IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI   作:SDデバイス

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 ▽▽▽

 

 『ダメージレベル』

 

 ISが現在どれだけの損傷を受けているのかを表す度合い。あくまで『機体』のダメージを元に算出される。ほとんどの機体が操縦者の『状態』を考慮しない。ほとんどのISが『人間』の部分を自身の一部と認識できないからだ。

 

 ――とある人物の手記より抜粋。

 

 

 ▽▼▽

 

「………………」

 

 長い昨日が終わって、今日へやって来た。

 顔をはじめ身体全部にぶちあたって降る陽の光が、朝の到来を全力で告げている。

 ベッドから身を起こして、伸び。バンソーコーだらけの身体は小さな痛みこそ訴えてくるが、それだけ。大きな異常は無い。たぶん。

 半分寝てるようにしか見えないあの保険医さんの処置が適切だったのか、元々大した怪我じゃなかったのか。どっちでもであってほしい。

 

「……………………もっと」

 

 傍らの時計は間違いなく早朝といえる時間帯を表示している。普段ならまだ寝こけている時間だ。眠りが浅かった訳ではない。前日に寝すぎたのでもない。むしろ散々動き回ったのだから寝坊してもおかしくないくらいだ。じゃーなんでこんな早く目覚ましてるかってーと、直射日光が顔面に直撃してるからである。

 寝る前にカーテンを閉め忘れたのではない。

 そもそも閉めるも何もカーテンは昨日窓というか壁ごと吹き飛んでいるんだから。

 

「もっと全力でなます切りにしとくんだったあの野郎…………ッ!」

 

 昨晩。自室に帰り着いた俺を待っていたのは、風通し全壊にリフォームされた自室であった。膝から崩れ落ちた。何もかもが面倒になって、ヤケクソ気味に無事だったベッドに潜り込み――今に至る。

 とはいえ後回しにしたところで現実が変わるわけもなく。目を覚ませば日光でその惨状っぷりがより鮮明になった室内がおはようございます。

 さあて。

 これからどうするか。

 不幸中の幸いなのか、屋外直結された部屋でも問題なく熟睡できたらしい。頭の中はすっかりすこぶるニュートラル。低速ながらも順調に回転している。

 そして浮かんだ候補の中から最も優先度が高く重要な”それ”を選択するのも、容易い。

 

「朝飯食いに行こう」

 

 ちょっとだけひび割れた時計が表示しているのは、食堂が開く時間ジャスト。

 

 

 ▽▼▽

 

「――っ! お、おはよう一夏。どうしたんだ今日は、随分と早いな」

「おっはよーホーキちゃん」

 

 食堂に向かう途中で箒とばったり出くわした。

 剣道着で竹刀袋らしき包みを携えているので朝の自主練だろうか。ルームメイトだった期間しか知らないが、毎朝欠かさず出かけていたから箒の習慣なんだろう。なので早朝に出会う事に驚きはない。

「あれ、そんなの持ってたっけ?」

 が、疑問があった。

 箒が持っている包みに見覚えがない。俺が知るかぎり毎日同じ色、同じ作りの物だったはずなんだけど。買い替えたんだろーか。

「実家から送ってもらったこれが、昨日ようやく届いてな。これから居合いの習練だ」

 竹刀や木刀を無くした――事はないだろうから、壊れたのだろうか。妙に得意げな様子で、箒が包みをこちらに翳して包みの紐を解く。しゅるしゅると音を立てながら、包みがその中身を現した。

 

 なんか日本刀が見えるんだけど。

 

 いや。

 いやいやいや。待って。ちょっと待って。模造刀――じゃないぞだって見た瞬間頭の奥の隅っこがちりっとしたものつまり、

「マジモンの真剣じゃねーか!?」

「名は緋宵(あけよい)。かの名匠・明動陽(あかるぎよう)晩年の作だ」

「ごめん俺ブシドー語わかんない! てか学園に真剣持ち込んでいいの!?」

「許可は取っているに決まっているだろう。何も問題はないぞ」

「降りるんだ、許可…………」

 反射的に後ずさって距離をとった俺に対し、箒の方はご満悦そのもの。言い方といい顔と言い、携えたその刀は相当の『業物』らしい。俺にはよく切れる以外の事はさっぱりわからんが。

 

「ああ。これでより一層習練に励む。字の通りに『心機一転』。気を引き締め直そうと思ってな…………最近、どうにも色々と後れを取っている気がしてならない」

 

 刀を握りしめる手元がすごくギリギリ鳴っている。わざわざ締め直すまでもなく、全然緩んでいるように見えない。むしろ日増しに張り詰めていってる気すらするのだが。

 いや上昇志向自体はいいことであるけど。悪いというつもりは欠片も無い。

 ただ刃物を手にした状態で目を据わらせるのをやめてくれると嬉しい。ちょっと本当にやめて欲しい。嫌な想い出がフラッシュバックしそうだから。

「と、ところでだな一夏。私はさっきも言ったようにこれから習練なのだが……その、よかったらお前も一緒にどうだ? せっかく早起きしたのだ、朝の空気の中で身体を動かすのも、わ、悪くないと思うのだが!!」

 顔を紅潮させながら、恥ずかしさを勢いで押し通すように叫ぶ。精一杯のアプローチと思しきそれは初々しく、素直に可愛らしいといえる。

 だが携えた日本刀が総てをふっ飛ばしている。ぶった切っているって表現のが正しいかもしれん。状況と要素が混沌としてて頭がクラクラしてきた。

 が、答え自体は決まっている。

「悪いけどパスで」

「な、なんだと!? たまには、少しくらい、いいじゃないか……せっかく二人きりになれるというのに」

 顔を今度は激情で赤くして。箒は言葉をふくれっ面の中でもごもごと転がしている。

 とはいえこっちにゃ付き合えない理由があるのだ。断ったのは帯刀した女子高生に困惑したからでは決して無い。もっと真面目かつ切実な事のため。

 

「いやぱっと見でわかりにくいと思うんだけどさ」

 

 さっき箒と出くわして驚かなかった訳だが。それは短い間でも同室で過ごして向こうの習慣、習性を――箒が早朝に練習をする事を知っていたからである。

 逆に箒も”今の俺”の習慣や習性をある程度知っていると言う事でもある。だからそれが俺にとって重大な要件であると通じる筈だ。

 

「俺さ、今倒れそうなくらい飢えてるんだ……」

「引き止めて悪かった」

 

 

 ▽▼▽

 

 IS学園の朝食はバイキング形式となっている。

 並べてある物の中から各々が好きに取っていいってゆー、アレ。

 要は食べ放題である。

 

「あら、珍し――ひっ!?」

 

 朝飯食ってる俺を見たオルコットの第一声がこれだった。確かに自分でもこんな朝早く活動してるのは珍しいが、だからって悲鳴はいくらなんでもあんまりじゃねーか。

 

「何ですのその量は!? あ、朝から……信じられませんわ…………!!」

 

 俺の訴えに気付く余裕もないらしい。オルコットの視線は俺がテーブルの前に広げた朝食に釘付けられていた。確かに四人がけのテーブルの卓上をほぼ一人で占拠しているが、時間が早いこともあって食堂は混んでいない。特に問題はないはずである。

「ふぁふぁへってんふぁからふぉーふぁふぇーひゃん」

「食べるか喋るかどっちかにしてくださいまし!」

 じゃあ食おう。

「本当にもう貴方という人はもう……!」

 何やら憤慨しながらも、てきぱきと空になった食器類を積み重ねて退ける。そうしてオルコットは空いたスペースである対面の席に座った。

 食事に同席するのが珍しい――というより同じ時間帯に食堂に居ることがあんまりない。特に朝食時は。根本的に活動する時間がズレてるんだろう。たぶん。

 まあ時間帯被ってても、誘ったところで普段は断られる気がするが。

 

「それで、何事ですのこれは」

 

 ちょうど食事の切れ目に問いかけられる。わざわざ同席したのは、こちらの様子が普段と異なっていると判断されたからだったか。

「え? 普段より多いは多いけど、このくらいなら十分普通なんだけど」

「なんてこと…………!」

 顔を手で覆ってものすごく絶望しているオルコットが居た。これもカルチャーショックの一種なのかね。とりあえず話は終わったらしいので食事再開――の前に。

「飲み物コーヒーなのな。勝手だけどオルコットは紅茶ってイメージあった」

「普段は紅茶ですわよ。今日は、その……眠気覚ましのために、あえてこちらに」

「何だそりゃ、夜更かしでもしたのかよ。俺の早起きよかお前みたいなのが夜更かしする方が珍しいんじゃねーか」

「ええ、まあ。昨日は、その、例外というか」

 何やらバツが悪そうに、あとちょっと忌々しそうに。

 一度コーヒーに口をつけて――顔しかめた、苦かったらしい――から、口を開く。

 

「ちょっとわたくしの部屋で鈴さんと反省会をしていて」

「まだやってたのかよお前ら!?」

 

 昼で終わらなかったのは知ってるが、そこまで延長戦に突入してるとは思わなかったぞ。吐き出すように言い終えて、オルコットはまだ熱いであろうコーヒーをぐいと飲み干す。ぶり返してきた苛立ちを流しこむように。

「って事はさ、もしかしてかなり夜中まで起きてたのか。オルコットと鈴って」

「そうなりますわね。不本意ながら。鈴さんが、先に(・・)! 眠ってしまってお開きになりましたが」

「ならもうちょい寝とけばよかったじゃん。まだ早起きって呼べる時間だぞ」

「…………突然頭に齧り付かれたら嫌でも目が覚めますわよ」

「ああ、鈴か」

 イントネーション的に終盤はどっちが先に寝るかの意地の張り合いになっていたのではなかろーか。あとさりげなくオルコットの呼び方が『凰鈴音』から『鈴さん』に変わっている。決着は付かなかったが打ち解けはしたらしい。

 それは、それでいい。

 ただ、

 

「ふーん?」

 

 夜中まで二人共起きていた。

 つまり昨夜の『鬼ごっこ』の間、ずっと二人は起きていた。言い争いをしていたのだから、寝ぼけていた訳ではない。夜中の時点では二人共全力で意識を保っていた事になる。

 それなのに。

 あの騒ぎに気付かなかった、と。

 

「織斑一夏。何かありまして? 昨夜に」

 

 一秒もない間だったのに。何かしら感じ取ったのか、オルコットがすっと目を細めた。寝不足というのは本当なのだろうけど、眠気の欠片どころか一切の不調を感じさせない蒼い瞳が、俺を見ている。

「いんやー何も? ただ、それだけ夜更かしたせいなのかなって。お前の頭の――」

「あら、寝癖なんてありませんわよ? 少々寝不足だからといって身だしなみに手を抜くセシリア・オルコットではありませんわ」

「ヘアバンドが裏表逆なんだけど」

「はうっ!?」

 髪は言うとおり、気にかけてばっちりセットして出てきたんだろう。だがヘアバンドまでは完全には気にしていなかったか。寝不足の部分に期待して賭けてみたが、当たり。

 慌てるあまり一度外すという発想を取り落としたのか、ヘアバンドを頭に付けたまま確認しようとして四苦八苦している。

 そんなオルコットが騙されたと気付いて、こっちを睨みつけるまで一分もかからないだろう。だがさっきの話題はこれで流せる。

 話題は、流せる。

 けれどもその後に沸き上がるであろう、怒りは。

 

「――――――一夏さん? 少々お話があります、よろしいですわね?」

 

 どうしよう……!

 

 

 

 

 ▽▼▽

 

 額がものすげー痛い。

 

 さすがに食堂内ではレーザーライフルもハンドガンも出てこなかったが、代わりに全力のデコピンを叩きこまれた。

 どういう指の力してるんだあのオルコットは。ぶっ叩かれたのと同じかそれ以上の鈍痛を俺の額が未だに訴えている。小石くらいなら割れるんじゃなかろーか。あれを『デコピン』なんて軽い響きの単語に分類していいのだろうか。

 

「いちかー、おふぁよふー」

「おは……よう……?」

 

 向こうから――おそらくたぶん鈴と思しき人物が歩いてきた。

 いや姿形は俺の知っている鈴とおおよそ一致している。だがいつも勝ち気全開でぱっちり開いたつり目は、全く開いていなくてほぼ横線。頭のツインテールは左右で極端に長さが違って冗談以外の何物でもない。

 小さい口で欠伸をしながら、目をぐしぐしとこすって。挙句の果てにちょっとゆらゆら揺れていた。自身の寝不足さを全方位に訴えながら、ふらふらとこっちに歩いてきて。

 

「あんたがこんな時間にうろついてるの珍しいわねー」

 

 廊下の隅に備え付けられた消火器と会話しだした。

 こいつまだ寝てるんじゃねえのか。

「んー……あんた縮んだ?」

「縮むわけねーだろ。それと俺はそんな全身真っ赤じゃねー、っとと」

 鈴の身体の揺れが一際大きくなって、すっ転ぶ手前まで傾いた。慌てて駆け寄って受け止め――おいこっちに預けるなもたれかかるな自分で立て。

「らくー……」

「なんだこのふにゃふにゃした生き物」

 つか今気付いた。

 髪型が本当におかしい。これ不揃いなツインテールじゃない。髪の房が三つある。変則すぎるトリプルテールになってやがる。

「お前これ髪型すげえ事になって…………鈴?」

 

「…………………………」

 

「おい。おいコラ鈴! 寝んな!!」

「あによう、おきてるわよぅ……」

 がっしがっしと揺さぶると鈴が不満気に呻いた。でも寝言でも通じるくらいに消え入りそうな声量なんだけど。寝言じゃねーのこれ、

 

「……………………おきてる、五分後には」

「それ今は寝てんじゃねーか! 起きろォ!!」

 

 全力で揺さぶり続け怒鳴り続けて、数分後。

 小さい口を目一杯開けて、一際大きなあくび。それから目を半分よりは多く開いた鈴が、ぱちくりと数度瞬き。

 

「あれ、おはよう一夏。こんな時間から起きてるの珍しーわね」

「おはようデジャヴ!」

「朝っぱらからなに怒ってんのよ。変な夢でも見たの?」

 吐き捨てるように挨拶し返した俺に、鈴は心底不思議そうに小首を傾げていやがった。

「何でもねーよ、くそう。とにかく起きたんなら、その頭何とかしろ」

「頭って何…………うげっ」

 直接触れたことで、自身の髪型の盛大な迷走っぷりに気付いたらしい。鈴は表情を盛大に引き攣らせ、唸リ声を上げた。

 

「嘘でしょ、あたしこんな頭でここまで歩いてきたわけ……?」

「滅茶苦茶でも身支度してここまで歩いてこれたって時点で逆にスゲーと思うわ」

 

 呆然と呟きながら、鈴は髪を結んでいたリボンやらヘアゴムを一気に毟り取った。

 普通に恥ずかしかったのか頬がちょっと赤い。すぐさま元通りに結び直すかと思えば、鈴はこちらをじっと見て、それから手元のヘアゴム群に視線を落とした。

 それから、

「ん」

 ヘアゴムをこちらに差し出してきた。

 意図を掴めずにいると、鈴は更にこっちに手を伸ばす。何かを催促しているように。

 

「やって、髪」

 

 差し出されたヘアゴムを見て、それから鈴の頭を見て。

 そこでようやっと俺の思考は鈴の要求の意味を飲み込んだ。

「俺そーゆーの得意じゃねえんだけど」

「いーじゃないのよ、それくらい」

 不意をつくようにヘアゴムがぽいと放られる。

 顔を狙ったであろうそれを反射的に掴み取ってしまい、断るに断れなくなった。狙いやがったなこの野郎。

「ったく、後で文句言うなよ」

「言わない言わない。それに部屋に戻ったら自分で結び直すから、多少雑でも気にしゃしないわよ」

「それ俺が今結ぶ意味なくね?」

 こちらの言葉など聞こえないと言わんばかりに。鈴はこちらに背を向ける。

 やるしかあるまい。目の前にある髪をすくいとった。憶えのある髪質で、手触りに目新しさなんかある訳もない。手の中の髪をきっかり均等に左右に分けて、作った房にヘアゴムを巻きつける。一回二回と、巻きつけて。

「ほらよ」

「うん、ありがと」

 振り向いた鈴の頭の両側から垂れる髪の房の、長さが左右で揃っていることを確認する。

「あ、いやこれ微妙に結び目の位置が違……誤差って事にしといてくれ」

「ぶきっちょー」

「うるせえ」

 俺が鈴の毛先、正確には左右の下端の位置を眺めていると――鈴は俺自身を眺めていた。

 見慣れた顔からは何時の間にか眠気が綺麗さっぱり消えていて。普段通りの勝ち気なツリ目が、俺の視線の先にある。

 

「昨日何があったのよ」

「何かあったことは確定なのかよ!?」

 

 鈴は自分の右袖を少しまくり、手首のあたりを左手でとんとん。鈴自身の腕に何かあるのではなく、俺の右腕の事を指しているらしかった。

「バンソーコー、見えてる。それに」

 鈴の両手がこちらに伸びてくる。

 小さい手にくっついた指が、俺の頬を左右とも軽くつまむ。

 

「顔がこわばってる。堅いのよ。すごく、あんたらしくない」

 

 怖いくらいに真っ直ぐで、だから嘘は間違いなく通じない。

 下手に話題をそらしたら逆効果になるのは、目に見えてる。

 さあて。

 

「俺のルームメイトが誰だったか思い出してみろよ。一晩同じ部屋に押し込まれりゃ、多少のいざこざは起きるに決まってんだろ。それにもう大体かた付いてるよ。結構しんどかったけど、終わった話だ」

 

「…………………………………………ふーん」

 

 うわすごいジト目。

 納得してない、明らかに納得してない超不満そう。

「……そーゆーことなら。アンタの問題だから、あたしが口出すことじゃないけどさー」

「ところで指離してくんね。超地味に喋りにくいんだけど」

「でもねー?」

 鈴の顔がにこーと、満面の笑みに変わった。

 同時に脳内で鳴り響く警鐘。俺が振りほどくよりも、鈴が既に捕まえている指に力を込めるほうが早い頬が強制的に外側ァ!

 

「なーんか『のけもの』にされてた気がするのよねえ…………!」

「あいだだだだだだ! 落ちるほっぺが落ちる物理的に落ちる!!」

 

 弾き飛ばす勢いで鈴の腕を振りほどいた。が、鈴からの抵抗はほとんどなく、俺の頬はあっさりと解放される。

 

「朝っぱらから辛気臭い顔見せたぶんよ、ばーか!」

 

 べえ、と舌を出した鈴が、すこぶる小憎たらしい顔で言い放った。

 

 

 

 ▽▼▽

 

 普段よりかなり早い時間に顔を出した職員室で、山田先生に声をかけた。

 どう事情を説明したものかと事前に言い訳っつーか説明をあれこれ考えていたが、昨日あった騒動についてはもう教師間では伝わっていたらしい。

 だったら話が早いといくつか頼み事をしておく。これで今日は屋外に直結していない部屋で寝られる事になった。

 

 それから後は、いつもと同じ。

 

 昨日あれだけ大暴れしたというのに。拍子抜けするほどいつも通りだった。

 何の問題もなく、滞り無く、予定通りに一日は過ぎていく。周りに居る大半の人間は昨日の騒ぎをそも知らないので当然だろうけど。

 

「さあて、と」

 

 体調不良を理由に欠席している金髪の方の転校生を、そのままにしておくつもりはない。

 敵意が高まり過ぎて否定極まった拒絶にシフトしたらしい銀髪の方の転校生の方も、そのままにしといてやるつもりはない。

 周りの皆がいつも通りに日常を過ごしている中で、俺の前には山ほど山のような問題が山積みである。それらを越えるなり叩き潰すなりするのは決定事項である、が。

 他の全部を後回しにして、なによりも一番初めに取り掛からなければいけない事がある。

 他の全部と戦うために、まず始めにやっておかなければいけない事がある。

 

 白式は出自不明のISである。

 

 が、機体のメンテナンスは当初の予定通りに倉持技研が受け持っている。修理の要請を出した場合は技研からスタッフが送られてくる手筈になっている。俺はというとただ待っているだけである。

 白式が俺の身体ではなく眼前にある。

 IS用のハンガーに固定された機体は――無事な所を探す方が難しい。

 装甲の大半は焼け焦げているか剥がれ落ちていて、名前の由来である『白』が著しく減少してしまっている。破裂したと思しき内部機構が機体の外へと飛び出している部分もあった。露出した内部フレームは砕けて、捻れて、潰れて、元の形がわからない。万全なら虚空でさえ踏みしめられる脚は、一体いくつの部品が欠落したのか歪な形に成り下がっていて、機体の自重にすら耐えらるように見えない。

 背部の大型スラスターなんて、言われなければこれがスラスターだったとわからないくらいに原型を留めていない。マシなもう片方だって無数の弾痕が刻まれているのは勿論、噴射口の周辺は溶けた飴細工みたいになっている。機体だけでなく武器も同様に損傷が著しい傍らに立てかけられた雪片弐型は刀身だけでなく、柄も含めた総てにヒビが走っている。もう一度でも斬りつければ、間違いなく砕け散るだろう。

 

「…………シロ。お前直るん、だよな」

【はい。自己修復機能は正常に作動しています。完全な修復には時間を必要としますが、修復自体は問題なく継続中です】

「そっかー」

 

 ダメージレベルがDに突入するほどに損傷した機体を、眺めて、待っているだけ。

 IS同士の戦闘ならば――あくまでも競技としての戦闘ならば、通常ここまでは損傷しない。基本的に攻撃を受けるのはエネルギーシールドだし、一定以上のダメージは絶対防御が発動する。それに本来は致命的な損傷に至る程のダメージに対しては、実体化を維持できない。

 白式がここまで損傷した理由は二つ。

 一つは得体のしれない妨害を受け、エネルギーシールドと絶対防御が機能不全に陥ったこと。もう一つは――限界以上に、実体化を維持し続けたから。

 戦闘の継続を優先させるだけならば、必要部分以外の実体化まで維持する必要は無かった。けれども白式は機体総ての維持を最後まで止めなかった。

 俺がバンソーコーだらけになる程度で済んだのは、そのおかげ。最後まで一片足りとも消えなかった装甲が、機体が、相手の攻撃を受け止め続けてくれたから。

 

「なあシロ。ちょっと聞きたいんだけどさ」

【はい】

お前(AI)ってさ、褒められた方が嬉しいの? それとも謝られた方がいいの?」

【……はい。質問の意図を測りかねています】

 

 原因を辿れば、トラップに引っかかった俺の不甲斐なさな訳だ。何を言ってもやっても結局俺の自己満足ではあるが、それでも何もしないのは気が済まない。

 けれども俺はAI相手の場合どういった対応が正しいのか知らないどころか推測すら出来ない。だったら目の前に本人(?)が居るのだから聞けばいいのである。

 

【……………………………………】

 

 意図を説明してから五分くらい経ったけど、もしかしてこいつフリーズしているのでは。

 もしや俺は逆に嫌がらせみたいな真似をしてしまったのでは……?

 

【謝罪も感謝のどちらも必要ありません】

 

 あまり深く考えなくていいと言うべきか迷っていたら、前触れ無く答えが返ってくる。驚いて椅子から転げ落ちそうになった俺に構わず、シロが続ける。

 

【私は操縦者の総てを『肯定』するために造られています。故に操縦者の『意向』が無ければ応えようがなく、何の意味も成し得ません。なので】

 

 シロはそこで一度言葉を切った。AIに息継ぎは必要ないのに。

 まるで続く言葉を強調したいように。

 

(白式)にとって最も喜ばしいのは――”アテにされる”ことです】

 

 解決していない問題が、今もまだいくつもある。

 それを全部越えても、終わりではないのだ。きっと次が幾度となくやってくる。そして起こる問題の、その大半が俺一人では解決できないけど。

 

「わかったよ。更に滅茶苦茶アテにする――――最期まで、頼むぜ」

【はい】

 

 相も変わらず抑揚のない平坦な音声。声と呼ぶには無機質すぎる。

 ただ、いつもよりほんの少しだけ誇らしげに響いて聞こえたのは、きっと気のせいじゃないだろう。

 

 


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