サイパン島で彼女が水着に着替えたら―彼女のゾイドと荷電粒子砲・番外編 作:城元太
午後のビーチは潮が満ち、遠浅の磯も深くなる。深さが増せばナマコを踏んづける危険性も減って遊びやすくもなる。心なしか波は少し荒く感じるが、海水浴には最適だ。大きな浮き輪に乗ったり掴んだりして、ぱしゃぱしゃと水を蹴るアヤちゃんと、僕がその浮き輪を押したり引っ張ったりして遊ぶ。エリさんの白ビキニは相変わらず肌にぴっちりと食い込んでたまらないが、アヤちゃんの手前、あまりガン見することはためらわれた。視線を逸らした先、パラソルの下で涼む母親の元に、ホテルのボーイさんが近寄っているのが見えた。何かを話していたが、僕らに何も告げずに立ち上がってホテルの方へ一緒に歩いて行く。
まさかナンパ? そういえば日本人女性って外国人から幼く見られると言うし。
数分後にホテルから母親は戻ってきたが、今度は僕らに向かってしきりに手招きをしてきた。
まさかナンパされて困ってるとか? 僕は少し慌てて駆け寄る。母親は複雑な表情をしていた。
「あのね、明日の帰りのフライトなんだけど、少し遅れることになっちゃったの」
デートで遅れるとか、じゃないよね?
「いま日本に台風が接近中で、午前便の出発ができないんだって。さっきホテルに旅行会社から連絡があって呼び出されたのよ。だから明日は午後便のフライトで戻ることになったわ。彩香ちゃんや絵梨ちゃんのお家には、旅行会社の方で連絡をしてくれるそうなので安心してね」
そこまで言うと、母親は急に笑顔になった。
「だからね、明日も午前中までたっぷり遊べることになったのよ!」
それが複雑な表情のわけだったのか。日本から2000km離れていたら、台風の接近なんてわからない。改めて遠くに来たことを実感する。
僕らにしてみれば、半日帰国が遅れても新学期開始に関係ない。敢えて言うなら成田に迎えに来る父親の都合が変わるだけだ。
エメラルドクリーンの海と、彼女の水着姿を満喫する時間が増えたことを、素直に喜んでしまった。
その夜。
昨日は付き合えなかった夜の散策にみんなで行くことにした。
となると、個人的に問題が発生する。例のお土産屋のことである。僕だけが抜け出し、エリさんにないしょで買い物をして来たいと思っていたからだ。
こんな時に頼りになるのが母親である。ホテルの部屋にいる時に、正直に理由を言って資金調達と時間稼ぎをお願いする。
「あきらちゃんはそんなことを考えていたの。それにしてもよくまあこんなところで……」
半ば感心し、残り半分は呆れるように答えると、
「まあ、任せておきなさい。30分程度なら女子トークをして時間を潰すことくらいできるわよ」
(お母さま、御自分の年齢を考えた場合、「女子」の範疇に含まれるのでしょうか)などという考えはおくびにも出さず、素直に礼を言った。これでひと安心、あとはあの箱が見間違いでないことだけを祈るばかり。そんな僕の様子を見ながら、母親が急に真面目な顔になった。
「あきらちゃん。これだけは言っておくわよ。二兎を追うのはダメだからね」
「……わかってる」
なんとなく、意味は察した。しかし、実際その時の僕は何もわかっていなかった。
外での食べ歩きを考えビュッフェの夕食は軽めに済ます。そこで母親に女子同士で話し込んでもらい、僕だけ先に部屋に戻るフリをして、一足先に買い物に出かける作戦を立てた。
レストランからそのまま外に出て道を渡り、もう一度あのお土産屋へ。〝小浜〟大統領のパネルを過ぎ、商品棚の片隅に積まれた箱を引っ張り出す。
「やっぱりだ」
思わず声が出た。少し色あせてホコリをかぶっているものの、中身に問題はなさそうだ。
母親から預かった100ドル札をポケットの上から押さえ、レジに進む。思い込みかもしれないが、支払いの時「この日本人はこんなところでこんなものを買うのか」という表情をされたような気がした。
ホテルに戻るまでだいたい20分。買った荷物を部屋に置き、何食わぬ顔で再びレストランを覗くと、さっきと変わらず女同士でデザートのケーキやらフルーツやらを前にして話し込んでいる。
ナイス、母さん。
戻ってきた僕の姿を見て、母親が立ち上がる。出発の準備を告げたようだ。女子二人は一度部屋に戻っていった。
「みつかったの」
「みつかった」
「よかったわね」
「うん、よかった」
短い会話のあと、母親が軽く溜息をつく。
「あきらちゃん、いま自分がどんな顔をしているか、わかってる?」
唐突な問いかけに、反射的に自分の顔を触ってみた。別に変なところはないはず。近くに鏡はなかったが、ホテルのガラスに映った僕の顔はニヤけていて鼻歌まで歌っていた。
「女の子を泣かせるようなことだけはしないでね」
「……わかってるよ……」
しかしその時も、アタマでわかってることと行動で示すことが違っていた。
ホテルのホールにみんなが集まった。フロントに頼んでもらったタクシーで繁華街へと移動するのだ。日焼けの心配がないので女子二人とも帽子を被ってはいない。アヤさんは昨日のヒストリカルツアーとほぼ同じ服装。アヤちゃんは夜の外出を考えてかブルーのTシャツとパーカーだが、大きく異なっていた部分がある。
シャツの丈を短く結んだへそ出しルックで、ミルク色の肌がホールの照明を反射して〝精神的〟に眩しい。帽子がないので前髪につけたハイビスカスのようなカチューシャが際立ち、まさしく南洋のイメージ! という服装だった。
母親が
「そのシャツもカチューシャも、本当に似合ってる。かわいいね」
「よかった。うれしいです」
僕のお尻がポンと叩かれた。どうやら合格のようだ。
やがて回転ドアを抜け運転手さんが現れる。外に出ると、さっきお土産屋まで駆け足で行った時には気付かなかった柔らかな海風が吹いていた。
タクシーの窓から流れる夜景を眺めながら到着したのは、商店街の真ん中辺りだった。噴水とベンチがある広場のような場所で、観光客相手の中規模のショッピングセンターが並んでいる。
「今日は二人で見てきたら? 母さんは絵梨ちゃんと回るから」
「そうですね。明君のお母さんと一緒なら安心ですし」
いままであちこちを見てきて、この島の治安が良いことはわかっている。道に迷うほど店があるわけでもなく、二人だけでも心配ないだろう。
「じゃあ、行こうか」
「はい!」
嬉しそうに返事をするアヤちゃんは本当に可愛い。そういえば、サイパンで二人だけで出かけるのはこれが初めてだった。僕の右手の指とアヤちゃんの左手の指が互い違いに握る、俗に言う「恋人つなぎ」で手を繋ぎ、エリさんたちとは反対の店へ向かって歩き出す。昨日のヒストリカルツアー開始のとき以上に積極的に感じた。
正直なところ、どの店もそれほど変わり映えはしない商品ばかりだった。それでも二人で見て回るのは楽しい。不思議なデザインのTシャツや、蛍光カラーの原色のお菓子など、日本では見られない商品を手に取って見せ合ったり、微笑んだりして過ごす。
その内の一軒、店先に張り出した商品棚に陳列されたアクセサリーの前で、アヤちゃんが立ち止まる。覗き込むと、○レッジ○ンガードで売っているような、見るからにチープなネックレスが並んでいた。ライティングのせいかメタリックな光沢が際立っている。店の前で立ち止まった行動が何を表すかわからないほど、さすがの僕も鈍感ではない。
「どれがいいの?」
「……明君に、選んで欲しい」
裸電球の輝きが瞳に映り込んでいた。
自慢じゃないが、僕にアクセサリーを選ぶセンスなんて皆無である。しかしここで何も選択しないという選択肢は無い。
ふとあるネックレスが目に留まった。シルバーの台座に、黄色い宝石が五つ乗っている。まるで凱龍輝の集光パネルのようなものだった。さっきの100ドル札の残りで丁度買える値段だ。
「これ、どうかな」
アヤちゃんが肯いてくれた。売店のお兄さんに声をかけ、凱龍輝を思わせるネックレスを受け取る。
「ラブラブデスネ」
この島はこの日本語が流行っているのか? いやLOVEは日本語ではないが。
アヤちゃんに手渡すと、最初自分でネックレスをつけようとした。しかし1分ほどかかっても、金具を留めることができない。
「お願い、できますか」
恥じらいながら呟く。そりゃもう、お願いされちゃいます。
ショートカットというには長いけれど、結ぶ程に長くない彼女の髪がかき上げられ、白いうなじが露わになった。仄かな石けんの香りが漂う。ハイビスカスのカチューシャが眩しい。緊張しながら彼女の首に手を回し、ネックレスの留め金に爪をひっかける。父親譲りで細かい作業には自信があった筈なのに、なかなか留め金の輪の部分に嵌めるのに手こずって、やっぱり1分ほどかかってしまった。
店先に置かれた鏡の前、アヤちゃんは首から下がったネックレスを手のひらに乗せ見つめる。
「ありがとう」
はにかみながら微笑む顔も可愛かった。
それからまた店を回り、途中クレープのようなソフトクリームのようなものを食べたり、フルーツジュースのようなものを飲んだりして、二人の時間を過ごした。
合流時刻となり、再び噴水の前に戻ると、ベンチに座った母親が手を振っている。
「若い子には敵わないわね。昼間あんなに遊んでいたのに」
聞けば、ウィンドウショッピングに疲れ先に戻った母親とは別に、エリさんはもう一度近くの店を覗きに行ったそうだ。
「その辺にいるはずよ。ここで待っていれば。すぐに戻ってくる筈だから」
「いや、折角だから探しに行ってくるよ。アヤちゃんは母さんと休んでる?」
一瞬、返事が遅れた。
「……大丈夫です、一緒に行きます」
その時母親が何か言いかけたことを、僕は気付かなかった。
夜の賑わいを見せる売店の店先で、エリさんはすぐに見つかった。木製のサンダル(いわゆる〝つっかけ〟ね)が並んだ露店の前で、商品を見つめている。
屋台の裸電球に照らされ栗色になった髪が海風にそよぐ。まるでイラストで描いたような光景で、水着とは違った雰囲気を醸し出していた。これが浴衣だったら最高だろう、今度は日本で花火大会なんかに一緒に行きたいな、なんてついつい考えてしまう。
「いまなにを考えていましたか」
突然ぐいっと手をひっぱられ、我に返る。
アヤちゃんが僕の右手につかまって見上げていた。
とっさに「い、いや。別に……」としか返せなかった。
「明君が最初から絵梨を見ていたこと、わかっていました」
図星を突かれ言葉に詰まる。
「それを知った上で、おつき合いをお願いしました。だから、こんなことも予想はしていました。でも……」
手を離し俯く。小さな肩が震えていた。
人の流れの中、号泣するようなことはなかったが、必死に嗚咽を堪え途切れ途切れに言葉をつなぐ。
「パラセーリングのとき、わざと別行動を選びました。私と絵梨と、どちらといる時が楽しいのか確認したかったから。
結果は……明君、本当に楽しそうだった、私と一緒にいる時より」
僕は完全にパニック状態になった。いやいや、純粋に空の散歩が楽しかったんだ、と言ったところで言い訳にもならないだろう。だからといって無言を貫くなんてもっとマズイくらいはわかる。
「そんなこと、ないよ。ただ本当に、海がきれいで空を飛ぶのが楽しかったから、それだけだって」
言い訳しながら気付く。文学に造詣の深いアヤちゃんであれば、男女の恋愛感情の機微にも精通しているということに。いつも無邪気に微笑む姿に、僕はあぐらをかいていたのだ。
「わかってます、私のわがままだということも。
でも人の感情は、ロジックじゃないんです。私が明君の方向を見ても、明君は絵梨の方向ばかりを見ている。荷電粒子砲の話をしている時も、本当に楽しそうだった。
だから私って、まるでここに見捨てられた戦車みたいだなって、思えてきて。
そんなの辛過ぎます……」
女の子を泣かせてしまった。一年付き合って、一度も泣き顔なんて見せなかった純粋な女の子を。
(二兎を追うのはダメだからね)
(女の子を泣かせるようなことだけはしないでね)
今更に母親の言葉が理解できた。アヤちゃんの言うとおり、僕は実際、エリさんばかりを見つめていたのだ。
エリさんが僕たちに気付き、最初軽く手を振る。
しかし、様子がおかしいとわかると、手にしたサンダルを店先に戻し、早足で近づいて来る。
「彩香どうしたの、大丈夫?」
「すこし、お腹が痛くなって……」
「やっぱりその恰好はムリだったのよ、歩ける?」
「……肩を貸してください、絵梨」
エリさんの天然さが、これほど有難いと思ったことはなかった。
彼女の肩に支えられ、アヤちゃんが戻っていく。
噴水のベンチから立ち上がった母親が二人に声をかける。
ホテルからの迎えのタクシーが到着した。女性三人がもたれ合いながら乗り込む。
助手席から僕は時折「大丈夫?」としか言えず、その度に力なく「大丈夫です」と返してくれただけだった。
アヤちゃんのお腹に手のひらを当ててエリさんが下を向いていた時、母親の視線と合った。
てっきり責められると思っていたのに、不思議と優しい顔で僕を見ていた。
(大丈夫。全部わかっていたから、こうなることもね)
そんな顔だった。
部屋に戻り、無造作に積み上げられている箱をぼんやりと見つめる。
母親はまだ女子の部屋でアヤちゃんの具合を診ている。
「僕はなにをやっているんだろう」
ひとり部屋の中で呟いていた。
声に出しても、状況は進展などしないとわかっているのに。