IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI   作:SDデバイス

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 『甲龍・特攻形態』

 

 通常形態から両肩の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)を変形させて移行する。右肩のユニットが右腕を覆い、左肩のユニットが上腕から右肩にかけて装着され、最終的に巨大な右腕を形成する。

 元々『衝撃砲』は『衝撃波発生装置』の開発途中に派生的に誕生した兵装(形態)であり、特攻形態は近接戦闘特化ISとしての甲龍の『本来の姿』である。

 余談であるが正式にはユニットの変形前後で名称の変化はない。

 特攻形態は操縦者が勝手にそう呼んでいるだけである。

 

 ――とある人物の手記より抜粋。

 

 

 ▽▽▽

 

 鈴にとってISは希望だった。

 

 頭が悪い訳でもないし、運動だって得意な方。良い意味で平均とは言えない能力素養を持ち合わせている。とはいえ一番の友達は何かと『巧い』ので、頑張っても追いつけない――”まだ”。

 そいつのそれは重ねた年月の経験で得たものである。実際長い目で見れば遥かに鈴の方が優秀上等なのだ。そもそも、そいつは極端な特化仕様なので万能型の鈴とは比べるだけ無駄である。

 しかし事情を知らない鈴にとってその友達は同い年なので、結果的に自己の能力が不足しているという結論に至る。

 頭の方では話にならない位勝っているが、そっちは気に食わないがそれなりに付き合いのある友達に大差で負けている。実際鈴の出る幕はなかった。

 劣っている、という鈴の焦りは実際勘違いで見当違いなものだ。しかし鈴にとってはそうとしか思えないのだからどうしようもない。

 募らせた苛立ちが無視できないほどに蓄積し切った頃、鈴はISに触れる事となる。

 『ISは女性にしか扱えない』という原則がまだ崩れていなかった頃。

 のめりこんだ。

 友達二人は男だから、これ(IS)は鈴にしか出来ない事であると確信できたのだ。その二人とは違う方面で優れていると鈴が胸を張れる事。自信を持って、自身の支えにできること。

 また鈴の心に深い傷――特に色恋沙汰について――を残した事件の直後でもあった。結果として発展途上中であるこころには荷が重い負荷を抱え込んでしまうことになった。

 押し潰されそうになるじぶんを保つために、異常なまでにISという存在に傾いた、傾けた。元々素養があったとはいえ、たったの一年で代表候補生まで上り詰めたのはそういった理由がある。

 だから鈴にとってISは希望”だった”。

 根底が少々いびつでも、真摯に続けて重ねた努力は結晶化した。

 専用機という誰の目にも明らかなカタチをもって。

 故に自信をもって自身の胸を張れるのだ。

 

 鈴にとって、IS(甲龍)は誇りだ。

 

 だからこそ一報を聞いた時は思考が吹っ飛んで、絶句した。

 たまたま持っていた缶ジュース(スチール)を握り潰してしまう程度には驚いたが、まだその時点では心に余裕があった。ちょっといらついてマクラをボカスカ殴る程度である。込められた破壊力は置いておく。

 同じ分野に入ってきたと言っても、ISに触れた時間は鈴の方が長いのだ。むしろこれは鈴が先導するチャンスではないかと、密かに楽しみにしていたのである。

 しかし鈴の友達のあの大馬鹿野郎は身近に代表候補生がいるというのにま る で 教 え を 乞 う 気 配 が な か っ た。ここら辺でそろそろストレス発散に使われているマクラ(長年の愛用品)が悲鳴を上げ始めている。

 だがそれでもまだ何とかギリギリ平静は保つことが出来た。友達は鈴がどれだけ成長したのかを知らないのだ。仕方ないだろうと、納得しておいた。

 そこに舞い込んできたのはクラス対抗戦の知らせに今度こそと鈴は歓喜する。さすがにもうわかるだろうと、うれしくってしょうがなくって、試合の前日はなかなか寝付けなかった。気を抜けば顔面を緩めに緩めてえへへと笑いながらサンドバック替わりのマクラを物騒な打撃音と共にタコ殴りにしてしまう。ルームメイトに物凄い怪訝な目で見られていたのは気付かない。そしてマクラが吹き飛ぶ日はそう遠くない。

 

 そして相対してみて思い知る。

 

 まるで追いつけてない、どころか――更に引き離されかけている。

 土煙による簡易煙幕の中、鈴はゆらりと立ち上がった。溢れる激情に身を任せるように、また応えるように、右肩のユニットが金属音と共に展開する。そこに裏拳を叩き込む、ユニットが右腕と接触する。

「いくよ、甲龍」

 接続したユニットを引き摺るように、拳を前へと突き出した。ずるりと引きずられるように付いてくるのは、両肩背部に浮遊していた二つのユニット。連続した金属音と共にユニットが解けて、包んでいく。

 がまんするための理性はたった今砕けて散った。

 溢れでた想いが、これからの一挙手一投足その総てに満ちるだろう。

 

「――――叩き込んでやる」

 

 巨大になった拳を構えた甲龍が、背後の空間を”殴り”つけて一直線に突き進む。

 

 

 ▽▼▽

 

 何が起こったのか理解できなかった。

 

 正確には理解するための思考を走らせる暇が無かった。意思に反して身体が勝手に動かされる、吹き飛ばされる。背中に感じる衝撃は地面にぶつかったからだろうか。受身を取る事も出来ずに地面に縫い付けられる勢いで衝突して、しかし急激故にそこから更に跳ねる。二度三度バウンドし、転がってようやく停止。

 巨大な拳による純粋な殴打と、ほぼ同時に先端から迸った衝撃波による二段攻撃。その一撃は白式のシールドを抜いて身体に痛みを及ぼす程に強力だった。どれだけシールドを削られたのかも気になるが、それより前にする事がある。

「さっきのが、あたしの全力!」

 拳と共に身体の中心に鉛を埋めこまれた、そう錯覚する程に重い身体を何とか引きずり起こして立ち上がった。構え――おい弐型どこいったちくしょうまた落とした。まずい、俺の知る鈴なら、こんな絶好の機会に攻撃を緩めたりは、

 

「そして今度も全力だ! くらえッ!!」

 

 引き絞られる巨大な右腕を携えた鈴が凄まじい速度で突っ込んでくる。さっきまでの甲龍よりも遥かに速い、これが本来の速度なのかもしれない。

 接近は一気で一瞬だ。迎え撃とうにもこちらは切札である零落白夜を発動させられない。ならばと地面に脚を叩きつける。

 向かってくる鈴にこちらからも向かう様に、力場を踏みぬいて跳んだ。斜め上、このまま鈴を”飛び越えて”向こうに転がってる弐型を拾、

「逃がすか!!」

 ごっ、と鈍い音がした。次いでがくんっ、と機体が下方向に引っ張られる。白式の脚が、甲龍の巨大な右腕に鷲掴みにされている。視線の先ではクレーターの様に抉られた地面が見える。こいつ、拳を地面に打ち込んで無理やり方向転換しやがった!

「つーかー」

「やべっ……!」

「まーえ――た――!!」

 ガギギンッと音を立て、巨大な右腕の後ろ側が変形しながら左肩へとスライドする。試合開始直後と同じ形状、そして同じ機能――!

「ご、っ……は、!?」

 高速で迫ってきた壁に衝突された感触があった。さっきは一点のみに巨大な力を打ち込まれる感じだったが、今度は身体全部を一気に殴られる。だが衝撃の範囲が広いせいか、さっきの一撃よりは”軽い”。これなら直ぐに立て直せ、

「私は、」

 だがそれは罠だ。再びユニットを変形させた鈴は、次の瞬間には手を伸ばせば触れられそうな程に近くに居た。甲龍の速度が急激に上がった理由を理解する。右肩に移動した衝撃砲から発した衝撃波を後方へ噴射する事で機体を加速させているのか!!

 

「あたしは、そんなに頼りないか――――ッ!!」

 

 吹き出た冷や汗を感じる間もなく怒号を伴った一撃が叩き込まれた。撃ち抜かれた顔面、吹き飛ばされた首から上、付いていく様に身体も吹き飛ぶ。ISの保護がなければ首が千切れ飛んでいたのは間違いない――すごいどうでもいい事が頭をよぎる。

 

「ずーっと不満だったのよ! あたしばっかり助けてもらって! あんたは全然私を頼ってくれない!! それがどれだけ辛かったか、あんたわかる!? わからないよね!? わかってないと思うからちょっと一発殴らせろ!!」

 

 またも地面をばごんべごんと跳ねながら転がる俺に、鈴は一瞬で肉薄する。近距離の移動なら今の甲龍は恐らく白式よりも遥かに速い。片足だけで力場を蹴った。転がる方向が変化し、こちらを踏み潰す勢いの鈴の着地を回避する。

 ちなみに今ので三発目である。一発は既に殴られている。

 

「あんたに”何か”あるのなんて、そんなのとっくの昔からわかってんのよ! なのに全然言ってくれない、頼ってくれない!!」

 

 力場のレールに沿って強引に体勢を立て直した。地面に屈むようになった俺に、鈴は上から降る様に迫ってくる。今の鈴相手に退くのが無理なのはもうわかっている。力場を脚部全体に広げる。ただ真っ直ぐ、しかし恐ろしく速く迫る拳を、突き刺すように蹴りつける。

 当然の様に打ち負けた。カートリッジをケチった俺の判断ミスだ。それでも軌道を僅かに反らせただけマシだが。鋼の拳と不可視の拳に打ち付けられ、脚部の装甲が変な形に歪んでいる。《雪原》は無事だと、音声が淡々と告げる。

 

「友達なのにっ! 大好きなのにぃっ! なのになんで、ずっとあたしを”のけ者”にしてえっ!!」

 

 打ち出される拳は、その総てが必殺といえる一撃ばかりで、食らう側でなければ感嘆の声を上げていただろう。今は避けるのに忙しくてそんな暇は無い。

 そんな一撃を放っているのは、俺なんかと友達でいてくれた女の子だ。

 でも俺の知ってる女の子とは少し違う。

 

「だから頑張ったのよ! 必死で追いつこうって! ようやく、胸張ってあんたに聞き出せるくらい強くなったのにっ! 強くなったと思えたのに!!」

 

 俺の前の前には、持つ力を余す所無く振り回して発揮する代表候補生が居る。

 隅っこで、隠れるようにぼろぼろ泣いていた女の子なんて居ない。威嚇するように怒鳴りつけながら、瞳の奥でたすけてほしいと訴えていた女の子なんてどこにもいない。

 ああ、そうか。

 こいつが俺の知らない顔をするのなんて、そんなの当たり前じゃないか。出会った頃の鈴はまだ『子供』だった。でも『子供』は少しずつ『大人』になっていく。

 変わっていくんだ。

 変わったんだ。

 こいつは、いつの間にか俺が知るよりずっと強くなっている。

 

 ”おいてかないで”

 

 そう、訴えかけられている気がした。互いのISの装甲が触れ合うたびに、向こうの感情が流れこんでくるような不思議な感じと共に。

 だから、もうわかった。

 お前が言いたい事は、何もかも俺に届いた。

 ここまで心の底から迸った感情を理解出来ないほど鈍感じゃーない。

 だが、な。

 だがな鈴よ。

 

「当然の様にIS使ってんじゃないわよこのバカイチカ――――――!!」

「バカ馬鹿バカばかうるせぇんだよこのやろォォォ!!!!」

 

 回し蹴りの最中で空薬莢が脚部から弾き飛ばされる。《雪原》の形成する高出力の力場を纏った一撃は、ようやく不可視の拳に拮抗する。

 一瞬の静寂も訪れさせない。蹴りつけたのとは逆の脚から空薬莢が脱落した。逆側に回転しながら蹴り付ける。直撃いや、翳された右腕で防がれる。

 鈴は吹き飛ばない、その場でこらえて踏みとどまった。そうしてる間にこちらは既に次の行動の準備を終えている。下から上へと蹴り上げる。だが届かない、物理的に白式の脚部の長さでは鈴の身体に届かないからだ。だから鈴も避けない。避けずに、攻撃で生まれたこちらの隙を突くように拳を引き絞る。

 ごっ、と鈴の小さな顎が上へと弾き飛ばされる。脚部に纏わせた力場を”槍”の様に尖らせる――故に目には見えなくてもリーチは伸びているのだ。

 

「”見えねえ”のならな、こっちにもあんだよ!!」

「が、ぁ……っ!?」

 

 俺はもう『大人』だから、『大人』に変われない。お前らと一緒の時間は過ごせない。

 お前も統も、他の知り合った皆も、みんなみんな俺を置いて先に行っちまう。俺には先がねえ(・・)のに! 何が置いてかないでだ、置いて行かれるのは俺の方だろうがちくしょうめ!!

 

「っだらぁぁっぁ!!」

「こ、のぉッ!」

 

 完全に想定外だった一撃が入り、ふらつく鈴に肉薄した。しかし鈴は拳で以て迎え撃つ、がここまで喰らい続けたんだ、いい加減目は慣れた!

 すり抜ける様に(衝撃波)を避けて、そのまま鈴の傍らを通り過ぎる。そのついでに、ちょうど手頃だったものを引っ掴んだ。頭の両脇で結ばれて流れる髪の、片方だ。

 ISを纏っている相手に何を遠慮する必要がある。

 ここまで本気でぶつかってくる相手に何を遠慮する必要がある!

 掴んだまま振り回して、力の限り叩きつける。間髪入れずに、その胴に両足を突き刺すように突き立てた。暴力の連続を浴びてなお、その右腕は動いている。ああ、ああ、本当強くなりやがったなこの野郎!!

「弾けぇ――――!!」

炸裂(Burst)

 だが反撃の暇なんぞくれてはやらねえ。両脚からカートリッジが弾き飛ばされる。地面が鈴を中心として放射状に陥没する。踏みぬいた反動で、高く高く飛び上がる。

 叩きのめす。潰しにいく。それが言葉では答えられない俺の、精一杯の応え方だ。

 

【装填――二連(Double)炸裂(Burst)

 

 じゃこん、と両脚が空のカートリッジを吐き出した。間髪入れずにもう一度、じゃこんと脚で音が鳴る。合計四発同時ロード。

 ばぢり、と両脚から紫電が溢れて踊る。本来不可視である筈の力場だが、出力の増加に伴った副次効果により目視可能な現象を起こしている。スラスターが静かに唸りを上げ、段々と鼓動を強めていく。後は叩きつけるだけ。

 鈴が何もしていない訳が無い。

 巨大な右拳を地面に叩き付けた反動を利用して空へ跳び上がる。勢いは一切殺さず、しかしくるりと体勢を整えて、拳の先端がこちらに向く。右腕と化したユニットが装甲の隙間から紫電を散らしている。次の一撃がフルパワーなのは向こうも同じだと理解する。

 

「突っ斬れ白式(びゃくしき)――――ッ!!」

「吼えろ! 砕け!! 甲龍(シェンロン)ッ!!」

 

 白い流れ星が落ちる。

 赤く黒い龍が昇る。

 

 流星の煌きと、龍の咆哮が衝突して爆発して拡散して、高まり続けて止まらない。

 二人の想いはきっと今、最も通じ合っている。

 

 

 ▽▽▽

 

 フィールドに広がった閃光が、さらなる強大な閃光で以て塗り潰される。閃光に伴った衝撃がアリーナ全体を盛大に揺らした事で、誰もがその異常に気付く。ちなみにぶつかってるバカ二人は気付いていない。

 まず最初に真っ赤な光が降り注いだ。これが最初の閃光であり、発した衝撃はその閃光がアリーナの遮断シールドをぶち抜いた為に発生したものである。

 衝撃がもう一度。今度は閃光は伴わない。遮断シールドにひらいた大穴を通って塊が落下する。濃い灰色をした落下物はとても着地とは言えない荒々しい轟音を響かせながら着弾する。そしてまだ気付かないバカ二人。つながりが深いのも考えものである。

 ゴバッと落下物が”開く”。花弁が咲いたその中には黒に見紛う程に濃い灰色が跪いている。ヒトガタをしただけの”それ”は、ゆっくりと立ち上がった。

 シルエットは完全な人間の形。しかし全長は人間よりも遥かに大きい――ISをまとった人間と同等か、少し大きいくらい。故にこれは『全身装甲(フル・スキン)』のISであると、その場の皆(バカ二人除く)は判断する。

 

「うおおおおおおおおおおお!!!」

「はあああああああああああ!!!」

 

 この二人、まだ気付かない。思う存分心の内面(なか)に溜め込んだ想いを相手に叩きつけている真っ最中である。無論それは冗談でも何もなく、ただの理由ある必然である。

 だが漆黒の侵入者は二人の都合など知った事ではないので、行うべき事を淡々と実行する。両腕を上げる。中央に発射口の空いた腕をあげる。

 

 びーむ。

 ちゅどーん。

 

 その閃光はアリーナの遮断シールドですら安々と破壊する一撃。だが二機のISが全力攻撃同士の相互干渉で発生していた力場のフィールドが、その攻撃力の大半を相殺させる。言い換えればそれだけの威力の――規格外の出力がその場では発生していた事になる。

 ようやく二人だけの世界から出てきたバカ二人は、横っ面からぶつかってきた衝撃に為す術等持っていない。

 

「「ア゛――――――――――!?」」

 

 悲鳴をあげながらすっぽーんと、バカ二人が吹っ飛んだ。

 

 






雪片弐型&双天牙月「解せぬ」

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