IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI   作:SDデバイス

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 ――母親に似ていると、子供の頃からよく言われていた。

 

 思い出の中の母はいつも笑顔だった。苦しい時や辛い時もあった筈なのに、いつも笑っている人だった。幼い私にはそれが本心からの笑顔だったかは判別がつかなかったけれど。

 

『おかあさん、このひとだあれ?』

 

 隠されるように仕舞い込まれていた一枚の写真を見つけたのは、本当に偶然だった。

 当時の私は母の写真というものをほとんど見た事がなかった。私と一緒に撮った写真は当然あったが、それ以前――つまりは母の『これまで』を映した写真は全く見た事がなかった。

 だから見つけた写真は幼い私の好奇心をくすぐるのには十二分だった。それでも映っていたのが母だけだったなら、満足するまで眺めた後に元の場所へと戻しておしまいだっただろう。だがその写真には見慣れない誰かも共に写っていて。私は好奇心に背中を押されるままに行動を起こし、母へ疑問を投げかけた。

 

 ”お母さんがね、昔好きだった人だよ”

 

 当時の私はその時の母の気持ちを正しく理解出来なかった。ただ何か私の知らない特別な感情を抱いている事だけは、朧気ながらに理解していたのだろう。いけない事をしてましまったのかと、不安げに佇む事しか出来なかった。そんな私に屈んで目線を合わせながら、母は優しく答えてくれた。

 

『いまはすきじゃないの?』

 

 母の様子が――その笑顔がいつもと『違う』とわかっていた。わかっていたからこそ、きっとその時の私は好奇心を抑えらなかったんだろう。

 返答を待っていると、私を母に抱きしめられた。今思えば、あれは表情を取り繕えなくなったから、顔を見られたくなかったからの行動だったのだろうか。答えはもう、確かめようがないんだけれど。

 

 ”今も好きだよ”

 

 母の体温を全身で感じながらも、返って来た答えに私は首を傾げた。

 今も好きだというのなら『昔好きだった』という言い方は食い違っているし、まぎらわしい。そこまできちんとは考えていなかったかもしれないけど、母の言葉に違和感を感じていたのは確かだった。

 

『どんな人だったの?』

 

 返ってくる言葉が思わせぶりなものだったのは、母がはっきりと断言するのを避けたからだろう。でもそのせいで私の好奇心は一向に収まらず、逆に膨れ上がる一方で。

 私は母にその人についてたくさんの事を問いかけた。母は私を抱きしめたまま、私は母に抱きしめられたままの、奇妙な問答はそれなりの時間続いた。

 

 ”でもね、優しい人だった”

 

 とにかく思いついたこと全部を口にした私に、母は全部ちゃんと答えてくれた。語る口調に嬉しさはほぼ無くて、隠し切れない不満から来たであろう文句のような言葉も混じっていたし、ずっとどこか悲しそうに語っていた。

 でも最後の締めくくりの言葉はとても優しかったのを、憶えている。

 その人については言いたくない気持ちと同じくらい、私には話しておきたい気持ちがあったのかな、なんて。今ならそう思う。

 

 ――私が母と『父親』についての話をしたのは、その一度きりだ。

 

 

 ▽▽▽

 

 視線の先では一夏が一枚の写真を眺めている。

 写真に映っているのは、今よりも子供な私とまだ元気だった頃の母。こっそり一枚だけ持ってきたもの。

 

 ――あの時、お母さんはなんて言っていたんだっけ。

 

 写真をくるくる回しながら――何の意味があるんだろう――眺める一夏に視線を向けながら、けれど意識は思い出した遠い日の事に向いている。

 随分と昔の話だし、当時の私はその会話がどれほど重要なものかを理解していなかった。なので一から十までを鮮明に憶えてはいない。たくさん話したのは憶えているけど、しっかりと憶えている事は数える程度だけ。

 それに語ったのが母である以上、その内容はすべて母の主観によるものになる。だから本当に言った通りなのか、母の思い込みにすぎなかったのか。私にはわからない。

 確かなのは、母は『そういう人』を好きになったという事くらい。

 

「ふ、ふふっ」

 

 突然笑い出したせいか、一夏が怪訝そうな顔を向けている。慌てて笑みを引っ込めて、否定するように手をぱたぱたと揺らした。

「ああ、ごめんね。一夏を笑った訳じゃないんだ。ただね、全然”違う”なと思って」

「はあ? 何だそりゃ」

 あの時母が語った内容の、思い出せる限りの総てが。今目の前で怪訝な顔をした彼に、まるで当てはまらない。完全に方向性が違うのだ。

「しかし思った以上にそっくりなんだな、母さんと」

「昔からよく言われるよ、一回だけ姉妹に間違われた事もあるし」

「マジかよ」

「まじだよ」

 一夏から返された写真を受け取る。

 四角く切り取られた光景の中で、私もお母さんも笑っている。私が幸せだった頃。一番幸せだった頃――ではない。それは、これから先の私次第だから。

「でも。性格とか好みとかは、そんなに似てないみたい」

「ふーん?」

 だって、母の語った『好きな人』と今目の前に居る君は全く別のタイプの人間みたいだから。少なくとも”そこ”は私とお母さんでは大きく決定的な違いがあるらしい。

 

「ああ、確かに母さんの方がお淑やかそうな感じに見えるもんな」

「私君のそういうところは、絶対一生好きにならないから……!」

 

 反射的に枕を振りかぶる。が、上げた腕は直ぐに下ろした。十二分に至近距離といえる距離だが、IS無しでは当てられる自信が無かった。銃器を持ち出せればやりようはあるんだけど、ここはアリーナではなく学生寮の一室だし。

「ところでさ。何で俺にその写真見せたんだよ」

「一夏に、見て欲しかったからかな。知って欲しかったの、私の家族のこと。大好きなお母さんのこと。それと……」

「それと?」

「ううん。なんでもない」

 それはね。

 お母さんにも一夏のことを見せたかったからだよ。

 

 ――これが、私の好きな人ですって。

 

 









そういうとこ以外は?


色々ありましたが三章ここまで、次回から四章です。

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