IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI 作:SDデバイス
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『学年別個人トーナメント』
文字の通りに学年別で行われるISのトーナメント戦。IS学園の全生徒が参加するため、一週間かけて行われる。
一年は浅い訓練段階での先天的才能評価、二年は学園での訓練を経た成長能力評価、三年はより具体的な実戦能力評価を目的としている。観戦には各国政府関係者、研究所員、企業エージェント等が観戦に訪れ、生徒にとっては自身の能力のアピールの機会とされている――らしい。
唯一間近で観戦する機会が最も忙しい時期だったので、名前と概要くらいしか憶えていない。
――とある人物の手記より抜粋。
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「はえー」
空中に投影されたウインドウを見つめる山田真耶が何とも間の抜けた声を上げた。
傍らの織斑千冬は特に表情を変えること無く、表示された内容に目を通している。二人の視線の先にはIS学園のモデルが映し出されている。精巧なそれは学園の姿をそっくりそのまま表しているが、一つだけ違う点がある。
モデルの学園は『覆われている』のだ。
その総てが半透明の――正確に言うならば『遮断シールド』で包まれている。やっている事自体は学園内にあるアリーナと同様。けれども範囲が段違いに大規模であり、必要な設備もまた大規模なものになる。それでも設置と稼働が許可されたのは、先日の無人機による学園への襲撃があったからだろう。
「本当に学園まるごとシールドで覆えちゃうんですね。これなら――」
「前回使われた無人機の武装では破られはしない程度の防御力はあるが」
声を弾ませる真耶だが、返す千冬の言葉は堅かった。
この学園はISによる襲撃は想定されているし、対策も存在している。だがそれは”ISのコアは貴重であり、総数が少ない”という前提の下に想定された対策だ。『無人機』と『登録されていないコア』が確認された時点で、その前提は崩れている。
「広範囲に常に展開されているシールドの防御力はそこまで高くない。攻撃を感知した箇所にエネルギーを集中させ、その地点のみ必要な防御力を発揮する。だからアリーナよりも巨大なシールドを張り続ける事が出来る訳だが」
「……受ける攻撃の数が増えれば増えるほど全体の強度が下がる、という事ですね」
「ああ。それでも学園側の供給が追いつく限りは耐久出来るだろう。だが、次の襲撃に使われる機体が前回より”弱く、少ない”という保証は無い。それにシールドはあくまでも『盾』だ。侵入者を撃退するのは――」
開かれた別のウインドウにはISが映っている。打鉄とラファール・リヴァイヴ。一般的な量産型のIS。学園でも訓練機として馴染まれている機体。
だがそこに映る機体はその形状を大幅に変えている。増設された装甲や、接続された大型のユニットによって、兵器という概念を強く連想させる姿へと。この二機は迎撃に使用する戦闘用のセッティングを検討している真っ最中だった。
決定された仕様に改修を施される機体の数はまだ決まっていない。何せ、この学園のISは本来”教材”である。訓練用の機体を減らしすぎて、教育の部分が疎かになれば本末転倒。戦闘用の機体を増やしすぎれば外野から余計な口出し手出しを受けかねない。かといって生徒に危害が及ぶ事態は避けなければならない――塩梅が難しい問題であるが、それは学園の上層部が決める事だ。
「機体は次のトーナメントまでには形になっているだろう。となると誰が乗るかも問題になってくる訳だな。機会があれば私は山田君を推薦したいところだが」
「えぇ!? わ、わわ私ですかっ!?」
千冬にしては珍しく、冗談じみた軽い口調ではあるものの、本気だ。実際に千冬が意見を求められれば言った通りにするだろうし、求められずとも意見を送るつもりだ。
「あわあわわわわ……!」
一体どういう光景を思い描いているのかは見当もつかないが、当の本人は真っ青な顔で今にも泡を吹きそうな程動揺していた。
「で、でも。頑張ります。生徒たちに、怖い思いをさせるわけにはいきませんからね……!」
確かに精神面に懸念事項はあるものの、意を決してそう言い切れる山田真耶という後輩を織斑千冬は信頼しているのだ。
「全く、今からそんなに固くなっていては保たないぞ」
「ほへぇ」
肩を軽く叩くと、ガチガチに固まっていた真耶はそれを切っ掛けとして緊張を逃がすように息を吐いて、ぐんにゃり。吐息と共に魂までも抜けたかのようだ。
そんな真耶は一旦置いておいて。
千冬は表示されたウインドウに視線を戻す。映るのは、全周遮断シールド、迎撃用のIS、射出用のカタパルトと、その総てが襲撃への対抗策として現在作業中の設備である。
作業を行っているのは当然学園のスタッフ――だけではなかった。
その中には外部の人間である事を示すIDカードをぶら下げた人間が混じっている。更には制服姿の、つまりは生徒も僅かながら混じっている。
行われているのは学園の防衛設備に関する作業だ。そこに外部の人間を関わらせる事に対しての反対意見はあった。
けれども学園の上層部が参加を認めているのだ。多少の反対で覆る訳もない。それに人手が足りなかったのも事実。学園のスタッフだけでは学年別トーナメントまでに間に合わせるのは不可能だっただろう。
ふいに来客を告げるアラームが鳴る。
「あの、すいません。織斑先生が、ここに居るって、聞いて」
ドアが開き、遠慮がちな声。
部屋に入ってきたのは生徒、故に女子。顔には長方形のレンズの嵌ったメガネをかけている。その奥の瞳には確かに光が灯っているのに、どこか虚ろに見えなくもない。そのせいか全体的な雰囲気に陰りがある。
作業監督的な二人の居る部屋にやってくるのだから、彼女も作業への参加を許された一握りの生徒の内の一人である。学園と関係のある家の生まれで、かつ学園と協力関係にある技研の開発にも参加しているのだから、今回駆りだされるのも当然といえた。
「……………………」
「どうかしたんですか?」
差し出された書類に目を通している最中で、千冬は僅かに顔を歪めた。その様子をみた真耶が、横から顔を出して書類を覗きこむ。書類は追加の人員についてのもの。
書類自体に不備はない、所属している『倉持技研』に問題がある訳でもない。では何が問題なのかというと。
「え、随分若……えぇ!?」
「どうして、こいつが?」
「織斑先生のお知り合いなんですか?」
「いや私はあまり知らん。”
二人の困惑は違うようで、共通している。
要するに二人共、書かれている人間が『技術者』として学園に呼ばれた理由がわからないのだ。何かしらこの分野において功績を残していなければ、”高校生”がIS学園の設備の改修に呼び出される筈がないのだから。
「その人」
佇んでいた生徒が口を開いた。二人が何に対して困惑しているのかを察したのか、続く言葉は二人の疑問を解決出来るものだった。
「
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セシリア・オルコットは頭を抱えていた。
物理的に抱えている訳ではない。要するに悩んでいるのだ。
IS学園では今月末に『学年別個人トーナメント』が開催される。
名称からも判るとおりに、各学年が全員参加してのISによるトーナメント戦。その結果として、現時点において学年で誰が最も優れているのかが決定される。
ならばセシリア・オルコットには優勝以外にありえない。
目指す、とか頑張る、とかいった生半可な表現は不要。優勝”する”という断固とした意志がある――あるのだが。
――『学年別トーナメントの優勝者は織斑一夏と交際できる』
今、こんな噂が出回っている。
学年別トーナメントについて何か噂が流れていたのは知っていた。いたのだが、いざその内容を聞いた時にセシリアは愕然とした。
そんな噂が流れている中で優勝をもぎ取ってしまえば、『織斑一夏が欲しい』という意思表示になってしまうのではないか。それは、困る。困るのだ。確かにセシリア・オルコットは織斑一夏に執着しているが、ソレはあくまでも倒すべき好敵手に対するソレであって、そういった男女間のソレではないないのだないはずである。だからそう思われるのはなんとも受け入れがたい、けれどもだからといってISでの競い合いにおいて優勝を逃すなど『セシリア・オルコット』にはあってはならない訳で。
ほんの少し、本当に僅かながら悩んだ後に。セシリアは噂を気にせずに当初の予定通り優勝する事にした。
なにせあくまで”噂”であって、真偽は定かではない。
それにセシリアの知っている『織斑一夏』がそんな”景品扱い”を我慢できるとは思えない。勝手で無茶苦茶な取り決めに黙って応じる様な輩なら、そもそもセシリアはあの男を『敵』として認定していない。
もし本当にそのような事になっているのなら、今頃乱闘騒ぎの一つでも起こしていなければおかしい。だから噂はデタラメ――そう判断した。していた。
織斑一夏の様子がおかしい。
何か、何かある。根がすこぶる単純だからか、あの男は顔に出るのだ。加えて保健室に出入りする姿が目撃されている。騒ぎになっていないから気付かなかっただけで、まさか”乱闘は既に行われていた”のではないか。
――とすると、噂は本当だった……?
一度は撃ち抜いた筈の葛藤が、セシリアの胸中に舞い戻る。無論これもただの推測であって、全く別のことが原因という可能性もある。けれどもデタラメだとも言い切れなくなってしまって、
「「あ」」
時間は放課後。第三アリーナ。出会った相手とセシリアが間の抜けた声を上げるのは、全く同時。出くわした相手は凰鈴音。セシリア、ここで閃く。噂の真偽を確かめるにはこれ以上ない人物である。
織斑一夏本人に直接聞いた方が確実? それは真偽を酷く意識していると思われかねないので考えるまでもなく却下。
「ああ、それ? 違う違う、あたしと箒と一夏とで『負けたら奢る』って賭けしてんのよ。それに尾ひれがついたんじゃないの?」
「ええまあそんな事だと思っていました。思っていましたとも」
思った通りにデタラメだった。くだらなさすぎて、脱力を覚える程に。
食事を奢るという約束がどこで交際に変化したのか甚だ疑問であるが、知りたいとも思わない。とにかく重要なのは、これ以上くだらない問題に思考を割く必要が消えたという事だろう。
懸念事項は件の噂だけでなかったのだから。
不自然な時期にやってきた転校生。
経歴に不自然さのあるもう一人の『男性操縦者』。
そして月末のトーナメント、ISの試合――前回の試合には、無人機が現れた。
転校生と無人機が繋がっている可能性は無い、とまでは言い切れない。転校生の片方は軍事関係者で、もう一人は大企業の関係者。怪しむには十分だ。
「あっれぇー? オルコットさーん? もしかして噂がデタラメで残念だったのー?」
にやぁ……なんて音が聞こえそうな心底人を苛つかせる笑みに似たおぞましい表情を顔面で形作った凰鈴音とかいう人物が目の前に居る。何故か突き出された両人差し指がくるくる回っているのが更に不快感を煽る。
「まさか。大人しく景品に成り下がる程度の男なんて、こっちから願い下げですわ」
「ホントー? あたしには残念そーに見えたわよー?」
けれどもセシリア・オルコットはその程度では動じない。
澄ました顔で、さらりと言葉を返した。
「ところで鈴さん。ちょうどいい機会ですし、今ここでどちらが上かはっきりさせておきませんこと? 本来ならどちらがより強くより優雅であるかなんて、わざわざ比べるまでもないのですけれど……”貴女のような人”にもわかるよう、きちんと”差”を明確にしておく必要があると思うのですけれど」
冷たい瞳が獲物を射抜く。
セシリアは、怒っている訳ではないのだ。全然全く怒っていないのだ。
ただ、本気であるだけで。
「上等ォ!!」
既に二人共機体の展開を終えている。後は握った武装を相手に向け、叩きつけるだけ。
開始の合図よりも早く。
どちらが動き出すよりも早く。
超音速の弾丸が、二人目掛けて飛来した。
「無粋な真似を……!」
「何だってのよ!?」
緊急回避。悪態と共に、二人はほぼ同時に飛び退いた。アリーナの地面が轟音と共に大きく抉られる。破壊の原因たる砲弾が放たれた方向へ敵意を含んだ視線を飛ばす。
そこに佇んでいるのは漆黒。
黒を基調としたISが、右肩から突き出たレールカノンをこちらに向けている。ブルー・ティアーズが即座に相手のデータを表示する。機体名称は『シュヴァルツェア・レーゲン』。ドイツの第三世代型。登録操縦者は――ラウラ・ボーデヴィッヒ。
「中国の『甲龍』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』か……ふむ? データで見た時には、もう少しは脅威に思えたのだがな」
黒いISの主は、セシリアと鈴を見下ろしながらつまらなそうに吐き捨てる。挑発的な物言い、見下した目つき――心の底から沸き上がる不快感をセシリアは理性で押しとどめる。
許す訳でも、見過ごす訳でもない。ただ単にあの敵を確実に叩き潰すためには、冷静さが必要だと判断したから。
「あ゛ぁん!?」
「……鈴さん、その顔はちょっと婦女子にあるまじきものですから、控えなさいな。気持ちはわかりますが」
「二人がかりで量産機に負ける程度の力量しか持たぬものが専用機持ちとはな。よほど人材不足と見える。数くらいしか能のない国と、古いだけが取り柄の国はな」
向こうでラウラ・ボーデヴィッヒが何か言っているようだが、二人の耳には届かない。乱入者を排除することは二人にとって決定事項である。ならばこれ以上の挑発に意味は無く、わざわざ聞いてやる必要は無いのだ。
「ちょっと殴ってくるわ。セシリア、待ってて」
「お待ちなさい。誰が何時譲ると言いましたか」
「じゃんけんでいい?」
「構いませんわよ」
ちなみに二人同時に組んで戦うという選択肢は存在しない。先日の反省会において、現時点でのセシリアと鈴においては『連携しないことが最大の連携』という結論が出ている。
「二人がかりで来たらどうだ、一足す一は所詮ニにしかならん。下らん種馬を取り合うようなメス共に、私が負けるものか」
理性と書かれた蓋をそーれっと天空高く放り上げて、セシリア・オルコットはシンプルに激怒した。あの銀色の狂犬はセシリアが鈴と織斑一夏を取り合っているという認識をしているらしい。いかなる手段を用いてもその誤りに誤った認識を正さねばならない。一分一秒一瞬でも早く成さねばならない。こうなったら凰鈴音を押しのけてでも、
「おい」
すとん、と聞こえてきそうな気軽さで。
凰鈴音の顔から表情という概念が抜け落ちた。
間が抜けたとも言える表情のまま、ラウラ・ボーデヴィッヒの方を向いている。
その様子を見ているだけで、セシリアの背筋を寒気が走り抜ける。体と心が、反射的にぶるりと震えた。猛烈な勢いで渦巻いていた筈の怒りが、傍らの少女が放つ威圧感への警戒と恐れで塗り潰される。
セシリアが認識する凰鈴音の本質は――小さい背丈と幼さの残る顔で、明るい笑顔を振りまく少女だ。獰猛さから獣扱いをされるも、それはあくまで小動物の類。人間が本気を出せば手懐けられる程度。
そう、思っていた。
それらの認識が、間違っていたことをたった今思い知っている。
彼女が今迸らせているのは『敵意』程度では、到底収まらない。
「――――お前、今何て言った?」
静かな、静かな言葉が、まるで唸り声のよう。
同い年の少女に、剥き出された牙を幻視した。
激おこリンイン丸