IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI   作:SDデバイス

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 返答は無かった。

 待つつもりも無かった。

 

 赤くもあり黒くもある――甲龍と呼ばれるISが”敵”を目指して飛び出す。轟音は全く同時。大口径のレールカノンと思しき武装から巨大な弾丸が放たれる。甲龍の出鼻を挫くには最適なタイミング。その僅かな一瞬を正確に狙い打たれた砲撃。

 

「吼えろ」

 

 前進は止まらない。機動は一瞬僅かに小刻みに。

 すり抜けるようにすれ違った弾丸が、後方へと流れ去る。挑発だと解った上で飛び出した。思惑通りに動いてやったのだ。迎撃なんぞ承知の上。来るとわかっているのならば、避けられないはずもない。

 

「砕け」

 

 最初の一発目の威力から、連射に不向きな武装である事は把握している。更に加速をかけて、前へ――遠距離(ロングレンジ)から中距離(ミドルレンジ)へ突入。甲龍が最も猛威を奮う近距離(ショートレンジ)まではもう一息かかる。

 それは許さないと言わんばかりに、黒い機体から小型のパーツが猛烈な勢いで分離した。

 鋭く尖った小型のブレードが、背部の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)から四つ。腰部の装甲から二つ。合計で六つ。

 ブルー・ティアーズのビット――とは違う。飛翔するブレードは完全に独立せず、ワイヤーで本体と接続されたままだ。幾つものブレードがまるで生き物のようにワイヤーを蠢かせている。

 掻い潜るのが容易でない事は見なくても判る。

 近づけば近付く程に、危険なのだと肌で感じられる。

 

甲龍(シェンロン)ッ!!」

 

 けれども躊躇は欠片もなく、当たり前のように。

 更に、前へ。

 

 

 ▽▽▽

 

 

 ――何故だかわからないが、

 

「織斑くんはいつも放課後にISの特訓しているって聞いたんだけど」

「してるけど、それが?」

「僕も加わっていいかな? 専用機もあるし、教えられる事もあると思うんだ……例えば機動とか、機動とか――それと機動とか」

「……お前地味に振り回したこと根に持ってんな」

「ふふふ。何のことかわからないよ織斑くん」

「ははは。目が怖いよルクレールくん」

 

 ――何だか仲良くなっていないか?

 

 箒の視線の先で廊下を進む織斑一夏と転校生であるシャルル・ルクレールが笑顔で……笑顔? とにかく会話している。

 シャルルが転校してきた初日は、敵対とまではいかずともあまり友好的ではなかったと記憶しているのだが。しかし今日はやり取りこそ剣呑としているものの、雰囲気が悪くないよう感じる。ここ数日で何かあったとしか思えないが、それが何なのか見当もつかない。

「あー、でも当分やめとくかなー……」

「どうかしたの?」

「ほら、白式結構ダメージもらっただろ。もう少しは修復に専念させたいんだよ」

「あ……そっか、ごめんね」

 何やら顔を寄せあって、小声で話している。思った以上に友好的な関係に変わっている事に驚きを覚える。とはいえ唯一の同類(男性)と打ち解けられたのなら悪い事ではないだろう。

 あれで相手が鈴ならば箒の心は警戒一色間違いなしだが、シャルルは男性だ。ああやってくっついていても、箒が心配することは起こりえない。

 

「でも安心して織斑くん。座学でも機動は教えられるから」

「お前やっぱ根に持ってんじゃねーか!」

 

 起こりえない、はず。

 はずである。

 だというのに。何故か。本当に何故か判らないのだが。

 

「あの二人が話していると、妙な焦りを覚えるのは何故だ…………?」

 

 このまま黙っているのはよろしくない――何かに突き動かされるように、箒は少し先を歩く二人に追いつこうと歩を早める。もう少しで追いつこうというところで、シャルルが周囲を見回しながら呟いた。

 

「何だか騒がしいね、何かあったのかな?」

「誰か暴れてるんじゃね」

「そんな織斑くんじゃないんだから……」

 

 確かに、周囲が慌ただしい。二人の会話に意識を全力で傾けていたのでまるで気が付かなかった。廊下を走って――職員室の方向に駆けていく生徒の姿も見える。

 何が起こっているのかは解らずとも、その場所は見当がついた。というより箒にしろ先を進む二人にしろ、騒ぎの中心地点へ近付いたからこそ騒ぎに気付いたという方が正しい。

 直ぐ先に入り口の見える、第三アリーナ。

 

 騒ぎはその中で起こっているらしかった。

 

 ▽▽▽

 

 ――あたしは今、怒っている。

 

 ドイツからの転校生が織斑一夏を嫌っているのは知っている。何かしら揉めているのも知っている。何の因縁があるかまでは知らない。

 さてさて。

 あたしは友達としてどうするべきかである。

 箒の時は、まず一夏の態度がおかしかったから首を突っ込む事に躊躇は無かった。でも今回は一夏の態度に不自然さはない。

 ならそれは織斑一夏と転校生(銀)の問題である。だったらそこに凰鈴音が入る余地は無いというか、入っちゃいけないのではないか。一夏が自分一人で問題に向かうのなら、余計な手出し口出しはかえって邪魔である。

 困ったら、ちゃんと相談してくれる。本当に必要なときは、真っ先に助けを求めてくれる。逆もまた、しかり。

 それこそが鈴が望んでいる”対等”だと思う。

 なので凰鈴音は――蚊帳の外に不満がないわけではない――具体的な行動を起こしていなかった。の、で、あ、る、が。

 

 ――あたしは今、ものすごく怒っている。

 

 挑発のネタにわざわざ織斑一夏を用いた事から察するに。これは織斑一夏と転校生(ジャガイモ)のいざこざの延長だ。

 だが。理由はどうあれあいつ(・・・)は、凰鈴音(あたし)にケンカを売った。既に鈴も”当事者”だ。凰鈴音にとって友達をバカにされる事は、鈴自身をバカにされる事とほぼイコールである。これで『頭が悪すぎる』とか『底意地が悪すぎる』とかちょっと頷ける内容だったなら話は別だった。でも吐かれたのは根拠も何も無くただただ貶めるためだけに選ばれた悪意の塊。ほんの少しでも、ほんのちょっとだけでも”一夏がどういうヤツ(バカ)か”知っていれば、絶対に出てこない罵倒。

 なので今の鈴にはラウラボー何とかっつージャガイモ野郎をしこたま殴る理由こそあれ、黙っている理由なんぞ一欠片もありゃしねーのである。

 

 ――だから今、あたしは戦っている。

 

 甲龍の両手に握られた巨大な刃。

 二振りの青竜刀――双天牙月が火花を散らす。

 敵のIS――シュヴァルツェア・レーゲンの放ったブレードが、甲龍へと殺到する。それを片っ端から双天牙月で叩き落とす。連結させていないのは破壊力よりも小回りを優先しているから。

 右腕を振り抜く。刃と刃が衝突する。競り勝ったのは双天牙月。ワイヤーを大きくたわませながら、ブレードがあらぬ方向へと飛び去った。

 振り抜いた腕を掻い潜るように、別のブレードが回りこんで来る。握っていた双天牙月の柄を、バトンのようにくるりと回す。青龍刀の刃がブレード部分ではなく繋がるワイヤーにぶちあたる。自在に動かすために何かしらのエネルギーで覆われているのか、切断はできない。けれどもワイヤーに与えられた力で先端の機動はぐにょりと曲がり、甲龍から大きく逸れる。

 一方左腕では握った双天牙月を突き出し、別のブレードを弾く。そのまま腕を横薙ぎに振るい、別のブレードを弾き飛ばす。両腕を振り回したまま、機体そのものを捻り、回転。上から迫っていたブレードを蹴り飛ばした。

 ブースト。スラスターから吹き出した推力が機体を押し、やや強引に甲龍を移動させる。空中で宙返りするように姿勢制御。数瞬前まで甲龍の在った空間を、轟音と破壊力を伴った砲弾が通り抜けていく。その頃には、先に弾き飛ばしたブレードの総てが再び飛来している。

 

 ――鬱陶しくてキレそう。いやもうキレてるんだけど。

 

 息つく暇も無い。一瞬、一手でも誤れば一気に畳み掛けられる。舌打ちや悪態なんて吐いていたら、即座に切り刻まれて撃ち抜かれかねない。

 凰鈴音は現在進行形で怒り狂っている。

 けれども頭に血が上るだとか、我を忘れるとかいう表現とはまるで対極の精神状態にあった。淡々と猛攻を捌き切っているように見える。見えるだけで、実際しっかり怒り狂っている。なのに頭の芯の方は凍てつくほどに冷静だった。

 両肩の位置で浮遊する甲龍の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)は駆動音こそ発しているが、そこから不可視の弾丸が発射される兆候は無い。

 空間に圧をかける一瞬すら暇が無い――訳ではないが。とにかく静かな駆動音を響かせながらも、沈黙している。

 襲い来るブレードとの攻防はもう何度目か。一度の攻防の時間が短いため戦闘が始まってからさほど時間は過ぎていない。

 焼き直しのように振るわれる双天牙月。だが弾かれるブレードの行き先が少しだけ異なる。甲龍を覆うように広く展開していたブレードが、”バラけていた”ブレードの位置が”固まった”。

 

「――ここだッ!」

 

 そうなる時を、狙っていた。

 叫びに応えるように、衝撃砲《龍咆》が一際大きな唸り声のような駆動音を放つ。左右で形状の異なるユニットから放たれるのは最大出力の一撃。このために、さっきまでずっと”チャージ”を続けていたのだ。

 込められたエネルギーが反映されるのは威力ではなく、範囲。最大出力の衝撃波による面攻撃。一点集中に比べれば当然威力は落ちる。IS本体が相手ならば直撃してもさほどのダメージにはならない。

 けれどもISから分離した”子機”ならば話は別だ。瞬間的に生じたのは不可視の弾丸どころか”壁”である。小型ブレード程度の質量が耐えられる筈もなく、総て一斉に吹き飛ぶ。

 

 ――空いた。

 

 ブレードは完全に破壊できていない。一時的に退けただけ。ここまでは先程までと同じ。だが今度は総てのブレードを”同時”に跳ね除けている。

 邪魔者は消え、甲龍と敵の間の空間がぽっかりと空いた。

 総てのスラスターが推進力を可能な限り噴出し、加速。体勢を立て直してからでは遅い、だから加速しながら立て直す。機体が軋みを上げる。機体に包まれた身体も軋む。

 それがどうした。

 両肩位置の龍咆が後方へと衝撃波を放ち、更に加速。可能な限りの、全力最大加速。それらの動作は一瞬以下に行われる。妨害は起こりえない。

 

 けれど、ブレードは飛来する。

 

 衝撃波に吹き飛ばされる寸前に、他のブレードと折り重なることで衝撃を和らげた一つ。偶然ではなく、刹那の間に行われた”操作”によって生じた必然の伏兵。生じた筈の活路は塞がれ――ない。

 難を逃れた筈の一つも、再度衝撃波に叩かれた事で今度こそ吹き飛んだ。《龍咆》に物理的な砲身は無く、射角制限は存在しない。いかなる体勢からでも、射程内ならば迎撃可能!

 

「ほう」

 

 戦闘が始まって、相手が初めて声を出した。龍咆だから出来た迎撃ではあるが、それには搭乗者である鈴が攻撃を察知できていたという前提が必要になる。

 ただ吹き飛んだようにしか見えず。けれど精密操作されていた六つのブレード。鈴の視界がそれを捉えていたのかというと、答えは否である。

 ブレードが甲龍へ”向けられた”瞬間に、鈴はそれを察知した。迎撃は同時、思考を挟まぬ反射による砲撃。

 何をどう感じ取ったかは、鈴自身にも定かではない。ぶっちゃけ”何となく”である。

 ただこれまでもその”何となく”は決して無視できない成果を上げている。故に信頼には足りうる。

 

「なるほど。並よりは上か」

 

 相手の声は聞こえない。聞いていないから。今はまともな思考をする暇が惜しいのだ。大気を裂いて、甲龍が進む。

 ブレードは退けた。

 だがもう一つ障害がある。忘れた訳ではない。どうするかも――決めている。

 大口径のレールカノンが発射された事を機体が告げる。

 恐ろしいまでのエネルギーを秘めた破壊が甲龍目掛けて突き進む。鋭い金属音を伴って、甲龍の武装が変形する。左右一対だったユニットが全体的に右側に移動。ユニットが腕部と肩に位置する事で、腕部が膨れ上がったようなシルエットへ。

 

「ぶち、ぬ、けえええぇぇ――――ッ!!」

 

 小細工なしの全力勝負。

 真っ向勝負で、砲弾と(衝撃砲)が激突。爆音、爆炎、爆煙。アリーナにそれらが猛烈に広がっていく。それらを置き去るように突き破って、甲龍が爆発の中から飛び出した。当然のように健在で、その拳を突き出したまま――辿り着く。

 

 中距離(ミドルレンジ)から――――近距離(ショートレンジ)

 

 

 

 

 

 

「所詮は、そこどまりだがな」

 

 怒涛の勢いで襲い来る、正に名の通りに龍の如き一撃を。

 漆黒の機体を纏う銀色の少女が、嘲るような薄い笑みで出迎える。

 

 

 ▽▼▽

 

 面子は俺とシャルとアリーナ手前で合流した箒。

 三人並んで、観客席からアリーナの中を見下ろしている。

 もしかしなくても俺って観客席入ったの初めてじゃねえのか。普段はピットからしか入らないし。じゃあなんで今日は違うかってその方が早かったから。

 この後にいつもどおり訓練するならピットから入った方がいい。でも今日は元々アリーナに寄る予定が無かった訳で。寄ったのは何やら騒がしいので様子を見に来ただけ。だったら早く中の様子を見れる観客席から入った方がいい。

 んでその騒ぎが何だったかというと。

 

 端的にいうと模擬戦だ。

 

 ただし代表候補生同士による専用機のぶつかり合いである。

 それも練習、訓練という言葉が相応しくない程度には、剣呑な雰囲気。ぶっちゃけると明らかに殺伐とした潰し合い。

 戦っている二人には、見覚えがある。

 片方は鈴で、もう片方は転校生――ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

「砲弾を殴った!? 無茶苦茶だよ!」

「だが懐に入ったぞ、これなら」

「いや、マズいかもな」

 

 俺の呟きに反応して、横の二人がこちらを見たのだろうか。でも視線はアリーナの中央から、戦っている二人から外さない。

 甲龍は中距離もできるが、接近戦型だ。格闘戦を主として調整され、また操る鈴も根っからの近接。その動きは滑らかで、かつ力強い。

 一方の転校生の機体――シュヴァルツェア・レーゲンは右側に接続されたレールカノンや重厚な形状から察するに砲撃型だ。動きは決して遅くはないが、どこか硬い。だからこそそれを補うために自在に動くワイヤーブレードを装備している。

 

「いやだって、あの転校生、千冬さんの教え子だぞ。”刀一本で世界一になった人”の教え子だぞ」

 

 確かに、接近戦では甲龍が有利だ。

 けどそれは機体特性だけ考えるなら、だ。

 

「近接で弱い訳ねーじゃん、むしろ――接近戦(それ)が一番強いんじゃねーのか」

 

 

 ▽▽▽

 

 猛然と自機へ迫り前進してくる甲龍に対し。

 ラウラ・ボーデヴィッヒが取った行動もまた、前進。

 両腕部の手甲のパーツが倍近い長さにスライドしながら”刃”を噴き出す。それは実体の刃ではなく超光熱のプラズマで形成されている。

 凄まじい速度で迫ってくる拳へ、プラズマの手刀が突出される。正面衝突したならばひしゃげて砕けるのは、シュヴァルツェア・レーゲンの前腕だったであろう。しかし突き出された手刀は拳を”掠めながら”前進する。プラズマの刃を押し当てられた装甲から火花が悲鳴のように迸った。

 振り上がっている、甲龍の左腕。握られた双天牙月の刃が――降ろせない。基部より回転したレールカノンが一歩先に跳ね上がる。長大な砲身が振り下ろしに入る瞬間の双天牙月の柄を叩いて、押さえつける。

 巨大な右拳が引き絞ら、

 シュヴァルツェア・レーゲンの脚部が鈴の顎を蹴りあげた。止まらない。頭部を上に流されたまま、甲龍が右拳を放つ。先端のユニットより放たれた衝撃波が直撃すれば、シュヴァルツェア・レーゲンの装甲でもただでは済むまい。

 放つことは出来た。

 甲龍の右腕は何時の間にか絡みついた何本ものワイヤーにより、先端をあらぬ方向へと逸らされている。放たれた質量も衝撃波も、大気を震わせるだけだ。

 シュヴァルツェア・レーゲンの腕部が自機より放たれたワイヤーを数本束ねて掴み、振った。ワイヤーを辿って伝達される力は、束縛している巨大な右腕から甲龍へ。決して軽くはない甲龍の機体が宙を舞う。最中で強固に巻き付いていたのが嘘のようにワイヤーはするりと解け、甲龍を投げ出した。

 

 放物線を描き始める間もなく、発射されたレールカノンの弾丸が甲龍に直撃。

 

 爆音に混じって、装甲の破砕音。甲龍の機体が数度バウンドした後に、地面に叩き付けられる。着地ではなく墜落。辛うじて衝撃波を迎撃に放っている。完全な直撃ではないが、相殺しきれてもいない。ダメージの大きさを破損したアーマーが示している。それでもまだ甲龍は動く。跳ね起きて、

 

 眼前に、シュヴァルツェア・レーゲン。

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)。黒い機体の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が、がばりと開いている。顕になった一際大きな噴出口から吐出された推力によって一瞬へで最高速度へ達し、吹き飛んだ甲龍へと既に追いついていたのだ。プラズマ手刀を展開した両腕がふらつく甲龍目掛けて繰り出される。とっさに翳そうとした両腕が、左右から回りこんで飛来したワイヤーに絡め取られて自由を失う。

 がら空きの胴体に、プラズマの熱刃が振り下ろされた。起き上がった途端に再度地面に叩き付けられる。

 目減りするシールドエネルギーを確認するまでもなく、両腕に絡まったままのワイヤーによって甲龍が引きずり上られた。待っていたのは回し蹴り。堅牢な機体の重量総てを転換した破壊力。身体と機体をくの字に曲げた甲龍が吹き飛ば――無い。絡みついた総てのワイヤーによって無理やり空中に縫い止めらた。間髪入れず連撃。迸るプラズマの熱刃が連続して機体に叩きこまれ、装甲を削り取るように破壊していく。

 内部機構を露出させながらも衝撃砲のチャージ。それが許される訳もなく。再度甲龍は放り出され――今度こそ本当に、レールカノンの砲弾が”直撃”した。

 

「――――まだ、だ」

 

 既に衝撃砲の片方が失われ、無事な装甲は一枚もなく、生命線であるシールドエネルギーが尽きかけていながら。

 それでも、甲龍は――凰鈴音は立ち上がる。

 既に戦闘の続行が不可能だと誰もが言う。立つという一動作だけで、火花を散らせ、部品を零す。それでも機体を生身の身体で引っ張るように稼働させて、立ち上がる。

 3分の2程のサイズになってしまったユニットを右腕に接続し、拳を再度形作る。それを真っ直ぐ構えて、走る、奔る、疾走る。

「ふん」

 折れず潰えず燃え盛る闘志を目の前にして、ラウラ・ボーデヴィッヒは冷笑で返す。迫り来る拳に対し、ワイヤーブレードもレールカノンも沈黙している。ただシュヴァルツェア・レーゲンの右腕が、甲龍へと翳される。

 

 ”停まった”

 

 甲龍は、未だ生きている。凰鈴音も折れていない。故に決して止まらぬ筈の攻撃が、ぴたりとその動きを止めた。まるで映像の一時停止を現実に適応したかのような不自然さ。

 

「無駄だ。このシュヴァルツェア・レーゲンの停止結界の前ではな」

 

 がごん、と緩やかな動きでレールカノンの砲身が基部から稼働する。眼前で”停まった”ままの甲龍に、それを纏う凰鈴音に。もったいぶるように狙いをつけて。

 

「失せろ」

 

 

 

 

 

 

 ▽▼▽

 

「白式」

【はい】

 

 ▽▽▽

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは、凰鈴音を見下ろしている。

 

 うつ伏せに倒れた鈴の身体から、ISアーマーが光に解けて消えていく。機体の維持が不可能な程にエネルギーを消耗したからである。

 破損極まった機体を失って地に伏せる凰鈴音に反し、ラウラ・ボーデヴィッヒとシュヴァルツェア・レーゲンには目立った傷は無いように見える程度の損傷。

 

「どうした、もう終わりか」

 

 返答は無い。あるはずもないと思った上での投げかけでもあった。シュヴァルツェア・レーゲンの脚部を稼働させ、鈴の頭を踏みつける。無論本当にISで生身の人間を踏みつけたのならば潰れてしまう。実際には乗せている程度の力しかかかっていない。

 だが相手を侮蔑するためにはそれだけでも十二分。愉悦に口元を歪めて、ラウラ・ボーデヴィッヒは眼下の敗者を嘲笑う。

 

「ふ、」

 

 聞き間違いを疑った。完全に力尽き、気を失っているとばかり思っていた鈴の両腕がぐわっしと自分の頭の上の脚を鷲掴み。

 

「ふんっぎぃぃいぃ…………!!」

「何!?」

 

 あろうことか、持ち上げた。

 ISのパワーアシストも無く、かつ自身も満身創痍だというのに。完全に予想外の鈴の挙動に、ラウラ・ボーデヴィッヒははじめて真に困惑する。

 脚部の装甲に阻まれて鈴の表情の全容は伺えない。僅かに見える瞳には、ギラつく光が宿っている。

 

「……あんた、名前なんだったっけ?」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 獰猛以外に当てはまる言葉のない笑みに、ラウラ・ボーデヴィッヒは返答する。

 最後の足掻き、意味のない問答だ。律儀に応える必要はない。だというのに、無視できなかった。してはいけないと、感じ取った。

 

「覚えた。あんたをぶちのめすまで、その名ずっと忘れない」

 

 言い終わると同時に、込められていた力が総て抜ける。今度こそ本当に気絶したのか、中途半端に起こされていた上体が崩れ落ちる。

 支えを失ったシュヴァルツェア・レーゲンの脚部もまた重力に従い、転がる凰鈴音の頭に落ちる。

 

 その最中に、がぁんと音が鳴って。

 シュヴァルツェア・レーゲンの脚部が、不可視の力場に阻まれて停止した。

 

 

 ▽▼▽

 

「全く、お前ってやつは全く……! 誰に似たんだ全くもうこの意地っ張り!!」

 

 鈴を拾い上げて、背中に担いだ。元からだが、今はこの軽さがすこぶる心許ない。

 大怪我じゃない。わかってる。落ち着け。大丈夫だ。甲龍が役目を果たしてたのを見てただろう。どーせ保健室のベッドに転がして数時間寝かせれば治ったとか言い出す。

 

「ようやく出てきたと思えば、逃げるつもりか。ああ、そんな機体では戦えるはずもないから当然か」

 

 今の白式は修復の真っ最中だ。最低限度の機能は使えるが、ほぼフレームが剥き出しである。組み立て中と言っても通じるくらいだ。

 一方転校生の黒い機体は鈴を打ち倒してほぼ無傷――のように見える。

 最後に転校生が何をしたか、詳しいことは知らん。ただあの瞬間――黒いISと甲龍の間に”何か”があった。

 あの見えない何かは、恐らく何もかもを止める。だから最後の一撃。レールカノンが甲龍に着弾する瞬間に、その”何か”は消えていた筈だ。でなければ砲弾も届かない。

 遠くから見ていた俺が気付くんだから、至近距離の鈴が気付かない訳がねえのである。

 

「お互い様だろ。次撃ったら”それ”吹っ飛ぶってのはわかってるんだよなあ?」

 

 黒い機体に繋がれた、これまた黒い大砲。更に真っ黒な砲口の中を覗きこめば、その奥に破壊の後が見える。至近距離の砲撃で吹き飛ぶ瞬間に、装甲の破片か何かを突っ込んだか打ち込んだか。当然それは転校生も気付いていたのか、指摘に顔を不機嫌そうに歪める。

 余裕ぶって相手を弄ぼうとするからだバーカ。

 

「機体を学年別トーナメントまでに直しておけ、織斑一夏。そこで潰してやる。言い逃れが出来ないように万全の貴様をだ」

 

 

 ▽▽▽

 

 揺れている。

 世界でなく、あたしが揺れている。

 

 誰かの背に身体を預けている事に気付くまでに、あんまり時間は要らなかった。昔に何度か同じことがあったから。伝わる温度は昔と変わらないのに、けれども記憶よりもずっと大きい背中。あたしは小さいままなのに、ずるい。

 

「あんたのためじゃないもん」

 

 だらりと下がっていた腕に力を込めて、首に回す。

 

「あたしが売られたケンカだもん」

 

 腕に力を込める。

 口が震えて上手く声が出ないのは、怪我してるからじゃない。

 

「だから、だから――!」

 

 あんたが気にすることなんて無いの。戦ったのはあたしの意思で、負けたのはあたしのせい。だからこれにあんたは関係ない。間違っても責任とか感じないでいい。

 言わなきゃいけない。伝えなきゃいけない。

 

「わかってるよ。わかってるから」

 

 驚くほどに優しい声が、頭のなかに染みていく。

 言わなくても伝わることが嬉しい。同じくらいに、悔しい。結局あたしはボロ負けした事を認めたくないだけだ。だから言えない。そこもこいつは察してくれて、だからそう言ってくれて。ちゃんと言えない自分の弱さが狂おしいまでにもどかしい。対等でありたいから強くなったはずなのに。あたしはまだ、こんなにも弱い。

 

「悔しい」

 

 頭の中がぐちゃぐちゃで、感情の歯止めはとっくにぶっ壊れてしまっていて。言いたいことはまだたくさんあるのに。言葉にならないまま頭の中で暴れまわっている。

 

「くやしいよぅ……!」

 

 目から涙があふれていたのは、何時からだったのだろう。最初からかもしれないし、たった今かもしれない。とにかくあたしの意思に反して、涙が勝手に流れていく。あふれ続ける涙を止める術は今のあたしに無くて、子供みたいにむせび泣くだけ。

 

「いいんだよ、お前はそれで。悔しくて泣くのは何にも間違っちゃいない。お前のそういうバカ正直なとこが、俺は大好きなんだから」

「うるさいわよ、このばかぁ゛……!」

 

 


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