IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI   作:SDデバイス

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 ▽▼▽

 

 頭の中の疑問困惑その他諸々、一旦全部放り捨てる。

 今必要なのは一つだけ。

 

【はい】

 

 応えには答えない、声を上げる暇が惜しい。

 瞬くよりも速く、思うよりも疾く、機体が身体を覆う。武器はいらない――まだ。脚部が形成されながら不可視の力場を形成する。

 応戦するにしろ逃げるにしろ、外に出なきゃどうしようもねえ。だから俺の身体は窓から外へと飛び出す。

 はず、だった。

 

 目が合った。

 

 そいつは代表候補生で、専用機も持っていて、当然今も持ち歩いている筈で、訓練も受けているはずで、最低限度の対処は出来るはずで、だっていうのにどうして、そんな間抜け面で突っ立って居やがるのか。

 

 目が合ってしまった。

 

 前面限定のハリネズミの様に銃器を構えた侵入者が居るというのに、そいつは”へらっ”と顔を歪めた。作り笑いですらない。喜怒哀楽のどれもない。

 固く固く握られた両手の中には、きっと首から下げていたペンダントがあるんだろう。だけどペンダント(待機形態のIS)はペンダントのまま。

 変わらない。

 

「――――っ、何やってんだこのバカ!」

 

 力場の角度とスラスターの向きを無理矢理捻じ曲げた。

 みしりと鳴ったのは機体と俺の身体どっちも。複雑な動きはできない。射線に割り込むように短距離を飛翔。

 視界の端に被弾を示すメッセージが映る。

 後回し。シールドエネルギーも減少する。だが絶対防御が発動する程ではない。今度の相手の武器は規格外では――だから後回せって。

 すこぶる今更に頭の中で警鐘が鳴り響く。おかしい、いつもより察知が遅い、鈍い――後回し!

 虚空を蹴って急停止。

 そのままほぼ直角に曲がる、というより直線移動のニ連続。窓に飛び込む途中で突っ立ってるヤツをかっさらう。どうでもいいけどこいつ持ちにくいな。

 部屋の窓は小さく無いが、流石にISを着込んだ人間が通れる程デカくない。閉まったままの窓に体当たりな時点で大きさも何もありゃしねーが。

 ガラスと窓枠の破片が視界に映ったのは一瞬だけ。虚空を蹴り飛ばして窓の外へと飛び出した。前につんのめり気味に傾く機体を立て直、

 

 横殴りの豪雨だった。

 

 ただし降っているのは水滴でなく弾丸で、押しているのは重力でなく炸薬だ。察知と発射は同時――やっぱり妙にラグがある――横に跳ぶ。土壌樹木コンクリートアスファルト、景色を形作っていた総てが猛烈に削り取られていく。

 

「見境なしかよちくしょうがッ!!」

 

 原因はわざわざ振り返るまでもなく、敵機の両腕にこれでもかと括りつけられた銃器群。その一斉射撃。

 着地せずに、跳ぶ。飛ぶ。止まれない、止まってはいけない。まだ弾丸は止んでいない。山ほど弾丸を浴びた壁が綺麗さっぱり無くなって、風通しが最高に良くなっていた。あれ弁償になったらどうしよう。

 障害を弾丸で退けて、黒っぽいラファールは動き出した。真っ直ぐ――本当に”真っ直ぐ”こちらに向かってくる。マシンガンやらライフルやらハンドガンやら――めんどい要はたくさん。数多の銃が”一斉”に弾丸を吐き出した。

 あのラファールは本来人間が乗っている部分が真っ黒い塊で埋まっている。無人である事は一目瞭然で、無人のISと交戦するのはこれで二度目な訳だ。

 だが、”戦闘”を行っていた前回のヤツと今回の相手は全く異なる。単純で稚拙、すこぶるシンプル。『目標を追いかける』、『目標を撃つ』、この二つを実行し続けているだけ。

 

「いくらなんでも雑過ぎんだろ……シロォ! 通信どっかつながんねーのか!!」

【はい。総ての回線が使用不可になっています】

「うわ本当だ全部バツになってる初めて見た」

 

 数多の銃器を一斉に使用して生じる反動を制御しきれないのかしていないのか。

 ラファールの両腕は発砲の度に暴れ、弾丸の大半は見当違いな方向へ飛んで行く。さすがにじっとしてりゃある程度当たるだろうが、動き回ってりゃまず当たらない。

 だが相手はれっきとしたISで、武装も対IS用の本物だ。事実、白式とラファールの間に存在してしまった建造物は総て弾丸に抉り取られて粉砕されている。粉砕されていく。本当後で弁償とかならないよね。

 

「しつっこいな、諦めて途中で帰…………られてもちょっと困るな」

 

 前へ右へ後ろへ左へ。時折無駄に回転してみたりジグザグに”上昇”し続ける。IS学園といえど実際にISを所持しているのはごく一部の教員と専用機持ちだけ。

 他はそのほとんどが生身の人間だ。流れ弾に当たるどころか掠るだけで、取り返しの付かない事になる。なってしまう。

 

「さあて、と」

 

 相手の追撃は緩みもしなけりゃ増しもしない。

 駆け引きを考える頭が無いのかもしれない。だとしたら――いつまでも追ってくる訳だ。

 

 じゃあどうするかって、そら逃げるとも。

 

 こちとら生身の人間一人小脇に抱えているのである。加えてこちらには飛び道具がない。交戦=接近が大前提なのに致命的だ。やってられるか。

 通信で助けは呼べないつっても、だったら叫んで聞こえる位置までこちらから行けばいいんだし。

 問題は、どこに突っ込むかだ。

 寮なら鈴やオルコットが居るけど、多数の一般生徒を巻き込む危険がありすぎる。ならばと他に灯りの付いている建物を幾つか確認して候補を絞る。

 この時間なら寮以外の灯りは教員のものだろう。あってくれ。

 眼下にあるどれか一つの誰か一人が俺達に気付けば、この鬼ごっこは終わったも同然だ。

 考えてみれば、それだけ。たったそれだけでいいのだ。

 

「………………あん?」

 

 なら”どうして”続いているんだ。

 俺達がさっきから好き勝手に飛び回っているのはIS学園の空だ。

 許可のない展開が厳重に禁止されている区域だ。

 数秒ならともかく。

 数分は経っているのに。

 

「まさか他にも何かぶべぁっ!?」

 

 空中を飛行していた機体も俺の身体も、突然その場で停止した。俺は止まれと命令してないし、白式の推進系も命令通りに推進力を吐き出している。

 じゃあ何で止まったかというと。

 

 ”壁”にぶつかった。そうとしか言えない。

 

 悪意や敵意や障害害敵をどれだけ過敏に感じ取れても、どれだけ勘が鋭くなっても、避けられないものは当然ある。例えば――”察知”と”出現”のタイムラグがほぼ0だった場合とか。今みたいに。

「やっべ……!」

 ダメージはさほど無い。だが”止まって”しまった。

 背後から迫るラファールが一定の速度と火力を俺へ向ける。高速で飛来する弾丸の前では一瞬で致命的には十二分だ。脳の全体で警鐘が鳴った。冷や汗が吹き出す。でも避けられない。困惑が強すぎて意識が出遅れた。

 

【警告】

 

 多少の被弾を覚悟した。シールドエネルギーはまだ残っている。

 何故か動悸が倍近い、危険の予感が頭の中から飛び出しそうだ。

 大丈夫、多少なら受けられる。

 こっちだってISだ。

 とにかく抱えてるやつを身体の前面に回――背中で小規模な爆発――……爆発!? 

 

「……な、に!?」

【未知のエネルギーを確認、コアに異――常、が――各、機機能に、深刻な問題、が発、生しています】

 

 下手な鉄砲も数を撃てば当たる。

 真っ先に弾丸をもらったのは背部のスラスター。その片方が火を噴いた。推進力ではなく、単純に損壊して。それだけで終わらない。背部装甲、脚部にも突き刺さり突き抜けて砕け散り、

 

【シールドバリアー消失。再展開――不可、再展開、展開不可、再展開、展開不可】

(ヤバイまずいやばいやばいやばい何で…………ッ!!)

 

 左脚を――反応が悪い、着弾、着弾着弾着弾――爆発。

 出現したウインドウ、白式のステータスがどんどんどんどん赤く染まっていく。ウインドウ自体も乱れ、不明瞭で今にも消えそうだ。

「あ、ぐ、っ――……ッ、!!」

【再展開、展開不可、再展開、展開不可、再展開、展開不可、再展開、展開不可、再展開、展開不可、再展開、展開不可】

 シールドバリアーと絶対防御を失った白式が抗えずに削られていく。弾幕は一定、あくまで一定。機械的にただただひたすらに黙々と弾丸は放たれる。

 

 このまま削られて、装甲の先に届いたら、

 

 爆発に押されて傾く機体。考えろ、考えろ考えろ、この異常事態の原因は、さっきまでとの決定的な違いは!

 

(これ)か! シロ、右脚! 弾けッ!!」

【再展開、不――――――炸裂(Burst)

 

 右脚を眼前の虚空に存在する何かに突き立てて打ち付ける。弾き出された空薬莢を目で追う暇はなかった。

 加速した勢いのままに夜空に放り出される。

 加速の反動に連鎖して身体のあちこちが多様な痛みを訴えてくる。

 無傷ではない。が、あれだけ撃たれてこの程度ならマシ。あと『痛い』で済んでるときは意外と大丈夫なのである。経験則。

 

「くっそいてえ! ちくしょう、が!! してやられた!!」

 

 煙で線を夜空に描く。

 推進系含むあちこちはまだ反応がない。少なくとも飛行能力を失っているのは確か。現在進行形でものっそい下方向に引っ張られてるから。眼下にアリーナが見えた。ちょうど頭上だったのか。全然気が付かなかった。

 ぽっかりと開いたアリーナの天井が巨大な口のよう。このまま落ちていって飲まれてしまったらと想像して、一瞬だけ”■”を思い出して、震える。

 

「冗談じゃねえ!!」

【障害の消失を確認。復旧開始――シールドバリアー再展開――不可、スラスター復旧――内部機構の自己修復開始、左脚部『雪原』――復旧不可、右脚部『雪原』――使用可能。機能維持を最優先】

 

 右脚で虚空を蹴っ飛ばし、弾き、跳ね、階段を降りるように、段階的に、落下を”降りる”という行為に落としていく。

 またさっきのような”壁”が――あの”壁”自体に拘束力はあっても攻撃力は無かった。ぶつかった瞬間に逃げれば問題ねーだろ。たぶん!

 

 ラファールが追ってくる。

 

 撃ちながら追ってくる。落下する白式を両手の銃口で付け狙いながら。機体を振り回して避けて、落ちて、降りて、撃たれて。

 相手の動きの不可解さに気付いたのは距離が近付いたからか、向かい合って自前の目で睨みつけてるからか。あるいはその両方か。

 視界の先のラファールの暴れまわる銃口が――ふいに変な逸れ方をする。別の何かに狙いを変えたわけではない。でなければ俺はもうちょっと楽ができてる。ただ中心からずれて、まるで白式の左側を中心に狙っているような。

 

 白式の左側、左腕。

 その先に、人間を一人掴んでいる。

 

「………………そーゆーことね」

 だから察知がワンテンポ遅れていた訳だ。そもそもあのラファールは一度だって”俺”を狙っていなかったんだから。

 俺は”的”の近くに居ただけか。

 いわば今までの弾はその総てが”流れ弾”。そのほとんどが本来は”当たらない”ものだから。相手の狙いは。目的は。

 

 最初からずっと『シャルル・ルクレール』。

 

 

 ▽▽▽

 

 ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。

 

 デュノア社の代表的な量産機である『ラファール・リヴァイヴ』を『シャルル・ルクレール』の専用機として調整、改造した機体の名称。

 そして、シャル■■■・ルクレールが生まれて初めて父親から手渡された物でもあった。専用機の名の通りに、今まで使ったどの機体よりも扱いやすいISだった。データ取りを経て制作されたのだから当然なのかもしれないが。

 

 それでも、嬉しかった。

 

 例えそれが『シャルル』のために作られたものだとしても。形を持った”繋がり”が手の中にあることが本当に嬉しかった。

 求められているようで。

 まだ自分は独りではないのだと教えてくれるようで。

 それは、今もちゃんと手の中にある。手の中に、あるだけ。

 

 あるだけで、応えない。

 

 生まれ持った手足よりも流麗で力強い鋼の手足は姿を現すことすらなく、山ほどつめ込まれた銃火器の一切を差し出すこともなく。

 その総てを封じ込めたまま、シャルルの手の中で黙している。

 

(どうして?)

 

 半端にぶら下がった状態で、夜の空を飛翔する。シャルルの意思を全く介せずに行われる機動は不快感しかもたらさない。けれどもさほど気にならないのは、感じる部分がきっともう止まっているから。

 後方からは騒音のような発射音を伴ったISが追いかけてくる。

 そのISは最も見知った機体とよく似た形をしていた。

 自身が最も信頼して、支えにしていた機体と、似ている。

 

(ああ、そうか)

 

 手の中にある機体は元々『シャルル』のためのもの。『シャルル』は必要とされていたから与えられて認められていた。それが、動かなくなったということは。

 

 ――もう”僕”も要らないんだ。

 

 もう『シャルル』も不要だということに他ならない。『シャルル』なら父親に欲してもらえるから、シャル■■■は『シャルル』になった。

 

 だけど失敗してしまった。

 

 シャル■■■は『シャルル』になれなかった。だから、今度こそ本当に誰からも必要とされなくなった。

 あの死神(ラファール)が迫っているのも、手の中の繋がり(ラファール)が応えないのもきっとその証なのだ。

 身体は生きている。何の支障もなく動く。

 だけど動かない。

 抗わない。

 訴えない。

 きっと動かすための部分がもう死んでしまっている。『シャルル』ならば受け入れてもらえる――それだけを原動力にしていたから。

 心がきっともう限界なのだ。手の中のペンダントが応えなかった時点で、辛うじて残っていた唯一の存在意義が消えてしまったから。

 

 ぺたぺたと小さく音。

 

 腕や顔に何か降りかかった。

 揺れるがままの腕を見やると、ジャージに赤黒い染みが出来ている。血液が付着したのだと気付くのに少し時間が必要だった。

 

(…………バカみたい。ああバカだったっけ)

 

 心の底から呆れ返る。

 シャルル自身には傷はなく、故に出血もない。だからそれは、シャルルを抱えている人間のものだった。

 

 あのラファールは最初からずっとシャルルを狙っている。

 抱えたりなんかしなければ、無駄に撃たれることは無かった筈だ。もしかしたら頭が悪いから気が付いていないのかもしれない。

 すごく疲れていて、すごくすりへっていて、何もかもどうでもよかった筈なのに。その横顔を見ていたら腹が立ってきた。虚ろだった筈の中に少しだけ熱が篭る。

 無神経で、鬱陶しくて、いじわるで、うるさくて――欠点を数えだすとキリがない。今だって簡単な答えに気付かず必死にもがいているその姿が滑稽でたまらない。

 

(ああ、でも。でもね、織斑くん)

 

 母以外に誰も居なかった訳ではない。住んでいる場所は寂れた場所だったけれど、それでも周りにある程度の人は居た。意を決して事情を話したりもしたのだ。

 突然現れた『父親』に対して興味も好意もあったけれど、同じくらいの恐怖があったから。けれど相手がデュノア社だとわかった時点で、誰も彼もが『私』から目を背けた。

 一個人がどうにかできる相手ではないから、当然だろう。話したことが間違いで、悪いのは考え無しに巻き込もうとした自分の方だった。

 腫れ物扱いをされて、避けられて、忌々しく迎えられて――そうやって『私』はゆっくりと消えていった。消していった、かもしれない。

 そして見てもらえる『シャルル』に縋り付いた。仮初でも居場所がないのが耐えられなかった。あの時の『私』は独りが寂しくて苦しくて辛くて居られなかった。

 それに『シャルル』なら何より実の『父親』に見てもらえるから。他の誰も、性格が良く朗らか(そういう設定の)なシャルルなら、頼んでも居ないのに勝手に見てくれるから。

 だけど。

 

(『僕』じゃなくて『私』を見ようとしてくれたことはね、ほんとはね、嬉しかったよ)

 

 だから。

 何もしなくても、最期はきっとそうなるに違いないけど。

 迷惑かけた分、これ以上迷惑かけないように。なるべく嫌われるように。なるべく憎たらしく。

 

 もう()には気にする必要も価値もないんだって、気付かせてあげないと。

 

 口を開くくらいはまだ出来るだろうから。

 

 

 

 ▽▼▽

 

 

 

「離して」

 

 左側から声が聞こえた。顔はこちらを向いていない。両手足は重力の方向にだらりと下がっていて、機動にされるがままに投げ出されて揺れている。

 

「離してくれって言ったんだよ。大体織斑くんはいつまで人の身体を触ってるつもりなの? 僕が女だってわかってから随分ベタベタ触ってくるけど、頭だけじゃなくデリカシーも足りてないんじゃないかな」

 

 白式の腕で掴んでっから感触もクソもねーよ。

 忙しくて反論する暇も余裕もねーよ!

【来ます】

 知ってる。

 落下の最中に横に跳ね跳ぶ。火線が降り注いで何もない場所を突き破った。踏み込みの際に脚から伝わってくる違和感が一挙動ごとに増していく。

 右脚は左脚よりマシなだけであって、無事ではない。煙吹いてるし。

 

「何より好き放題振り回されて、もう辛いんだよ。荒っぽすぎてたまったものじゃない。大体どうしてそんなに良い機体でこんな下手な操縦しかできないんだよ、それでよく代表候補生待遇受けてるね?」

 

 急に喋りだしたと思ったら好き放題言いやがる。

 他人を気遣った機動なんかできねうわカスった。要は安全装置無しのジェットコースターみたいなもんだから、最悪な気分ってのは本当なんだろう。

 

「そもそもさあ。どうしてわざわざ僕を持ってきたのかがよくわからないんだよね。僕が君に近付いたのはデータ目的だって言ったじゃないか。君に僕を恨む理由はあっても、私を助ける理由なんて無いでしょ。なのにどうしてこんな事してるの?」

 

 ボールペンの試し書きみたいな動きの最中なんだけどよく噛まずに喋れるなこいつ。

 それも本当。助ける理由は無い。義理もない。騙すつもりで作り笑いで寄ってきた相手。見捨てるっていう段階ですらなく、最初から見なくてもいい相手。

 何もないのに、危険はある。俺が掴んでいる限り弾丸は俺を狙い続ける。パワーアシストが低下している現状で、人間一人の重量はバカに出来ない。

 こいつ細い割に意外と重いし持ちにくいしバランス取り辛いし左腕地味にだるいしコレ絶対明日筋肉痛になってるやつだし。

 

「だから。さっさと離してよ、織斑くん」

 

 ばちんと音が鳴った。

 

 機体の右脚から悲鳴のような異音。

 

 力場が更に弱くなっていく。

 

 いつ機能を停止してもおかしくない。

 

 右脚が止まったら空中で動く方法が完全に消失する。

 

 そこを狙われたら防ぐ術は無い。

 

 だけど左腕の力を緩めれば。

 

 弾丸は勝手に俺を避けていく。

 

 考える時間はたぶん無い。

 

 俺は。

 

 『俺』は左腕を、ほんの少しだけ緩めて、

 

 

 

「……どうして。何で、どうして!? バカじゃないの!?」

「うるせえ! バカつったやつがバカなんだよバーカ!!」

 

 両腕でそいつを抱え直した。

 

 命令。今更だけど叫ばなくても伝わる。白式のステータスは相変わらず真っ赤っ赤。機能の大半が復旧中のまま。使えるのは、普段より弱々しいパワーアシストと、今にも壊れそうな右脚と、それと――

 黒いラファールは両腕に無数の銃器を括りつけている。それらの装弾数や連射速度を考慮して撃ち分ければ、文字通り絶え間なく撃ち続けられるのだろう。

 が、相手はそんな事考えていない。だから止む瞬間がある。さっきまでにも何度かあった。恐らく弾切れから装填までの間が複数重なって――来た!

 呼び出した雪片弐型が出現する。白式の手の中、ではなく何もない空間に。そのままでは質量を得た瞬間に落下が始まってしまう、が。

 

「今、だ――らあああァッ!!」

単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)、オンライン】

 

 柄を全力で蹴りつけた。

 切っ先の延長線上には黒いラファール。

 脚と柄が接触、発動していた零落白夜が伝達されて刀身が白く輝く。

 白式唯一の武装は一直線に夜空を切り裂き、黒いラファールの中心に突き刺さる!

 

【命中しました】

「肝心な部分だけ綺麗に避けやがったけどな、器用なマネしやがる」

 

 刀身が突き刺さる寸前、ラファールを覆っていた黒い部分が表面を這って移動するのが見えた。狙った箇所は貫けたが、狙った”物”は貫けなかった。

 視界の先で小規模な爆発を起こして、ラファールが傾く。それでも両腕を前にあげようとして――誘爆したのか更に爆発が肥大化する。そのまま夜空の星になってくれれば万々歳なんだが。

「とにかく今の内に立て直すぞ、ふんばれ主に右脚の中身!」

【その右脚を制御しているのは私なのですが】

「シロがんばれ超がんばれ!」

【はい。がんばります】

 ラファール野郎から目逸らしたくないんだけど、地面がもう直ぐそこなのだ。右脚を地面と垂直になるよう突き立て、削り取るように勢いを減らす。

「ふんっぎぎぎぎぎぎっ……!」

 右脚がいよいよヤバイ。末期の洗濯機が可愛く思える音が出ている。

 無駄に飛んだり跳ねたりしている余裕はない。それやったら空中で止まる。たぶん。

【来ます】

 煙を吹き出し、括りつけた火器をいくらか地面に零しながら。

 それでもラファールは真っ直ぐこちらへ向かってきた。

 背部で機能を停止している二基のスラスターを前面に回して翳す、即席のシールド。着地するまでは保つだろう。いよいよ地面は目の前だし。

 

「いよっし! 久しぶり地面!!」

 

 辛うじて着地といえる格好で、白式の脚が実在の地面を踏みしめる。半分くらい埋まってるけど着地。着地ったら着地。何か部品バラッバラ落ちたけど着地。

 一息つきたい。

 そうもいかない。

 脚を引き抜いて飛び退く。相手は未だ稼働している、止まっているのは危険だ。空から降る弾丸が地面を削――らない。何事かと上を見上げると、予想通りのラファールと予想外の物があった。

 

 夜空とアリーナ内部を隔てるように、”遮断シールド”が起動している。

 

 一瞬だけ呆けた。

 最初から起動していた訳がない、している筈がない。落ちている最中には確かにあんなもの無かった。

 辺り――見慣れたアリーナは出口の総てが閉じられていた。灯りは付いていないが、観客席との間には隔壁が降りている、ピットの入り口も同様。閉じ込められたのだと理解した。

 

 やってくる。

 

 立ち止まった俺が小脇に抱える人間を目指し、黒いラファールが。

 駆け引きのしようもないただの鋼の塊が。アリーナという籠に自分から飛び込んでいった獲物を目指して。

 

 まっすぐ――まっすぐ飛んで、遮断シールドにビタァンと衝突した。そのままごろんごろんとアリーナの斜面を転がり落ちて。

 

「………………」

「………………」

【………………】

 

 姿が見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 ――がしゃーん!!

 

 

 

「………………………………バカにしやがってッ!!」

 

 落ちてんじゃねえよあの野郎。

 まずい緊張から変な開放をされたせいで、力が、力が抜ける……!

 ダメだ未だ事態は何も解決してねえ。崩れ落ちたり地団駄踏んでる場合じゃないんだって。もうちょっと踏ん張ってくれ俺の集中力。

「シロ、カートリッジは残ってるよな。全部一気に使ったら遮断シールドはともかく隔壁くらい蹴破れたりしない?」

 遮断シールドも隔壁も、白式ならば容易く破れる――ただし万全なら、だ。

 機能の大半がオシャカ一歩手前な今の白式に、この囲いを破る術はない。唯一の武器はさっき蹴ったら飛んでいった。

【はい。装填機能は生きています。ですが破損の影響で最大出力に耐えられません。大爆発するか大暴走するかのどちらかです】

「あらら。ま、使えても飛べんと追いつかれておしまいか。そんで助けが来るよか」

 

 少し離れた場所から音が聞こえてくる。

 近づいて来る――発砲音と破壊音を混ぜた騒音。外から無理矢理入れないなら、ちゃんとした入り口から無理矢理入ってくるつもりらしい。

 

「向こうが入ってくるのが早い、と。さあて。どーすっかねー」

【左メインスラスターの内部機構の修復が間もなく完了します。長時間の飛行はPIC自体が不安定な現在では推奨できませんが、機動の補助は可能です】

「何で、なんでっ! 離してくれって言ったじゃないか! さっさとしないから、君までこんな!!」

 

 めまぐるしく更新されていく白式のステータス(赤)を眺めていると、抱えている奴が暴れ出した。ちゃんと着地してからやる辺りに育ちの良さが窺える。

 手というか当てはある。一応。つか他に手がない。脚壊れかけてるし。

 とにかく、持ってくるのを待つ。

「はん、どーかね。俺が”本当に蚊帳の外”なら、あの壁もこのアリーナの仕掛けも要らね……後でいーか。ところであの野郎が入ってくるまで時間あるみたいだから、さっきの続きをしようかルクレールちゃん」

「いいから、もう離して……離せ、よ……っ!」

 ポンコツ手前でもISパワー。

 女の子一人が暴れてもびくともしない。

「お前、お母さんのこと大好きだろ。そんでお母さんもお前のこと大好きだったろ」

「今関係ないだろ、そんなことっ!」

「大あるわボケ」

 親が居なけりゃ子供は生まれない。

 親が居れば無条件で子供が育つわけではない。

 ちゃんと育ててもらわなければ、普通にちゃんと育たない。どころかしっかり育てていても簡単に捻くれるし、些細な事で駄目になる。それは何より――俺自身が”思い知ってる”。

 それは今は。

 おいといて。

「お前がお母さんのこと好きなのは、お前を愛してたからだろう。ちゃんと愛してもらわなけりゃ、子供は親を好きにはならない。お前みたいに真っ当には」

 俺は目の前の女の子より少し長く生きているから、良い例にも悪い例にもたくさん出会ってきた。見て聞いて聞かされてたまに蹴って殴られた結果の、俺の結論。

「子供を育てるってのはなんかものすげー難しらしくて、なまじ良い子にするってのはもっと難しいらしい。親が揃ってても出来てねー家庭が山ほどあるんだから。確かに困難な事なんだろう」

「……それが、何だって言うのさ」

「お前のお母さんはやりとげた」

 彼女の母親がどんな人かは俺は知らない。

 もしかしたら本当は悪い人だったのかもしれない。

 ただ母親として本物だったんだろう。

 子供はとても染まりやすい。生まれついて善良だったとしても、心の底に悪意を持って接すれば簡単に濁る。常に一緒な親なら、なおさら。

 真っ当な関係の元生まれた子供ではなく、加えて自分一人だったのに。それでも彼女の母親は娘をこんなにまともに育て上げた。

 彼女の存在そのものが、母親の偉業の証明で。

 母親の偉業が、彼女の存在の証明でもある。

 

「何が……何が必要とされない、だ。ちゃんと必要とされてるだろうが! その証に”愛して”もらったんだろうが!! 母親だけしかいない家庭で! 『家族』という繋がりの大切さがわかるほどに! 寂しい時に縋りたくなったのは、家族が温かいものだと知っていたから!! 教えてもらったから!!」

 

 息を吸って、吸って。

 未だにこの単語を口にすると怖くなる。自分の事じゃなくても。

 

「”死”んだからなんだ! もう居ないからなんなんだよ! 悲しむのはいいさ! 寂しいのは当然だ! でも”死”んだら全部それまでか!? ”死”んだら――その人がやってきた事全部無意味になるってのか!? お前がお母さんと一緒に過ごした時間が思い出が! 想った気持ちは消えちまうのか!? 違うだろうが! ちゃんと! 全部お前の中に残ってるんだろうが!!」

 

 言葉が止まらない。なにより、感情が止めどない。

 だからそのままに吐き出すのだ。めちゃくちゃかもしれない、綺麗じゃないかもしれない、俺の勝手な自己満足かもしれない。そうしてもらえなかった昔の俺の、羨望と嫉妬が混じった八つ当たりかもしれない。

 だけど考え過ぎて繕いすぎて、何も言えないのは嫌なんだよ。

 

「だからまだ何も無くなってねえ! お前の大好きな人が確かにお前を必要とした、その事実は決して消えねえ!! 苦しくて辛くて当たり前だろうが! 必要とされて、愛されて――形成されたのが『(おまえ)』なんだから! 簡単に消してしまえないほどの価値が、お前の人生にはあったんだろうが!!」

 

 俺には、親が居ないお前の気持ちはきっとわからない。

 お前には、居る親にまともに見てもらえなかった俺の気持ちはきっとわからない。

 

「でもお前が消えたら本当にそこで無くなっちまうんだぞ! 全部だ、いいか全部だ! お前がお母さんからもらったもの全部! お母さんがお前のために費やした全部!! お前が消えたら、全部、無駄になる!! それがわかってて、諦めたのかお前は!!」

 

 ずっと羨ましくて見ていたから、俺は簡単に気付けるのに。

 ずっとそれが当たり前だった、お前はなかなか気付けないのかね。

 

「わからねえならもういい。わかってて、それでも消えたいならお望み通りに離して(棄てて)やる。どうなんだよ、答えろォ!!」

「ぅ、あ…………!」

 

 ごばん、と金属がへしゃげるような音がする。さっきよりもずっと大きく。近い。話している間にも時間切れは物理的に火薬と共に迫ってくる。

 抱えた奴は、きっと害されるのが自分だけだと思っていた。一番大切な人の思いを踏みにじる事に、気付いていなかったのか気付かないようにしていたのか。どっちかわからなかったから。叩きつけてやったんだけど。

 さっきまでは諦めて屈して呆けていた。

 でも今は怯えて震えている。

 死にかけていた無表情は、生きた青白い顔に変わっていた。

 

「……だ、よ」

「あぁ?」

「や、だよ。そんなの…………嫌に、決まってるじゃないか」

「だから?」

「ねえ。何で、教えてくれたの? 今になって、こんな状況で、どうして私に教えたりしたの? 酷いよ、だってもう、どうしようもっ……わからないままだったら、ああ嫌だ、やだよぅ……」

「だから何が?」

「わざわざ、言うまでもないじゃないかっ……当たり前じゃないかっ……私だった、バカなの私だった、なんで、もっと早く……ごめ、なさい……ごめんなさい…………私はちゃんと私だった、僕なんて要らなかったのにっ……!」

「だーかーらーなーにーがー!?」

 

「……ない。消えたく、ない。嫌だよ。無くなっちゃうの、やだ」

「だったら、どうすんだよ」

 

 こいつ自身にはもうどうにもできない。わかってて聞いてる。

 縋るのが下手なのも求めるのが上手くないのも。全部わかってて聞いてる。

 

「たす、けて」

 

 押し込めて閉じ込めた奥底から、声がした。

 自分よりも他人を優先できる人間が、意を決してこぼしたか細いわがまま。

 

 

 

 

 

 

「え? なんだって?」

 

 崖から蹴り落とされたみたいな顔してやがる。現実を理解しているのに理解したくなくてちぐはぐなまんま思考が凍った感じの。

 彼女の訴えが本物でも。

 母親の愛が本物でも。

 こいつの境遇がまともでないのも現実だ。

 これから生きていく中でぶち当たるであろう困難は、普通の人よりずっと多くて辛い。

 それじゃ足りない。全然足りない。

 だからこんな事になった。立ち向かえるだけの力をもらっていたはずなのに。それを仕舞ったままだったから。

 

「小せえんだよ声に意志にその他諸々全部が! 殻の内から言われても聞こえねーんだよ! 俺が聞いてるのは『シャルル・ルクレール』の建前じゃなくて! 名前も知らない(お前)の本音だ! 聞こえるように言いやがれ!!」

 

 小出しにするな出し惜しむな恥ずかしがるな引きこもるな。

 お前の全部でもって抗って、訴えてみせろ。

 俺はそれ以外に応えたくねえ。

 

「――嫌だぁっ!!」

 

 瓦解とか決壊というべきに。

 押し込まれていた感情が噴き出したように。

 閉じこもっていた殻が、内側から砕かれる音を確かに聞いた。

 

「死にたくない終わりたくない消えたくない消したくないっ! こんなの嫌だ嫌だ嫌だっ!!」

 

 叫びを覆い隠すように。黒いラファールが、最後の隔壁を突き破って現れる。

 損傷した機体に構うこと無く、意に介さず――そう、そうだと思った。だから待ってた。てめえの胴体に突き刺さったままの――そいつを待ってたんだ。

 白式の機能()の届く距離に『雪片弐型』がやってくるのを!

 

「たすけて――……たすけて! 一夏ぁっ!!」

「ああ、いいぜ」

 

 俺にこいつは救えない。それはこいつが自分でやらないと意味が無い。

 俺みたいな人間はきっと誰かを守るのに向いていない。

 俺に出来るのは一つだけ、俺の応え方は一つだけ!

 

「お前の人生、俺が続けさせてやる」

 

 邪魔するやつをぶった斬るッ!!

 

 


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