IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI   作:SDデバイス

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 ▽▽▽

 

【警告。ステージ中央に熱源。検索――該当無し。所属不明のISと断定。ロックされています。早急に回避行動を】

【……回避行動を】

【…………あの、回避行動を】

【熱源感知、ビーム兵器と推定。回避行動を】

【……………………………………あの、回避、あの】

 

【あのっ!】

 

 

 ――とあるAIの必死な呼びかけ

 

 

 ▽▽▽

 

 アリーナの観客席、その一つにセシリアは腰掛けている。

 

 座席に座すというそれだけの行為にも優雅さが見え隠れしている辺りが育ちを語る。そんなセシリアはつい先日、成り行きで織斑一夏にISの操縦をコーチする事になった。

 が、本来織斑一夏とはこの手で潰すと決めた敵である。

 決して味方ではない。とはいえ今回はクラス対抗戦であり、そしてセシリアと織斑一夏は同じクラス――同じ陣営。なので今回ばかりは単純な敵対は正解ではない。

 

 故に、セシリアは今”一観客”としてここに居るのである。

 

 響く試合開始のアナウンスを聞き、ふむと彼女は呟きを漏らす。周りが黄色い歓声を上げる中、反して押し黙ったセシリアはその澄んだ蒼い瞳を細めた。

(薄々思ってはいましたけれど、実戦で光るタイプですわね)

 初手から全力での衝突に躊躇うこと無く踏み切った。その後の拮抗も上手く事を運び、突然登場した未知の武器である衝撃砲にも冷静に判断して対処している。

 衝撃砲はブルー・ティアーズ同様第三世代の装備。不可視の弾丸は発射のタイミングと軌道を読み辛く、非常に回避の困難な武装である――実際に使われている光景を見て、セシリアは以前に目を通した特徴が事実なのを再認識していた。

 そんな武器を、避けている。

 避け続けている。”本人”いわく勘は人四倍は鋭いらしいが、目の前での動きはそれだけでは不可能だ。散々延々と無様を晒し続けて、そうしてようやく少しだけ上達した飛行の基礎能力が無ければ今頃蜂の巣になっているのは想像に難くない。

「やはり、わたくしは間違っていなかった」

 織斑一夏を倒すべき敵だと認定した、その事が。クラス代表を預けているから、本格的な再戦は一年後には確実に巡って来る。

 その時にあの敵がどれだけ強くなっているか、正直まるで見当がつかない。『倒す』という決定事項はセシリア自身も気付かない内に、『倒したい』という欲求へと変貌していた。

 倒した時、倒せた時、果たしてどれだけのモノを得られるだろうか。そう考えるだけで心の奥底から言いようのない感情が溢れんばかりに沸き上がってくる。周囲の観客と同じくらいかそれ以上に、しかし別の意味でセシリアもまた昂っている。

 ちなみに少量であるが意味がもう一つ含まれている。そちらは織斑一夏と戦って思った事。正確にはぶった切られそうになって感じた事に対するセシリアなりの答えである。

 

「遮断シールドを抜いた? ブルーティアーズより高出力のビーム兵器……!」

 

 代表候補生に辿りつくまでの過程で研ぎ澄まされた部分が、突然の乱入にも直ぐに反応して対応する。周囲が何事かと困惑する中、乱入者の正体が高出力のビーム兵器である事を看破。次いで何処から放たれたのか、何が放ったかを探すために首を巡らせる。

 結果的に探すまでもなかった。

 ”それ”は自ら飛び込むようにアリーナへと落下してきたのだから。

 

 花開くように展開した中から、正体不明のISが姿を現した。

 

 

 

 異常事態に周囲の生徒達が我先にと出口に殺到する中で、セシリアは全く逆の方向につかつかと歩を進める。辿り着いたのは観客席の最前列――座席の一つに腰掛ける。

 あのISが何者なのか、何処の国もしくは組織に所属しているのか、そもそも本当にISなのか。セシリアは何一つとして知りはしない。

 ただ一つわかっている事がある。あのISが放つビームは遮断シールドを破壊する威力持っている。”アリーナ”と”観客席”を隔てている遮断シールドを、だ。

 観客席に居た生徒の避難は完了していないどころか、始まってすらいない。扉がロックされてしまい、誰一人として外へ出ることが出来ないのだ。

 だからセシリアはここに――可能な限りの最前線に在る。

 武器を持たぬ数多の学友達の盾として剣として在るために。

 

 

 ▽▼▽

 

 何が起こったのか理解できなかった。

 

 まさかの本日二回目。気が付けば地面に叩き付けられていた。頭が揺れたのか、思考がぐらぐらして上手く働かない。

 カートリッジの二発同時ロードで衝撃波の拳に挑み、衝突したところ――その後何か変な感覚になったまでは、憶えている。だがその後どうなったのかがよくわからない。

 ちなみに弾は残り三発あったのに何故二発しか使わなかったのかというと――三発同時ロードは暴走の可能性が高い、と一見忠告のようでただ事実を述べただけな感じでシロが言ったからである。あいつの何が怖いって命じさえすれば三発だろうが四発だろうが、下手したら全弾ロードでも普通に実行する事だろうか。

 今はそれは置いておこう。いや地味に気を付けないといけない事だけど。今優先すべきは試合である。こうして吹き飛ばされたという事は競り負けたという事なのだろうか。

 兎に角さっさと起き上がろ――うとしたら。

 

「うぼあ!!」

 

 重くて大きい何かが物凄い勢いで降って来た。折角上げかけていた頭が地面にぶつかるどころか埋まる勢いである。というか埋まった。ぐへえ。

「あいたたた! 腰! 腰打った……っ!」

『こっちゃ痛いどころじゃねーよ何つうピンポイントに落ちてきてんだこの野郎!』

 落ちてきた重い何か――鈴@甲龍が俺の上でのたうち回っている。顔面が埋まってて喋れないので、密着するほどの近距離なのに個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)での通信だ。

 飛行や通常機動では散々であったが、こういう機能の類は直ぐに並に出来た俺である。話ではこれも結構コツが要ると聞いてたんだが。

『…………ちょっと待て、何でお前も吹っ飛ばされてんだ』

「へ?」

『いや普通吹っ飛ばされるのは競り負けた方だけだろ。相打ちにしたって何で同じ方向に飛ぶ――お前とりあえず上からどけ! 重いしトゲがザスザス刺さってんだよさっきから!』

「お、重い……って……言ったわね……ッ!? 失礼ね、重くないわよ……! 伸びないから……っ、増えないのよ……っ! この気持が、この悔しさがあんたにわかるか――!!」

『そういう事言ってんじゃね――よ!!』

 一体何が起こったのかは解らないが、何か変だと頭の隅が感じている。だからふざけている場合ではないのだが――わたしのせいちょうきはどこだ――! と空に向かって吠える、完全に何か変なスイッチが入ってしまっていた鈴が居た。

『おい、避けろ!!』

「ッ!」

 ゴドン、と鈍い音。衝撃波が地面を殴りつけ、生じた反動が甲龍と白式をその場から上空へと引き上げる。一拍置いて真下を赤い奔流が通りすぎて行った。

 ISが、ハイパーセンサーがロック(照準)されている事を告げている。眼が一瞬だけ合った。その瞬間に俺は甲龍の拳を蹴り、鈴は白式の脚を蹴った。力場と衝撃波の衝突によって互いの機体はその場から強制的に移動する。再度、赤い奔流が通り過ぎた。

 

「何よ、あいつ」

「俺が知るけ。まー仲良くは出来そうにねーな」

 

 空中で体勢を建て直した俺と鈴の視線の先には、”何か”が居る。人の形をした”それ”を、白式のセンサーは『IS』だと認識している。だがそうだと素直に頷けない理由があった。穴の開いた両腕をこちらに向ける”それ”は、全身が余す所無く装甲で覆われているからだ。

 エネルギーシールドを防御の主とするISは基本的に装甲が少ない。少なくても問題が無いのだ、どうせ攻撃を受けるのは装甲でなくシールドであるから。

 無論防御を重視したタイプも存在はするが、あそこまで徹底的に装甲で全身を覆うタイプは相当に珍しい。

 シルエットはスタンダードな人形である。そこそこに大型だが、異常という程でもない。頭部にはセンサーレンズと思しきものがやや角度をつけて横に並んでいる。

 一番特徴的なのは、上げられた両腕の先端に空いた穴であろうか。腕に砲口が付いている、というより砲が腕の形をしているとでも言うべきか。

「高出力のビーム兵器……はん、これだけ熱量高けりゃ遮断シールドだろうが無理やりぶち破れるか」

「来るわよ、一夏!」

「とっくの昔に知ってるよ!」

 赤い閃光がこちらに向かって一直線に突き進む。その威力が高いのはハイパーセンサーの示す数値を見ればわかる。が、ただ撃たれただけの攻撃に当たってやるほど素直ではない。

「シロ! 機体状況は!」

 

【………………………………実体ダメージレベル中《雪片弐型》紛失中脚部特殊力場発生装置正常動作中圧縮力場形成用エネルギーカートリッジ残弾数《1》】

 

 なんかシロがすげーテンション低い――!?

 淡々超えて黙々と言うか呪詛みたいな喋り方になってる。まさかさっきの一撃でどっか機能に障害でも起き、

 

【私には何の問題もありません問題があるとしたら散々来ると警告されて絶対避けれるのにそんな避けれる攻撃を避けない操縦者ではないでしょうかと私は想うのですがどうでしょうかいえ攻撃に当たりに行きたいのならそれはそれで別にいいのです私は操縦者の意向を可能なかぎり尊重する様にプログラムされていますのでしかしならばその旨を伝えておいてもらったほうが効率的だと思うのでしょうがどうでしょうか】

 

「あの、何かよくわからないけどスイマセンでした、本当」

「……一夏、さっきから何一人で喋ってんの?」

『俺のISの中の人が何か怖いんだよ!』

「は? 中の人? あんた本当に何言ってんの?」

個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)を使っても私には筒抜けな訳ですが】

「しまった!?」

『織斑くん! 凰さん! 無事ですか!?』

 シロの尋常でない不機嫌っぷりに戦々恐々としていたら、山田先生が通信に割り込んで来た。その切羽詰ったというか真剣そのものな声が、今この状況が想定外な異常事態であると暗に告げている。

 ちなみにどのくらい真剣かというとあの山田先生の声に威厳が感じられるくらい。

『今直ぐアリーナから脱出してください! 直ぐに先生たちがISで制圧にいきます!』

 さあて。

 これが不幸中の幸いというやつだろうか。ちょうどいい位置に目当てのモノがあった。真下に急降下し、地表数十センチのところで急停止する。練習していなければ間違いなく墜落していたであろう機動と共に、突き刺さっていた雪片弐型を引き抜いた。

「じゃ、それまでは”俺等”で引き受けましょーか」

『な、何言ってるんですか!? そんな危険な事を生徒には――』

『やれるか、織斑』

『織斑先生!?』

『遮断シールドがレベル4に設定された上に、扉が総てロックされている。あの正体不明のISの仕業だろう。これでは生徒の避難も救援も出来ん。三年がシステムクラックを実行中だが、シールドの解除には時間が必要だ』

「…………そんな事までしてんのかよ。至れり尽くせりに迷惑な奴だなー」

『お、織斑先生! 本気ですか!?』

『本気も何もそうするしか無いだろう。落ち着け、山田君。糖分が足りないからイライラするんだ、コーヒーでも飲むといい。砂糖をたっぷり入れたコーヒーも、たまには悪くないぞ』

『あの、織斑先生……それ砂糖じゃなくて塩……』

『おかしいな。変な味がする。豆が古かったか?』

「とりあえずこっちはこっちで何とかしますんで、冷静に見えて結構テンパッてるその人お願いしますね山田先生」

『ああそうか。砂糖の方が古いのか』

『う、うう……! 気をつけてくださいね! 危険だと思ったら直ぐ脱出してください!!』

「へーい」

 通信を切って、会話に向けていた分の意識を改めて全部戦闘に傾ける。

 相手は無傷な上に遮断シールドを破壊するほどの強力な武器を有している。

 対してこちらは戦闘のダメージでシールドエネルギーやカートリッジを消費している。

 誰がどっから見てもこちらの分が悪い。

 

 だが、それは”俺単体”での話だ。

 

 

 ▽▽▽

 

 ――なあ。お前は、本当はどうしたい?

 

 言葉が、眼差しが、突き付けられた切っ先が、頭に焼き付いて離れない。あの日からずっとそればかり考え続けている。

 大丈夫かと、声をかけられた事に気付くのにしばらくかったのはそのせいだろう。横の席に座っていた生徒に大丈夫だと返事をした。

 今気付いたが、教室でも箒の隣に座っている女子生徒だった。

 未だ心配そうな顔をしているクラスメイトから視線を外す。目を向けたアリーナでは白いISと赤くて黒いISが何度もぶつかり合っている。

 放課後ずっと訓練をしていたからか、一夏の技術は確実に上達している。本当に毎日毎日訓練していたのだから、少しでも上達しない方がおかしい。むしろもう少しくらい上達していてもおかしくはない。

 休日は丸一日訓練しっ放しの時すらあった。翌日課題をやり忘れて織斑先生に思いっきりはたかれていたのを思い出す。

 一夏と一秒でも長く一緒に居たい箒としては、当然訓練に付き合うつもりだった。なにせ訓練にはセシリア・オルコットも参加している場合が多かったのである。そんな状況で箒が黙っていられる筈がない。

 訓練機――『打鉄』の使用許可が降りるまでの期間が酷くもどかしかったのを、覚えている。ただ焦ってはいたが、それでも何処か余裕があった。

 セシリア・オルコットは確かに代表候補生として相応しい実力を持っている。しかし戦闘のスタイルが一夏とは根本的に違うのだ。

 近接戦闘でならば箒は心得があるから、近接戦主体の機体を使っている一夏の訓練に付き合う理由としては十二分である。

 

 『打鉄』がシールドエネルギーの残量が0であると告げていた。

 

 箒の鼻先に、雪片弐型の切っ先が突き付けられている。箒の先制は会心の一撃となり、白式の左肩の装甲を大きく抉り取った。

 一夏は攻撃をわざと受けたのだと気付いたのは、負けた後だった。

『速いし強いんだよ。でもな、芯が柔いからどーとでもできる。剣道場でやりあった時は、あったんだがな』

 肩に担いだ刀を揺らしながら、一夏が淡々と告げる。拒絶されたのかと怯えた箒は、反射的に手を伸ばす。一夏はその手を取らなかった。代わりに箒の頭に手を乗せて――ぐしゃぐしゃと乱暴に撫で回す。

『なあ箒、お前が”決めた”ことは……本当にお前がしたい事か? 俺には何か変な感じがするんだよ。”篠ノ之箒”の”芯”を変に抑圧してねじ曲げてないか?』

 気恥ずかしいから跳ね除けれたい、触れてくれたのがうれしい。その二つの感情が拮抗したせいで硬直した箒に、一夏は言葉を投げかける。

 

『ちょっと考えてみろよ、本当にしたい事。お前の芯のホントの姿。俺は、気が利かないし、頭も悪い。でも何があっても絶対お前から逃げたりしねえから』

 

 答えを見つけられないまま、今日に至る。

 訓練には、結局一度しか参加していない。意気揚々と参加しておきながら徹底的にボロ負けしてしまった以上、答えを見つけない限り参加する訳にはいかなかった。

 やっぱり顔色悪いよと、声をかけられて箒は思考の海から引き上げられる。寝不足だと適当に誤魔化して、熱に浮かされたようにふわふわとする意識をアリーナに向ける。

 

 ――”おいてかないで”

 

 泣きそうな、女の子の声が聞こえたような気がした。いや確かにその声を箒は聞いたのだ。耳でなく心で。

 人間の目は主に正面しか見えない。頭の後ろにあるものはそのままでは見ることは出来ない。だから、いつも髪を結んでいるリボンに――紐が一本紛れていることに気付けない。

 声を聞いて――ああ、そうかと理解する。

 鈴は対等になりたかったのかと、理解する。

 そのためだけに、ただ並ぶためだけにそんなに頑張って、あんなにも感情をぶつけているのか。どんどん朧気になっていく意識の中、漂うように考え続ける。

 心を力に変えて、真っ直ぐにぶつかり合っているあの二人が羨ましかった。

 その姿は眩しいくらいに素敵だった。

 そんな関係に憧れて、そして気付くのだ。

 

(私は、そうだ――受け入れて欲しい)

 

 一夏に箒の総てを知ってもらった上で、そして受け入れて欲しい。想いに応えて欲しい。箒の総てを好きになって欲しい。

 でも嫌われるのが怖いのだ、それが怖くてしょうがない。受け入れて欲しいのは本当なんだけど、でも受け入れるためには示さねばならない。それは――嫌われるという結末の可能性を出現させる。だから、躊躇った。躊躇って、ねじ曲げた。

 その想いが本当に大切だったから、いつも胸の奥にあった。

 でも大事にし過ぎて、守りすぎて――何時からか見失っていた。

 

(何か、私も何か、何かを……せめて何かできることを! 駄目だ、今止まったら、また見失ってしまう! それは嫌だ……! 嫌だっ!!)

 

 心の奥に芽生えた、あるいは取り戻した気持ちに突き動かされる。正体不明の乱入者に多くの生徒が定められた避難経路に向かう中、気が付けば箒はピットの中に迷いこむように立っていた。

 しかし何かある訳でもない。

 IS用の武器があっても、生身の腕では満足に振るえもしない。

 仮に訓練機が置かれていたとしても、遮断シールドで阻まれた向こうへは辿りつけない。

 それは理解している。

 それでも諦めたくなかった。混濁する意識は悪化の一途を辿り、最早立っているのがやっとなのに。それでも心を奮い立たせて前に向かう。細い繋がりに縋って続けた剣道は、感情を吐き出すための手段だったのかもしれない。でも培った心が、今箒を支えている。

 果たして何時から”それ”はそこに居たのだろう。

 箒が気付かなかっただけで、ずっと居たのだろうか。

 どちらにしろ箒にとって、”それ”は突然現れた”何か”である。

 

 

 ――――私はだあれ?

 

 

 

 

 

 そこに、『赤』が、いた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 ガギンと鳴った金属音は、鈴が両の拳をぶつけ合わせた為に発生した音である。ふんと一息吐きながら鈴はその眉根を釣り上げ、瞳をぎらつかせた。

 話は付いたのか、一夏が通信を切った。正体不明のISは何故か沈黙しているが、警戒は怠らない。それでも意識を少しだけ裂いて、一夏を横目で一度だけ見た。

(ぜったい引いてやらない、今のあたしは戦えるんだ)

 正にこういう時のために、鈴は強くなったのだ。

 本当は、一夏は鈴を置いていくのではない。ただ危ないところに近づけないようにしているだけなのだろう。そんな事、本当はちゃんとわかっていたのだ。

 想ってくれてるのなんて、ちゃんとわかってるのだ。

 でもそれでも我慢できなかった。

 だから強くなった。

 一夏が何と言おうとも、今度は絶対ついていく。

 何があっても退いてやるものかと、鋼の如き決心を固める。

 この場所は、既に試合会場ではない。既にここは命の危険が伴う戦場なのだ。あのISのビームの威力を正しく理解しているから、そう言える。

 そんな場所に、友達一人残せる訳がない。

 

「行くぞ、鈴」

 

 意識が一瞬空っぽになった。今狙撃されたらたぶん直撃していただろう。それ程までに呆然とした。

 だって。てっきり、逃げろとか、ここは任せろとか、そう言われると思っていたのだ。だからふざけるなとか、むしろお前が逃げろとか、あたしの方が先輩だとか、そういう返事を心の中にたくさん用意していたのだ。

 でも言われた言葉は予想と全く逆のものだったのだ。

 逆という事はつまり――鈴が、言って欲しかった言葉である。

「下手にビームを撃たせたら被害が出るかもしれねーからな。撃つ暇無いくらいタコ殴りにするぞ!」

「……っ、え、偉そうに仕切ってんじゃないわよ」

「わーってるよ。援護アテにしてるぜ、こっちにゃ飛び道具ねーし」

 気を緩めたら泣きそうだった。

 命の危険を前にしているのに嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

 

 だって、今一夏と鈴は文句なしに対等なのだ。

 

 そう感じられた。鈴がずっとずっと夢見ていた位置に、関係に、今辿り着いている。一夏が鈴の方へと《雪片弐型》を差し出した。同時にちらりと鈴を見る。

 その視線に不敵に笑い返して、右腕と化した《龍砲》を白い刀に打ち付けた。ッギィィィン! と甲高い金属音が戦場(アリーナ)に響き渡る。

 それが開戦の合図。それぞれが獲物を向け、急加速する。敵の方も迎え撃つために両腕を上げ――閃光(ビーム)。放たれた破壊を掻い潜るように飛行しながら、二人揃って一気に敵に肉薄する。

 白い刀が横薙ぎに振るわれた。敵がそれを避ける――避けた方向に鈴がいる。当然の様に鈴は居る。力一杯打ち出された龍の拳が、敵の顔面に叩き込まれて炸裂して、吹き飛ばした。

 状況は決して良くない――いや悪い。

 なのに身体の奥から力が沸き上がってきて止まらない。

 

「「さあ! 人生を楽しもうぜ!!」」

 

 不敵に笑いながら叩きつけるように一緒に叫ぶ。

 目の前の敵からは、何の脅威も感じない。

 











雪片弐型(ドヤァ……)
双天牙月「この裏切り者ォォォォォ!!」

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