お遊び回ですが、戦闘はガチで書きました
イノキがマイクの挑戦を受けてから一週間後、試合の詳細が決まった。
ルールは
そして試合は、MMAで使われるオクタゴンで行うこととなった。
1R5分のラウンド制。MMAと異なるのは、判定での決着を行わないことだ。
KO、TKO、ギブアップ、ドクターストップ。試合を決める要素はこれだけだ。どちらかが勝つまで、何時間でも試合は続行される。
「とは言え、試合は短期決戦になるだろうな……」
部下からルールの説明を受けながら、イノキはマットの上でブリッジをしていた。鍛え抜かれた分厚い筋肉が、美しいアーチを描いている。
つま先と額のみで身体全体を支える、所謂レスラーブリッジ。人並み外れた柔軟性と、首の強さがあるからこそ出来る技だ。イノキのブリッジは、その中でも特に美しい。地面が、額どころか、長い顎まで届いてしまいそうである。
「シャァッ!」
イノキは気合いを入れると、バーベルに手を掛けた。200kgのバーベルでのベンチプレス。しかも、ブリッジをしながら。異常な身体能力である。
(これでも恐らく……マイクには勝てないだろうな……)
その頃、マイクは。
「凄いぞ、マイク! 流石は余の造った究極の肉体!」
300kgのバーベルで軽々とスクワットをしていた。
「これなら次の試合は楽勝だな!」
(イヤ……)
イノキ、マイク双方の思いを乗せ、いくつかの夜が過ぎていった。そして……
────
「イ・ノ・キ! イ・ノ・キ!」
会場を包むイノキコール。その中心にあるオクタゴンに、燃える闘魂が降り立った。
ローブを脱ぎ、レスラーパンツとシューズだけになる。
鍛え抜かれた美しい肉体。プロレスラー最大の武器は、この肉体である。
「イノキさん、頑張って下さい!」
セコンドとして入っていたアクアがオクタゴンの外からエールを送る。
「……シャァッ!!!」
もう一方、赤コーナーからは、最強のトータルファイター、マイクが姿を現した。
ローブを脱ぐ。無骨な肉の塊が現れた。
肉体のキレという意味では、イノキよりも上である。一つ一つの筋肉が、硬くて大きい。
二人が向かい合う。
イノキ、190cm、108kg。
マイク、195cm、130kg。
巨大な肉と肉が、今にもぶつかりそうな距離まで迫る。その迫力に、アクアやカマボコ、観客達も、息をするのも忘れてしまった。
『ファイッ!』
ゴングが鳴った。
イノキが仕掛ける。
太く長い脚から放たれる、ローキック。重い一撃だ。
マイクはそれを脛で受ける。体勢は全く崩れない。
お返しとばかりに、マイクもローキックを放つ。脛で受ける。
「ぐっ……!」
イノキの脚に、電撃のような痛みが走った。
(ガードしたって言うのに、何て威力だ……)
怯んだイノキに、マイクが猛攻を仕掛ける。
ガードの下、ボディへ拳を何度も放つ。
「ぬぉぉぉ!」
「ふふ、これは一分と持たないな」
「イノキさん!」
両セコンドが対照的な声を上げる。
「ぐぬぅぅぅ!」
どれだけ攻撃されても、イノキは倒れない。攻撃を受けることこそ、プロレスラーの真髄。
(さぁ来い……私は脇腹を痛めてるぞ……蹴ってこい!)
イノキの苦痛に歪んだ顔を見て、マイクは中段蹴りを放つ。
イノキの唇が、ニヤリと吊り上がる。
「ふんっ!」
イノキの腕の中で、ぺキッと音が鳴った。
「がっ……!」
マイクの顔が歪む。その隙に、イノキはマイクを押し倒し、寝技に持ち込んだ。
「ど、どうしたんだ、マイク!?」
「今のは……足首を折った!?」
(どうだ……これがプロレスだ!)
普通の格闘家ならば、痛みを顔に出すことなどしない。どれだけ痛くても、何でもない顔をして耐える。そこが弱点だと分かると、集中攻撃を受けてしまうからだ。
しかし、プロレスラーはその逆である。痛みに歪んだ顔を敢えて見せていく。観客にも、対戦相手にも。
弱点をさらけ出し、そこを攻めさせる。それを見た観客が更に盛り上がる。これこそが他の格闘技にはない、プロレスだけの技であった。
「うぉぉぉ!」
腕ひしぎの体勢に入るイノキ。しかし、彼女の両腕から、マイクの右腕がするりと抜けた。
今度は逆に、マイクがイノキの腕を極めに掛かる。
(何て速さだ……!)
何とか抜ける。イノキがマイクの足を狙う。抜けられる。マイクがイノキの足を狙う。抜ける。
「す、凄い……体勢が目まぐるしく変わっていく……」
会場を異様な緊張感が包んでいく。
今行われているのは、最早格闘技ではない。殺し合いなのだ。二人の目を見れば、それが分かる。
────
「はぁ……はぁ……」
息が苦しい。汗が止めどなく流れている。
あぁ、だが……とても清々しい気分だ。
これだ。私はこういう試合をしたかったのだ。
このマイクというファイター、身体能力は勿論、技術もかなりのものだ。
面白い。本気で私を殺しにかかっている。だから私も、本気で戦うことが出来る。
極める。腕を、脚を、肘を、膝を、指を、首を。何度も、何度も。
マイクはそれを抜け、私の五体を極めに来る。
目まぐるしく状況が変わっていく。留まっていること、それはつまり、死を意味する。
精一杯の攻撃を、精一杯の防御をしなければ、一瞬で死が迫ってくる。
くそ。良いのが顎に入りやがった。
咄嗟に顎を胸に付けたから、脳の揺れは最小限に抑えられたが、それでも視界がぐにゃりと歪んでいる。
尻に硬い感触がある。遠くから、何やらカウントが聞こえる。
……しまった。ダウンしていたのだ。
待て、レフェリー。私はまだやれる。まだこれからだ。
マイクの奴も、この程度で満足しちゃいないだろう。
立て……これまで歩んできたプロレス人生のためにも、立て! イノキ!
「ぐっ……はぁ……はぁ……」
「続けられるか?」
レフェリーが聞く。
「当然だっ!!」
「……はっ!」
マイクの奴、立ち上がったばっかりだってのに、容赦なくハイキックを打って来やがった。
ガードする。ガードした腕が一瞬、感覚を失う。とんでもない威力だ。
体勢を崩された隙に、マイクのフックが顔面を襲って来た。
「ごっ……」
まずい。意識が……遠……。
「イノキさん! ラウンド終了まで後10秒です! 耐えて下さい!」
セコンドのアクア団長の声が聞こえてきた。
「がぁぁぁ!」
私は死に物狂いで、マイクの太股にしがみついた。マイクも抵抗するが、ここまで密着されていたら、蹴りの威力は半減される。
永遠のような10秒が過ぎ、やっとゴングが鳴った。
────
「ぜぇ……ぜぇ……今、何ラウンドだ?」
「2ラウンドが終わったところです」
「そうか……」
イノキは荒く息を吐く。まだ3ラウンド目に差し掛かるところなのに、既に10試合くらい終えたような疲労感がある。
「かはっ! はぁ……はぁ……」
イノキの口から、血と共に白い物が吐き出される。歯だ。先程のフックで歯が折れてしまっていたのだ。
「イノキさん……」
「止めないでくれよ、アクア団長。例え私が死んだとしても……」
イノキが立ち上がる。その大きな背中が、彼女のプロレスラー人生の全てを物語っていた。
────
「ぐぅっ!!」
血を吐く。
今、何ラウンド目だ。
……そうか、5ラウンドも持ったのか。
上出来じゃないか。MMAチャンピオンだって瞬殺されたんだ。それを20分以上耐えている。
もう身体はボロボロだ。肋骨が折れている。3トンを超えるパンチをモロに喰らっちまった。
だが……それこそがプロレスラーのベストコンディション。
思えば、今まで万全の状態で臨める試合の方が少なかった。常にどこかしらに怪我をしていた。
そう、手負いこそがプロレスラーの最高状態。最も力を発揮できる。
「ふっ!」
マイクの強烈なハイキックが襲う。とんでもない速さのはずが、何故か今はスローモーションに感じる。
奴の右足が顔面目掛けて飛んでくる。ゆっくり、ゆっくり、それが右顎に直撃した。
「イノキさん!」
「よし、決まった!」
多分、顎の骨もイカれたな、こりゃあ。
だが、プロレスとは……。
プロレスとは、相手の攻撃を耐え、最後の最後に逆転するもの!
「っ!?」
倒れると見せ掛け、マイクの背後に回り込む。背後からのクラッチ。ガッチリと決まった。もう抜けられない……!
「ダッシャァァァ!!!」
今まで何千回と放ってきた技を、今、放った。
────
イノキの肉体が美しいアーチを描く。
「あれは……ジャーマンスープレックス!?」
「馬鹿な! あんなショープロレスの技が!!」
マイクの視界が、突然逆転した。
そう思った瞬間には、彼女の身体は宙に浮いていた。
それに気付いた瞬間に、彼女の面前にマットがあった。
────
「ぐ……おぉ……」
タフな奴だな、マイク。ジャーマンを喰らっても、まだ意識があるとは。
だが……。
「ふんっ!」
──裸絞め。
完璧に決まったこれからは抜けられない。
頸動脈を絞める。
マイクは抵抗するが、やがて……
────
「ま、マイク~~~ッ!!」
二人のファイターが、死力を尽くして戦った。そして今、試合終了を告げるゴングが鳴り響いた。
立っているのはただ一人。
強かったからか、運が良かったからか、それは分からない。
分かっているのは、彼女が勝ったということだけ。
「ダッシャァァァ!!!」
「イノキ~~~!!」
プロレスラー、ニャントニオ・イノキが拳を振り上げると、会場は割れんばかりの拍手と歓声で包まれる。
「イノキさん……あなたこそ最高のプロレスラーです……」
その大きな背中に、アクアは人知れず涙を流したのだった。
花騎士SSとは(哲学)
次回はもうちょい真面目?に書きたいです
ここまで読んで頂き、ありがとうございました