サイパン島で彼女が水着に着替えたら―彼女のゾイドと荷電粒子砲・番外編 作:城元太
広がる青い空の下、刈り込まれた草むらのなかほどに、戦車の残骸が無造作に放置されていた。
切れて畳まれたキャタピラが傍らに積まれている。車輪の縁に黒いゴムが残り、開け放たれたハッチの底には朽ち果てたエンジンが垣間見える。
ここで撃破されたのではなく、海底に沈んでいた物や、違う場所から運び込まれた物もあると、ガイドのササキさんから聞かされた。プラモデルと違い、押しても引っ張ってもびくともしない冷たい鋼鉄の塊は、景色に溶け込む彫刻作品のようにも見えた。
オプショナルツアーとしては比較的早めの出発となる朝八時半、僕たちはロビーに集合させられた。朝ビュッフェでカッコ付けてブラックコーヒーを二杯呑んでみたものの、昨日のマニャガハ島での遊び疲れが残っているのか頭が充分冴えてない。日本時間で言えばまだ七時半、そんな僕の寝ぼけ眼を見開かせたのは、アヤちゃんの意表を突いた服装だった。
日焼け防止のつば広の帽子は粒子加速器見学会以来だが、真新しい白の膝上スカートに、肩を露わにした黒いキャミソールタイプのタンクトップになっていた。未成熟な身体が衣服の端々に隙間を空けて、今にも肩紐が落ちそうなほどだ。無防備な姿が背徳的で蠱惑的に見える。昨日のパステルピンクの水着は、露出こそ多いが幼さが残り「キレイ」より「かわいい」が勝っていたけれど、今日のように羽織った薄手の上着から透ける素肌の方がむしろ煽情的で、これまでになく大胆な出で立ちだった。
「昨日の夜のお買い物で買って来たんだって。彩ちゃんかわいいわねー」
意味深に母親が声をかけ、チラチラと僕に目配せをする。お母さま、アナタはいったい誰の味方なのでございましょうか。息子の修羅場を構築することを楽しんでいらっしゃいませんか?
「うん、似合ってる」
テンプレの返事。アヤちゃんは「えへへ」と少し恥ずかしそうに笑って、僕の手をギュッと握る。それを温かく見守る母親と――エリさん。相変わらず保護者ポジションなのですね。そういうエリさんはデニム地のパンツに中袖のライトブルーのポロシャツ、そしてサンバイザー。赤青ラインの入った白スニーカーで、「これからいろいろ探検します!」というアクティブさが前面に出されていた。
ロビーに半袖開衿シャツを着た初老の男性とツアーガイドさんが現れる。
「ヒストリカルツアー申し込みの方はお集まりください」
ササキと名乗った現地のガイドさんとともにホテルの玄関に横付けされたマイクロバスに乗り、他のホテルを三つ回って、人数十二名でのオプションツアーが始まった。
海外旅行の開放感からなのだろうか、アヤちゃんの行動は服装同様にいつになく積極的だ。先に立って僕をひっぱり二人掛けの椅子に座ると、手を繋いだままで肩を寄せて来る。しかし不慣れなことをすると無理が出るもので、寄せるつもりの肩が触れ合う前に帽子のつばが僕の顔面を直撃して「うっぷ」という状況になってしまう。
「ご、ごめんなさい」
「いいよ、大丈夫だよ」
「そうそう。ちゃんと〝帽子を脱いだ方がいいよ〟って教えてあげないあきらちゃんが悪いんだから」
当惑するアヤちゃんを宥めるだけでなく、僕の落ち度を拾う母親。まあ、この際気まずさ解消に一役買ったと許容しましょう。因みにエリさんは母親の隣に座り、興味津々で窓の外を見つめている。貪欲な探求心は、僕程度の平凡な人間などに興味を持てないのだろうと、心の中で泣き笑いをした。
バスが島の幹線道路に入ると、帽子を脱いだアヤちゃんが俯きながら僕の膝の上で軽く手を重ねる。顔が見えないので必然的に横顔を気にすることになる。
耳たぶが真っ赤になっていた。どこか無理しているようにも思える。しかし、視線を向けた彼女の胸元に、控え目ながらも女性の柔らかなふくらみを捉えてしまい、数秒間、僕の視線が固定されてしまいました。
「どうかしましたか」
アヤちゃんが上目遣いで聞いて来る。
「あっ……なんでもない」
仕方ないよ、男のサガなのですから。慌ててバスの窓の外に視線を逸らし、外を眺めた。
相変わらず空は青く、海はエメラルド色に輝いている。海岸線沿いで水着姿の様々な国々の観光客で賑わっている。その時、幹線道路の分離帯の中に、著しく違和感を放つ物体が展示されている光景を目にした。
「あれ見てあれ、戦車だ」
マイクロバスの窓から見えたのは一瞬だ。それでもセメントの台座の上に置かれ、装甲に点々と錆が浮いた白い戦車の残骸は、海底の零戦や輸送船よりも遙かに明確だった。この島がかつての激戦地だったことを、ツアーの始まりと共に垣間見たのだった。
最初に到着したのは、狭い島にありながら平坦地が広がる場所だった。遠くで離陸する旅客機を眺め納得する。ここはサイパン国際空港の一端に位置していたのだ。
「あれも、戦車ですよね」
帽子を押さえながらアヤちゃんが指さす。マイクロバスを降りて歩く間もなく、種類のわからない細い葉を茂らせた樹木の木陰に、全体が茶色く錆びて内部から低木が生えた戦車が現れた。さっきバスからみえたのと同じ種類のものだろうか。近づいてみると鋼鉄には光沢がある。きっと無数の人々に触れられ続けてきたのだろう。
ササキさんが静かな口調で語り出す。
「九七式中戦車チハ、略してチハ車と言われました。装甲の薄さと武装の貧弱さから、ブリキの戦車と陰口を叩かれた旧日本陸軍の主力戦車です。本来黄色いラインの入った三色迷彩が基本でしたが、現在は塗装がはげ落ちたり、観光地の展示として現地で塗り替えられたものになっています」
戦争遺跡を目の当たりにする機会は、日本の中では少ない。原爆ドームやひめゆりの塔のような犠牲者慰霊の施設は見学できても、直接兵器に触れることはいろいろな大人の事情で難しいのだろう。そういえば、最初に日本で作られた粒子加速器も、戦争が終わってやってきた占領軍の命令で海の底に捨てられたと、父親から聞いた。日本軍の原子爆弾開発に加担したからという理由だが、少しでも危なそうな道具は全部目の触れない場所に廃棄されてしまったと言えるだろう。
ササキさんの解説をどこまで聞き取っているかわからないが、ツアー参加者たちは思い思いに戦車との写真を撮っている。不思議なことに、アヤちゃんを含め健康的な肌つやに華やかな色彩の衣服を着た日本人観光客と、錆びた鉄の塊とに奇妙な統一感があるような気がしていた。僕は無心にメカニックとしての戦車をデジカメに収め、母親にカメラを渡してアヤちゃんとエリさん、そしてガイドさんに頼んで母親を含めた全員の写真を撮影した。そこに【死】の匂いはなく、鎌倉の大仏やBelle・Mk-Ⅴ測定器と同じように、人が築いた物体という感情しか湧かなかった。
少し歩いた先、樹木などは生えていない草地に別のチハ車が放置されていた。さっきのと比べ、塗装も残り原型を留めている。車輪の縁に黒いゴムが残り、開け放たれたハッチの底には朽ち果てたエンジンが垣間見える。プラモデルと違い、押しても引っ張ってもびくともしない冷たい鋼鉄の塊は、景色に溶け込む彫刻作品のようにも見えた。
「衣川の芭蕉の句のようです」
アヤちゃん何を言いたいか、僕にもわかる。
夏草や 兵どもが 夢の跡
夢のような楽園の島に、夢のような戦車の残骸。海底にも地上にも、夢の跡が散らばっていた。
それから幾つもの戦争の記憶のある場所を、ササキさんの解説で回った。全部を紹介するのも無理なので、かいつまんで紹介することにします。
長大な筒と化した酸素魚雷。
日本人の墓碑の傍らに建つ野砲。
かつてサトウキビを育て精錬した白砂糖を運んだ蒸気機関車。
爆撃に耐えられるように築かれた半地下構造の掩体壕。
鎌倉でみた美しい木造建築とも、現代科学技術の最先端を極めた粒子加速器とも違う、禍々しい人造構造物の群れが次々と現れた。そこに間違いなく人の営みがあり、そこに暮らしていた生活が間違いなくあったはずだ。僕の脳内には【夜鷹の夢】が無限ループで流れていた。
学校でも、テレビでも、アニメの『ゾイドジェネシス』でも語っている戦争の悲惨さは『真実』だ。しかし、それは所詮遠い昔の他人事。ゾイドの物語もファンタジーに過ぎなくて、鋼鉄の獣がぶつかり合っても、画面の上で生々しい人の死を描くことはない。
僕は錆びたチハ車の装甲に手を当てながら考えた。もしもシールドライガーやデスザウラーがその骸を晒していたら、同じような感情を抱くのだろうかと。「相棒」と呼び、共に戦場を駆け巡った仲間であるゾイドを、遠く離れた海の向こうに残して去っていくことに罪悪感は持たないのだろうか。それともそれを操っていた兵士自身も死んでしまい、操縦者もゾイドも弔ってくれるひとのない場所で数十年野ざらしにされるとしたら。
「なんか、すごいね」
「うん」
チハ車の砲身を見上げたままのエリさんに、短く応える。彼女にしても僕にしても、いろいろな感情が重なってしまい、それ以上の受け答えはできないと互いにわかっていた。
※
「ここがブンタン岬です。別名バンザイ・クリフと呼ばれています」
断崖絶壁に打ち寄せる波が白く砕ける。恐くて覗き込めない。落ちたら確実に死ぬ高さだ。
※
「この慰霊塔の真上がスーサイド・クリフです。バンザイ・クリフは下が海なので僅かに生き残った方もいましたが、ここは直接地面に落ちたので生存者はいませんでした」
ササキさんは常に穏やかな口調で話す。そして具体的な犠牲者の数も、戦闘の経緯も語らない。でも、これだけは付け加えた。
「崖から飛び降りようとする人たちに、アメリカ兵は何度も止めようと声をかけましたが無駄でした。次々と飛び降りていく人たちを見て、兵士たちはひどい無力感に襲われたそうです」
※
「到着しました。ここがラスト・コマンド・ポスト、司令部跡です。サイパン島の指揮官、南雲忠一中将が自決しました。ここで30分ほど時間をとりますので、自由に見学してください」
ヤシの木が木陰を作り、小さな売店がある公園のような場所だった。マニャガハ島で見た大砲よりも更に巨大な大砲と、チハ車とは違う一回り小さな戦車、そして洞窟状のトーチカが築かれている。大砲も戦車も灰白色と薄い緑色で塗装されているが、戦車の壊れ具合はチハ車以上で、エンジン内部ではピストンが剥き出しになり錆びの進みも酷い。誰かが「九五式軽戦車だ」と言っているのが聞こえた。
急な階段を登り壕の中へ。足元の岩盤にはサンゴの化石らしい幾何学模様が残っていて、隆起したサンゴ礁の石灰質の岩石をくり抜いて作られた基地だったことがわかる。さすがに今度は僕が前になってアヤちゃんの手を引いた。
司令部跡に登った直後、急な海風に帽子を押さえる。目の前には砲撃で崩された壁と、断崖から望むエメラルドグリーンの海が広がる。
この穏やかな海を埋め尽くし、殺意を持った集団が攻め寄って来るシーンなんて想像できない。だから戦争の悲劇も、やっぱり今の僕には伝わってこない。ただ目の前に朽ちた戦車や大砲があって、呆然と眺めて写真を撮るくらいしか感情が湧かなかった。
広場に戻り、草むらの戦車や大砲を撮影している時
「キャ!」
突然アヤちゃんが悲鳴を上げた。さすがにここにはナマコはいないぞ。
「かに、かに……」
「蟹?」
足元に、横幅15㎝ほどのカニが悠々と歩いていた。ヤシガニのような陸生種らしく、海水とはだいぶ離れているのに平気で活動している。沖縄などを除き、日本では滅多に出会えない種類のものだろう。
かなり大きなハサミを持っているので、さすがに素手で掴む勇気はない。
興味本位でカニの後を追う。意外と早足で戦車の前を抜け、高射砲の前を過ぎていく。
「イラッシャイマセ」
愛想のいいおじさんが日本語で挨拶する。いつの間にかに売店前に誘導されていた。あのカニは売店の回し者だったのか?
「イカガデスカ?」
店のテーブルにはたくさんのヤシの実が並んでいる。ちょうど喉も乾いている。
僕はみんなに声をかけた。
※
「美味しい」
「美味しいです」
「やっぱり本場ねぇ」
スポーツドリンクを少し濃くしたような、それでいて甘ったるくもなく、コクもある。直接ヤシの実から中の汁をストローで飲むのは最高だった。
飲み終えると、売店のおじさんがヤシの実を割り、中の白いゼリー状の部分をスプーンで掬い取ってくれた。テーブルに置かれた醤油とワサビ(!)を頻りに勧めて来る。何のことかわからないでいると、隣で母親が店にあった割り箸を使い、ワサビ醤油でヤシの実の白い部分を頬張り始めた。
「これも美味しいのよねー。ホント久しぶり」
本当に美味しいのか? と思いつつ食べてみると――実に美味しい。刺身のような食感で、ヤシの実にこんな食べ方があったなんて知らなかった。
隣ではエリさんもアヤちゃんも同じように食べている。食べ終わるころにはバスへの集合時間となっていた。
時間は正午を少しまわり、ヤシの実の刺身だけでは物足りなくてお腹も空いてくる。歩き疲れたのか安心したのか、アヤちゃんはホテルに戻るバスの中で僕の肩にもたれかかって軽い寝息をたてている。僕はまた戦車のようなものがないか、窓の外を眺めていた。
『若いうちに海外の文化に触れ合うことも大事だと思いますよ』
父親がエリさんを旅行に誘う時に告げた言葉を思い出す。
確かに、若いうちは経済的にも学校の休みも自由が利かず、なかなか海外へ旅行するのは難しい。しかし日本に閉じこもって考えるだけでは視野を広げるのも難しいだろう。海水浴と同じように、どんなに筋肉の動かし方や水の抵抗を学んでみたところで、実際水に浸かって見なければ泳げない。そして綺麗な海にはナマコがいることもわからない(笑)。
戦争とか平和とか、そんな大げさなことではなく、日本の外に出て眺めることは貴重なんじゃないかなと。
今回の旅行で僕は大きなカルチャーショックを受けた。父の言葉は正しかったと実感していた。
(彩香、寝ちゃってる?)
(気持ちよさそうにね)
エリさんが微笑みながらそっと覗き込む。きっと到着する頃には起きてくれるだろう。
昼食はどこの店に行くのかな。頼りの母親のセンスで、日本では食べられない美味しい料理を求め、食事に出かける予定だ。その後の午後はもう一度ビーチで海水浴をして、サイパンの海と二人の水着姿を満喫するんだ!
但し、今夜僕は、初日に訪れたあの土産屋にもう一度行きたいと考えていた。どうしても確認したいものがあるからだ。
帰国便のフライト時刻は今からほぼ24時間後。正午近くの出発なので、午前中に遊ぶ余裕もなくホテルを出発しなければならない。夢のような旅行は終わってしまう。
実質今日が最終日だった。