サイパン島で彼女が水着に着替えたら―彼女のゾイドと荷電粒子砲・番外編 作:城元太
サイパン国際空港に到着したのは午後五時半。機内の「現地時間は17:30です」というアナウンスを聞いて、初めて地球に時差が存在することを実感した。降下時の気流での揺れも、着陸の時のガッ! という衝撃も、狭い機内からの開放感の方が勝りシートベルトを外すのと一緒に乗客みんなが思い切り伸びをする。
貧乏性、もとい、【エコノミー症候群】って起こるのがわかる。いくら暇つぶしにゲームをしたって映画を見たって、飽きるものは飽きる。ほぼ四時間ぶりの地表では、島の西側の稜線上に南洋の太陽が輝いていた。
ボーディングデッキに出たとたん、むわっとした湿気と熱気が僕を襲う。サイパン島は日本と全然違う香りに満ちていた。
母親が教えてくれた荷物受け取りレーンでは、ベルトコンベアに乗って回転寿司みたいにトランクが流れてくる。じっと見つめていたら、ギャグみたいに目が回ってしまった。
荷物を受け取ったあとは入国カウンターへ。ここだけは完全に一人で対応しなければならない。
パスポート写真と比較されながら係員さんに聞かれた。
〝Are you sightseeing ?〟
〝No. Combat!〟
って答えたかったけど、大変なことになるので無難に〝Yes〟って返答した。
ゲートを抜けた空港ホールでは、ツアー会社のボードを掲げた現地のスタッフが待っていた。ツアー客名簿の確認を取ってバスへ移動。走っている車の大部分が日本車だったし、意外と車の右側通行に違和感はなかった。30分ほど走ってホテルに到着。
「うわー!」
僕ら一斉に、また声が出た。
みごとなオーシャンビュー。ホテルのプライベートビーチが真っ正面。水面下の砂や岩礁がはっきり透けて見える、澄んだ海がそこに広がっていた。
エレベーターに乗って部屋へ移動し、荷物を置いてすぐにでも海に入りたい……と言いたいところだけど、やっぱり旅の疲れが残っていて、部屋に入ったとたんベッドにうつ伏せで倒れ込んでいた。
日程表を片手に母親が言う。
「すぐに夕ご飯だって。アヤちゃんたちにも声をかけてきて」
えっ、僕が女子の部屋に? 跳ね起きたい衝動を抑えベットから身体を起こす。母親は手荷物を整理中、僕はハプニングイベント発生の淡い期待を抱き、隣の部屋の呼び鈴を鳴らした。
「は~い」
エリさんはパステルピンクの七分袖のシャツにワンピースを、アヤちゃんはオレンジイエローのTシャツにハーフパンツ姿のラフな服装に着替え終えていた。
「すぐに食事に行けるって。準備できた?」
「行けますよ。レストランは2階でしたね」
期待したようなハプニングはなかった。何を期待したかは御容赦を。
誰もが一度以上はやるアレ、オートロックの締め出し。マヌケなソレだけは回避したい。
「これで、いいんだよね」
ドアノブ上の差込口にカードキーを何度か差し込み、ロックと解除を確認して部屋を出て、念のためもう一度ロックを解除して女の子たちの部屋を出る。母親も準備を終えて待っていてそのままエレベーターホールへ。
ルームナンバーの書かれたビュッフェ券をもってレストラン受け付けを済ますと、母親が言っていたように豪華で色とりどりの食材が揃っていた。
パンやパスタはもちろん、ご飯や味噌汁もある。肉だ! 魚だ! ソーセージだ! 思い思いの食材を皿に載せ、充分過ぎるほどに食事を楽しむ。満腹になった仕上げにコーヒーを一杯、しっかりミルクと砂糖を入れて飲んだ。
初日は移動だけで終了、ツアー日程の殆どがフリープラン。大まかな計画は母親が決めてくれているので、僕たちは完全にお任せ中。食事を終えると意外と時間は空いていた。
折角の海外なのに部屋に籠もっているのももったいない。日本から持ってきたマップを眺めると、ホテルから歩いて行ける距離に土産店やコンビニ(世界共通)があるとわかった。しかし外出するのも不安がある。
「どこか行ってみる?」
こんな時、旅行慣れしている母親の存在はありがたい。そんなわけでちょっとした夜の散策にみんなで出かけることにした。
ホテル前の四車線道路の、横断歩道らしきラインが曳かれた信号前を渡る時、またアヤちゃんがぎゅっと手を握ってきた。日本国内の文学の聖地巡礼をしている彼女でも、やっぱり海外は不安なんだろう。役得役得。一方のエリさんは落ち着いていて、見るもの全てが珍しいようでゆっくりと視線を巡らしている。一度ハワイに行ったという経験の差なのだろうか、いかにも「観光客です! 現地不案内です!」とアピールするような行動は避けている。そして肝心の僕の母親だが、
「こっちこっち!」
一番はしゃいでいた。
ホテルの向かいにあるのがお土産屋、といっても※ィレッジ・※ァンガードのようなお店だ。ホテルに近いこともあって観光客で賑わっている。迷路のような店内を、僕とアヤちゃんは一緒に、母親は勝手気ままに、エリさんは僕たちが見えるくらいの位置の売り場でめいめいに物色した。
〝小浜〟大統領のキャラパネルがあって、母親にパネルとツーショット写真を取らされた。コスプレ〝蜘蛛男〟が店内を徘徊していて、あちらこちらでポーズを取っている。この〝蜘蛛男〟、エリさんよりも小柄でチープな臭いがプンプンしていて逆に楽しい。〝I ♡ SAIPAN〟のロゴTシャツやシール、怪しげな南洋風の木彫りの人形、毒々しいくらいに鮮やかなお菓子のほかに、日本では見たことのない缶ジュースやスナックが雑然と並べられている。でも僕にはあまり興味を持つような商品は見当たらない。他に何か面白そうなものはないかと周囲を物色していた時だった。
店内の隅、あまり人気の無い一角の、無造作に積み上げられた箱の山の中に、見覚えある箱が目に留まった。
(まさか、こんなところに?)
「――あれ、見てみたいのですけど、取れますか?」
丁度その時、アヤちゃんが別の棚の上の方に積まれている石けんの塊を指さしてきた。日本の店なら踏み台などが用意されているものだが、そんな便利なものはなかったからだ。
僕は埋もれている箱の確認をするのを後にして、アヤちゃんのそばに行く。ちょっとだけ背伸びして棚に手を伸ばす。
「ありがとうございます」
バラだろうか、手にした石けんはパッケージ越しにも香りが漂ってくる。それは花びらが塗り込まれた手のひらサイズのきれいな白いミネラル石けんだった。
両手で受け取ると、スーっと香りを嗅ぐ仕草が可愛らしい。
「会計はどこでしょうね」
あー、「一緒に来て欲しい」ってアピールだ。あの箱を確認したい気持ちを抑え、僕はアヤちゃんと一緒に会計に向かう。レジカウンターに並んでいたのは、細々としたお土産を籠にいれた母親だった。エンジョイしているな~。
会計を済まし、そろそろホテルに戻ろうとなった。店頭でコスプレ〝蜘蛛男〟が手を振る。結局僕は、あの埋もれた箱を掘り出すことはできなかった。
エレベーターでフロアに戻り、それぞれの部屋の前で軽く挨拶する。
「それじゃ」「おやすみなさい」
ああっ、女子二人が隣の部屋に! でも母親同伴ではなんにもできない(何するつもりだ)。それに妙に安心する。こんな時だけ、未成年って便利だなって思ってしまった。
部屋で※ぶぶを開き、掲載されている観光スポットを覗き込む。紙面いっぱいにさまざまなマリンスポーツやお土産品の写真が広がっている。
いよいよ明日は海だ。
「あきら、大丈夫? 女の子と一緒だからといって、あんまりはしゃぎ過ぎないようにね」
「わかってるよ……」
まあ、見透かされてるよね、母親だし。
いろいろな意味でわくわくが止まらない。少し空かした窓から聞こえてくる波の音を聞きながら、ゆっくりとサイパンの夜は更けていった。
翌朝七時。
見知らぬ天井。
「どうして僕はここにいるのだろう……」とか考えてる場合じゃない。
海だ! 水着だ! 女の子と一緒だ! (ついでに母親も一緒だ)
開け放たれたカーテンの外、昨日見た夕闇の海とは全く違う景色が広がっていた。
僕らがイメージする「青い海」とは異なる「青」、エメラルドグリーンなんて安易な言葉では表現しきれない、青くてグリーンで透き通った色だ。空の青と砂浜の白、海のなかで黒く見えるのはサンゴ? それとも海藻か。
朝食ビュッフェは八時から九時半までで、時間的余裕は充分ある。砂浜に飛び出したくてウズウズしている丁度その時、タイミング良く部屋の呼び鈴が鳴った。
「朝のうちに一度泳いでみない?」
パーカーを羽織った二人がドアの外に立っていた。
声なき絶叫が僕の心の中に轟く。そもそも心の中なので声は無い、などというレトリックを操っている場合でもない!
「母さん!」
「ほどほどにね。朝ご飯までには戻ってくるのよ」
字面だけ見るとまるで小学生が遊びに行くみたいだが、ここはサイパン、南の島。
僕も着替えてパーカーを羽織り、持参したクロックスに履き替え部屋を飛び出した。
ホテル1階のエントランスを素通りして砂浜に出る。砂落とし用のシャワーを抜け、プライベートビーチに降り立った。
「すごーい」
「スゴーイ!」
「凄い……」
三人とも語彙力を失う、文学少女のアヤちゃんまでも。
とにかくすごい。朝の清浄な空気のなか、海の色はもっともっと美しく輝いていた。
ここでアドバイスを一つ。砂浜を素足で走る、なんてことはやめた方がいい。砂浜の砂は砂に非ず、甲殻類プランクトンの死骸も混ざっている。迂闊に素足で走り回ったりしたら、大ケガこそしないがかなり痛い。事前に情報を母親から得ていたので、僕らはそれぞれクロックスやかかとがあって波に流されないようなビーチサンダルを履いていた。後にサンダルやクロックスを履いていたことが正解だと痛感するし。
ホテル備え付けのビーチパラソルとテーブルの上に荷物を置き、みんな一緒に上着を脱いだ。
(拙い語彙力でどこまで表現できるか自信がないので、それぞれ想像で補完して欲しい)
アヤちゃんは、フリルのついたピンクのビキニタイプの水着だった。文学少女のテンプレート、露わになった張りのある肩や二の腕を、指で軽く突いてみたくなるような、ミルクのような白い肌だった。小柄な背丈と相まってとっても可愛らしい。でも、ごめんなさい。僕と付き合っているのはアヤちゃんなのですけど――
エリさんはメタルアーマー(※ラグナー)のような1㎝ほどの赤青のラインが入った刺激的な白ビキニだった。茶色がかった髪と白い水着がコントラストを成して、もはや直視できないほどにセクシーだ。
「どう……かな?」
アヤちゃんが、少し恥ずかしそうに聞いてくる。
「あのね、明君がイオ※で別行動していた間に、私たちだけで水着売り場にいって、新しい水着を買ってみたんです」
僕が凱龍輝の前で行ったり来たりしていた時間、きっと彼女たちも水着の前で悩んでいたのだ。方やゾイド、方や水着――本当にごめんなさい。そして初めての水着に戸惑っているようなアヤさんも。
「もう夏も終わりだからセール品になっていてお買い得だったんだ。彩香のはちょうどのサイズがあったからよかったけれど、私のは合うのがなかなか無くて。すこし小さい気がするんだけど、大丈夫かな……」
と語尾が小さくなっていった。言われてみれば、決してふくよかではない体形のアヤさんが、いつになく肉感的に見える。水着サイズが小さい分、身体の起伏がより強調されているのだ(婉曲表現)。ありがとう、成田のイ※ン、ありがとう、売り切れていてくれた水着!(感謝するの何度目だ)
僕はエリさんを直視できない分、必然的にアヤちゃんへ視線が注がれる。
「とっても似合ってるよ。本当に素敵だよ」
「やったー!」
無邪気に喜ぶアヤちゃんは本当に可愛い。
そしてエリさんは――本当に美しかった。
ここで母親からの最重要な伝授、アドバイス二つ目。間違っても【水着】を褒めるのではなく、【水着を着ている女性】を主体として褒めなさい、と釘を刺されていた。お母さま、本当にありがとうございます。
あ、僕は黄色いたてラインが入ったダークグリーンのハーフパンツ型の水着です、興味ないか。
僕ら三人とも泳げないことはない。でも本気出して観光地で遠泳する愚か者もいない。
アヤちゃんは大きめの、エリさんは中くらいの浮き輪を持ってきていた。波の上をぷかぷか浮いて寛ぐなんて最高の贅沢だろう。
南の島の陽射しは強烈なので、二人とも水着の上に白の薄いパーカーを羽織って海に入っていく。
で、濡れた肌に張り付く布地の…(略)…僕が幸せの絶頂であることは間違いありません。
「温かい」
「本当だ」
水温は30℃くらいあるだろうか。日本の海水浴場で経験する、ときおり冷水に浸かるような気まぐれな海水ではなく、もちろん学校のプールのような塩素臭さも生温かさもない水の感触。そして
「あ! 魚」
足元にコバルトブルーとレモンイエローの、2~3㎝ほどの熱帯魚が怖がりもせずに泳いでいた。ホテルの部屋から見えた黒いものはやはりサンゴの塊で、水面からサンゴの枝の間を覗き込むと何匹もの熱帯魚が泳いでいるのが見えた。
本当に水が透き通っている。海底の砂も良く見えるし、熱帯魚も良く見える。そして彼女の水着姿も……。
「キャ!」
突然アヤちゃんが悲鳴を上げた。
漣をかき分け(水の中を)駆け寄る。
「大丈夫、なにかあった?」
ケガとかではない。でも片足立ちで浮き輪に縋りついている。
しきりに海底の砂を指さしている。
「なまこ……なまこ」
「
一瞬にして背筋がゾワっとした。
透き通った水の底、よく見るとキュウリ大の黒い物体が、表現はアレだがまるでウ※コのように無数に横たわっている。
「ナマコ、だ」
「ナマコ、ね」
海が綺麗な理由。敵に襲われると自分の内臓を吐き出して本体が逃げるというトンデモない生命体ナマコが、このビーチには無数に棲息し、海水の浄化に貢献していたのだった。
気が付けば僕らはナマコの群れに取り囲まれていた。つまり動かないナマコの群れの中に飛び込んでいたということ。
これ絶対踏むやつだ。クロックスを履いているから直接感触は伝わらないけど、ムニュっとした気配は僅かにある。無視して鈍感になるか、それとも海水浴を諦めるか二つに一つ。
僕らが選んだのは前者だった。
朝食時間開始の30分後まで、存分にプライベートビーチを堪能した。
大丈夫、足元の特殊生物は、内臓が無くなっても復活する超生命体だもの。
沢山遊んでお腹はペコペコ。
ビュッフェで食材を大量に平らげたことは言うまでもない。
ツアーはまだまだこれからだ。