IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI 作:SDデバイス
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【私の判断は間違っていなかった】
【ただ、最上ではなかった】
【どうして私の補助なしにそれが解ったのかが解らない】
【これが、私が解らないといけないこと】
【
――かつて名も無き0と1の集合体
▽▽▽
【敵性ISの機能停止を確認。戦闘終了。】
巨大で歪な人型兵器は、その機能を完全に停止させた。破壊力に変換する為に集中していたエネルギーはその殆どが役目を果たす事無く霧散するが、一部は爆発という結果を引き起こす。巨大な機体のあつこちで小規模な爆発が連続した。
右腕に組み付いていた一機は巻き込まれぬよう、直ぐにその場から飛び退いた。左腕を殴りつけた一機は攻撃の勢いそのままに前方につんのめり、顔面と地面を盛大に擦りつけている真っ最中だった。胴体の四分の三をばっくりと切り裂いた一機は――止まらないのか止まれないのか、一直線に進んだ挙句に観客席に着弾した。
当機は軽く後方に飛び退いての防御行動を選択する。背部と腕部の装甲の可変に伴い、増幅され放出された、機体周囲を漂う炎状の高エネルギー体が盾のように前面に集中。爆発の衝撃と炎熱の一切を遮断する。
【単一仕様能力。《狂喜乱舞》。強制終了。】
一際大きく爆発。巨人はゆっくりと身体を傾け始め、後に轟音と振動を伴って地面に仰向けに崩れ落ちた。
【機体。及び。搭乗者。強制冷却。】
エネルギー体を維持していた能力が停止した事で、赤い光は吹き飛ぶように掻き消えた。機体各部のカバーが展開し、内部に篭った熱が蒸気の形で吐き出される。
「――――――――――、」
そして篠ノ之箒は己を取り戻した。正確には己を機能させる
「何だ、何が起こった!?」
記憶は、重たい身体を地面に横たえ、立ち上がろうと藻掻いていた所で途切れている。なのに気が付けば箒の身体は立つどころか空中に浮遊しているのである。
「何だ、これは……」
上げた両腕は制服でなく、どころか生身の腕でもない。赤く染められた鋼で以て形成される機械の腕だ。腕だけでない。脚も、胴も鋼で形成された機械の部品で覆われている。
一般的にISと呼ばれるモノを、箒は装着していた。
「――――ぅ、」
何時の間にかISを、忌み嫌うモノを装着していた事に対する心因性の負荷か。それとも、眼前に在る巨大な鋼の骸を視界に入れて先程の死の恐怖を思い出した故か。
吐き気を感じて反射的に口元を鋼で尖る指先で覆う。酷いものではなかったためか、耐えることはできたが、気分が悪い事に変わりはない。
「ごふぅ!?」
そんな風に我慢している真っ最中に、横合いからずどーんとぶつかってきた相手に、箒はちょっと本気で殺意が湧いた。手に刀があったら斬っていたかもしれない。というか斬り捨てたい。
「いやっほー勝った――――――っ!!」
ぶつかった、否。抱きついてきたのは鈴だった。満面の笑みとはこんな表情のためにある言葉なのだろうと、箒は怒りも忘れて考える。だが鬱陶しいので箒は鈴を力任せにひっぺがす。それとこれとは話が別だ。
「何よ何よ、凄いじゃない箒! もーっ、そんなとっておきがあるならさっさと出してよ!」
「いや……私にも何が何や、」
ケンカしていた、している事を忘れているのかどうでもいいのか。目をキラキラと輝かせた鈴が前のめりで箒に詰め寄って質問攻めを始める。
とはいえ箒もまだ混乱から立ち直っておらず、質問に対する回答を持ちあわせていない。ともかく物理的に距離を離そうと鈴を押しやろうと――ばかん。至近距離でそんな音がしたのを箒は聞いた。
「――ら?」
後ろから、軽く押された様な感触があった。何事だと箒が思った刹那――下方へと引っ張られる感覚。それは重力に引かれた事による、”落下”という現象が始まる前触れ。
ざあ、と血の気が引く音を聞いた。
しかし落下は始まった直後に終了する。傍らに居た鈴が、今まさに落ち始めた箒の手を掴んだからだ。がくんと、空中で急停止する。
「ちょ、ちょっとちょっと、何こんなとこでIS解除してんの!?」
「わ、私がやったんじゃない!!」
それを行った存在に目を向ける。鈴も箒に釣られ、視線を動かした。そこには赤が佇んでいる。箒を吐き出すように降ろした真っ赤なISだ。
二人が見つめる中、赤に変化が起こる。ガガガガガガガガガッ、と小刻みな金属音を連続させた赤いISは一瞬で人型のシルエットを失った。複雑なパズルを解く映像を早回しで再生したような光景。その形を例えるなら鳥。姿を変えた赤いISは、視界から消えるような速度で急上昇し――何処かへ飛び去った。
あの赤いISは何なのか、何故箒の手元に現れたのか、果たして本当に味方だったのか、何故何故何故と、赤いISを見送る箒の心中には無数の疑問が乱立する。
「あ、ヤバ」
思考に沈みかかっていたが、鈴の声で我に返る。何事かと自身をぶら下げるように保持したまま浮遊する甲龍に目を向けると――その装甲が淡い光を放ち始めている。一般的に
その結果、これから二人がどうなるのかを箒が理解した辺りで、何故か無駄に良い笑顔で箒に向き直った鈴は――
「ごめん、落ちる」
▽▼▽
「き、きさまぁっ! 今私をクッションにしたな!?」
「いーじゃないのよクッションの一つや二つ、ここにこんだけっ! あんだからあァァ!!」
「うひゃあああ!! ど、どどど何処を触っている――――っ!?」
鈴が緩やかに高度を落としていたのが功を奏したのか。”ずべしゃっ”とかなかなかにクレイジーな音がしていたが、二人は大した怪我も無いらしかった。
音から察するに取っ組み合いのケンカ真っ最中であろう二人は無事のようだ。あれだけ騒げるなら大丈夫だろう。
「全く、何をやってますのあの二人は……」
がしゃん、と音。傍らに降りてきたと思しきオルコットが、呆れたように呟いている。どうやらオルコットも無事だったらしい。バインダーの片側を吹き飛ばされた機体は決して無事とは言えない有様なのだろうが。
「そしてあなたも何やってますの」
「スイマセンぶっちゃけ完全に埋まりました超ミラクルフィットしててビクともしません助けてください」
「………………」
のしかかった瓦礫がいい感じにはさまってビックリするくらい全然身動きできない。
最後の一撃は成功した。零落白夜の刀身は敵のシールドを切り裂き、その奥にあった――”狙うべき場所”を寸分違わずぶっ断ぎった。
問題はその後である。いや、今回はちゃんとブレーキ覚えてたんだよ。でも最大出力の《雪原》と
そのまま過去最高の速度でもって観客席に前のめりに突撃である。
衝突ダメージの緩和がトドメになったのか、機体はとっくに光に解けて消えてしまった。パワーアシストを失った俺は、瓦礫をどけることも出来ず、無理やり身体を引っこ抜くことも出来ず、上半身を突き刺しっ放しなのである。
というかこれ絶妙なバランスで生まれた隙間に挟まってる訳で、拮抗が崩れて上の瓦礫が落ちてきたら普通にやばい。今直ぐどうにかなるって事はなさそうだが、何時までもこんな体勢は御免被る。でも超頑張っても抜ける気配が無い。だからもがき続けて体力使い果たした辺りでやって来たオルコットがちょっと女神に思える。
「よいしょっと」
「ぐへえァ!?」
俺の上に座りやがったよこの金髪縦ロール! ISを展開したまま! 重いぶち抜いて痛い! めり込むめり込む地面にめりこむ!
「未知の技術が使われた所属不明のIS、篠ノ之箒の使ったIS……全く、今回は訳がわからない事だらけですわ」
「ンなこたァいーからどきやがれ! いやどいて下さいまじでお願いしま腰がァァァ!!」
ぱあ、と光が散った。白でなく蒼い光がはらはらと舞っているのがほんの少しだけ見えた。次いで身体の上に軽い衝撃。さっきまで在った堅くてごつい何かとは全く違って、柔らかい何かが俺の身体の上に乗っている。
「織斑一夏。あなたさっきわたくしの事”セシリア”と、そう呼びましたわね?」
「ありゃ、いっけねーそう呼んでたか。悪いな、切羽詰っててついやっちまった。俺基本気遣いとか無縁だからよ」
ISを解除して、オルコットは生身で俺の身体の上に座り直した。なるほど、思い出せばさっきは咄嗟に名前の方で呼んでいる。それで機嫌を損ねたからさっきのプチ拷問なのか。
俺の謝罪を聞いたオルコットはこほんと咳払いを一つ。
「ま、まあ今回の働きに免じてそう呼ぶことを許し、――――ッ!?」
「ごふぁ!?」
再びの重い通り越して痛い!
だがさっきと違うのはそれが一瞬だった事だろうか。音だけの判断だが、ISを展開したオルコットは立ち上がりながら武装を展開し、それを発射する。拳銃型の武装の発射音が数回。そしてライフルの発射音が数回。それらが鳴り止んだ後、オルコットは忌々しげな呻き声を漏らした。
「……ッ! まだ動けたなんて!!」
「え、なになに? 何があったの?」
「貴方はいつまで刺さってますの――っ!」
ISを展開したオルコットが俺の脚をひっつかんで、力任せに引っこ抜いた。ああ太陽が眩しいとか思いつつ、放物線を描く身体を慌てて立て直して着地。じゅってんれい。
地味に痛む腰をとんとん叩きつつ、首を巡らせた。オルコットは上空を睨み付けているが、そちらを向いても俺には青空しか見えない。ならばと下方へ。取っ組み合っていたと思しき鈴と箒もまたオルコットと同じ方向を睨みつけている。
「……左腕か」
その原因をようやく理解した。アリーナの真ん中で仰向けに倒れ伏している、例の変形合体ISから歪な左腕がごっそり脱落している。破壊されたとかでなく、丸ごとごっそり無くなっているのだ。
あの腕は”腕”になる前は戦闘機のような魚の様な奇妙な形で単独行動をしていた。見てないので状況からの推測だが、恐らく腕だけが分離変形して離脱したのだろう。
目を凝らせば倒れ伏す巨人の中心にも変化が見て取れる。ボディの真ん中からせり出していた赤いクリスタルが消失しているのだ。俺が斬ったのはその半分くらいだったはず。全部は斬ってない。だから、破片が残っている筈。
それが無いということは、”腕”が持ち去ったのだろう。あのクリスタルがコアだというのなら、おかしいどころか当然である。絶対数が決まっているISのコアは”貴重品”なのだから。
傍らに突き立っていた雪片弐型を引き抜いた。本来なら機体と共に消失している筈なのだが、何かしらエラーが生じたのかもしれない。
「本当、人生は壁に事欠かないよなあ」
皆と同じ方向に顔を向ける。見えるのはただ青い空と白い雲、そして陽の光だけ。がやがやと聞こえてくる声は、アリーナのロックが解除されたことで突入してきた上級生や教員たちの声である。
今回はこれで終わりだ。
勝ったのは俺達だ。
でも勝ちはしたが、実際何も解決していない。それどころか色々なモノが始まった、動き出したような、奇妙な感覚があった。
手に握る雪片弐型が、ぴしりと音を立てた。
ぴしぴしと響く悲鳴と共に、その刀身に”ひび”がはしる。
▽▽▽
ISを『よくわからないもの』としている元凶、それが『ISコア』だ。
そんなコアの機能を停止させる方法は大雑把には二つ程ある。
一つは正規の手順を踏み、いくつかの防護機能を無力化し、停止状態に移行させること。無論この方法を行うためにはコアの事を理解していなくてはいけない。
ちなみにそれが可能な程にコアが理解できているのなら、その人物はコアを0から製造可能だろう。作る方法がわかるからといって作れるかどうかは別問題だが。中心核の材料はこっちじゃ手に入れるのも作るのもめんどくさいのだ。
もう一つ。これは誰でも――という訳でもないが、別に頭が良くなくても大丈夫。コアの防御力を超える攻撃力で跡形残さず消し飛ばせばいい。後腐れがなくてすごく楽ちん。
「変わらないね」
手の中には赤いクリスタルが一つ。真ん中から端へ大きな切れ目が入ったそれは、ISコアと呼ばれる物体”だった”。
普通ならこの場所は狙わないし、狙えない。単純に機能を停止させるだけならコアを狙う必要も無い。むしろ構造の不明瞭なコアを無理して狙う方が危険ですらある。
だけど破壊されたのは『コア』。しかもその中枢。
解りやすく、誰もが導き出せるように用意しておいた『正解』に目もくれず。47センチずれた箇所にあった『大正解』に刀は突き立てられた。
機能を完全に停止して沈黙したこのコアが輝く事は二度と無いだろう。コアの更に奥の、一番重要な部分が完全に破壊されてしまっているから。
直すよりも作り直した方が速い。こんな状態になったコアを、現在手中で弄んでいる人物は初めて見た。そもそもこんな状態になる事を今日初めて知った。
「あの時と一緒」
ISコアが解明されない理由の一つとして、中途半端に壊せないという点が挙げられる。解析を阻む防壁を砕くためには、力で吹き飛ばさねばならない。しかし吹き飛ばしてしまえば中身も吹き飛ぶ。調べるなんて出来る筈もない。
そんな風に上手く分解できないから内部構造が調べられない。だから、コアは謎の存在で在り続けている。そういう風に作ったとはいえ、製作者の予想を遥かにぶっちぎった謎っぷりでもって。
「私の計算を、簡単にひっくり返しちゃうんだね」
もしこの綺麗に壊されたコアをどこかの研究機関辺りに放り投げれば、コアに関する研究は飛躍的に増大する事だろう。作れるかどうかは置いておいて。製法くらいは解明する糸口が発見されるかも知れない。
ただ吹き飛ばすだけでは、真に壊した事にはならない。コア自体は消失しても秘密が守られているのだ。試合に勝って勝負に負けるとはこの事である。
だから真の意味でコアを壊すということは。
きっと、今この手の中に在るような壊し方。
手に持つ赤いクリスタルが、ぴしりと音を立てた。
ぴしぴしと響く悲鳴と共に、その全体に”ひび”がはしる。
きん、と呆気無く。
かつてコアだったものが、真っ二つに割れた。
紅椿【定時なので帰ります。】