IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI   作:SDデバイス

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▽▽▽

 

『ISのある世界』

 

 ISが発表されてから十年経つ。

 現行の戦闘兵器を遥かに凌駕する性能を持つISの登場によって、世界の軍事バランスは当然のように崩壊した。

 そのISの開発者は日本人の篠ノ之博士であり、そのため当初の日本は独占的にIS技術を保有していた。これに危機感を募らせた諸外国はIS運用協定――『アラスカ条約』によってISの情報開示と共有、研究のための超国家機関設立、軍事利用の禁止などを取り決めた。

 現在における各国家の軍事力(有事の際の防衛力)はIS操縦者がどれだけ揃っているかによって決定すると言っても過言ではない。そしてIS操縦者である女性のため、各国は積極的に女性優遇制度を施行した。

 そんな経緯を経て、世界は『女尊男卑』に大きく傾いている。

 

 ――とある人物の手記より抜粋。

 

 

 ▽▽▽

 

「ちょっとよろしくて?」

 

 なるほど。わからん。

 いくつか授業を受けた感想がそれだった。今は授業を終えて訪れる休み時間。机の上に広げられているのはさっきまで授業で使っていた教科書や、板書したノートである。

 それらを見返しながら改めて思う。さっぱりわからん。

 流石に日本語なので言葉は聞き取れるが、その言語が羅列されて何を意味しているのかがすたこら理解できないのである。

 ちなみにこのIS学園は事前に参考書が配布されている。恐らく授業に関しての予備知識を総て詰め込んであるから、あんなに分厚いのだろう。

 当然それは読んだ。穴が開くほど、というか一回勢い余って分解してしまったのでセロハンテープで補修してある。

 問題なのは1ページの内容を覚えると前読んだ3ページ近くを綺麗に忘れる俺の頭である。脳そのものが他人のモノに変わっても相変わらずこういうのは駄目だ。どうも学力ってやつは脳よか精神に大きく依存しているらしい。

 

「…………こほん。ちょっと、よろしくて?」

 

 そんな訳で、どうも相当がんばらないと授業についていけそうにない。ついこの間も受験勉強で地獄を味わったが、今度は更にその上を覗けそうである。これから先を想像するだけで辛い。既に胃がキリキリしそうだ。

 が、仕方がない。

 ISはハッキリ言って『兵器』だ。軽い気持ちで扱っていいものでは決して無い。事故を起こせば自分だけでなく周りにも多大な迷惑をかける。どころか、取り返しの付かない事態を引き起こしてしまうかもしれない。それだけ危険な物なのだ。

 俺はそんなモノに関わると決めた。IS学園に入学する事もその手続も、周りの大人がいつの間にか勝手にやっていたが、そんな物は知らんし正直どうでもいい。

 立ち位置やらが七面倒臭い事になっていても、俺の意思の元進む以上これは俺の人生だ。自分の人生の事は自分にしか決められない。

 

 それにしても、相変わらず人生は壁に事欠かない。

 

 だがそれを乗り越えた時に得られる達成感は心の芯を歓喜に震わせてくれる。そんな感動を得る機会を隙あらばこっちに差し向けてくる人生が、俺は大好きである。

 とはいえ、あの壁(死ぬということ)はちょっと越えられそうにないが。

(…………いや)

 あれは、超えてはいけない壁なのかもしれない。あの時感じた恐怖は一人間が超えてはいけない境界を垣間見たからではないだろうか。さすがに大袈裟すぎるか?

 

「――いい加減にしていただけますッ!?」

「うぉァ――!? はいなにナニ何!? とりあえず何かごめんなさァ――!!!!?」

 

 ズバァン! と誰かの手が机に叩きつけられる。反射的に直立不動で気を付けに。

 すっかり物思いに耽っていたので全然気が付かなかったが、何時の間にか誰かが横にやってきている。

(……おや外人サンだ)

 まず目に入ったのは鮮やかな金髪だった。次いでその綺麗な蒼い瞳。金髪碧眼――まあ白人の女の子だ。瞳がつり上がっているのは怒っているからであろうか。

 ちなみにIS学園において外人はそんなに珍しくない。というか普通にたくさん居る。外国の生徒も無条件で受け入れるって条件あるせいだろう。たぶん。

 俺がようやく反応したからだろう。外人サンは机に振り下ろしていた手をどけ、そのまま腰に手を当ててふんぞり返っている感じのポーズに移行した。

 関係ないようで関係ある話。

 今の世の中の原則は『女性=偉い』である。ISを操縦できるというアドバンテージは相当で、社会はあっという間にその構図で塗り替えられてしまった。

 当初は馴染みある価値観(男尊女卑より)であった世界が、ISという存在一つで根底から一気に塗り替えられていく様を見るのはちょっと――いやかなり新鮮だった。

 ともかく今のこの世界は女性が偉い。どのくらい偉いかというと、すれ違っただけの男をパシらせる女の姿が街中で当たり前のように見られるくらい。

 前居たとこで話したら笑われそうだが――それがこの世界の現実である。

 IS操縦者が神格化されるのはわからなくもないが、ISを『動かせるかもしれない』女性達まで当然のようにふんぞり返るというのは正直かなり笑えない。確かに触れば動かせるだろう。でもその手元に必ずISがある訳ではないし、そもそも大多数の人が所有する資格を与えられていないのだ。

 なのに『ISを扱える凄い人』が『女性』だから、同じ『女性』である自分達も偉い。そう本気で思っているのだから始末に終えない。

「聞いてましたの!? お返事は!?」

「え、……ええと、申し訳ない。少し考え事を、していたもので」

 うわ怖。

 突然俺が二度目の小学校の時の話になるが、クラスに世の風潮に染まりきった娘っ子が一人居た。当然普段から男子を奴隷同然の様に扱うわ罵るわ好き放題である。

 そしてというか当然というか……ある日とうとう一部の男子達が噴火した。娘っ子一人を男子複数で集団リンチなんて笑えないにも程がある。

 もう普段から『いつかこうなるんじゃないか』とさんっざん思っていたが見事にそうなった。いやまあこうなる前に何とかしろよと思うのだが、いかんせん娘っ子が態度を改めない(どころかエスカレート)のだからもうどうしようもない。

 どうしようもないっつたってほっとく訳にもいかない。

 だから鎮静のためにあれこれ駈けずり回ったけど、もう本当に散々だった。三階から突き落とされたり、腕の骨折れたり。まあ骨折ったのは落ちた後で立ち上がりそこねてコケた際に鉄骨でぶつけたからなんだが。挙句の果てにはひいこら言って助けた娘っ子に「このグズ! 役立たず!!」とか言われて折れた方の腕蹴られたり。

 

 まあいちばんきつかったのは、いえにかえったあとのちふゆさんのおせっきょうだったんですけどね。

 

 うん。色々と懐かしい記憶を高速で掘り返してしまった気がする。

 懐かしいといえば、その事件後しばらく俺は男子女子両方からハブられたのだが、ひとりだけ味方がいた。元気かなあのツインテ。まあ元気だろうな。元気でなかったら会いに行って無理やりにでも元気にさせてくれるわ。

「それで俺に何か用でも?」

 ともかく、こう「偉いんだぞ!」ってポーズを取る人間の中には『偉くて当たり前』と思っている輩がいるのだ。さあて、彼女はどうであ――

 

「まあ! なんですの、その返事。わたくしに話しかけられるだけでも十分光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんでないかしら?」

 

 ――うん。これは駄目かもわからんね。

 威光って、振りかざし過ぎると価値が減ると俺は思うよお嬢ちゃん。

 まあ言わないけどね。何でこんなのに忠告するために俺の時間使わにゃならんのだ。

「あーまーそう仰るからにはさぞ偉い人なんでしょーね」

 もうめんどくさいから適当に流そう。

 俺のどうでもいい感じが伝わったのか(まあ伝わるような言い方したんだけど)、外人サンは元からつり上がっていた目を更に吊り上げ、酷く仰々しく語り出した。

「その様子だとこのセシリア・オルコットをご存じないようですわね? イギリスの代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを!!」

 彼女の言葉に口笛一つ。

 馬鹿にしているのではない。彼女の肩書きに感心したのだ。

「代表候補生てこ、」

「そう、国家代表IS操縦者の候補生として選出されたエリートなのですわ! 更にわたくしは現時点で専用機を持っていますのよ。この意味がおわかり?」

 人の話聞かないタイプと見た。

 見るまでもねーな。まあ聞きたい事は勝手に喋ってくれたからいいか。

 それにしても俺の顔に突き付けられた彼女の人差し指が、近すぎてぼやけて見える。

「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡……幸運なのよ。その現実をもう少し理解していただける?」

「俺は今まさに君のツラ見て不幸を味わい始めているのだが」

「なっ!?」

「何で俺にとっての奇跡や幸運を君に決められなきゃならんのだ。意味がわからん。つかもし本当に君が在るだけで他者を幸運にするのなら、わざわざそんなくだらん宣言するまでもなく周囲の人間は思い知るんじゃねーの?」

 再度、机に彼女の――セシリア・オルコットの手が振り下ろされて音を鳴らす。さすがに鳴るとわかっている音にビビるほど臆病ではない。頬杖をついてため息一つ。また面倒なのが出てきたもんだ。

「…………男でISを操縦できると聞いていましたから、少しくらい知的さを感じさせるかと思っていましたけれど――期待外れでしたわね」

「そうかーそれはざんねんだったねー」

 冷たさのあまり鋭さを帯び始めた彼女の眼光が、更に輝きを増す。

 あーこわいこわい。

「ふん、まあいいですわ……どうせ直ぐにわたくしの実力を思い知るでしょう」

「ああいいね。俺みたいな馬鹿にはくっちゃべるよか見せたがなんぼか速い。ここまで言ったんだ、期待はしっかりたっぷりさせてもらうぜ、代表候補生さん?」

「ええその時はせいぜい思い知ることね! なにせわたくしは入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから!!」

「はん。その辺はさすがに主席かね。俺は情けない相打ちだったし」

 彼女的にはさっきのエリート中のエリート宣言で俺に言うべき事は言い切ったつもりだったのだろう。事実彼女は踵を返し自席へと戻ろうとしていたのだし。

「…………なんですって?」

 だが俺の呟きが彼女には聞き捨てなかったらしい。キュバッ! とか聞こえてきそうなくらい機敏な動きでこちらを振り向いた彼女は、愕然とした表情をしていた。

「きょ、教官を倒したのはわたくしだけと聞きましたが!?」

 物凄い勢いでセシリア・オルコットが詰め寄ってくる。

 何を動揺しているのかしらんけど距離がちけーよスッタコ。

「だから相打ちだって言ってんじゃん。勝った訳じゃないし」

「それでも教官を倒したことには変りないでしょう!?」

「個人的にはあれを倒したとは言いたくないんだが。まあ一応倒してる事は倒してるか」

 では試験の時の様子を順を追って思い出してみよう。

 

 1.教官の人が加速する。

 2.俺も加速する。

 3.ぶつかる。

 4.どっちも気絶して動かなくなる。

 

 ……いや、やっぱこれは倒したとは言えねーんじゃねーかな。とてもじゃないがこれを『教官に勝ちました!』と誇る気にはなれない。誇ったら俺の中の大事な何かが壊れる。

 くそう、あのIS何で飛ぼうとしたら全力で前進しやがったんだ。

「じゃあ……あなたも教官を倒したって言うの!?」

「いや、まあうん。これに関しては君は今まで通り誇ってていいと思うよ」

「ふざけないでくださる!?」

「大真面目だっつの。こっちゃ想い出すたびに恥なんだぞ……」

「は、恥!? 恥とおっしゃいましたか!? 教官に勝ったことが!?」

「あ゛――ッ面倒なとこに食いついてくんなーも――!!」

 

 きーんこーんかーんこーん

 

「…………っ! 話の続きはまたあとでしますわ! 逃げないことね!!」

 授業を告げるチャイムの音が俺とセシリア・オルコットの怒鳴り合いをかき消した。

 セシリア・オルコットは一度ずびしと俺を指さした後、慌てて席へ戻っていく。

 次の休み時間が今から既に憂鬱だよちくしょうめ。

 

「それではこの時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する」

 

 壇上でそう言うのは織斑先生(千冬さん)だ。

 これまでの授業は山田先生が教壇に立っていたのだけど、この授業は何か特別なのだろうか。よく見れば山田先生はなにやらノートまで持っている。

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 突然思い出したように言い、改めてこちらを見渡す織斑先生。

 根拠はないけど何か嫌な予感がする。

「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……まあ、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差はないが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更はないからそのつもりで」

 何てあれこれ面倒な仕事の多そうな役職なんだ。やり甲斐は酷くありそうではあるが。

「はいっ織斑くんを推薦します!」

 うん、これはちょっと予想してた。

「私もそれが良いと思いますー」

 これは今日何度目のため息であろう。数えてないからわからんがまあ二桁はとっくに超えたんだろうな。

「では候補者は織斑一夏……他にはいないか? 自薦他薦は問わないぞ」

「はい」

 挙手。発言を許可されたことを千冬さんの目線で感じ取って――さすがにこのくらいはもう判別できる――立ち上がった。クラスメートの注目の視線が背中に刺さる。

 

「セシリア・オルコット嬢が適任だと思います」

 

 俺の言葉に教室がざわめいた。立ったままくるりと反転すると、ぴたりとざわめきが収まった。こういう時この目立つ位置は便利だ。もう二度と活かすことはないだろうけど。

 

「……学園生活を楽しくしたい気持ちはわからんでもないっていうか、俺も大賛成なんだけどね。入試で主席の代表候補生なんて”とびっきり”が居るのに、それを使わねえってのはいくらなんでも冗談が過ぎるだろ」

 

 彼女達が俺を代表に推薦するのは間違いなく『その方が面白そうだから』。この一点から来ているんだろう。

 全員が俺を見ているのを確認してから、ゆっくりと話し出す。一旦見回すとよりこっちに注目するんだよねこーいう時。

 

「ちょうどいい機会だからからハッキリ言っておく。俺は確かに例外ではあるが、ISに関しては所詮トーシロだ。実力では下から数えた方が速いかもな。

 代表候補生のセシリア・オルコット嬢との実力差なんて考えるまでもない。君達はそんな素人に自分達の威信をかけられるのか?」

 

 これは単なる事実。入試の時だって、起動させる事は出来たがロクに動かせなかった。あの衝突事故がそれを証明している。

 

「――なあ、俺らはここに何をしに来てる? 遊びに来てるのか? いいや違う、学びに来てんだ。それもISなんてとびっきりの危険物の扱いをだ。楽しむなとは言わねえし言いたくない、でもせめて締めるところは締めようぜ。代表の”対抗戦”なんだろ。俺は勝負事に出せる全力かけずに挑むのはゴメンだ。やるからには勝ちに行く。最初から妥協なんぞ混ぜたくない」

 

 ぱん。と小さく手を鳴らす。

 それで教室の少し張り詰めていた空気が解ける。

 

「では改めて。俺を推薦したい人、いる?」

 

 し――――――――ん。と静まり返る教室。

 それを背にして着席した。

 ああもうこんなマネ二度とやるまい。柄じゃないんだよこういうの。

「――よ、よく言いましたわ!!」

 ずばーんと机を叩きながら立ち上がったのは勿論セシリア・オルコット。どうでもいいけど君よく机叩くね。もうちょっと大事にしてあげなよ。

「織斑くん織斑くん」

 隣の席の女子が小声でこちらを呼びかけてくる。

 なんだろう、調子に乗るなとかそういうのだろうか。

「話してる時の顔、ちょっとかっこよかったよ」

「……ハハ、そいつはどーも」

 予想外過ぎる。

 ハブられ覚悟だったんだが、今回の博打は思いの外勝ちだったようだ。

「織斑」

「へ、なんですか? 織斑先生?」

「本音は?」

「武器は戦っている時こそ最も美しいので彼女の専用機を心ゆくまで眺めたいのとぶっちゃけ面倒そうだからやりたくねいえなんでもないです」

 慌てて口を閉じたがもう遅い。俺を見下ろす千冬さんはどうせそんな事だろうと思った的な絶対零度の視線を俺に突き刺してくる。

「珍しくまともな言葉を吐いたと思ったらこれか。全くお前という奴は」

「だ、だって専用機ですよ専用機! パーソナル!! 折角そんなスペシャル持ってる奴が居るんだったらそいつこそクラスの顔にすべきでしょう!? 皆もそう思うよね!?」

 今度は座ったまま振り向いた。うわすげえ笑われてる。芯からボッキリ折れそう。時折聞こえてくる私もそう思うよーってフォローが本気で癒しこの上ない。

 さて、専用機とは――文字通りそのまんまの意味である。

 ただでさえ”稀少”なIS、その一機を自分専用として与えられているのだ。当然高い実力を持っている事になる。何せ現行最強の兵器であるISを一機自由に使うことを許されているのだから。

 そんな専用機持ちになるのは、俺の現在の目標だ。

 男に生まれた以上、この響きを聞いたら目指さざるをえないだろうよ。

「つまりお前は専用機持ちこそクラス代表者に相応しいと。そう言いたい訳だな?」

「いぐざくとりぃ!!」

 

「ではお前にも資格がある事になるぞ、織斑。お前には学園で専用機を用意しているからな」

 

「………………え?」

 俺の上げた素っ頓狂な声を最後に、それまでざわついていた教室が一気に静かになる。

「専用機って――一年の、しかもこの時期に!?」

「やっぱり政府からの直接支援が出てるんだ……」

「いいなぁー……私も早く専用機欲しいなぁー……」

 静かになったのは一瞬で、その後は更に激しくざわめきだした。

 俺はというとちょっと千冬さんが何言ってんのかわかんない。

「――もしかして織斑くんって、本当は凄いんじゃないの?」

「実はずっと昔からISの英才教育を施されてきたって噂、案外本当なのかも……」

「それに千冬様の弟だし……」

 相変わらず頭は混乱しているのだが、何か後ろからよくないひそひそ声が聞こえてきた。

 ま、まずい。何かまずい事になっているのはわかる。わかるのだが、頭が混乱していてそれをどうすればいいのかがさっぱり思いつかない!

 あわあわと視線をさ迷わせた俺は、救いを求める意味で教壇の上の織斑先生を見、

(ち、)

 そこには。

 にやりと笑っている、旧知の仲の女性の姿があった。

(千冬さああああああん!! こうなるのわかってて言ったなああああああああ!?)

 心の底からほとばしる無言の抗議は、さらりと受け流された。

 うーん、澄ました様子が実にクール。

「さて、どうせだから決める前にもう一度聞いておこうか。さっきも言ったが自薦他薦は問わんぞ」

 千冬さん。

 何か楽しそうなのは俺の気のせいなんですよね?

 あくまで確認のために言っただけですよね!?

「私は織斑くん!」

「織斑くんで!!」

「うーん、私はやっぱりセシリアさんかなあ」

 教室を飛び交う推薦の嵐。

 ちくしょうめ、俺の方が多い、多数決を取られたら終わりだ!!

 確かに面倒ってのも本当だ。

 でもセシリア・オルコットの方が適任だと思っているのも本当だ。

 性格はすごい気に入らないけど、彼女の実力は俺の例外という肩書きで作られたハリボテと違い、確かな経験の基に打ち建てられた本物だ。性格はすごい気に入らないけど。

 

「待ってください! 納得がいきませんわ!!」

 

 よっしゃあやっぱり来てくれたかセシリア・オルコット!

 彼女だってこのまま流れたら再度俺に決まる事は気付いていたはず。プライド高そうだから絶対抗議してくれると思ってたよ!! さあ流れを引き戻せ! 代表候補性なんだからそのくらい見た目と同じく華麗にやってみせてくれ!!

「専用機があるからといって、実力がわたくしの方が上なのは変わりませんわ! 大体、男がクラス代表なんていい恥さらし! 一年間も――このわたくしが一年間もそんな屈辱を味わうなんて耐えられません!!」

 うーむ、とにかく男だから気に入らないという典型的な女尊男卑。

 テンプレートってこういうのを言うんだろうなあ。

 傍観を決め込む俺を他所に、セシリア・オルコットはどんどんヒートアップしていく。

「本来実力で決めるべき栄誉あるクラス代表の座を! ただ物珍しいからという理由だけで極東の猿に決められてはたまったものではありませんッ!! ISでサーカスの見世物でもやるつもりですか!?」

 さあて。

「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体――」

「あははははははははははははは!!!!!!!!!」

 延々と続くスーパーセシリアシャウトを怒号に近しい笑い声が覆い尽くす。

 まあ笑っているのは俺だが。

「あーあーあー、笑えるな、馬鹿みたいに笑えるわ、あはははは!!」

 笑いながら立ち上がる。

 クラスメートから向けられているのは、何が起こったのかわからないという困惑の視線だった。さっきまで燃えるようにまくしたてていたセシリアもきょとんとした顔で俺を見いる。

「いやあさいっこうに笑えるわ。代表候補生ともあろうお方が自分を猿扱いかよ」

「……何ですって?」

「だってそうだろ。同じ人間である俺が猿なら君も猿だろーが。それとも何か? そのトシになってまだ人間の見分けがつきませんってか? それこそさいっこうに笑えるわ」

「――――わたくしを侮辱しますの?」

 怒りを通り越し殺気の如き鋭さの視線にとてもとても冷たい声。

 あれだ。怒りが一定を越えすぎて逆に冷静になっている状態って奴なんだろう。

 今の俺みたいに。

 

「決闘ですわ」

「乗った」

 

 あくまで静かに、セシリア・オルコットが言い放つ。

 即答。覚悟は終わっている。具体的には爆笑する直前辺り。

「で、具体的な条件は?」

「あら? 早速ハンデのお願いですの?」

「何だ。君は俺を笑い殺す気なのか? いる訳ねーだろそんなモン。むしろこっちが付けてやろーか、お嬢ちゃん?」

「……いいでしょう。このセシリア・オルコットの全力を以て貴方を叩き潰す事を約束しましょう」

「そりゃ楽しみだ。さっきも言ったが、やるからには勝ちに行くぜ。吠え面かいても知らねーぞ」

「さっきから随分大口を叩きますわね。吠えるのは負けた後で構いませんのよ? それにしてもここまで言って負けたらどうしてくれるのかしら? 

 そうだ、私の奴隷にでもしてあげましょうか? やかましく吠えるのが得意なようですから、番犬としては優秀かもしれませんわね」

 セシリア・オルコットのそれは確実に”人”を見る目ではない。動物――それも家畜に分類されるモノを見る目をしていた。

 さてこの勝負。分が悪いどころの話ではない。

 俺のISにおける知識なんてせいぜい参考書で読んだ内容と、試験の時に動かしたときの経験くらいだ。千冬さんは俺があまりISに関わることを良しとしていなかったのが大きい。興味は人一倍あったが本格的に関わりだしたのは試験会場を間違えた日からだ。

 大してセシリア・オルコットは学園に入る前からもISを扱うための教育をうけてきたのだろう。そして示された実力があるからこその専用ISだ。

 勝率は一桁――どころか小数点の壁を越えられるかどうか。俺がギャラリーだったら間違いなくセシリア・オルコットにかける。

 うーん、ここまで分が悪いのは久し振りだな。

 この人生も随分と盛り上がってきたもんだ。

 

「さて、話はまとまったな。それでは勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。織斑とオルコットはそれぞれ用意をしておくように。それでは授業を始める」

 

 俺も彼女も、言いたい事は言い終わったのでそのまま静かに席に着いた。

 それにしても千冬さん超通常進行。

(しっかしまーほんと最近の人生は壁に事欠かねーな。おまけに今度のは随分とまた越え甲斐がありそうだし)

 

 ともかく、今は授業を聞くとしよう。

 俺には知識も経験も足りていないのだから。

 

 


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