていたに違いない。一方のアヤちゃんはというと、さっそくトランクに座って文庫本を開いている。タイトルは……柳田邦男『マッハの恐怖』。
「旅客機関係の本だったので持ってきました」
よりによってその本ですか。あとで怖くなっても知らないよ。
母親が両替所から戻ってきた。為替レートを気にしたなんて、生まれて初めてだ。えっと、円安と円高、海外で買い物するのに有利な方はどっちだっけ? 二人が財布にドル硬貨と紙幣をしまったあと、チケットを航空券に交換するため旅行カウンターに向かう。ちょうどカウンターの受付開始時間で、僕たちが一番乗り。座席をリクエストし窓側の席をキープしトランクを預けた。一通り終わってまだ11時30分。フライトは13時。
この間の1時間半、全部の行動を伝えるのも退屈なのでおおまかに説明。
空港内の売店、ショッピングモールを一通り回っていろいろなお店、ブランド店を巡り、12時を過ぎたころ出国ゲートを通過。初めてくぐった金属探知ゲート。僕とエリさんがひっかかった。ベルトをとったり靴を脱いだり。レンズの入っていない巨大虫眼鏡みたいな金属探知機で全身を検査された。あの「ピンポーン」という音って、心臓に悪い。何が反応したかわからないが、とりあえず解放されて一安心。もしかして、ゾイド好きが高じて金属生命体反応が起きたのか、と考えたのはヨタ話。
税関チェックの後にはゲートの先に広がる免税店を巡り、母親がパスポートと搭乗券を示して高級化粧品を買っていた。もう僕たちは感覚がマヒして、「わあ、すごいな」「わあ、すてきだな」以外の感情が沸いてこなかった。
マニアックなポイントとしては、成田空港内にもアニメショップが存在し、ガンダムのプラモなどが定価で販売されていたこと。AKIHABARAの看板の下、
京細工のお店らしく、隣にフルーツ八つ橋が売っていた。とてもズゴックは買えないので僕はラムネ、エリさんはオレンジ、アヤちゃんは抹茶(渋いなあ、文学少女)を買い込む。
「中学の修学旅行以来かな」
「機内のおやつにしよう」
さっきのフライドポテトがまだ胃袋に残っていて、まだ食欲は湧いてこなかった。
あとは母親の指示通り、茫然と航空券に記されたナンバーのフライトゲート行きの動く歩道に乗って流される。窓の外にはいくつもの旅客機が発着し続け、すでに興奮とモール街移動の疲労で若干眠くなるくらいだ。
「あったあった」
動く歩道を降りてすぐにフライトナンバーの搭乗口に到着した。背もたれの深い、座り心地の良い椅子にドッカと座る。
「なんかもう疲れた」
「そうだね」
二人は口をそろえて言うものの、アヤちゃんはしっかりと文庫本を出していた。搭乗開始まで20分。僕たちの乗る旅客機がボーディングデッキに横付けされ、滑走路上を荷物コンテナを牽引した車両が積み込みをしている。
朝出発してからもう6時間経って、目的地に到着もしていないのにものすごく濃密な時間を過ごした。旅行って、簡単に飛行機に乗って、降りて、遊んで、戻るだけと思っていたが、こんなにも手続きや準備が必要なんだと改めて感じた。ちょっとだけ心残りは、あの凱龍輝のことだけ。帰国便のあと、もう一度※オンに立ち寄るとは思えない。やっぱり無理しても買っておくべきだったかと、「後悔先に立たず」の諺を噛み締めるうち、いつの間にか搭乗ゲートが開放されていた。
ゲートで切られた航空券の半券を手にして席を探すと、前の席の方が不思議と広い。これはいいなと思いつつ、あれよあれよという間に幅が狭い席の列まで進んでしまう。ようやくわかった。ここがエコノミークラス、さっきのあれがビジネスクラス。きっとビジネスクラスの先のカーテンの向こうに、ファーストクラスがあるのだ。これが格差社会なのか、と早々に諦めた。
座席は2・3・2の中型旅客機で、僕とアヤちゃんが窓側の2に座り、母親とエリさんは中央列の3に座る。やっぱり外がみたいのが理由なのと、海外旅行経験豊富な母親、一度だけは経験しているエリさんも同じ理由で中側の席になった。ただし、帰国便ではエリさんと交換して座ると約束しておいた。
翼の下でジェットエンジンのタービンが甲高い音を立てている。前の座席の背もたれに設置された小さな液晶画面に、これからの航空路やフライト中の注意、緊急事態での救命胴衣の付け方、酸素マスクの利用方法などが流れている。肘掛けにはゲームコントローラーがあって、フライト中にゲームや映画、音楽を選択できるようだ。もちろん、一度でも海外旅行を利用したひとにとってはいまさらの情報とは思うが、僕とアヤちゃんのような予備知識の無い初心者には見るもの聞くこと全てが真新しくて感動してしまう。
日本語と英語の機内アナウンスが流れ、再度緊急事態の対処法の映像が流れる。飛行機が海上に着水したら巨大な滑り台が膨らんで脱出するんだ。なんだかアヤちゃんが真剣に映像を見ている。ほらやっぱり、あんな文庫本読むから。
映像が終わり、シートベルト着用のサインが表示される。天井の荷物入れが飛び出さないか、キャビンアテンダントのお姉さんたちが確認して回る。
機体がボーディンデッキから動き出した。窓の外に飛行場との境目の林がゆるゆると流れる。ひときわ甲高いタービン音が響くと、ゆるゆるとした移動がいっきに加速する。
離陸の衝撃は特にない。しかし機体が上向きに傾く浮遊感はしっかりあった。よっぽど遊園地のジェットコースターの方が恐ろしいけど、完全にこの客室空間が空中に浮かんでいるんだ、と思うと不思議で、ちょっとだけ心細い気持ちになる。
「ちょっとこわい……ですね」
お~っと! アヤちゃんが僕の右手をぎゅっと握ってきました。きっとあの文庫本のおかげだ。柳田邦男先生、感謝します。しばらくの機体傾斜と僅かな加速を感じながら、僕らは空の上の人となっていた。
到着まで約4時間。水平飛行になるまで映画やゲームはできない。モニターには飛び立った成田空港と、到着先のサイパン島が示されている。旅はまだまだ始まったばかり。この狭い座席空間で、約4時間をどう過ごすか。
シートベルト着用サインのランプと、窓の外側に広がる雲海を眺め、青空の先にあるサイパンの海を思い浮かべていた。