IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI 作:SDデバイス
▽▼▽
場所はIS学園保健室。
第三アリーナの大乱闘から少し経った後。保健室には俺と鈴の二人だけ。保険の先生はさっき報告してくるとか言ってふらっと出て行った。
箒とはアリーナで別れている。騒ぎを聞きつけてすっ飛んできた教員に事情を説明する役を買って出てくれたから――っとメール送っとこう。心配してたっぽいし。
相当広い空間に設置された幾つかのベッドの上の一つに、鈴は寝かされている。
打撲や擦り傷程度で済んだとはいえ、怪我は怪我。貼られた絆創膏や巻かれた包帯が、無事という状態からは程遠いのだと主張している。けれども痛々しいという言葉からも程遠かった。何故かって。
怪我した本人がこう『すかー!』とか聞こえてきそうな感じで――すこぶる健やかに超爆睡していやがるからである。
格好はどっからどー見ても怪我人なのに、それ以外は活力に満ちあふれてるんだけど。頬に残る僅かな跡が無ければ、このグースカ寝てるのがついさっきまでボロボロわんわん大泣きしてたつっても誰も信じちゃくれないだろう。
あ、いや大丈夫だ。べっちゃべちゃになった俺の制服の背中見りゃ一発だわ。どうでもいいけど地味に超冷たい。着替えたい。
わかってた事だけど。
こいつ全く”へこたれてない”。
だから鈴は『悔しい』と言った。それは折れたわけでも屈したわけでも無く、負けただけ。だったら俺の知ってる『凰鈴音』が、このまま負けっぱなしで居る訳もない。
ならあとは鈴と転校生(銀)の問題だ。そこに俺が入る余地は無く、入っちゃいけない。余計な手出し口出しは無粋で邪魔だ。
もし一人で無理ならば、困ってどうしようもなくなったのなら。こいつはちゃんと助けてほしいと言ってくる。その対象が俺かどーかは――わからんけど。その時は一緒に考えて、一緒に戦う。考えるまでもなく当然だ。
”そう”は、ならないような気がしてるけどさ。
相手がアレだから間違いなく困難だろうし、時間も相応にかかるだろう。けれどもきっとおそらく、鈴は自分でこの敗北を”越えて”いく。
見た目も中身もまだまだ子供なんだけど。
だから、成長する。し続けている。昔できなかった事が、何時までも出来ないままでいる訳じゃない。転んだ後に立ち上がれない時期はきっと、とっくの昔に過ぎている。
鈴の頭に手を伸ばした。いつもはツインテールに結ばれた髪型も、今は解かれている。寝相に伴って乱れた前髪が散らばる額に。伸ばした手が触れ――
”がぶり”
「あいっであいででででいってマジでいてえ゛ア゛ァ゛――――!!」
――る前に。
伸ばした指先に鈴が喰らいついた。断じて甘噛なんぞ生易しいモンではない。正真正銘のマジ噛みだった。どのくらいマジかってマジ悲鳴が出るくらいマジ。
腕をバタつかせてもがくこと数十秒、俺の指先が解放された。寝息が聞こえてくるので、実は起きていたとかは無いらしい。つまりこの惨劇はただの寝癖の悪さの延長線上って事だ。うっかりしてた予測がつかない分起きてる時よりある意味危険なんだった!
「そーだな。昔を懐かしむ前に、”今”やらにゃならん事があるわな……」
ただの偶然なんだろうけど、切っ掛けには十二分。
さあて。今目の前にそびえ立っている”壁”に向き直るとしよう。
『私は貴様を――貴様の存在を認めない』
散々一方的に敵意を叩きつけられ放題の言われたい放題、思うところはたんまりある。
相応以上に憤っている。殴りかかる理由しかなくて、我慢して黙っている理由は皆無だ。
もし俺が『織斑一夏』だったなら。
大手を振り上げて『うるせえ!』って怒鳴りながら殴りかかれる。だって『織斑一夏』は正真正銘『織斑千冬』の弟だから。あいつが認めないから何だっつー話だよ。喚く前に過去に戻って家系図とか書き換えてくればいいんじゃねえの。
けれども俺は織斑千冬の『弟』ではない。
そのフリをしている偽物だ。
あの野郎は、何も間違った事は言っていない。
『俺』と『織斑一夏』についての事情を知っている訳じゃない。だというのに野郎の言葉は尽くが俺に
もし俺が『俺』ではなく、織斑千冬の『弟』として相応しい『織斑一夏』である。そう心の底から思っていて、そうなるよう生きてきたのならまた話は別だが。いや、それでも負けるかな。むしろそっちの方が負けるかもしれん。
俺がどれだけ織斑一夏であろうとしても、結局それは『偽物』で。
盲目的でもあいつの崇拝は間違いなく『本物』だから。
『織斑一夏』としてあいつと戦ったら、俺は負ける。
それが事実だ。だって『織斑一夏』でなければ、あいつの『否定』は砕けない。けれども俺は『俺』であると『肯定』している。そこは曲げられない。そこを曲げたら、曲げられるようになってしまったら、『俺』が終わってしまう。
だから俺はあいつの否定を『否定』できない。
つまり戦う前から俺の負けは決まっていて、どう足掻いてもあの眼帯野郎にへし折られておしまい。
んな訳ねーだろーが。
つか
それに野郎がどう言おうと、最初から『織斑一夏』として戦う気なんぞ無いのだ。『俺』は『俺』だつってんだろ。わかってねえならわかるまで叩きつけてやる。今までもそうしてきたし、これからもそうする。それしか出来ねーんだっつーの。
向こうがかかってくるから殴り返すんじゃない。
逆だ。こっちから敵意を持って殴りかかってぶちのめす。
さあて。
改めて、しっかり認識しよう。
――『ラウラ・ボーデヴィッヒ』は『俺』の敵だ。
「飲み物買ってき、たんだけど。何やってるの、織斑くん?」
怪訝そうな声が降ってきた。
缶を幾つか抱えながらこちらを”見下ろす”シャルと目が合う。身長差的には本来シャルが俺を見上げる形になるはずである。じゃあ何で逆転してるかってーと、さっきまで激痛に耐えかねて床でのたうち回ってたからだ。
「いやな、そこのツインテがあんまり気持ちよさそうに寝てっから額に落書きしてやろうと思ったら噛み付かれた。見ろこれ歯型超くっきり」
「ばっかじゃないの」
吐き捨てるような心底からの呆れ声。特に瞳なんてもう
【はい】
何故か突然唐突に。
今回は感情どころか脈絡もなく、音声が頭の中に。
(うわびっくりした。何かあったか?)
【はい。呼ばれ………………今、何故、私…………………………問題ありません。こちらの誤認識でした】
シロは長めの空白の後に訂正の音声を残して、それっきり沈黙してしまった。
メカでも聞き間違いとかするんだろうか。
「あ、凰さん眠っちゃったんだね。飲み物無駄になっちゃったかな?」
「枕元にでも置いときゃいいんじゃね。起きたら飲むだろ。つか何でそんな山程買ってきたんだよ、茶一本でよかったろーに」
「凰さんの好みを聞いて無かったから一通りね。織斑くんの分もあるよ、どれがいい?」
枕元に烏龍茶を一本置いても、シャルの腕の中にはまだまだ缶が残っている。コーヒーに紅茶にオレンジジュースに炭酸――本当に多いぞ何本買ってきたんだこいつ。
テーブルに並べられていく缶の中から一本を取る。と、シャルが腕を止めてこちらをじっと凝視している。
「コーヒー好きなんだ?」
「普通。んな事聞いてどーすんだ」
「それは、その、参考に」
「参考? ああ毒盛るんだったら好みもだが、どっちかっつーとタイミングのが大事だぜ」
「何でそうなっちゃうかな君は……ああもうちょっと真面目な話するよ」
こちらの返事を待たずに眼前に一枚の紙が突き出される。掲示板でよく見る連絡事項が書かれたプリント。内容は、
「『今月開催される学年別トーナメントでは、より実践的な模擬戦闘を行うため二人での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締め切りは』――タッグマッチにルール変更? またえらい急だなー」
「みたいだね。結構騒ぎになってたよ」
「ふーん?」
改めて読み直しても、プリントに書かれているのは『ルールが変わった』事だけ。何故変わるのかは全く触れられていなかった。
「それでね」
こちらにかざしていたプリントが下げられ、紙から離れた指先が持ち上げられる。思わずその動きに追従したこちらの視線が、待ち構えていた向こうの視線とぶつかった。そして、
「一緒に組んで」
「いいぜ」
シンプルに正面から言い切られた要求に、明確かつ簡潔に返答する。
「――――ああ、良かったぁ」
ふはーと安堵したように息を吐くシャル。
睨みつける寸前まで引き締められていた表情が一瞬でへにゃっと崩れて見る影もない。切り替えが早い、というよりも持続時間が単純に短い感じである。
「合ってたかな。色々と理由や理屈に互いのメリットとデメリットにその他諸々交渉材料は幾つも頭の中にあったんだけど――君相手だと逆効果な気がして。もういっそ全部すっぽ抜かしてぶつける方が一番確実かなって」
「大げさなやっちゃな。たかがタッグマッチの誘いだろ。そもそもお前ならパートナーなんざ引く手数多だろうに」
「そうなんだけど。でも他の人と組んだらずっと緊張しっぱなしになるだろうし……それは、さすがにちょっと苦しいから、ね」
”シャルル”なのに珍しく苦笑い。『シャルル』と組みたい女子は間違いなく『男性操縦者』の部分が目当てだろう。
タッグパートナーともなれば練習なり打ち合わせなりで行動を共にする時間も増える。振る舞いに一層気を使う必要がある上に、時間も長い。なるほど確かに面倒だわな。
どうでもいいけどこいつ引く手数多なの否定しなかったぞ。
「そりゃそーか。何にせよこっちも助かるぜ。地味に当てが無かったんだよ。鈴は本人はともかく機体の修復が間に合わないらしいし、箒とは賭けしてっから組んだら意味なくなるし――あ、そうだ。一つ確認しとくけど『優勝』狙ってるなら俺は止めといた方がいいぜ」
あと思い当たるのはオルコットだが――ダメだ。今回ばかりは駄目だ。何故かって互いの目的が異なる。
聞くまでもなくオルコットの目的は『優勝』だろう。でも俺の目的は別――あの転校生と『勝負』する事だ。それが”総て”で優勝は”二の次”。
だから仮に組んでも絶対上手くいかない。最悪互いに障害になりうる。いやまあ、そこ関係なく普通に頼んでもオーケーしてくれそうにねーんだけどな。だってオルコットだぜ。
「ん、それは大丈夫。僕は出場できればそれでいいから」
「上等。つっても今からじゃアリーナは使えねえし、部屋に戻るか。作戦会議しよーぜ」
「僕はいいけど……凰さんに付いててあげなくていいの?」
「大丈夫だろ。起きた時には治ってるって先生も言ってたし」
歩き出す。
が、シャルは未だ先程までと同じ場所に突っ立っていた。
それどころか体も部屋の中を向いたまま、出口の方へと向き直ってすらいない。何事か――缶の残りを抱え直しとる。一本もらった事だし、代金分は荷物持ちでもやろうかね。
「…………落書きだって。ペンなんてどこにも無いのにね。本当は何してたんだかな」
▽▼▽
タッグマッチの噂を聞きつけた女子生徒の群れに追い掛け回されるという軽いアクシデントはあったものの、無事に部屋に戻――いや。いやいやいや。待て待て全然軽くねえ。普通だったら普通に大事件だ。本当慣れって奴は恐ろしい。
何よりも自覚なくするりとこちらの認識を変えてるとこが、特に。
「で、何か作戦はあるの?」
「んなもん『近付いて斬る』に決まってんだろ」
答えた途端に顔面全部で呆れを表現しやがったシャルロットとかいう奴が居る。
とはいえ呆れならこっちだって負けてないのだ。具体的には自室に戻った途端に気を抜きまくって一気に女子化してベッドの上でごろごろしてる誰かさんに同じくらいかそれ以上の呆れをどうにか表現して叩き付けてやりたい。出番だ蠢け表情筋。
自室とはいえ学園内であることに変わりは無いんだがな。気抜くの早すぎねーか。本当に自分の立場が微妙って自覚あんのかこの野郎。野郎じゃなかった。
「あのな、真面目な話で白式は近付かにゃ何にも出来ねーんだっつうの。お前も近くで見てたろーが」
「あ、うん。見てた。見てたよ、傍で」
「だろ。んで厄介なのはあの――何かこうぐねぐねしてるやつ。懐に入るにはアレ全部潜らにゃならんのがな」
「ぐねぐね……ああ、ワイヤーアンカーね」
総数は六個。外観から察するに恐らくあれで全部だろう、たぶん。仮に一つ二つ増えても――問題あるがまだ目はある。わらわら増えたら、その時は泣くしかねえな。
見た感じブルー・ティアーズのビット程動きは柔軟ではない、が。使ってる奴がその分割増で厄介なので脅威度はとんとんか。
これについてはオルコットとの模擬戦が幸いしている。あの手の武器には頭の中に感覚的な”備え”がある。アジャストは必要だろうけど、ゼロから始めるよかずっとマシ。
「レールカノンは? あの火力は侮れないと思うけど」
「警戒はするけど、置いとく。発射の間隔が秒単位だったから普通に撃たれる分には避けれるし――あれが当たる状況に”された”時点でもう詰んでる」
「確かに。でも接近戦に持ち込めたとして、腕部のプラズマブレードは――」
「それは一番問題ねえ。零落白夜は”あれごと”斬れる」
現状でこちらにある情報はさっきの模擬戦の光景のみ。それを元に一つずつ挙げられるシュヴァルツェア・レーゲンの武装。
考える時間はあったから、大体の対処法にしろ方針は既に決まっている。が、総てではない。やがて最後に挙げられたのは、
「AIC――アクティブイナーシャルキャンセラー」
「どうすりゃいいんだろうな、それ」
慣性停止結界。とかいうシロモノらしい。あの黒いISを第三世代たらしめている要の能力。名称の通りに要は『範囲内の何もかもを停止させる』機構。原理やらさっきシロが説明してくれたが、正直よくわからんかった。
射程は不明、規模も不明、持続時間も不明。解っているのはその効果のみ。破損した状態だったとはいえ、甲龍の決死の一撃を容易く押し留める程の、強力さ。
「幾つか思いつきはするんだがな、効果があるかはぶっつけ本番だわな」
「相性自体はいいと思うよ。どれほど強力な効果でも、空間に作用しているのは”エネルギー”だから。一夏の零落白夜なら問題なく切り裂けるはずなんだ。問題はどこにどう展開されてるか見えない事だね」
「あ、いやそれは大丈夫だわ。なんかなんとなく判る」
「えっ」
それとさっきの戦闘でAICを使っている間、野郎は鈴を”見続けていた”。恐らく発生させるためにはある程度の集中が必要なんだろう、か。
右手を向けたのも何かしら意味がある。恐らく発動させる”座標”をより自身の中で明確にしている、辺り。とはいえ必ず右手を向けなければ停められないと考えるのは危険だ。視線だけで”停められる”可能性は十二分にある。
これで大体出揃った。
一つ一つ挙げていけば、楽勝とまではいかずとも、十二分に対処が可能なように思える。
「強いな」
「強いね」
けれども。それはあくまで要素の一つだけを考えた場合。
実際のはそれら総てが複雑に織り交ぜられ、繰り出される。
どれか一つでも気を抜けばこちらを吹き飛ばしかねないというのに、だ。
「白式って後付武装はまだ付けてないんだよね。なら今回は射撃武装を積む気は無い? 白式が近接戦に特化してるにしても、ラウラ・ボーデヴィッヒ相手にそれだけで挑むのはちょっと無理があると思うんだけど」
「無理なんだなそれが。
「……ちょっと待ってよ。白式の武装って雪片弐型だけだったよね。ならまだ余裕――あ、いや、白式にはワンオフ・アビリティーがあるから、そっちで容量を食われてる?」
「ぴんぽーん」
「第一形態なのにアビリティーが使える分、やっぱり相応のデメリットがあるんだね。でも銃を使う方法が無い訳じゃないよ」
「……あんの?」
「今回はタッグマッチだから――白式が”積めない”なら、その分私のラファールが”余分に積んで”いけばいい。ISの武装は基本的に所有者以外使えないけど、
「あ、ああ。そうか、その手があったか……」
「それに余分に積むとは言ったけど、今の時点でクラス全員に配っても余るくらいに武器が積んであるから。だから一夏に数丁貸すくらいは負担にならないよ」
「多くねえ!?」
「本当はもうちょっと積みたかったんだけど、弾薬まで考慮すると領域を増設しても今の数が限界なんだよね」
しみじみと言葉を紡ぐシャルから冗談めかした雰囲気は一切感じられない。
つまりは今の発言が本気も本気で、数十丁の銃火器を抱え込んでまだ不満であるらしい。逆にこいつを満足させるためにはどれだけの火力が必要だというのか。地味に気になるが聴くのが怖い。だってなんか理解できない答えがポンと返って来そうなんだ。
「後は――格納せずに最初から装備しておくって手もあるかな。使いきったら捨てるしか無いけど」
「ああ、それは俺も考えた」
ISでの試合は、互いにISを展開した状態でアリーナ内に入った後に開始される。量子変換されていなくても、アリーナに”入る直前”に武装を手に持って入る分にはルールには違反しない。これは確認済み。
「でもそっちだと弾薬の問題があるから、やっぱり私が貸した方がいいかな。一夏って銃は撃ったことある? 無いなら今後の練習でちょっとやっておこうか。射撃なら私が教えられるよ」
「いいや、銃は使わない」
自分の機体のデータを表示させたシャルが、目をぱちくりとさせている。どうでもいいけどシャルの手元に出てる搭載武装のリストがすっげえ長え。
「持てて、撃てる。でも当てられるかが怪しいんだよ。白式に無いのは銃を積むスペースだけじゃない。銃を撃つためのシステムごとまるっと無いんだよ」
「は? え? え、ええ……格闘専用の機体でも普通は入ってるはずなんだけど……」
「そこら辺も使ってアビリティーに回してるんじゃねーかな。ワンオフ積んでるせいか何かシステム面で他のとだいぶ違うらしいし。それに――」
なんせめっちゃ流暢に喋るからな。
【はい。円滑なコミュニケーションが可能です】
ただし棒読み音声で。
「『俺』はね、あんま賢くねーのよ。自分がやる事をあんまり複雑にすっと頭がパンクするんだわ」
けれども一番の理由は、これだ。
生来で要領が悪いのだ。武器の種類が増えれば、取れる行動が、選択肢が増えるという事でもある。逆にいうと動く前に考えなければいけない事が増える。
並の相手なら、付け焼き刃でも選択肢を増やせば有利になるだろう。けれども今回は相手が”相手”だ。間違いなくその程度じゃ足りない、刹那でもまごついたらその瞬間に取り返しがつかない程に蹴散らされる。
自分が一番出来る事を。
自分が出せる一番の全力で。
脇目をふらず単純に考えて専念して。
それで、ようやく”抗える”くらいまで持っていける。
「だからとにかく突っ込んで振りぬいてぶった切るだけで――『近付いて、斬る』だけで精一杯なんだよ。他のあれこれはあんま考える余裕がねーや」
「うん。それでいいんじゃないかな。すごく”らしい”よ」
呆れられるか笑い飛ばされるかのどちらかだと思ったが、違った。
いや笑ってるっちゃ笑ってるのだが、思っていたものと違う。返って来た言葉はすごく柔らかく、その表情は単純に優しい微笑みだった。
「……なんか調子狂うな?」
「さっきも言ったけど。私は”それ”を見てるから、それもすごく傍で。一夏が思っている以上に説得力があるんだよ」
「…………ま、とにかく基本の方針はそれな。後は白式の修復と
「どうかしたの?」
こちらを覗きこんでいるシャルに返事する間も惜しんで、頭を全力でかき混ぜにかかる。思いついた事を実現するためにはどうすればいいか、考える。
考えれば考えるほど、何やら脳の中の危険察知とかその辺担当してる部分が超騒がしい気もするが。気のせいだろう。気のせいであってくれ。ええい、考えてても始まらない。一回当たって粉微塵になるしかねえ。
「よし! ちょっとオルコットに土下座してくる!!」
「…………何で!?」