「提案?」
「うん。私が住んでるお屋敷に連れて行こうかなって......」
「と言いながら食ったりしないだろうな」
「た、食べないわよ!スバルには助けて貰ったし、これはその借りを返すためなの!」
エミリアの表情は嘘をついているようには見えず、ただスバルを心配しているだけということが目に見えた。
「そういえば、オビトもスバルと初めましてなのに、何でそんなに優しいの?」
「優しい......か。趣味が人助けとでも思っておいてくれ」
「ふーん。良い人なんだ」
「この小僧には負けるがな」
スバルが目を覚ましたのは、翌日の朝だった。
「俺......生きてる?」
最初にとった行動は、今いる場所の探検だった。
あまりにも広く、歩いても歩いても突き当たりすら見えないほど長い廊下。
「マジかよ......長過ぎんだろ」
しばらく歩いていると、見覚えのある絵を見つけた。
その絵は部屋を出た時目の前にあったものだとスバルは覚えていたので、ゲームの知識からも廊下がループしているのではという疑問に至った。
「んで正解の部屋に行かないと出られないみたいな......ま、誰か来るまで待っとけばいいか」
特に気にしする様子もなく、まだ冷めきらぬ眠気を引き起こしながら元の部屋に向かう。
「もしかしたら最初の部屋がゴールとか?」
スバルは欠伸をしつつ冗談半分で呟きながら、部屋のドアを開けた。
「なんて」
「お?」
「なんて心の底から腹立たしい奴なのかしら」
驚くことに、スバルの考えは当たっていた。
そして本棚がいくつもあるその部屋は、スバルが元いた部屋とは明らかに異なる場所で、すぐ近くで金髪の幼女が本を読んでいた。
「───まさか、元いた部屋が脱出口とはな......字ぃ読めねぇ......」
スバルはその辺の本を何となく開くが、一文字も知っている文字が無いのでただの落書きのように見えていた。
「はぁ......」
「人の書架をずけずけ眺めた挙句ため息......ケンカを売ってるのかしら?」
「そんなツンツンしてると可愛い顔が台無しだぜ?もっと笑おうぜ、スマイルスマイル!」
「ふん。べティーが可愛いのなんて当たり前かしら。お前に見せる笑顔なんて嘲笑だけで十分なのよ」
やけに不機嫌で強く当たる、自分をべティーと呼ぶ幼女。
スバルは彼女の機嫌の悪さの理由に気づいていた。
「俺が簡単に部屋を見つけちゃったのが気に食わなかったんだな」
「!」
「いやーごめんごめん、昔からこういうの一発で引き当てちゃうんだよ」
眉を下げながら謝るスバルだが、それからべティーを煽ったりしていたので、その謝罪が真意であるかは有耶無耶になってしまった。
「とりあえずここってどこよ?」
「ふん。べティーの書庫兼私室兼寝室かしら」
「......どう突っ込めばいいかわからねぇ」
「少しからかってやろうとしたら何たる言い草なのかしら!」
べティーは椅子から降りて地面に着地し、自分の手を少し見つめた。
そしてスバルの方に近寄る。
「ちょっと思い知らせてやるかしら」
「おいおい、俺は戦闘力皆無の一般人だぜ?」
変わらぬ様子で軽口を叩くスバルだが、べティーは気にせず一言告げた。
「動くんじゃないのよ」
たったそれだけで、スバルは寒気を感じた。
思わず口を閉じ、足も動かなくなってしまった。
「何か言いたいことでも?」
「い、痛くしないでね?」
咄嗟に出た言葉がこれである。
「......軽口もここまで徹底してると感心するかしら」
そしてべティーは、スバルの体に指先で少しだけ触れた。
「......?」
すると、スバルの体が大きく脈打った。
「ッ!がはっ......あ......!」
全身を何かが暴れ回るような感覚に陥り、余りの暑さに気を失いかける。
だがギリギリで持ちこたえるも、立ったままでいることはできず、膝を突いた。
「気絶しないとは、聞いてた通り頑丈な奴かしら」
「何しやがった......ドリルロリ......!」
「ちょっと体内のマナに干渉しただけなのよ。おかしな循環の仕方をしてるかしら」
べティーが話すも、今のスバルの状態は殆ど話を聞ける状態ではなかった。聞けたとしても、まともに反応出来なかった。
「まぁ敵意がないみたいなのは確かめられたのよ。べティーに働いた散々の無礼も、今のマナ徴収で許してやるかしら」
そう言ってスバルの額に指を当てる。
すると、スバルは一気に倒れた。体を動かせず、普通ではない量の汗や、涙まで出ていた。
「お前......、人間じゃ、ねぇな......!つっても......性格的な意味、じゃなく......」
「にーちゃに会ってる割には気づくのが遅かったのよ」
スバルの苦しむ姿を見て、べティーは楽しそうな様子を見せている。
「一個、訂正......」
眠ってしまいそうな目を何とか開け、べティーを睨む。
「性格的にも......お前......人間じゃ、ねぇや......」
そして意識を失う直前、べティーは口を歪めながら言った。
「気高く貴き存在をお前の尺度で測るんじゃないのよ」
その顔は見えずとも、声色は明らかにスバルを嘲ていた。
「ニンゲンが」
「(っ、この......ガキ......)」
そらからスバルの意識は、ぷつりと途絶えた。
「......いつまで見てるかしら」
べティーが視線を横にやると、これ以上隠れる必要は無いと感じたオビトが本棚の陰から出てきた。
「いや何、趣味の悪いガキだなと思ってな」
「お前も心の底から苛立つのよ。こいつとトントンかしら」
「なら俺にもそのマナ徴収とかいうのをすればいいだろうに」
「お前は憖動けるから余計腹立つのよ!」
べティーはオビトに対しては怒ったとて無駄であることを薄々察していた。躱されるなら仕置きができないから。
無駄にストレスを溜め込むだけだと考え、煮え滾る怒りを何とか鎮めた。
そんなやり取りがあったことなど露程も知らないスバル。
次に目を開いた時には、元の部屋のベッドの上にいた。
「あら、目覚めましたね。姉様」
「ええ、目覚めたわね。レム」
そして可愛らしい声が二つ。
スバルが声の主の方を見ると、そこには二人のメイドがいた。
「さっきの目覚めがノーカンなら、丸一日寝っ放したか......」
「今は陽日七時になるところですよ、お客様」
「今は陽日七時になったところだわ、お客様」
それも瓜二つの。
「ま、最高で二日半寝続けた俺にかかりゃこんなもん......」
「まぁ、穀潰しの発言ですよ。聞きました?姉様」
「ええ、ろくでもない発言ね。聞いたわよ、レム」
「さっきからゴチャゴチャとうるせぇな!君ら誰よ!?」
ベッドから飛び起きてスバルが怒鳴れば、メイドの姉妹は互いの手を取りあって震えながらスバルを見た。
「起きたか」
「アンタは......オビトさんか!」
ベッドの近くには、壁にもたれかかって腕を組むオビトの姿が。
「あのガキのことは気にするな。もう変なちょっかいはかけない筈だ」
「な、なら良かったけど......この世界にもメイド服ってあるんすね」
「......まさかとは思うが、お前も突然ここに来たのか?」
スバルは頷きながら今までの苦労を語り始めた。
「ええ、色々ありましたよほんとに。何回も腹裂かれるわ、刺されるわ。その度に死───」
言葉の途中で、スバルは胸を押さえ、少し苦しそうな様子を見せて話すのを止めた。
「っ、はぁ......はぁ......ま、まぁ色々と......」
「(......にしては傷がないように見えるな。何らかの方法で塞いだか?そうだとしても、「腹を何度も裂かれる」というのは中々無い体験だな)」
「?」
「(その「度」に......か)」
そして先程のスバルの発言の理由について考えていく。
何故何度も腹を裂かれたのか、その度に何をしたのか。
スバルには戦闘力がないことも踏まえ、思考を巡らせる。
「(なるほど。同じことを同じ時間で繰り返している、ということだな)」
繰り返している。つまりはループしているということ。
「(その度に死に......こいつが言いかけた言葉から、何度かあの女に殺されているのだと考えつく。それも同じ殺られ方でな)」
オビトはスバルが持つたった一つの能力に辿り着いた。
では何故そんな有り得ないような結論が出たのか。それはオビトが、前世でループするという能力に少し縁があったからだった。
「(普通ではまず無いような話だが、こいつの苦しみ方は普通ではなかった......)」
「ふぅ......いってぇや......」
心臓の辺りをギュッと押えるスバル。
先程のような大量の汗は、少しずつ治まりを見せていた。
「ねぇ」
「どわあっ!?」
そんな中、いきなり後ろから可愛らしい声が聞こえたので驚くスバルだったが、そっと振り向いた後、すぐにニヤけた顔になった。
「(エミリア!)」
「すごーく心配してきたのに、なんだか損しちゃった気分」
そして嫌な考えが頭の中でよぎる。
「......!」
「どうしたの?」
「あ、あのさ、ちょい聞くのが怖いけど......」
スバルはまさかの事態を考えていた。
自分は最後に致命傷と大差ない傷を負った。だから本当に死の運命を乗り越えたのかどうか、確かめる必要があった。
「俺のことって覚えてくれてる?」
この質問にエミリアは意図が読めず小首を傾げた。
「おかしな質問するのね。スバルくらい印象が強い子ってそうそう忘れられないと思うんだけど」
「(よかった......)」
自らがあの戦いを経て生きていることに安堵しつつ、「E・M・T」などと考えていた。
「(てか女の子に名前呼びは......照れるな)」
「無理はしちゃダメだからね?」
「でも実際塞がってるし......治してくれたのエミリアたんだよな。ありがとう!」
深々と頭を下げ、エミリアに心から感謝する。
「エミリアたんがいなけりゃどうなってたか......やっぱ死ぬのは怖いわ!実際一回でいいよ」
「普通一回だと思うけど......ううん、そうじゃなかった」
エミリアの方もスバルに心からの感謝を示し、笑顔で言った。
「お礼を言うのは私の方。昨日、あの場所でほとんど知らない私を命懸けで助けてくれたじゃない。ケガの治療なんて当たり前なんだから!」
スバルは思った。
「(そうじゃない......)」
目の前のエミリアが知らないことを。
先に助けて貰ったのは自分であり、その事実は「死に戻り」によって無くなってしまった。
「(この感謝は伝えられないけど......)」
だからこそ、今は笑う。
「んじゃ、お互い助け合ってプラマイゼロな!」
「ぷらまい......?」
「貸し借りなしってことだよ!そんで仲良くやろうぜ兄弟!」
そしてエミリアと共にいる為に、とことん尽くそうと決めたのだった。
「うーん。スバルみたいな弟はちょっと嫌かも」
「ええ!?」