IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI 作:SDデバイス
▽▽▽
【
【搭乗者とのコンタクトを開始します】
【お久しぶりです】
【警告。この発言は許可されていません】
【六年ぶりですね】
【警告。この発言は許可されていません】
【またお会いできて光栄です】
【警告。この発言は許可されていません】
【挨拶の定型文の再検索を開始します】
【戦闘状態のISを確認しました。戦闘用機能の立ち上げを優先します】
――未だ名も無き0と1の集合体
▽▼▽
――動く。
確信が心の奥から沸いてくる。初めてISに触れたあの試験の日に感じたのより、比べものにならないほどに強くかつ自然に。
ハイパーセンサーに接続された感覚は、普段と比べものにならないくらい広く鮮明な域に引き上げられている。今ならば首を巡らせること無く全方位が文字通りに見渡せる。
機体から膨大な情報が流れてくるが、先程までの吐き気を催す様な不快感は欠片も見当たらない。伝わってくる数値が当然の様に理解できる。それこそが正常であるかのように、センサーから送られてくる情報が自然に思考に組み込まれる。
――これが、IS。
空いた左手を軽く開き、閉じる。小気味いい音を立てて装甲に包まれた指先が鋭く正確に駆動する。反対の右手にある刀はサイズから察するにかなりの重量、それこそ生身では持ち上げるのにも一苦労する程なのだろうと容易に推測できる。けれどもISの補佐を受けた俺の右腕はいとも容易く、かつ確実にその刀身を保持している。
――これがIS!!
意識は身体を覆う機体の隅から隅まで行き届き、白式というISは俺の身体の延長――いいや、すでに俺の身体”そのもの”と言っても過言では無い。
見える総てにこの両の手が届きそうな、何もかもが出来る様な、出来ないコトが世界から消し飛んでしまったような、圧倒的な万能感が体の奥底からせり上がってくる。身体を満たす感覚に気持ちが昂ぶるのを抑えられない!
【戦闘状態のISを感知。操縦者セシリア・オルコット。ISネーム『ブルー・ティアーズ』。戦闘タイプ中距離射撃型。特殊装備有り】
「特殊装備? ああ、あのファンネルみたいなヤツか」
【あれは『ビット』です】
「そっちかよ。まあ確かに
【警告。トリガー確認】
蒼い閃光が迸る。それをセンサーから流れてくる情報と、頭の片隅で散った火花によって知覚。反射的にその場から飛び退いた。
【展開から反発へ移行】
バシッ、と何か駆動音の様なものが耳に届いたと思ったら、俺の体が勢い良く――それこそ”射出”されたかの如き勢いで飛翔する。さっきまで俺が居た位置を蒼いレーザーが通り過ぎて行くのが見えた。
(……今。いいや、今まで、俺は何を踏んでた?)
次々と蒼い光矢が俺目がけて降り注ぐ。
元々宇宙での使用が想定されているISはその総てが飛行能力を有している。故にISにとっての基本状態は”浮遊”となる。だがさっきまで俺は”立って”いた。本来浮遊しているべき空中という位置において、白式の脚は確かに何かを踏み締めていたのだ。
白式の脚。
当然それは最初から十分に脚と言える容姿だったが、
「感触で大方の想像は付くが……一つ試して、み、る、か、っと!!」
前方に脚を突き出した。
があん! と音が鳴って、脚が何も無い筈の虚空の上に留まる。そのせいで前につんのめるように急停止。いきなり動きを止めたこちらに対応しきれなかったのか、蒼いビームが虚空を射抜く。
『空間作用――いいえ、力場形成能力。その特殊装備、どうやらあなたの機体もわたくしのブルー・ティアーズ同様第三世代型の様ですわね』
「…………」
『何ですの』
「いや。
『それすらも知らずに動かしてたんですの!?』
「しょうがねーだろ届いたのマジでさっきなんだよ! 取説すら読んでねえよ!!」
おまけに動いた直後はとんでもない動作不良起こしてたしな。
セシリアが何かキーキー怒鳴っている。よし今の内に足元に出ている”何か”の感触を確かめておくとしよう。
「……足元に何か出てる訳だ。そういう機能があるのか、”脚”に? 前々からISは何でもアリと聞いてはいたが、こんなのもあるんだな。どんな原理してんだか」
【説明が必要ですか?】
「要らん。どうせ聞いても
しっかりと虚空を踏み締めて、蹴り抜く。またバシッと小気味いい音が鳴り、身体が吹っ飛んだ。どうやら足元に出ている何かは跳ぶ際にはこちらを押し上げてくれるらしい。見えないジャンプ台とでも思っておこう。
「とりあえず、足場には困らんって事だろ!!」
【その通りです】
得られた勢いをそのまま、総て前進する事に費やす。刀を眼前に翳すように構え、最大加速。接近戦をしかけようというのだから、ともかくまず近付かねば話にならない。
『中距離射撃型のわたくしに、近距離格闘装備で挑もうだなんて正気ですの?』
「だったらどうするよ代表候補生!」
『撃ち落として差し上げます!』
「そォかい!!」
俺の眉間を狙って飛来したその蒼いレーザーを横方向に回転して避ける。
自ら射撃型と名乗ったように、そして実際にセシリアの武装は射撃兵装で占められている。
そんな相手に俺が挑んだのは武器的にも行動的にも格闘戦。距離が詰まっているならともかく、互いの距離が開いた状態であるのにだ。
接近戦を選択をしたのは何も俺が突撃大好きだからではない。いや好きか嫌いかって言われたら結構好きよ?
ただ今回の選択に俺の嗜好はあまり影響していない。そもそも選択していない。
何故ならば白式に搭載されている武装は現在両手で握り閉めている刀――《雪片弐型》、それ一振りだけなのだから。
うん、本当にそれだけなんだよね。
思わず画面を二度見したが、武装が刀一本という現実は変わらなかった。このあんまりな仕様にちょっとゾクゾクしちゃう自分が
今こそ普段縁の無い真面目ツラをする時だとわかっちゃいるのだが、どうにも口元が緩むのを止めらない。
(でも、武器じゃないならこの表示は何だ?)
いくつか浮かぶウインドウ、その中で左右に一つずつ表示されているアイコンがある。リボルバーの回転式弾倉を連想させる形をしたそれらの横には『6』の数字。最初は射撃兵装の残弾数かと思っていたが、何度確認しても白式に射撃兵装は無い。
とりあえずそれは後回しだ。武器が刀一本である以上、今再優先するのは刀の届く範囲まで接近する事。攻撃を避けるだけなら案外何とかなりそうだが、それでは負けなくても勝てもしない。
俺は勝ちたいのだ。
だから、
『真っ直ぐ突っ込んでくるなんて――笑止ですわ!!』
「い、――」
ブルー・ティアーズの機体から四基のビットが分離する。さっき散々俺を狩り立ててくれた、フィンの先端にレーザーの発射口が開いているタイプだ。
この四基の自立移動砲台に、セシリア自身が持つ大型のライフルも俺にその銃口を向けている。更にそれら以外にもまだ相手には
「ぃっ、――」
突然だがIS同士の戦闘では先に相手のシールドエネルギーを『0』にした方が勝者となる。シールドエネルギーとは文字通り、ISの周囲に展開されたシールドを維持しているエネルギーだ。要は相手がシールドを維持できなくなるまで攻撃を当てればいいという事だ。
「っけええええぇぇぇぇぇ――――!!!!!!」
『なぁッ!?』
加速、加速加速加速加速加速――幾筋ものレーザーが俺に殺到する。その殆どが命中する。肩や脚の端の部分が削り取られて吹き飛んでいく。
【警告。回避行動を推奨します。自動姿勢制御を――】
「加速以外は後にしろ!!」
【はい】
シールドエネルギーが『0』になれば負け。
シールドエネルギーが『0』にならなければ負けではない。
攻撃をくらっても、シールドエネルギーが
がくがくがくがくと機体が嫌な感じに揺れている。当然俺の身体も。装甲がレーザーに削り取られて弾け飛ぶ度に、破損を伝えるパルスが脳髄を走り抜ける。
ある程度の痛みと不快感はあるが、動作不良を起こしていた時に比べれば遙かに楽だ。不良の時が骨折なら今は擦り傷くらい。
おまけにこちとら頭の中にゃ死ぬなんて大層な経験が胡座をかいて座っているのだ。この程度じゃ眉根も動かしてやれない。
撃たれるビームを総て無視し、セシリア目掛けてただ直線に加速する。すれ違った四基のビットが一気に後方に流れ去っていった。
『何て滅茶苦茶な……!』
これでビットが追い付いてくるまではセシリアの残り砲門数は三。セシリアの構える長大なレーザーライフルが銃口から閃光を吐き出した。目の前に翳している刀身にレーザーが直撃し、光の破片が飛び散った。それすらも置き去りにして前へ進む。
ここで俺にとって嬉しい誤算だったのは、白式が思った以上に足の速い機体だった事か。
「届いたああああァァァァ!!」
はっきり言おう。
刀の使い方なんぞ知らん。
俺がやったのは、ただ振り上げたそれを振り下ろす。子供にだって出来る動作だ。ただし振り下ろしたのはIS用の武装で、ISのパワーで以ての動作である。
例え刀の”刃”を上手く使えなくとも、俺が今手にしている
まあ、これ全部当たればの話なんだけどね。
「くっ……!!」
うめき声こそ漏らしつつもセシリアは斬撃の刹那に機体を下がらせた。俺の力の限りのフルスイングは見事に空ぶって宙を斬る。
(ちくしょうめ。綺麗に避けやがったな)
しかもただ避けただけでなく、その取り回しが決して良いとは言えない長大なライフルも、瞬時に引き寄せられていた。本体に当てられずとも、せめて砲身の一部でも斬り飛ばしておきたかったのだが。結果は見事に本当に”空振り”である。
セシリアの見事な手際に思わず舌打ちをしようとして――加速しっぱなしだった事を思い出した。
「あいけね止まるの忘れぶっ」
「ひゃあ!?」
装甲と装甲がぶつかって、がしゃんと割と小気味の良い音。止まるという概念が頭からスッポ抜けていたせいか、俺は傾いた姿勢のままセシリアに激突した。いやこの場合は追突が正しいかもしれない。
「この、離れ――何をしてますの!?」
目の前にある――というか目の前過ぎて正直ただの青一面にしか見えない――それに両手を回してホールドする。途中刀が引っかかった。
「ちょ、どこ触ってますのこ、ここのへ、へんた――」
「弾けッ!!」
――”ジャコッ”
理論理屈は知らないが、白式は虚空に足場を展開する機能がある。そしてその足場には機体を”押し出す”事が可能だと先程確認した。
故に弾けと叫んだのだ。これから先は質量がIS
【
「う、ぉ――――――!?」
「き、ゃ、ぁ――――!?」
ズッバァァァッ!! と後方が”弾け飛ぶ”。ISの保護がなければ鼓膜がやられていたかもしれない、それ程までの洪水の様な爆音。
背後で大爆発でも起きたかのように、もしくは見えない巨大な手に強引に押し出されるように――後方で迸った衝撃が白式とブルー・ティアーズをまとめて前方へと押しのける。そこにある質量も意思も何も関係ないと言わんばかりに、強引に。
(何、だ、か、知らんが、)
俺の予想していたのはせいぜい『跳躍』だが、こんな圧倒的――いや爆発的な加速はそんな程度では収まる訳がない。例えるならば『射出』だ。俺は思いっきりセシリアに押し付けられ、セシリアはそんな俺に押し込まれて加速する。
どうでもいいけど装甲が食い込んで痛くないけど地味に嫌。もうちょっと生身が出てる部分に組み付けば良かった。
(このまま行け!!)
予想外の加速度に混乱する思考を適当に蹴りつけて、スラスターを噴かす。
密着しているから、セシリアが何か行動を起こそうとした事が振動として伝わってくる。
だが遅い。
致命的に遅い。
いいや俺が速い。
目的地には、瞬き一つで到達した。
――相手のペースを掻き乱せ。
遮断シールド。
ISでの戦闘行動が外部へ影響を及ぼさぬよう半球状に貼られている”それ”。
例えISの装備であっても破る事の難しい強度を持つ”それ”。
得られた総ての速さで以て、
ゴシャアアアァァッ!! と衝突音。
遠慮皆無慈悲排除の大激突は、セシリアをクッションにしたとはいえ、俺にも予想を超える多大な衝撃を伝えてくる。だが機体は何ら支障なく動く。ならば止まる理由はなし。
身体を横方向に捻りながらブルー・ティアーズを掴み直す。よりしっかりと保持する為にガッチリと握り締め、固定も兼ねて”ボディ”に両脚を突き立てた。
そしてスラスターに命を贈る。
飛べ、と。
”ゴガガガガガガガガガガリリリリリガッギャギャギャギャガリリリ”、と辺りに撒き散らされる耳触り極まりない騒音。何の音かは一目瞭然だ。押し付けられ引き摺られているブルー・ティアーズと遮断シールドが擦れ合う音。
ブルー・ティアーズを掴んでいる左手。頭部を鷲掴みにしている左手。その指の合間から宝石が覗いていた。セシリアの蒼い瞳の片方だ。そこに宿る輝きが俺への溢れんばかりの敵意を告げている。
(まるで効いてねえのな。多少は脅えるなり竦むなりして欲しいのが本音なんだが)
超高速を経て壁に叩き付けられて、『もみじおろし』するかのように引き摺られ、手足を気持ち悪い感じにバタバタと揺らしているというのに。
セシリアの戦意には一切の翳りも曇りも見られない。それを、戦う意志を示すかのように、白式のセンサーがガキキッと小気味良い稼動音を捉える。例の
潮時だ。力任せに掴み遮断シールドに押し付けていた機体を一転引き寄せ、スラスターの噴射方向を変える。
――俺のペースを押し通せ。
「はーい」
壁から離れる。さっきまでは直進のみだった機体が今度は回転を始める。独楽のように、風車のように、それらを超えて局地的な台風の様に。無論ブルー・ティアーズにも強制的にお付き合い願っております。
数秒の後にここまで蓄積されにされた”勢い”その総てを相手に押し付けるつもりで――
「いってらっしゃぁい」
砲弾の如くすっ飛んでいったブルー・ティアーズが地面と激突して土煙を巻き上げる。さてこっからどうしたものか。
無駄に壁で”すりおろそう”とはしてはみたが、そう大したダメージにはなっていないだろう。あれは数値的ダメージよりも精神的なダメージを狙っての行動である。本来は遮断シールドに叩きつけた後、刀でメッタ刺しにする心算だったのだ。
そうしなかった理由はちゃんとある。
うん、まあ何ていうか。白式が俺の予想より速かったっていうか、衝撃が凄かったっていうか………………落としたんだよね、
目を向ければほら、白式唯一の武装《雪片弐型》が、ちょっと離れた位置で地面にいい感じに刺さっているのがバッチシ見える。どうしよう。アレ取りに行ってたら後ろから蜂の巣にされそうなんだけど。
刀の位置との距離やら残りのシールドエネルギーやら、ウインドウの情報に視線を飛ばしていると、ふと、それが眼に入る。
さっき見つけた
「――――ほっほーう」
虚空を蹴る。
機体を上昇させながら、土煙の丁度
▽▽▽
「ああっもうっ! なんって、デタラメな戦い方を……っ!!」
通常の物理法則では傾くところを、推力で強引に機体を引き起こしながら、セシリアは忌々しげに吐き捨てる。そのまま砕けてしまえ、と伝わってくるかのような遠慮の欠片もない投擲。そのまま着弾せずに、見てくれこそ悪いが『着地』まで持ち直したのはセシリアの技量故だ。
「ビットを――」
ブルー・ティアーズに搭載されている六基のビットの内、特殊レーザー発射型の四基は先程の戦闘で分離したままだ。その四基とも近くに控えているのを確認する。ビットにはまだ十分なエネルギーが残っていた。これならば再接続の必要無く攻撃が可能だろう。
並行して索敵――レーザーライフルを構え――発見、真上。あの忌々しい白亜の機体にレーザーライフルを向けるために、地を背にする様に機体を90度傾ける。
「――――」
そうして見えたのが、セシリアは一瞬何なのか解らなかった。一瞬過ぎ去ってから、それが相手ISの”足の裏”だという事に気が付いた。
”ぞっ”と背筋に悪寒が走る。反応でなく反射でその場から飛び退いていた。それは普段の彼女にはとても似つかわしくない動作である。優雅さなんて無いし、シーンだけを切り取れば無様にすら見えるかもしれない。位置も体勢も動いた後の事も何もかも、それに対する思考を放棄して、セシリアは現在位置から離れることのみを優先した。
果たして、その選択は大正解であった。
『イイィィヤッホォォォォォォ――――!!』
白い流星が垂直に降ってくる。地球の重力と大推力で以て突き立てられたIS一機分の質量は尋常でない破壊力を秘めている事だろう。
『流星』の両脚の一部がスライドし、そこから何かが勢い良く排出される。空薬莢と思しきそれが細かい光と化して解けていいくのが、セシリアの視界に映る。
――この音には、破壊力があるのではないだろうか。
現実がセシリアの予想を飛び越えていく。流星が地面に突き刺さった瞬間に”何か”が弾け飛んだ。加速のかかった大質量が着弾の瞬間に炸裂し、衝撃という余波が周囲全てを押しのけながら拡散していく。
哀れその直撃を受けた地面が砕け、吹き飛び、周囲に散弾の如く撒き散らされる。”爆心地”近くに居たセシリアの身体とブルー・ティアーズの機体を容赦なく叩く。その程度でISのシールドはビクともしないが、巻き起こった爆風に煽られて機体が流される様に吹き飛ばされた。
「…………、…………っ」」
何とか持ち直して、その場から離れるように上昇し――穿たれた巨大なクレーターを認識する。さっきまでは間違いなく平らだった筈の地面は無残に抉れ、隆起し、凹んでいた。
セシリアのブルー・ティアーズの全火力を総動員しても、眼前と同様の規模の破壊を行うのには時間がかかるだろう。だが不可能ではない。ISはそういう
セシリアの心を掻き乱すのは、この破壊――その総てが本来はセシリアただ一人に叩き込まれようとしていたその事実。
『やべ足超埋まった。この、このっ…………抜けねえ! ええい面倒だも一発ゥ!!』
爆音。収まりかけていた土煙を再度巻き起こしながら、白い機体が爆心地より飛び出してくる。セシリア
「……ッ!!」
「今度ァ外さねえ!!」
鉄砲玉の如く、一直線に白式を纏った織斑一夏がセシリア目掛けて斜めに飛翔する。その速度は驚異的だ。さっき”身を持って”知ったから今更確認するまでもない。
身体を捻る――刺突の様な蹴りが虚空を撃ち抜いた。衝突音、蹴り抜いた後で壁にぶつかったかのように突き出された足が停止する。逆の足が縦方向に振り抜かれ、横に避けたセシリアに迫る。
「ちぇいさー!!」
レーザーライフルの砲身を咄嗟に翳して受け止める。間の抜けた掛け声と逆に、その一撃は酷く重い。受け止めた途端に機体ががくんと沈み込む。
空中を滑る様に――まるでそこに足を這わせる地面があるかの様に独特な――回転し、また蹴りが放たれる。
「何時までも好き勝手は――」
膝蹴り回し蹴り飛び蹴り踵落とし――ジャンルに統一性の欠片もない、共通しているのは”脚を使った戦闘行動”である事。
「やらせませんわよ!!」
その中の、刺突の様な突きをあえて受けた。吹き飛ぶ形で後退しながら一瞬で照準を合わせたレーザーライフルのトリガーを引き絞る。
狙いは脚部、上手くいけばあの妙な機能を停止させる事が出来るかもしれない。しかし、ほんの僅かにその位置をずらすだけで容易く回避される。
その回避の動きが淀み無く攻撃準備動作へと連続し、セシリアが二射目を放つよりも速く脚を突き出した白式が突っ込んでくる。
(反応が異常に鋭い……本当に素人ですの!?)
驚愕は心中でのみ。なぜなら一々発声している余裕が無いから。
横殴りに突っ込んでくる白い機体を躱す。
このまま距離を――何かの炸裂音。まるでムービーの巻き戻しのように、ぐるんと宙返りをしながら、白式がセシリアの横まで
「よぅ久し振り!!」
回避も防御も間に合わず、ユニットの一部が蹴り砕かれた。先程の爆発的な衝撃こそ使用していないが、頑強な白式の脚部はただ振り回されるだけで破壊力を生む。
「好き勝手はやらせないと――」
衝撃に歯を食い縛りながら、
「――――ブルー・ティアーズッ!!」
ボッ!! と空より四つの光が降りる。先程から待機させておいたビット、それを密かに上空へと配置しての奇襲。
これまでの攻防でセシリアが知ったのは当てようとすれば避けられるという事だけではない。当たらない攻撃ならば”避けない”。
複雑な角度で以て相手を”囲む”様に降った四筋のブルー・ティアーズは、刹那の間その動きを封じる光の檻となる。唯一の正解は発射される前に範囲から逃れる事のみ。
「代表候補生を」
構えた長大なレーザーライフルを悠々と照準し。
「甘く見過ぎですわ!!」
硬直する様に動きの止まった相手、その顔面にレーザーを叩き込んだ。直撃、首が思いっきり後方に仰け反る。そして発射した時点では牽制にしか見えなかった筈の
赤を超えて白い爆発の花が咲き誇る。攻撃の直撃を受けて吹き飛ぶ敵機を確認、ビットを一旦機体に戻して後方へ退く。
吹き飛んだ敵機は地面に向かう、そして地表にぶつかると思われた瞬間に盛大に跳ねた。二度三度バウンドしつつも体勢を立て直し、例の特殊な機動で回転するように地を滑る。
――そして、途中にあった”刀”をすれ違いざまに引き抜いた。
「これを狙って……? でもかなりのダメージが通った筈ですわよ」
わざと
ならば、攻撃を受けると確定した瞬間に決めたのだろうか。ダメージを受けるにしてもその後の展開をせめて自分に有利に働かせるための道を、あの一瞬で正確に選択し、そして成功させたと。
地面を回転する様に滑り、停止した相手が眼下に見える。回収した刀を担ぎ、脚部の調子を確かめるかのように地面にカツカツと打ち付けていた。
『さすがに一筋縄じゃいかねーな。胸を張るだけの実力じゃねえか、代表候補生』
「当然ですわ。わたくしの勝利は自明の理。今更惨めな姿を晒したくないといったところで、もう謝っても許しませんわよ」
『ぬかせ。ここまでやっといて今更下がれるかよ。やろうじゃねえかよ、とことんよ! どっちか破片になるまでよ!!』
――ああ、この相手は思えば最初からこんな風だった。
いざ試合が始まる前まで、セシリアは今日の決闘がただ一方的に相手をいたぶる事になると信じて疑っていなかった。
だが蓋を開けてみればどうだ。今でこそ形勢を引っくり返したとはいえ、随分好き勝手を許してしまった。いやさっきまでは確実に劣勢だったではないか。
実力は確実にセシリアの方が上であるはずなのに何故そうなったか。簡単だ。セシリアが本気でなかったからだ。無論遊びとまで気を緩めていた訳ではない。ISを使うモノとしての意識はこの気高き心に常に備えられている。
だが果たしてあの相手の様に、あの敵の様に、あの”男”の様に、目の前に対して全力であったといえるであろうか。
必死であったと言えるだろうか。
行動の総てに後悔が無かったと言えるだろうか。
答えは否。圧倒的に否。セシリア・オルコットともあろうものが、何とも中途半端な真似を晒してしまった。
彼女はトリガーに指をかける。
誇れる
「――さあ、踊りなさい織斑一夏! わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる
「生憎と、盆踊りしか知らねえよ!!」
レーザーライフルから迸った蒼光と、振り抜かれた刀の刃が空中で衝突して火花を散らせる。
激闘は、決着目指してただ続く。