IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI   作:SDデバイス

13 / 57
1-13

 

 ▽▽▽

 

【機体状態を確認します】

【実体ダメージ、レベル低】

【近接特化ブレード・《雪片弐型》、健在】

単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)、オフライン】

【脚部特殊力場発生装置、正常に動作中】

【圧縮力場形成用エネルギーカートリッジ、残弾数《3》】

 

【戦闘継続に支障なし】

 

 

 ――未だ名も無き0と1の集合体

 

 

 ▽▽▽

 

 

「…………」

 

 直立不動。その言葉が実に相応しい様子でピットの片隅で一人佇むは篠ノ之箒。

 そんな箒の前にあるウインドウにはアリーナで行われている試合の様子――高速で飛び回る二機のISの戦い――が映し出されている。

 

 最初は一夏が異常に劣勢だった。

 

 機動は出鱈目。武器も呼び出せない。挙句の果てには墜落しかける。見ているだけで――いや見ているだけだからこそ、異常に”はらはら”させられた。一夏にミサイルが直撃した時はもう駄目だと思った。これで終わったのだと思った。

 同時に、箒の心の片隅に浮かんだ一つの言葉(想い)――『ああ、やっぱりこうなってしまった』。

 この一週間を共に過ごし、箒は一夏の態度や姿勢に対して好印象を抱いた。けれどもその実力に付いては正直なところ落胆していたのである。

 運動神経自体はそう悪くもない筈だが、肝心の剣道はいくら教えても上達の兆しすら見えない。もう不思議に思えてくるくらいに今の一夏は剣道が駄目だった。そしてその酷い有様を目の当たりにして、戦いに向いてないと判断した。

 そして勉学は何というか普通に、駄目だった。物覚えが悪いというか、要領が悪いというか、もう余りにも駄目すぎてどこから駄目なのかも箒には理解出来なかった。

 

 しかし、決着がついたかに思えた勝負はまだ続いて(・・・)いる。

 

 白が跳ぶ、蒼が舞う。

 白が翔ける、蒼が射抜く。

 箒の下した『一夏は弱い』という判断が、今この瞬間にも塗り替えられ――いや、もうとっくに塗り替えられている。

 それどころかその上から更に塗り固められていく。

 

 ――あの子言ってたんだよねー、織斑くんに完膚なきまでに負かされたって。

 

 一週間前、放課後の剣道場。それは一夏と何を話していたのかという箒の問いに対する部長の答えだ。

 まず箒が驚いたのは、剣道部の部長の知り合いが一夏の友人だった事。

 そして、それは箒にも聞き覚えのある名だった事。

 箒がその名前を聞いた場所は剣道の全国大会、その会場。部長の口にした名前は――男子の全国大会優勝者。

 試合を見ただけだが、それでも剣の腕の察しは付いた。箒と互角――もしくはそれ以上。そんな相手に『今の一夏』が勝てる訳が無い。

 思わず、そんな馬鹿なと叫んだ箒に対し、部長は直ぐに『それはちょっとした勘違いだった』と訂正した。困った様な、それでいて何処か楽しそうな――そんな妙な表情で。

 そんな顔のまま彼女が種明かしの一言を呟く。

 

 ――そりゃ『剣道』と『喧嘩』は違うよねえ?

 

「…………正にその通りだな、これは」

 『喧嘩』という言葉は確かに眼前の光景に相応しい。一週間前に聞いた言葉と眼前の光景が重なり、思わず呆れを含んだ呟きが漏れる。

 戦い方は本当に滅茶苦茶の出鱈目で、”刀”の振り方はまるでなっていない。けれど、代表候補生相手に一歩も引いていないどころか互角以上に渡り合っている。

 きっとこれが『今の一夏』の”やり方”なのだろう。箒と共に剣道をやっている時と違い、実に”のびのび”と戦う一夏を見ていると、そう思える。

 結局、『剣道』という枠に捕われ過ぎていただけなのかもしれない。別に剣道が苦手な人間総てが弱い訳ではないと、少し考えればわかりそうなものなのに。

「いいや違う。私は、ただ……」

 話はもっと単純だ。きっと箒はそれだけを求めていて、それしか欲しくなかったから、他を見る事をしなかった。

 ”剣道の強い一夏の姿”が欲しかった。

 幼い頃に焼き付けた、あの姿が欲しかった。

「それにしても」

 不意にウインドウに一夏の顔がアップで映る。目は力の限り見開かれ、異様な輝きを瞳の中に灯している。口の端は釣り上がり、裂けるような笑みを形作っている。

 凶暴で凶悪な形相。でも何故だろうか。そんな表情を見て箒が感じるのは嫌悪ではない。感じるのは――

「楽しそう、だな」

 苦笑が零れる。見た目こそ凶悪だけれども、その表情を見ていると夕焼けの中全力で遊ぶ無邪気な子供を連想させる。脇目もふらず目の前に夢中になる、そんな一途さを。

 

「……どうしてそんなに楽しそうなのだ」

 

 そんな一夏を見ていて、箒の口から零れたのは不満を鱈腹詰め込んだ呟き。

 篠ノ之箒にとってISとは何かと聞かれれば――答えとして最も相応しいのは、”忌むべきもの”。怨敵でも可。

 つまるところ間違っても、”好き”ではない。

 ISの登場は世界に色々なモノをもたらしたのだろう。それこそ箒の想像のつかない規模と数値で以て。しかしそんな物知った事ではない。

 篠ノ之箒という人間にとって、ISがもたらしたのは世界の破滅だ。狭く、けれどもかけがえのない世界を叩き壊したのがIS(インフィニット・ストラトス)だ。

 そんなモノをどうして好きになれようか。

 なれる訳がない。

 

(――――――なって、たまるものか)

 

 ギリ、という音は歯を力の限り噛み締めたから生じた音。

 本当に、心の底から篠ノ之箒はそう思っている事の証。

 だから映る幼馴染が馬鹿みたいに楽しそうなのがとても腹立たしい。だってISなんか(・・・)があったから、

 

「私と一夏は、離れ離れになったのに」

 

 怒りを込めた筈の呟きは、弱々しい言葉となって吐き出された。

 ISという存在は箒から大切なモノをいくつも奪った。しかし箒が一夏と再び巡り会えたのは、ISという存在のお陰でもある。だがそもそもISが無ければ――無数の仮定が溢れ返り、思考の中に渦を巻く。

 相反する感情が箒の中でぶつかり合い、せめぎ合い、ごちゃ混ぜになって、そして箒自身にもわからないものへと変貌してゆく。

 

「まったく、人の気も知らないで。本当に楽しそうだな」

 

 今度の呟きは苦笑と共に呆れ声として漏れ出た。映る一夏は相変わらず、馬鹿みたいに無邪気に喜んでいる。

 はあ、とため息が漏れた。考えれば考えるほどわからなくなっていく。加えてはしゃいでいる一夏を見ているとあれやこれやと悩んでいるのが馬鹿らしく思えてくるのだ。

 だから思考をばっさりと斬り捨てて、目の前の試合の行く末を見届ける事に専念する。そして出ない結論の中、一つだけはっきりしている事があった。だから静かに、けれど力強く、箒は彼に声援(エール)を贈る。

 

「頑張れ、一夏」

 

 好きな人に勝って欲しい。

 その想いだけは、本当に正当だと自信を持って想えるから。

 

 

 ▽▼▽

 

 

「うああああ゛あ゛あ゛! 邪魔! あの板邪魔! 板超邪魔!!!」

【あれは『ビッ】

「あんなもん『板』で十分だ『板』で!! ちくしょう細切れにして上にカマボコ乗せてやうォ――撃ってきたァ――――!!」

【警告。回避行動と姿勢制御を――】

 

 がくっと傾けた首の横を、腕を振りあげて空いた脇の下を、振り上げた足がかつて在った位置を、蒼い光が通り過ぎる。

「ちっくしょうめ! 隙が欠片もありゃしねえ!!」

 縦横構わず降り注ぐ蒼い光をの矢を避けながら飛行する。変な体勢になってるが今は気にしないようにしよう。ていうか、そんなの気にする余裕が無いくらいに先程からずっと防戦一方だ。

 接近を試みても、火力を集中されて阻まれたりあさっての方向に無理矢理逸らされたりとさっぱり上手くいかない。

 先程の特攻は相手が油断していたからこそ成功したのだろう。次同じ事をやれば、恐らく辿りつく前に”削り殺される”。

(しかし……『鋭敏』すぎるってのも考えもんなんだなあ)

 この奇妙な状態(人格交代)になってからというもの、俺はいわゆる第六感というものが酷くよく働くようになった。危険の”察知”は途中で死を通ったせいだとは思うのだが、こっちの原因は正直さっぱり解らない。

 何かもー解らない事本当多いなー。割と本気で俺自身に取説が欲しい。

 

 ――心が、

 

 ともかく今の俺はやたら”勘”が鋭い。素人の俺が熟練者たるセシリアの攻撃を(見てくれは悪いが)避けられるのは、正直それの影響がだいぶ大きいだろう。

 ただ、段々とそれがマイナス方向に働き始めている。

(あー……アッタマ痛)

 攻撃を察知した事で時に脳髄を通り抜ける何か、ざわめき、チリつき、パルス。そんな何か。その一つ一つは虫の羽音程度の不快だとしても、継続し積み重なれば多大な負荷に変貌してゆく。ていうか、してる。

 

 ――身体が、

 

 そして”出だし”の分がのっしりとのしかかってきた。不具合の改善と共に不快感の大元こそ消滅したが、精神的な消耗が回復した訳ではない。

 段々と落ち込んでいく精神に引き摺られるように、身体の動きが悪くなってきた。反応から動作までのタイムラグは確実に増している。

 このままではいずれ避けきれずに攻撃を食らうだろう。そして隙を見せた俺を、”相手”が逃がしてくれるとは思えない。

「手強いな。ああ、手強いな」

【…………】

 数十メートルの距離の先には、蒼い機体を纏った蒼い瞳の少女が居る。流れる金髪が陽の光を受けてきらきらと光っていた。

 綺麗な薔薇には刺があるというが、最近のはレーザーライフルまで付いている様だ。何ともおっかない事である。

「でもこうでなくっちゃなあ……! やっぱ壁てのはこうでなくっちゃなぁ!」

【…………?】

 

 ――魂が、

 

(兎に角。あの板潰さねえと話の始めようがねーか、なー。どーすっかなー)

 狙いは(ビット)。俺とセシリアの間を阻むように飛び回る四基のそれを睨め付ける。

 接近するためにもまず最初にあの猟犬板共を潰しておきたい。それにあれが存在している限り、何をするにしても前後上下左右その総てに絶え間なく警戒し続けなくてはならない。

 ったく無線誘導兵器がこんなに厄介だなんて思わなかったよ、ちくしょうめ。

 

 ――ただその光景(結果)だけを渇望する。

 

 胸の奥――よりも、もっとずっと深い何処かで何かが疼いたような奇妙な感覚があった。しかし今はそれが何かを考えている隙が無い。

「そろそろ仕掛けねーと、な」

 少しずつ削り取られ、段々とゼロに近付いていくシールドエネルギー。何をするにしても色々鑑みて次が最後の機会だろう。

 相手がこっちを過小評価してるのか過大評価してるかは知らないが、警戒している事は間違いない。特攻という前例がある分、特に奇襲にはさぞ神経を割いて警戒している事だろう。

 さてそれではどうするか?

 決まってる、奇襲だ。

 元から根本的な実力差に差があるのだ。事実真っ当なぶつかり合いになった現状、俺は攻めあぐねている。だから実力の差をそれ以外でもって埋立てる。

「……やっぱり『同時』は無いか」

 今現在も休むこと無く――いや、適度に休みつつ効率よくこちらを狙い打ち続ける蒼いレーザー。それは二種類ある。

 一つはセシリア本人が構えた大型のライフルから放たれるもの。

 一つは四基の(ビット)から放たれるもの。

 本命と牽制を入れ替え合い、互いの隙を補い合う様に発射されるその二つは、これまで一度も『同時』に発射された事がない。

(そして、板が特に複雑な動きをしている時にセシリアは殆ど『止まって』いる)

 推測だが(ビット)は完全な自立機動は行えないのだろう。複雑な軌道を描く際や精密な射撃を行う際はセシリアの直接操作を必要とする様だ。しかもその操作にセシリアは大幅に意識を割いている。

(板が動くためにセシリアが止まるなら――その逆も成立するよなあ)

 あからさまに板を狙いに行った所で、無理に動けば蜂の巣にされるのがオチだ。しかし俺の推測が正しいのならば、セシリアの気を逸らせば板はほぼ無防備になる。

(この推測が合ってる確証はねえけど……賭けるんならここだな)

 武器は右手の刀一本。飛び道具は無し。アイコン(回転式弾倉)の表示は『3』。

 この手札を用いて、行うべきは相手の想像の上を行く事。

 相手の知らない現実をその目の前に突きつける。

 そして生じる一瞬の空白が俺は欲しい。

 

「――――さあて。博打の時間だ」

 

 追い詰められながら、仕掛けるべきその瞬間をただ待つ。

 

 

 ▽▽▽

 

 

 ――勝てる。

 

 蒼い光の矢(BTレーザー)が白い装甲の端をもぎ取るように吹き飛ばすのを見ながら、セシリアは唇の端をほんの僅かに釣り上げた。

 だが油断は禁物だ。遮断シールドに叩き付けられ、更に引き摺られた事が思い起こされる。気を抜いていたばかりにあんな屈辱的な行いを許してしまったのだ。

 とはいえセシリアの射撃にただ逃げる事しか出来ない相手を見ていると、何とも酷く気分がいい。気持ちが緩みそうになる。

 未だ相手の闘志が折れていない――勝ちを諦めていない事はその立ち振る舞いから明らかではある。事実セシリアが少しでも気を緩めれば、相手はその得物を突き立てんと迫ってくる。油断はしない、というよりも出来ないと言うべきかもしれない。

(…………何だか懐かしいですわね、もう随分昔のことに思えますけれど)

 今でこそ代表候補生(エリート)の肩書きを持つセシリアだが、最初から”そう”だった訳ではない。決して少なくない時間を費やして得た肩書きだ。

 対戦相手を――織斑一夏を見ていると、どうにもその途中を思い出す。何度も失敗して、何度も敗北していた頃を。ただひたすらに懸命だったあの頃を。

「――!」

 思い出に浸りそうになった事で気が逸れた。一瞬、一射だけ、レーザーが緩んだその隙に白いISは一定に保たれていたはずのこちらとの距離を一気に詰めてくる。

 しかし、レーザーライフルとビットの砲撃に阻まれた白いISは直ぐに止まる。明らかに悔しそうな顔をしている一夏を見て、セシリアの胸にぞわぞわとした快感が芽生える。あの凶暴な獣が為す術なく地団駄を踏んでいる様を見るのは、なんとも気分がよかった。

 

「ふふ、踊りなさい。必死に、無様に、惨めに」

 

 もう容赦などしない。

 最期のその瞬間まで距離というこの絶対的な優位を保ったまま勝利する。相手がもう二度とこの蒼い装甲に触れる事はないだろう。あの獣は(シールドエネルギー)の最後の一滴を流し尽くすまで、翻弄され、踊り続け、そして敗北するのだ。

 

 ボッ、と周囲に伝達する風切音。

 

 それを”認識”してしまったせいで、セシリアの思考が一瞬だけ真っ白になった。ブルー・ティアーズが主たるセシリアへ飛来物の存在を告げる。

 何かが、相手から”発射”された。

 その事実がセシリアの精神を凄まじく揺さぶった。刀一本だけで戦っていた相手から何かが飛んで(・・・)きた、その事実が。

(射撃武器が――っでも、そんなモノは今まで何も――まさかずっと温存して――いや呼び出した様子は――――ッ!!)

 相手が射撃武器を持っていない、その重要な前提が崩壊しかかった事で思考が奔流の様に脳内を駆け巡る。しかしセシリアは今己にとって最も重要な――回避もしくは防御という選択肢を思考の奔流の中から刹那の間に拾い上げる。

 聴覚が洪水のような爆音と、がぎぎぃぃっ! とけたけましい音を同時に捉えた。前者はあの白いIS――白式の有する特殊機能が発動した事を示し、後者はブルー・ティアーズのビットを接続するバインダーに何かが突き刺さった音だ。

 セシリアは相手が射撃武器を使う可能性を忘れていた訳ではない。むしろ相手が新たな武装を呼び出す兆候を見逃すまいと目を光らせていた。

 だからこそ混乱したのだ。相手が新たな武装を呼び出していないのにも関わらず、突如出現した『射撃』という行動に。

「…………は?」

 セシリアから見て右側のバインダーに、真っ白な”刀”が突き刺さっていた。

 武装を呼び出した兆候が見受けられない訳だ。

 つまり相手は新たな武器を呼び出した訳でもなく、射撃武器を隠し持っていたのでもなく、恐らく唯一の武器であろうその刀を、セシリアに投げつけたという事か。

「何て、馬鹿な真似……を…………」

 ブルー・ティアーズのレーダーは白いISを見失っていない。慌てふためく思考を強引に纏め上げ、愛機に導かれるままセシリアは迎撃の為にとレーザーライフルを構える。そこには唯一の武器を失った織斑一夏が居る()だった。

 そこに居たのは、確かに織斑一夏だった。

 そこに居たのは、”何か”を振り抜いた直後と思しき姿の織斑一夏だった。

 

 ――二基のビット(ブルー・ティアーズ)をまるで剣の様に両手に持った、織斑一夏がそこに居た。

 

 真ん中で盛大に”ひしゃげ”た二基のブルー・ティアーズが地面に向かって落ちて行く。機体が四基のビットの内、二基が破壊され、残りの二基が”行動不能”に陥った事を告げていた。

 スラスターを”握り潰された”ビットはいまや金属で出来た板同然だ。”刀”の代わりにならなくとも、”棍棒”の代わりにはなるだろうし、そのつもりだという事が見て取れる。

 落下していったのと同じく、ひしゃげている二枚のフィン(ビットだったもの)を構えたまま、織斑一夏が虚空を踏み締める。ガシャコッ! とその両脚から空薬莢の様なパーツが脱落した。

(まず、い――来――――ッ!?)

 音の洪水。

 スラスターに加えて不可視の力場に押し出された織斑一夏が一気に距離を詰めてくる。レーザーライフルの銃口を跳ね上げ、弾道型(ミサイル)を装填。

 速い。

 いや疾い。

 レーザーライフルの先端から蒼い光が迸る。

 一発目、翳されたのは右手にあったビットの残骸。蒼い装甲が砕け散る。

 二発目、翳されたのは左手にあったビットの残骸。蒼い装甲が砕け散る。

 三発目、蒼いレーザーが織斑一夏の顔面に叩き込まれて弾け飛んだ。

 

(止まらない、止められない――ッ!?)

 

 首から上だけ(・・)をレーザーの着弾で後方へ思いっきり仰け反らせながらも、織斑一夏は止まらない。

 四発目を撃つ前に、織斑一夏はセシリアまで到達した。

 機体が右側へがくんと傾く。織斑一夏がすれ違いざまにバインダーに刺さったままの刀を掴んだ事で、加速の勢いがこちらにも伝達しているのだ。

「このッ!!」

 長大なレーザーライフルの砲身をくるりとバトンの様に回し、右側へ居る織斑一夏に向ける。変則的な構えのままトリガーを引――虚空を射抜く蒼いレーザー。

 唯一の武装に戻った刀から織斑一夏はアッサリ手を離して、放たれた光矢を回避した。しかし距離は空いたどころか更に縮んでいる。

 

 ばぎぎんッと、異音がした。

 

 織斑一夏が力任せにもぎ取った”それ”を放り捨てる。ISの報告を待つまでもなくそれが何なのかセシリアは理解する。

 機体から発射基部ごと脱落したのは、脱落させられたのは――弾道型(ミサイル)のブルー・ティアーズ。

「ラスト一発。ぷれぜんとふぉー」

 長大な砲身が災いして、背後に居る相手に照準が定められない。もたついているセシリアを他所に織斑一夏はひょいと手を伸ばし、バインダーに刺さったままの刀を掴む。

 白い両脚が、蒼い機体に突き付けられ――がしゃこん(装填)

 

「ゆー」

 

 至近距離で炸裂した音の洪水に、周囲の空間が歪んだような錯覚をした。身体が意思を離れ、ただ打ち込まれた衝撃に従ってくの字に折れ曲がる。

「う、ッ――ぁ――――ッ!!!」

 超高速で風景が流れ去る。無数に表示されるアラートメッセージや走り抜けるノイズが思考を圧迫して不快だった。

 それでもスラスターを可能な限り稼動させて機体を制御しようと試みる。しかし立て直しは間に合わず、機体は遮断シールドに叩き付けられてようやく停まる。

「さあ、名残惜しいが幕引きだ! くたばりやがれえええぇぇぇ!!」

「……そうです、わね。閉幕(フィナーレ)と参りましょう。わたくしの――勝利という形で!!」

 レーザーライフルは未だセシリアの手中にある。武器を手にしているのに何故勝利を諦めなければいけないのか。遮断シールドを蹴って、空へと舞い上がる。

 激突でぐらぐらと揺れる思考のまま、それでもセシリアは己の敵を睨みつける。刀を刺突の形に構えた織斑一夏がセシリア目掛けて真っ直ぐ飛翔してくるのが見えた。

 

「押し斬れ白式(びゃくしき)――――ッ!!」

「撃ち抜きなさい、蒼い雫(ブルー・ティアーズ)!!」

 

 一振りの刀を一丁のライフルが迎え撃つ。吹き飛んだ事で距離というアドバンテージは得た。しかしさっきまでとはもう完全に状況が違う。一筋まで減らされたレーザーはあの白い魔弾を止められない。いや、最早当てる事すら叶わない。

「当たりなさい……!」

 外れ。

「当たって……!!」

 外れ。

「当たれ……!!!」

 外れ。

 蒼の悉くを避けながら白が迫ってくる。セシリアの決死を嘲笑うかのように――いいや、噛み砕くかのように白が、迫ってくる。

 もう殆ど距離がない。

 もし一発が当たったとしても、あの白は止まらないのかもしれない。

 もう一発程度勝敗には関係ないのかもしれない。

 けれども、セシリア・オルコットは躊躇うこと無く引き金を引き続ける。

 外れるとわかっていても、最後まで闘う事を選ぶ。諦めることなど論外だ。

 

 攻撃は――外れる(当たる)

 

 外れる事を望んでいた訳ではない。逆だ。例え外れるとしても、その結果を覆すつもりでただ一心に命中を渇望した。

「なぁッ!?」

「え?」

 白いISの脇を通り過ぎる筈だった蒼い光矢が――交差の瞬間にその中心を僅かにずらした。蒼い熱量を叩き込まれ白い装甲に包まれた左腕が砕け散る。マニュピレータをやられたのか、黒い左手が柄から離れ後方へ流される。

 驚愕の声は両者から。織斑一夏のそれはきっと避けたと思った攻撃が当たった事から、そしてセシリアのそれは、外れると思った攻撃が当たったから。思った通りに、当たったから。

「だが、一本残ってりゃ十分だああああ!!」

 残った右手だけで刀を構えながら――白が通り過ぎた。最後の行動は回避、この突撃をやり過ごして直ぐに反転。相手が体勢を立て直すよりも速くそのがら空きの背中にレーザーを撃ち込む。

 そのつもりだった。

「……あ」

 すれ違いざまに、振るわれた刀はセシリア本人には届かなかった。が、白い刀身はライフルの長大な砲身を盛大に引き裂きながら通り過ぎていった。表示される――《スターライトmkIII》使用不可。

 一拍遅れてライフルを保持していた右腕の装甲と、バインダーの一部が吹き飛んだ。損傷に伴い勢い良く目減りするシールドエネルギー。

 

 ――残量、『1』。

 

 

 ▽▼▽

 

 

【――――単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)、オンライン】

 

 ”来た”。

 きっとずっと(・・・)待ち望んていた、この瞬間がついに来た。

 セシリアの横を通り過ぎると直ぐに遮断シールドに辿りつく、そこに”着弾”の後に、上に跳ぶ。スラスターを噴かして一気に上昇する。

 何故か直撃を食らった左手は、損傷しつつもまだ動いた。改めて両腕で刀の柄を握り締めて振り被る。眼下に見えるセシリアのライフルが最後の武器が、切り飛ばしたその半分が落ちていく。息を大きく大きく吸い込んだ。

 

「ちぇぇぇすとぉぉぁぁぁぁあああああ!!!!」

 

 怒号と共に、セシリア目掛けて急降下を開始する。記憶の片隅に残っていた掛け声。詳しくは覚えていないが昔何処かの何かで見たか聞いた記憶がある。大して思い入れもないが、何故だかこの言葉を思い出して、そして叫んでいた。

 この刀身を叩きつける。そして相手を――にする。きっと俺の今まで総てはこの瞬間だけを待っていて、この瞬間のためだけにあった。俺という存在は最初から細胞の一粒単位で、ただこのためだけに。

 

零落白夜(れいらくびゃくや)――発動】

 

 先程まで渦巻いていた高揚感や勝利への渇望は欠片も無くて、ただ胸の奥から湧き上がる得体のしれない”何か”だけが身体を突き動かしている。いやきっとこの”何か”が本来で、他のココロとか精神とかそういうのが余計だった。

 

エネルギー転換率――100%(フルパワー)

 

 気が付けば、握りしめた刀は鋼の塊から圧縮された光の刃へと姿を変えている。膨大なエネルギーの塊は光の柱と形容出来るほどだ。

 とりあえず刃がついていればなんでもいい。刃さえあれば――にできるのだから。そうすればずっとずっと本当に心の底からやりたかった事が、本来俺がやるべきただ単に一つの結果が叶うのだから。

 近付いていく。

 ぐんぐん近付いていく。

 武器の総てを砕かれて、今や抵抗する術を失った蒼に、近付いていく。

 何処を狙うか、何処を狙えばいいかなんてのは考えるより先に存在の根底で以て理解している。後必要なのはただ一つ。この両腕を――

 

 

 

 

 び――――――っ

『試合終了。勝者――セシリア・オルコット』

 

 

 

 

 ――振り下ろす、って。ちょっと待って。あれ何か試合終わった。あれっ?

 突然だが緊張の糸なるものがある。

 要は精神が極限まで集中した状態を張り詰めた糸に例える、そんな感じだ。時に俺は今この瞬間までかつて無い程に集中していた。集中しすぎて一瞬前まで自分が何考えていたのか覚えてないくらいに集中してい……うわ何かマジに振りかぶったとこから記憶飛んでる。怖。

 そして、そのブザーとアナウンスで(集中)が切れた。

 そりゃーもー盛大にぶっつり切れた。

 張り詰めた力が強かったせいか、凄まじい勢いで千切れ飛んだ。

 中途半端な位置で止まった腕。何かさっきは光ってたような気がするけど、今は柄しか残っていない刀。そして――続いている最大加速。

 すれ違う刹那の瞬間、口を中途半端に開けて『ぽかん』とした顔をしていたセシリアと目が合った気がした。

 

「ア゛――――――――――!?」

 

 こんにちは地球。

 母なる星よ。

 ブレーキという概念を思考から消し飛ばしてしまった俺は、最高速度のまま落下して砲弾よろしく地面に着弾した。おふう。

(………………あーあ、負けちまったかあ)

 どうやら完全に埋まってしまったらしく、周り全部が土気色だった。何が起こったのかさっぱりわからないが、ただ俺の敗北という結果だけは確かなようだ。白式がシールドエネルギーが『0』になっている事を伝えてくる。

 さて何時までも埋まっている訳にもいかないだろう。ともかく起き上がろう。この後の展開を考えるだけで憂鬱だが、よいしょっと身体を起こして――っと、あれ?

 脳は確かに『腕を付いて起き上がる』、そういう動作を身体に命令した筈なのに、俺の身体は未だ土気色の中だ。

(あ、れ……何だか、……身体が…………重……)

 変化は突然で、そして急速だった。

 意識が粘ついた中に沈んでいき、身体は鉛の様に重い。

 

『……織斑。何時まで埋まっている気だ。さっさと起き上がれ』

 

 意思の抵抗を嘲笑うかのように、気が遠くなっていく。

 白式の”声”も、もう聞こえない。さっきまで全周を見渡せていた視界は何時の間にか普段どおりに戻っている。

 

『織斑? どうした、返事をしろ』

 

 重たい瞼は視界を半分以上隠してしまっている。その中に淡い光の粒子が映っていた。何処から出ていると思えば、白式の機体が光になって解けていっている。

 

『――織斑! 聞こえていないのか!? 返事をしろ!!』

 

 ああ、だれかが俺を呼んでいる。

 いやだれかなんて、考えるまでもないぁ。

 だってこれは、ずっと昔から聞いている一番身近な人の声じゃないか。

 これは、

 

 

『返事をしろ、一夏ぁっ!!』

 

 

 

 ――千冬姉の、声だ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。