IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI 作:SDデバイス
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昼休みを告げるチャイムが鳴って、机の傍らに引っ掛けた鞄から弁当箱を取り出す。声をかけようと首を巡らせたら、目的の馬鹿は既にどこにも見当たらない。
相変わらず無駄に早いというか手際がいいというか。一緒に食べないとのお誘いにていねいに断りを入れて、弁当箱を提げて教室を出た。後ろから『変わってる』とか『変なの』聞こえてくるのもいつもの事。でもその方が楽しいからあたしはやめない。
お弁当を極力揺らさないように気を付けつつ、しかしなるべく急いで廊下を駆け抜ける。廊下は(先生が見てる間は)走らない。
今日は天気がいいから屋上に居るはずだ。雨の日だと気分で場所を変えやがるから厄介。だから見つけたら蹴りを入れることにしている。避けられるけど。盛大に蹴り飛ばせるようになるまでがんばろう。
階段を飛ばし飛ばしで登って、屋上へと続くドアの前に立つ。ドアノブをこう握ってぇ――こう! 軋みながらドアが開く。開け方にはコツがいる。教えてもらった。
屋上に足を踏み入れる。思ったより陽の光が眩しくて目を細める。眩しいけれど、あったかくて気持ちがいい。ついでにおもいっきり伸びをした。
それから首を巡らすこともなく、定位置に腰掛けている馬鹿の隣に座る。持ってきたお弁当を膝の上に乗せて、包みを解いていただきますをした。
ちらりと横を見ると冷凍食品を適当に詰め込んで彩り的にも配置的にも盛大に偏った弁当箱が目に入る。
「それにしたってご飯も無いってどういうことなのよ」
「炊飯器の予約ボタンを押し忘れるとな、炊けてないただ水に浸されただけの米に出会えるんだぜ」
「アホらしい……」
それからは特に会話もなく黙々とお弁当を食べる。あたしが三分の一を食べ終わった辺りで、隣の奴は食べ終わった弁当箱を仕舞い始めていた。
横の黒い弁当箱はあたしのピンクの弁当箱より三倍くらい大きい。なのに食べ終わるのはいっつもあたしの方が遅い。何かびみょーに悔しいのはなぜだろうか。
「給食センター、いつ直るんだろうね」
「さーな。一体何が爆発したのやら」
「んー……シチューの大鍋とか?」
「熱々だったら普通に大惨事だなオイ……っていうか爆発するって何を煮込んだ」
「にとろぐりせりん」
「こえー!!」
おべんとうを全部食べ終わってから、お茶の水筒を教室に忘れてきた事に気が付いた。がまんできるかどうかといえば出来るんだけど、それなりにやるせない気持ちになりながら弁当箱を片付ける。
お腹がいっぱいで、日差しがぽかぽかしている。これでお茶があればもっとくつろげるのになと考えてしまって、あたしは更にやるせない気持ちになった。
「なあ鈴」
「なに?」
「こんな寂れたとこで飯食って楽しいか?」
「あったかい」
「冬は死ねるぞここ」
「今は春の話をしてんのよ」
そんな事よりお茶が欲しい。
隣に座ってるやつのかたわらに置かれた水筒をさりげなくロックオンする。
「物好きだよな、お前も。教室で友達と食えばいいのに」
「どこでごはん食べようとあたしの勝手でしょ。それに友達と食べてるじゃない」
「そーじゃなくてーさー」
マヌケ面を愉快に歪めて唸るとなりの奴が何を言いたいのかよくわからない。
いいからお茶をくれとさっきから視線に思念を込めているが駄目っぽい。
「ありがとな」
「よくわかんないけど、気にすんじゃないわよ、友達でしょ」
何故いきなりお礼を言われたのか、本気でよくわからない。しかしこれはチャンスである。隣のがあたしに感謝しているのは確かなのだ。ならば。
「お礼がわりにお茶を要求する」
「残念ながらそれ品切なんですよ」
「うそだ、水筒あんじゃないのよ」
「これ飲むの? 醤油だよ?」
「はァ!?」
「入れ間違えたんだよ、ちくしょうめ…………」
▽▽▽
「めんどくさいとこに居るんじゃね――わよ!!」
「何か急に痛ァ――!?」
怒号と共に放った鈴の飛び蹴りは一夏の腰の辺りに深々と突き刺さった。探し回って辿り着いたのは寮の屋上である。スタート地点の上の方がゴールだとは思わなかった。あちこちと走りまわった時間が完全に無駄である。
「何!? 何で俺蹴られたの!?」
「やつ、あた、りっ!」
「可愛らしく言ってんじゃね――!!」
互いの頬を千切れんばかりに引っ張り合った後、ふと我に返ったというかいい年して何やってんだろうな雰囲気になって互いに崩れ落ちた。時間はすっかり夜だから、見上げる空にあるのは太陽じゃなくと月と星だ。
「で、何か用か?」
「へ?」
「いや、俺探してたんだろ」
「あーうん、用というか、それほどのものでもないというか……」
「さあ言ってみるがいい。内容で蹴られた分の報復に付ける利子決めてくれるわこの野郎」
「約束覚えてる?」
言ってから気付いた。言う前に気付きたかった。しかし既に口からつるっと言葉が滑り落ちてしまっている。
それを約束、なんて思っているのは、恐らく鈴の方だけだ。何せ約束だとはっきり告げていない。どころか別れ際に一言だけ。しかもかなり小声で言い逃げみたいな形でしかない。
恐る恐る、隣で空を見上げている友達の顔を見ると、さっきまで(利子云々言ってる時)の邪悪な表情はなりを潜めていた。ふむ、と一言呟いた一夏が行ったのは発言でなく行動だ。
――また会おうね。
鈴が何時の間にか約束だと想っていた言葉を、一夏が憶えているのかわからない。憶えていても、約束と想ってくれているかもわからない。
何だか妙に緊張してきた鈴である。憶えていなくても仕方がない、そう理解はしているが憶えてなかったら納得できない。そしてこいつの物覚えの悪さは折り紙つきなのだ。しかし出来るのはどきどきしながら結果を待つだけである。
立ち上がった一夏は鈴の方に向き直って、手を挙げた。屈まないのは、鈴がどう在りたいかを知ってるから。隣に立つというのは同等として扱うという意味だ。だから合わせてもらう必要なんてない。
手の位置が高いのは、昔からずっとこうやってたから。身長差が開いても頑なに変えなかったのは、こういう時のお約束というやつだから。それに鈴なら届く――届かせる。
想いはどうやら、鈴が思っていたよりずっと、伝わっていたらしい。
「――また会えたな」
飛び上がるように――実際に跳び上がって、ジャンプして、掲げられた手に手を叩きつける。ぱあんと、乾いた音がした。
ありがとねと笑ったら。
気にするなよ、友達だろと笑い返された。