サイパン島で彼女が水着に着替えたら―彼女のゾイドと荷電粒子砲・番外編   作:城元太

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 帰国便での席順は、窓側からエリさん、母親、通路を挟んでアヤちゃん、そして僕の順序になっていた。帰りには窓側にエリさんが座る約束だったからだが、アヤちゃんから僕が隣りの席になるようお願いされ、結果僕とエリさんは一番遠い位置になっていた。

 座ってすぐに文庫本を開くのが文学少女の真骨頂。大丈夫? また(墜落が)恐い本じゃないよね。

「三島由紀夫です」

 ああ、腹切った小説家ね。で、書名は――『F104』?

「ジェット機関連の本だったので、今度はこれを」

 こんなテーマでも書いていたのか。それを見つけるアヤちゃんも凄い。ツッコみどころは多いが、旅客機が墜落する話ではなさそうなので安心だろう(※1)。

 タキシングが始まるなか、エリさんは救命胴衣の使用法映像を眺めている。

 突然の告白のあと、母親たちと合流してからはずっと言葉を交わしていない。感性の鋭いアヤちゃんがいるからか、それとも溺れていたのを助けたことによる吊り橋効果――彼女流に言えばコペンハーゲン解釈――による気の迷いか。彼女の真意を測りかねたまま、機体は日本に向けて離陸したのだった。

 シートの位置的に外の景色を見るのは難しいが、機体が旋回しバンクした時、午前中まで泳いでいた輝くサイパンの海が垣間見えた。

 僕にとって初めての海外旅行として、最高の思い出になった。

 できることならまたここに来てみたい。

 たぶんその時心の中で〝ありがとう〟と呟いていたような気がする。

 直前まで海水浴をしていた疲れからか、僕はゲームも映画も見ることなく、まもなく眠りに落ちていた。

 

 右手に柔らかな温もりを感じ、浅い眠りは覚まされた。肘掛けに置いた僕の手を、アヤちゃんが持ち上げ両手でしっかり掴んでいる。また墜落する小説でも読んで不安になったのかな、などと呑気な想像をしていたら、突然激しい振動に襲われた。

「あなた、よくこれで眠れたわね」

 半ば羨望し、残り半分は呆れたように母親が言う。その時やっと、機体が乱気流に巻き込まれていたことに気が付いた。飛行マップに日本列島が大きく表示されている。出発を遅らせたとは言え、まだ日本周辺には台風の影響が残っていたのだ。

 機内アナウンスが流れシートベルト着用を示すランプが点灯する。コーヒーなどの飲み物提供もなくなり、客室乗務員のお姉さんたちも椅子に座って身体を固定していた。頭上の荷物入れに入った手荷物たちがガタガタと音を立てている。

「大丈夫、ですよね……」

 アヤちゃんが呟く。

「こんなに揺れるのって、私も初めてだわ」

 母親まで不安な顔をしている。

 僕はというと、また別の理由で不安になっていた。トランクに詰めたあれのことだ。折れたり割れたりしていないだろうか、日本に到着するまで耐えられるだろうかと思えるくらい、激しい振動は容赦なく機体を揺さぶっていた。

 マップ上では完全に房総半島付近に到達したが、振動は一向に収まらない。

 雨粒が激しく叩く窓の外、微かに滑走路の誘導灯が見えた。翼の下から着陸脚が降りる作動音が聞こえ、気圧の低下を鼓膜の圧迫で感じる。単調だった海上飛行と異なり、窓の外に杉林が流れる。機体は着陸態勢にはいっていた。

 猛スピードで接地、一気に減速し見事着陸を成し遂げた時には、期せずして機内からパイロットのテクニックを讃える拍手が湧き上がった。鉛色の雲と豪雨を縫って、僕たちは再び日本に帰国したのだった。

 ボーディングデッキが接続されると一斉にシートベルトが外され、乗客たちが立ち上がる。日本時間は午後四時半、通路から臨む空には、雲の切れ目にいつの間にか残暑の太陽が射していた。明日は台風一過の暑さと晴天が戻るに違いない。

 到着ゲートを抜け、トランクが流れるレーンに一目散に向かう。みんなのトランクはすぐ流れてきたのに、なかなか僕のが流れてこない。やっと見つけて持ち上げると、特に変化はなく中身がガタガタと音を立てている様子もなかった。

 母親たちは荷物を持って先に到着ゲートに移動していたので、エリさんたちに中身を見られることはない。その場で開いて中身を確認した。大丈夫、壊れていない。ゲートを越えた先で手招きするみんなを待たせながら税関へ向かう。

「申告するものはありますか?」

「特に……ありません」

 ホントは話したくてウズウズしていたのだが、言っても仕方ないので我慢する。

 母親が携帯を取り出して話していた。

「いまどこ? ……ええ……ええ。そう、いま着いたの。え、イ※ン? じゃあ、第二(ターミナル)でね」

 出迎えの父は、どうやらまたイオ※で時間つぶしをしていたようだ。あそこからなら空港まで20分程度だろう。僕は雲が切れた空を眺め、しみじみと日本の空とサイパンの空との違いを思い起こしていた。

「帰ってきたね」

「うん、楽しかった」

 久しぶりに交わした会話だった。ついつい彼女の胸元を意識してドキドキしてしまう。隣にいるアヤちゃんの無言のプレッシャーを感じるが、これだけは伝えたかったので話を切り出した。

「ビームランチャー、持ってるよね」

「アイアンコングの? うん、あるよ。お守り代わりだから」

 彼女は肩から下げたバックに軽く手を当てた。旅行中、ずっと手元に置いていたようだ。

「マニューバスラスターや長距離ミサイルのパーツも、あの時父さんが外したから残っているはずだね」

「そうだけど――どうしたの急に?」

 怪訝そうな顔をする彼女とアヤちゃん。事情を知っている母親は沈黙している。

「僕に預けてくれないかな。エリさんのお母さんとの思い出を返してあげたいんだ」

 少しだけ間が空く。説明していないので無理もない。

 僕はもう一言付け加えた。

「みつけたんだ、サイパン島で。アイアンコングを」

 

 ゾイドはトミー、現在のタカラトミーが製造・販売した商品で、1983年からシリーズ展開した【メカ生体版】ゾイドと、1999年以降展開した【新世紀版】ゾイドに大別される(※2)。エリさんの母親の遺品であり、粒子加速器の暴走を食い止めるために失われたアイアンコングMk―Ⅱ限定型は【メカ生体版】の貴重なゾイドであったことは前(本編)に説明した。対して【新世紀版】ゾイドは、俗に『無印ゾイド』と呼ばれるアニメ放送に併せて発売されたシリーズで、同時期に海外でもアニメが放送され、ゾイドも各国で販売された。本家トミーの生産拠点は東南アジアに移行し主にタイでの生産が主流になる一方、ライセンスとして海外のおもちゃメーカーでも生産販売が行われた。例えばお隣韓国ではアカデミー社がチェンジングアーマー付属のライガーゼロなどオリジナルの商品を販売している。そして最も代表的なのがアメリカのハズブロ社だ。パッケージを各国語表記(英語とフランス語と……スペイン語? 読めない)にした各ゾイドと、日本では販売されなかった独自のゾイドの商品展開を行った。

 ハズブロ社製と本家トミーの新世紀版との差は、パッケージ以外に材質の違いがある。フューザーズ版のファイアーフェニックスやスラッシュゼロ版の黄色いセイバータイガーのような明らかな成型色違いはわかりやすいが、モルガやヘルキャットのような、一見日本版と変わらない成型色のゾイドでも、目を凝らして比較すると僅かにハズブロ版の方が色が薄いなどの違いがある。

 海外では日本での無印ゾイドのアニメ放送時期から少しズレて番組が始まったらしく、本家トミー版とハズブロ版は国によって市場に混在していたらしい。例えばシンガポールやホンコンではトミー版のパッケージだったが、アメリカやヨーロッパ、インドネシアなど一部アジア地域ではハズブロ版が主流になっていたという(全部ネットからの受け売りです)。

 僕が発見したアイアンコングはハズブロ版のノーマルタイプ。緑色の背景にアイアンコングの写真が載っている平板なパッケージで、長い間あの土産屋の片隅に埋もれていたらしく、箱のあちこちが潰れ埃を被っていた。ただ、トランクに詰め込む時に開封しパーツを確認したところ不足はなく、組み立てには問題はなさそうだった。

 彼女のゾイドを粒子加速器の空洞部分に突入させる際、父親は必要最低限の装備にしてパーツを外していた。この辺り、後にノーマルコングがあれば同じ仕様のアイアンコングMk-Ⅱ――この場合イミテイトと呼ぶべきか――が組み立てられると想定した父親の配慮だったに違いない。

 エリさんはまだ呆然としていた。

「じゃあ、またあの赤いコングが戻ってくるの」

「ごめん、赤いものじゃないんだ。全く同じものにすることはできないけれど、でも赤く塗装することはできる。なるべく早く作るから、完成したものを受け取ってくれるよね」

「それ、私が作りたい」

 彼女の返答は意外なものだった。

「ゾイドって、小さい子でも組み立てられる玩具だよね。きっと私でも作れると思う。

 アイアンコング、なくなってみるとやっぱり寂しくなっちゃって、どこかのおもちゃ屋さんに残っていないか探してみたけど全然みつからなかった。当たり前だよね」

 彼女は見学会のあと、僕にアイアンコングMk-Ⅱをわたすつもりと言っていた。しかし失ってみて、後悔する気持ちもあったのだろう。

「だから今度は、お母さんのゾイドではなく私のゾイド、私のアイアンコングとして作ってみたい」

 彼女は母親の辿った道を歩いてみようとしているのかもしれない。彼女の笑顔が輝く。

「本当にありがとう。とっても嬉しい」

 もともと彼女に渡すために買ったものなので、本人が望むならそれでもいい。

 早速手渡しの約束をしようとした時だった。

「私もゾイドが欲しいです」

 もう一つの意外な返答は、アヤちゃんからだった。

「絵梨がお母さんの大切なゾイドを無くしてしまったことは、去年の見学会で私も見知っています。もし私がその思い出のゾイドを見つけていたとしたら、きっと明君と同じことをしたと思います。

 でも、明君と絵梨だけでゾイドの話をして、私だけ仲間に入れないのはとても寂しいです。だから私もゾイドが欲しい……」

 泣いたりはしていないが、本当に寂しそうな顔だった。

 こんな時に母親は――と一瞬考えたが、思い直した。母親の言葉通り、〝勝手に悩んで勝手に解決するもの〟なのだから。

 グッドタイミングと呼ぶべきか、バッドタイミングと呼ぶべきか、丁度父親のセダンが送迎スペースに到着した。

「お帰り……どうした、みんな元気ないなぁ。サイパン楽しかっただろう? それともむちゃくちゃ疲れたか?」

 事情を知らないとはいえ、父は妙に上機嫌だ。

 話の整理が付かないまま、僕らは黙々と荷物を載せ、車に乗り込んだ。今度は助手席に母親、そして後部座席には僕を真ん中にして右にアヤちゃん、左にエリさんという位置関係。【両手に花】という表現は最近セクハラになるので使用しない方がいいというが、今の僕は【両手に花】どころか【両手にサボテンの花】という状態で、美しい花とはいえ両側からチクチクとトゲが刺さって来る気分だった。

 ふと見た助手席足下に、お買い上げテープが貼られた見慣れたビニール袋があった。母親が持ち上げようとすると。

「壊れ物だから気をつけてくれ。あきら、すごいぞ。成田※オンの隣のハー※オフを覗いたら、組み済みで一部塗装の凱龍輝を見つけてね。お前持っていなかったと思って買っておいたぞ。いらなければ父さんがもらうけどな」

 上機嫌の理由がわかった。流石父親、僕が出国直前に悩んだ挙句購入を諦めたあの凱龍輝を、大人の財力に物を言わせ購入していたのだ。理系の専門職だけあって場の空気を読んでいない(理系のひとゴメンナサイ。僕の偏見です)。加えて最後の言葉から、本当は父親本人が欲しかったものと分析できる。

「――ガイリュウキ、って何ですか」

「おや、泊さんもゾイドに興味が湧いたかな。琥珀色の集光パネルが綺麗な――そうだな、その素敵なネックレスみたいなゾイドだ」

 父はルームミラーでアヤちゃんの胸元に光るネックレスを目ざとく発見していた。理系の専門職は細部の材質管理にも拘るようだ(これも偏見)。そしてこの比喩表現、紛れもなく親子の証明である。

「これ、明君がサイパンで買ってくれた私の宝物です。もしかすると明君は、そのガイリュウキをイメージして選んでくれたのですか」

 大切そうに手のひらに載せて、僕にも、意識的にエリさんにも見えるようにネックレスを持ち上げる。アヤちゃんに隠し立ては効かないと経験的に知っていたので正直に打ち明けた。

「実はそうだったんだ。内緒にしていてごめんね」

「凱龍輝、カッコいいのですか」

「うん、カッコいいよ――」

「カッコいいぞ、なにせ荷電粒子砲を吸収無力化し撃ち返す、集光荷電粒子砲を装備したヘリック共和国の切り札ゾイド、『蒼き龍』だからね」

 父さん、帰国したばかりで会話に飢えていたとはいえ、息子を差し置きアヤちゃんとゾイド談義に花を咲かせるのはどうなんですか。

 一方のアヤちゃんは「荷電粒子砲を無力化」のワードに反応する。

「荷電粒子砲より強いのですか」

「ああ、強いのです」

 父よ、それも本来僕のセリフ。

「明君、それに明君のお父さん。大切にします、だから私にその凱龍輝を、私に譲って頂けないでしょうか」

「あっ? ああぁ……」

 散々凱龍輝の魅力を語った挙げ句、まさかのアヤちゃんの譲渡願いを聞いた瞬間、実にわかりやすく父が落ち込んだ。やっぱり自分で欲しかったんだ。

 アイアンコングMk-Ⅱ限定型と比較すれば、凱龍輝ならこれからも入手する機会は遙かに多い筈、そして新たなゾイド女子の出現と要望を断れるわけがない。

「いいよね、父さん」

「……あ。ああ、勿論だとも」

 口調がぎこちない。やっぱり自分で欲しかったんだ。

 僕は(苦)笑いながら付け加えた。

「でもアイアンコングと違って新品ではなく組み済みだから動作チェックとパーツ洗浄をしてからだよ」

「はい!」

 一気に表情が変わるのは少女の特権だ。

「これで私のゾイドが凱龍輝に決まりました。絵梨が作ったアイロンコングと並べるのが楽しみです」

「彩香、アイアンコングだよ。じゃあ、明君のゾイドは何になるのかな?」

「エレファンダーかサラマンダー、かな……」(本編参照)

「父さんはキングゴジュラスだぞ」

 大人げないなぁ。凱龍輝あげちゃったからに違いない。可哀想だから話題を振ってあげた。

「父さん知ってた? サイパンには九七式戦車や零戦、日本軍の大砲なんかがゴロゴロ残っていたんだ」

「そうだったそうだった。他にもM4シャーマン戦車やSBDダグラスヘルダイバー爆撃機、日本海軍の二式大艇なんかも沈んでいるぞ」

 マニアックな話題にはすぐ反応する。あっという間に元気になる。

「またCDかけていただけますか」

「旅の終わりの報告だね」

『ブロントサウルス』のアルバムが流れる中、沈みゆく夏の終わりの太陽を追いかけ、車は家路を走っていく。

 

 いつの間にかアヤちゃんが、僕の肩にもたれ掛かり静かな寝息を立てていた。

 夕日の逆光に幻惑される車内、エリさんが誰にも気付かれないようそっと耳元に唇を寄せた。

 

(ありがと♡ もっと好きになったよ)

 

 彼女の吐息が、アヤちゃんを支えて身動きできない僕の首筋を撫でる。

 背徳的な高揚感が全身を駆け巡った。まるで彼女の放つ【荷電粒子砲】の直撃を喰らったように。




※1;『F104』は、三島由紀夫が茨城県百里基地で当時最新鋭ジェット戦闘機のロッキードF104スターファイター(複座タイプ)に体験搭乗した経験をもとに描いた小説。「有人ミサイル」と称されたF104戦闘機を【男根】と形容しており、泊彩香さんはこれを淡々と読んでいました。解釈は読者のご想像にお任せ致します。

※2;【メカ生体版】と【新世紀版】に大別
 本作の時代設定は『ジェネシス』終了直後で、『ワイルド』以前になっています。
 私見ですが、前二者に加え、【ワイルド】を併せ三つの分類になると認識しています。
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