IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI 作:SDデバイス
▽▽▽
『篠ノ之箒』
問題外。
ただし姉の行動のみ注意の事。
総合脅威度:皆無
――とある人物の手記より抜粋。
▽▼▽
一回戦の相手は代表候補生。しかも流れてきた情報によれば専用機持ちと来た。こちらのアドバンテージは実質消失したと考えていい。
だが、手札の中に切札は残っている。
――『零落白夜』
雪片弐型を介して発動される、白式の
それはさておき。
ISの防御はエネルギーシールドと絶対防御の二段構えが主だ。シールドで受けきれない攻撃は絶対防御で受け止め、操縦者の身を完全に守る。しかし絶対防御はその分命ともいえるシールドエネルギーを多大に消費する。
その仕組みの中、零落白夜は『一段目』のシールドを完全に
対ISにおいてこれ以上無く有効に見える零落白夜だが、世の中の理が大体そうであるように等価交換に縛られている。要はリターンのためにはリスクが必要ってこった。
一つは純粋に対価。
エネルギー総てを切り裂く光刃を発動するためには、こちらのシールドエネルギーをも大幅に消費せねばならない。
オルコットとの試合で訳の分からない決着になったのはこれが原因だ。試合で最後の一撃の瞬間、俺は無意識ながらその零落白夜を発動させていた。しかし残り少なかった白式のシールドエネルギーでは、攻撃が届く瞬間まで零落白夜を維持出来なかったのである。だから零落白夜の発動による消費で白式のシールドエネルギーが0になり、試合が終了した訳だ。
もう一つ、容量の占有。
白式は雪片弐型を介して零落白夜を発動出来る代わりに、他の武器を一切装備できない。
本来ISには機体ごとに専用装備――『
後付装備をどれだけ搭載できるかは、機体ごとに設けられた『
良くも悪くも『零落白夜』は『切札』なのだ。
更に厄介なのはこの切札を『切札』にせざるをえない事だろうか。あくまで切札の内の一枚であるならまだいいが、一枚だけというのはよろしくない。
何せ零落白夜は単独では目立ち過ぎる。シールドエネルギーを切り裂けるなんて相手に警戒してくれと言ってるようなもんだ。おまけに視覚的に凄い目立つんだアレ。超光りやがる。もうちょっと慎ましく光れないのか。
【無理です】
だそうです。
とまあそんな訳で切札とはいえ安易に頼れるもんでもない。何せ使いどころを間違えればこちらの首を締めるどころか切り飛ばしかねないのだ。
だがやりようはある。
というかやるしかない。
相手の零落白夜への警戒を狙うのもいいし、もしくは相手の警戒を正面から『切札』で粉砕する手もある。零落白夜はリスクに見合った――下手したらリスク以上のリターンを望めるのだから。
だがその場合何よりも『命中』が必須となる。どれだけ強力な攻撃でも、相手に届かなければ意味は無い。故にそれを補助とする機動を習得することは、手札を増やすと同時に切札の強化にも繋がるといい事尽くしである。
問題があるとしたら俺がポンコツなせいですんなり習得できないことか。
「
「成功させればいいだけの話だ」
特殊力場で無理矢理急停止したせいで60度位傾いた視界の中、俺の呟きをバッサリ斬り捨てたのは本日の特別コーチ――織斑先生である。
最近放課後の自主練は大体一人でやっていたので、誰かと一緒というのは地味に久しぶりだ。少し前までは専らオルコットが付き合ってくれたが、最近は何か自分の機体で用事があるからと放課後は姿を見ていない。
箒が訓練機を持ち出して参加した事もあった、が。
「しかし零落白夜にしろ
「そういう文句は使いこなしてから言え」
ふよふよ漂って(最近ようやく出来るようになった、地味に嬉しい)近付く俺を織斑先生は鼻で笑う。浮いてる俺の方が物理的に上に居る筈なのだが凄く見下されてる気分。
今教わっている機動の名前は『
発動の瞬間に一瞬でトップスピードに到達する特殊機動である。とんでもなく俺向きであるし、弐型(近接武器)を当てるために必須な接近にも役立つ。教えられているのは、今の俺にこれ以上なく相応しく必要な機動。さすがの見立てだぜ千冬さん。
「せめてもう少し零落白夜の燃費が良けりゃなあ」
「必然の必要だ。大体《雪片》の特殊攻撃を行うのにどれだけのエネルギーが――」
そうしたら色々とやりようもある。意識を繋げる。波長を合わせる感じか。すると握った弐型が金属音と共に変形し、実体の刃が消失する。代わりに現れたのは真っ白に光り輝く刀身だ。そして光刃が出現した瞬間から、シールドエネルギーが減少を始める。
(よっ)
ボッと爆発する様に光が形を変える。噴水の様に迸った白い光は、従来の四倍近い長さになった辺りで霧散した。正確には霧散させた。これ以上出してたらエネルギー無くなるからだ。実際今の一瞬でエネルギー一気に半分位減ってるし。燃費さえクリア出来れば――試合開始直後に思いっきり伸ばして相手ぶっ刺してやるのに。そうは問屋が卸さんらしい。
他にも先端だけ肥大化させて斧みたいにしたりとか、ぐねぐねさせて鞭みたいにしたりとか。一回試してみたら結構形は変えられた。
しかしデカくしたせいか不安定になってるせいかは知らんが消費もでかくなる。結局デフォルトの形――刀の形が一番安定していて消費が少ない。
これはちょっと普通に残念。形が変えれるなら鉈とか斧みたいな形にでもしときたかったとこである。俺みたいに根が適当な奴は『ぶっ叩く、ついでに切る』みたいな感じのが性に合ってる。というか刀はどうにも堅苦しい癖に変に繊細だから困る。
(ちゃんと振れって言われてもねえ……)
バットみたいにぶん回して
刀も結局は刃物だ。なら多少繊細ではあっても根本の『切り方』はそー変わんない。
ぶん、と横薙ぎに弐型を一振り。
振り始めた瞬間に光が灯る。
光刃が斬撃の軌跡を描く。
振り終わる辺りで光が消える。
そして、金属音と共に実体剣に戻る。
「こっちは実際使えるかなっと」
攻撃の瞬間、命中の瞬間
「一夏」
「はい?」
「今、何をした?」
「何って。ワン切り零落白夜の方? それともフレキシブル零落白夜の方?」
「………………」
どっちかわかんなかったのでどっちもやって見せる。バトンみたいにくるくる回しながら光を灯したり消したり、また光刃を出刃包丁みたいにしてみたり。
最初はぽかんとしていた千冬さんだったが、それが段々と訝しげな厳しい表情に変わっていく。やがて俺から視線を外すと何かを思案し始める。
どうでもいいけどさっきのぽかんとした顔かわいかっ、
「一夏、ちょっと来い…………何故逃げる」
「いや別にほら不埒な事とかマジ考えてないです一瞬油断とかしてないですマジで」
「何を訳の解らん事を言っている。いいからちょっと来い。白式のデータを見せろ」
さてここで問題がある。現在俺はISを装着しているので普通の人間よりもかなり全高が高い。そしてデータウインドウは当然俺の頭の付近に出る。なので他人にそれを見せるためには高さを調整せねばならないのだ。一応跪いてみたが、それでもまだ高い。しかしISを消せばデータを出力する事も出来ない訳で。どうしたものか――たんたんと軽い音と共に千冬さんが肩の辺りに飛び乗ってきた。さすがというか何というか。
とりあえず言われるままにデータを表示させていく。まあ俺は指示してるだけで、実際データを引っ張り出してるのはシロなんだが。
「…………普通の零落白夜だな」
「なにその普通じゃない零落白夜があるみたいな言い方」
「何もおかしい所は無い。私が使っていたものと何も変わらない……――何だこのエネルギー転換率の数値は……?」
考え事に夢中になっているらしく、俺の疑問に返答はない。フランクな口調にもノーリアクション。口を挟んでも無駄そうなので黙る。
『零落白夜』については俺より千冬さんの方が何倍も詳しい。
かつて彼女が世界一の称号を得た時、乗っていた機体も同じ能力を持っていた。故に付き合いは俺より遥かに長いし、理解度は比べるまでもない程差があるだろう。
「一夏。零落白夜の訓練にはどのくらい時間を割いた?」
「そんなにやってない、かなあ。機動が駄目すぎてそっちばっかり練習してたんで。っていうかこれに関しちゃオンオフ以外に特に覚える事無いし」
「そう、か」
「結論が出たなら教えてくれると嬉しいんですが。何、もしかして俺すごい変な使い方してたとかそういう」
「いや……」
地面に降りた千冬さんは難しそうな顔のままこちらを見上げる。数瞬あった間は、恐らく言うことを頭の中で整理していたのか。
「問題がある訳では、ない。ただお前は私が思った以上に零落白夜を使いこなして――いや違うな。零落白夜という能力自体の扱いを、お前はもう完成させている」
「はい?」
「そうとしかいえん」
「んー……?」
さあて。
何かまた変な話が出てきやがった訳だが、これに関してはちょっと思い当たる事がある。
「俺がどうこうっていうか、白式がそういう機体ってだけなんじゃねーのかなあ、コレは」
「どういう事だ」
白式の装甲が光の粒子となって溶けていく。長大な足が消失したことで、俺の身体は宙に取り残され――着地。地面にどかりと座り込んだ。
「そもそも零落白夜――
それが一番可能性があるというか妥当だ。もしくは俺がすっごい零落白夜と相性が良いって可能性もあるが……これはどうにもピンと来ない。何せこれまでの人生で努力と下地無しで並以上を発揮できた事なんて殆ど無いし。根拠のない期待は何の役にも立たんのだ。抱くだけ時間と容量の無駄である。
「確かにそういう見方もあるか。私の考え過ぎか……?」
「そーそー、難しく考えすぎなんだよ千冬さん。何にしろ、使えてる分にはいーじゃんか。利はあっても害はないしー」
「…………お前と話していると考える事が馬鹿らしくなってくるな。それと織斑先生だ」
「じゃあ馬鹿らしついでにそのしかめっ面を可愛らしく緩めてみだんッ!?」
「一夏」
「ん?」
IS解除するんじゃなかった。
ぶっ叩かれた頭が超痛い。頭をさすりながら、千冬さんを見上げる。
「…………大丈夫か?」
「そういう顔されると大丈夫じゃなくなるからさ。普段の仏頂面でしかめっ面で可愛げのない顔してくれたら安心するかなっ!」
次の瞬間、俺はこれまでの中でも最速で白式を展開し――そして生涯初の
「あ、そうだ。ちょっと聞きたい事あったんだ」
すっかり夕暮れである。成功の一回が良い切欠になったのか、俺にしては珍しく順調なまま訓練を終える。ISを解除し、いざピットに向かおうという所で千冬さんを呼び止めた。
「箒って昔っからあんなに『織斑一夏』の事大好きだったの?」
何か千冬さんがすげー驚いた顔してる。
さっきと比べ物にならないくらいぽかんとしてる。最初から地味にずっと持ってた竹刀取り落とすくらいぽかんとしてる。ぽけーっとしてる。
(………………………………)
だから普段からもうちょっと頻繁に気を緩めてくれって言ってるんだ。不意打ち気味にそんなの見せられる方の身にもなってくれよ。耐性付けさせてくれよちくしょうめ。
「気付いて、いたのか」
「いや。あれは気付かん方が難しいでしょ……」
そんな驚かれても特別困る。というまさかか気付いてないと思われてたのか。ああ絶対思われてたなこれ、すげー意外そうな顔してるこの人。
「…………」
「あ、ゴホン。篠ノ之か……そうだな」
ジト目で睨んだら、わざとらしい咳払いの後に語り出す。この千冬ちゃん誤魔化してるのがバレバレである。しかし剥がれ落ちるかと思われた織斑先生は即行で修復された。相変わらず切り替えの速さがとんでもない。残念なような、頼もしいような。
「何時からかは断言できん。転校する時には恐らく惚れていたとは思うが」
「どのくらい?」
「そんな事まで私が知るか」
「それもそーか。じゃあぱっと見ておかしいと感じた事は? 何か思い詰め過ぎとか、そんな感じは?」
「話がよく見えんな。何かあるならまず事情を話せ」
――あれは依存の一歩手前だと思う。たぶん。
鈴と派手に一戦やらかした辺りから、箒の行動に変な意味で加速がかかった事を説明する。
最近の箒は『織斑一夏』の反応に過敏になっている。嫌われたくないためにはどうすればいいか。相手の機嫌を損ねない事。だから相手の意向を無条件で肯定して飲み込む。自分の意見を封殺しても。絶対服従と言える程ではないが、このまま進んだらそうなりかねない予兆はある。
「あの娘にとっちゃ芯みたいなもんか。道理で根が深い訳だ」
ただそうなった理由はこの場で検討が付いた。千冬さんから転校した後の箒の境遇を聞いたら、かちりと嵌るように疑問が氷解する。箒の『織斑一夏』に対する想いがどうしてあれだけ一途で本気なのか、ようやく本当に理解できた気がする。
家族と離れ離れになって見知らぬ土地を転々とした小学生の女の子は、それを支えにしたんだろう。辛い現実と戦うために。恋心を彼女は剣に変えたのだ。
この事態は『俺』のせいか。
再会したのがちゃんと『織斑一夏』だったら、きっとこんな事態にはなっていない。当の『織斑一夏』が箒をどう想っていたのかがわからないから、恋心が報われるかまではわからない。だが俺と違う対応をした事だけは間違いない。俺がやったみたいに完全に『他人扱い』はしなかった筈だ。
それだけで、この事態は回避されたんだろう。繋がりがあれば関係がその先へ進む可能性も派生して発生する。しかし現状では繋がりが無いからその可能性すらも夢見れない。そして鈴の出現で箒の焦りは更に加速して、元々危うかった部分が一気に膨れ上がった。
さあて。
後は物理的のついでに刺しといた先日の『一手』がどう効いてくるか次第だ。どう転ぶかは運任せ。どちらにしろ生半可では受け止められまい。
大体難しく考えすぎなんだよ馬鹿が。あの娘が本気でぶつかってくるなら、本気で応えるまでだ。ずっと昔からそうしてきたじゃないか。それしかできないからって。何を今更変に気なんて使ってやがる似合わねえ。
悪いが俺は『俺』として最後まで在らせてもらう。
最後の決着は、俺ではなくて
だから、
何時まで他人に身体を乗っ取られてるんだ、
▽▽▽
『文字化けた文章を気持ち悪いくらいに忠実に音読した』
”これ”はそう形容するのが一番正しいと思えた。
その発言に至った経緯がなんだったか、ついさっきの事なのにあまり思い出せない。それの異常さで、思考が少し飛んでしまったのか。
篠ノ之箒について相談されたのは憶えている。
その後いくらか言葉を交わして、その話題に行き着いた。どうしてだと、問うた千冬に一夏はしまったと、そう聞こえてくるような表情になった。
「今の、俺の名前。本当の名前な」
そして観念した一夏が発したのがさっきの奇怪な音である。この言葉がなければ、それが単語であった事すら認識できなかっただろう。それ程までに意味不明な何かだった。
とんとんと、親指で自分のこめかみを突付きながら、彼は言葉を続ける。
「俺の名前は、俺が『俺』である最大の証は、確かにちゃんと”ここ”にある。だけど言葉でも文字でも――どんな手段を使ってもそれをここから外に出せない。あの日からずーっとずーっと試してるんだけど、どうしてもダメなんだ」
そりゃ誰かを好きになりはするさ、と彼は言った。
だけど絶対にその先にはいかない、と彼は言った。
友達だって俺には勿体無いんだよ、と彼は言った。
だって、とその理由を一夏が明かす。
「俺の名前、この世界に無いんだよ。誰にも本名、教えられない。人生で一番大事な部分で一生嘘つき続けるんだ、俺。そんなヤツが愛し愛されなんて、笑い話にもならねえよ」