サイパン島で彼女が水着に着替えたら―彼女のゾイドと荷電粒子砲・番外編   作:城元太

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「マニャガハ島?」

 朝ビュッフェの後に告げられた次のツアー予定の、少し間の抜けた島の名前を思わず聞き返す。そんな反応も予測済みらしく、母親はにっこり笑ってるる※を開き指さした。

「とにかく楽しいところよ。なにで遊ぶかそれぞれで決めておいて。ツアーバスの出発までにガイドさんに連絡しておくから」

 僕たち三人の前に、マリンスポーツの写真のページが開かれていた。

 

 バスで入り江の小さな港へ。そこから観光船に乗って数分。透き通る海水に浮かぶ桟橋を降りると、絵に描いたようなビーチリゾートの島に到着した。

 マニャガハ島は周囲が1.5kmほどの小さな島だ。島全体が観光施設になっていて、シャワーや荷物置き場(海の家みたいなところ)が自由に使える。入島料こそかかるけど、全部ツアー料金に含まれているのでガイドさん任せ。

 到着してすぐに水着にパーカーという大胆な格好になったけど、同じような姿の観光客に紛れて違和感はない。アヤちゃんはパーカーの他につば広の帽子を被っていて、エリさんはバイザーと白い水着とセットのパレオをまとっている。

 違和感はない……が、高校の制服姿を知っているからこそ無防備に普段見せない部分を露出している姿に胸が熱くなる。明け透けに申せば「エロい」のです。これを見るために人として生きてきたのだと、心底感動していた。

 ここで僕らは一時別行動になる。

 実は旅客機で感じた浮遊体験が若干病み付きになっていたので、僕は島でのマリンスポーツを、パラシュートで空中散歩を楽しむパラセーリング体験で選んでみた。一方母親が選んだのはシュノーケリング。

「さすがに空を舞うのはキツイわね。それに遠浅の海底って綺麗なのよ」

 母親の言うこともわかる。素晴らしい透明度の海だからこそ、海の美しさも格別だろう。しかし最も迂闊だったのは、アヤちゃんが選ぶ前に僕が選んでしまったことだ。

「私もシュノーケリングにします」

 彼女も母親と同じものを選んだのだ。

「ジュール・ベルヌの世界も味わってみたいのです。それにあまり空を飛ぶのは得意ではないので遠慮します」

 よっぽどあの小説(『マッハ』)がコワかったのだろう。でも僕が先に選んでしまったことで気を遣わせてしまったのかもしれない。

「じゃあ僕も」と言いかけたとき、エリさんが控えめ且つ貪欲に申し出た。

「私は体験したいな、生身で空を飛ぶこと」

 達観しているので一応断っておくと、エリさんは僕が選んだから選んだのではなく、純粋に空を飛んでみたいと思って選んでいるはず。そんなもんです、そんなもん(泣)。

「じゃあ、あきらと絵梨ちゃんはパラセーリングで、お母さんと彩ちゃんはシュノーケリングにしましょう。遠慮なんかしていたら勿体ないわ」

 そんなわけでの別行動だった。

 

 僕とエリさんは他のパラセーリング参加者と一緒に桟橋へ向かう。真っ白いモーターボートに乗って沖合へ。パレオやバイザーは邪魔になるので、エリさんは白い水着の上にパラシュート固定用の装備とライフジャケットを付け、長めの髪は束ねて後ろに垂らしている。

「本当に綺麗ね」

 海をバックに束ねた髪が靡いて時折素肌に纏わりつく、グラビアのような構図だ。水着がジャケットに隠れ※エプロンならぬ※ライフジャケットのように見えて、更にドキドキする。両脚大腿部(有り体に言ってフトモモ)に巻かれた金具付きベルトも、ある特定の嗜好の嗜虐心を掻き立てて……エロい(こればっか)。

 ところで、パラセーリングとは一人で舞い上がるイメージを描いていたし、実際※※ぶにも一人乗りのパラシュートの写真が掲載されていた。だからジップロックに入れたエリさんの赤いスマホを片手に、お互いに空に浮かんでいる様子を写真に収めようと思っていたのだが、

(並列タンデムじゃないか!)

 モーターボートの船上で、最初の参加者が準備を始めた時に初めて気が付いた。このグループでは二人が並んで座るタイプのパラシュートだったのだ。

 僕らの順番が回ってきて、係員の現地のお兄さんが金具をパラシュートに固定する。

「ラブラブネ?」

 これは片言の日本語と表現すべきなのだろうか? とにかく僕たちはカップルと思われたらしい。イヤイヤ違います、と否定する間もなくモーターボートが滑走を始める。

 二人を乗せたパラシュートは、あっという間に空中に舞い上がった。

 風を切って感じる浮遊感。足元に広がる透明な海。そして落下防止でサンダルを脱いだエリさんの素足が白くて眩しい。

「~っあー!」

 息を吸うような吐くような歓声を上げる。サンゴの塊や岩礁、そして楽園のように浮かぶマニャガハ島が遠くに見える。そういえば旧バトストで、パラグライダーのようなダミーの翼をつけて国境の橋に降下した赤いイグアンのことを思い出した。アルメーヘン? ナイメーヘン? どっちだっけ。カージナル、ワニが川を渡り始めたぞ。ここにはワニはいないが、サメがいたらイヤだな。シュモクザメだったらハンマーヘッドだな。

「楽しい~!」

 彼女の歓喜の声で我に戻る。聞こえるかどうかなど構わずに出た歓声だった。時折身体を提げるベルトが揺れて、彼女の二の腕と僕の肩が触れる。柔らかい。そしていい匂いがする。ベルトが彼女の柔らかい部分に食い込んで無限にセクシーだ。別の意味で、僕は絶叫していた。

 その時水平線上に、楽園の島には不釣り合いな物体が浮かんでいるのを僕たちは捉えた。

「ねえ、あれなんだろう」

 精一杯の声を張り上げ指さす。

「わからない。軍艦かな」

 ざっと見て100~200mはあろうかという灰色の塊が数隻、水平線の彼方に浮かんでいる。考えたところで仕方ない、今は空中散歩を堪能することに集中した。

 十数分のパラセーリング体験はたちまちの内に終わり、僕らは再び地球に戻る。本来ならば飛び上がったボートの上に降り立つはずなのだが、操作を間違ったのか、それともカップルへの妬み、或いはサービスなのか、僕らはゆっくりと海面を滑走させられ、やがて水没してずぶ濡れとなった。

 救命胴衣で浮かんでいる僕らを、係りの人が笑いながら回収しにくる。

「ラブラブデスネ」

 彼女は額にはりついた前髪をかき分けながら笑っていた。そりゃもう、笑うしかないだろう。僕も笑った。むちゃくちゃに楽しかった。

 

「ボートシュノーケリング、ほんっっとうにキレイでした!」

 アヤちゃんの瞳は文学を語るときの同じくらいに輝いている。島のオープンカフェで昼食を摂りながら、合流した僕たちはそれぞれのマリンスポーツの話題に華を咲かせていた。

「朝泳いだ場所とは全然違っていて、船で沖合に出てから潜りました。魚の種類も豊富で水族館で見たような本物のサンゴが生きて揺らいでいるのです。それに40㎝くらいの太くて特大のナマコはいましたけれど、慣れてくると可愛くなりました」

 適応力早っ。けれど存分に楽しんだようだ。もともとマイペースな文学少女だし、信頼しているエリさんのだからこそ、僕と行動が一緒だったことにも不必要な感情は沸き上がってこないんだね。隣では母親が黙ってニヤニヤしている。

「あきらちゃんは、楽しかったの?」

「そりゃあ、こっちも楽しかったよ。なにせ空を飛んだのだから」

「はい、本当に今回の旅行に来てみて良かったと感謝してます」

 注文品の食事のメニューを見ながら、エリさんって、相変わらずハンバーグが好きなんだな、などと思う。

「ところで海の先に灰色の軍艦みたいなものが見えたんですけど、あれは何でしょう」

 一度ジュースを飲み、再び水平線を見つめた。来た時は気付かなかったが、いま意識して目を凝らすと、ここからでも灰色の物体は見えていた。

「ああ、あれね。アメリカ軍の補給艦よ」

 事もなげに母親が答えた。

「ここじゃないけど、前に大地震があって津波に襲われた島があったでしょ。サイパンにもアメリカ軍基地があって、万が一補給物資がなくなったりしたときのために、わざと沖合に停泊して常に緊急事態に備えているんだって。津波は沖合には影響がないからね」

 忘れていたが、ここはハワイや沖縄に次ぐ太平洋でのアメリカ軍の重要拠点だった。いままで触れてはこなかったが、この島の歴史には戦争という史実が刻み込まれている。その証拠がビーチに今も残っていた。

 食事をしているテラスから、旧日本軍の大砲が見えていた。潮風に晒されながらも、手入れが行き届いているのか、それとも砲身の材質が頑丈なのか、僅かにサビの浮いているだけの光沢が残る全長十mほどの鉄の筒だった。近くにある説明板と砲身に刻まれた日本語から、六(インチ)四十口径砲と読み取れた。単純計算で3×6=18㎝砲。ウルトラザウルスのキャノン砲の口径が36㎝で、高速戦艦と呼ばれた金剛や榛名と同じだから、戦艦ではなく駆逐艦や軽巡洋艦に搭載された砲だろうか。

 モニュメントと化した20世紀の遺物に注目する観光客は少ない。しかしここで日本軍とアメリカ軍が激闘した歴史を示していた。食事を終えたエリさんが頬に人差し指を当てて水平線を見つめる。

「そういえばパラセーリングをしていた時、空から茶色い十字架のようなものが見えました。大体5mくらいあったと思うけど、もしかしてゼロ戦の残骸だったのかな」

 これも気付かなかった。カージナルを妄想し、隣の水着姿の女子に(うつつ)を抜かしていた僕には、空と海の青さ、そしてアメリカ軍の補給艦以外にまで注意力を回す余裕がなかったようだ。

「他にもいろいろと残っているわ。明日回ってみる?」

 観光地にきて歴史の勉強をするとは思わなかった。しかし興味は湧いて来る。アヤちゃんもエリさんも、そして僕も頷いていた。翌日のツアーコースが決まった。

 ところが翌日を待つまでもなく、この島には戦争の爪痕が至る所に刻まれていることを、次のイベントでも実感する。

 

 午後までマニャガハ島を充分満喫したあと、本島に戻ってすぐ別の桟橋に到着した。

「ビートルズみたい!」

 エリさんが声を上げる。

 アヤちゃんにしてもそうだが、二人の女子は交互に時代錯誤な知識を得ている場合が多い。確かに歴史的ロックグループの名前は当然知っているだろうけれど、アレをみて咄嗟に「イエローサブマリン」を連想するなんて只者ではない。これも【レベッカ】同様、彼女の母親からの影響なのだろうか。

 黄色い観光潜水艇が沖合に停泊している。喫水の関係で浅い場所には近寄れないからだ。これから参加するのは観光用の中型潜水艇で、海底深度10~20mほどを潜水して楽しむ「潜水艦ツアー」と名付けられたイベントだった。桟橋からゴムボートで潜水艇の停泊するプラットホームみたいな場所へ行き、順を追って一人ずつ艇内に降りる。よく映画やアニメでみるような、垂直の梯子とハンドルが付いた丸いハッチだ。本来なら「ハンマーヘッドみたい!」と言いたいところだが、「ビートルズ」の二番煎じの誹りを受けそうなのでスルー。でも実際、ハンマーヘッドのように司令塔後ろの甲板は平面が広がっていた。

 艇内に降りると、船体全体に張られた強化ガラス越しに、まるで水族館の水槽を泳ぐような魚の群れが見えていた。半潜水タイプのグラスボートなら、沖縄や、近間では静岡県伊東市で運行されているのは知っていたが、これは完全に潜水する観光潜水艇で、もちろん僕たちも潜水艇に乗るのは初めてだ。

 ハッチが閉じられ、英語と日本語の乗船時の注意事項アナウンスが流れる。ゆっくりと海底の景色が流れ、潜水艇が下降していく。鼓膜に圧迫感を覚え、何度か鼻をつまんで耳ぬきをした。

 もはや海の美しさを語るのも陳腐なので、サンゴや魚(そしてナマコ)のことは割愛しよう。やがて青に包まれた視界のなか、海底の砂の上に人工的な構造物が見えてきた。

 プロペラだ。ブレードが四枚で、かなりの直径がある。

「あれもゼロ戦ですか?」

「いや、零戦は三枚プロペラなんだ。たぶん大型機か、もしかしたらアメリカ軍機のものかもしれない」

「見てみて、あっちには船の残骸が!」

 何人かの客がガラス窓の外を指さしている。垂直に黒い壁が立ち上がっていた。ところどころ朽ち果て穴が開いている。輸送船だろうか、大発と呼ばれた上陸用舟艇にも見える。さっきのプロペラとは比べ物にならないほど大きい。太古の恐竜の骨にも思えるが、それは僅か数十年前の人間の行為によって生じた遺構だった。

 艇内は穏やかなBGMが流れ、地形と同化した残骸を後にし、潜水艇は海底を進んでいく。浅瀬では出会えなかった大きな魚やサンゴ礁の群体など数々の美しい景色を巡り、浮上した潜水艇から桟橋に戻ると、時刻は午後三時を過ぎていた。

 ツアーバスに乗ってホテルに戻ると、さすがに遊び疲れ、到着日と同じようにうつ伏せになってベッドに倒れ込む。

 そのままひと眠りしたいところだが、海水浴での塩と砂とが身体についているので、なんとかシャワーを浴びて着替え、濯いで濡れた水着を部屋のバルコニーに吊るし、それから30分くらいうたた寝をして、母親に起こされて夕食ビュッフェへと移動した。

 相変わらずの豪華メニューで、充分に食事をしたが、疲れのせいか昨日と比べると控え気味になった。

 夜の散歩に出かける気力もなく、今度こそベッドに倒れ込む。

「じゃあ、お留守番お願いね」

 女性って予想以上にタフだ。今夜も母親と女子二人は、夜のストリートマーケットに出かけていった。

 僕は一人ベッドの上に仰向けになり、るる※のページの一画を凝視する。

 ヒストリカルツアー。島内の戦争遺跡を巡るツアーだ。説明文のなかに『バンザイ・クリフ』という退廃的な文字列が記載されていた。

 

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