IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI   作:SDデバイス

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 『凡人』と『天才』の差は何か。

 

 生まれ持った能力値の差だろうか。確かにそれは正しい。実際に両者を比較すると能力値に著しいまでの差がある。

 だが本当にそれだけなのだろうか。

 『天才』は何もかもが『凡人』に勝っているのかといえば――そうではない事も多い。天才と言われるカテゴリーの人間には誰の目にもわかるほどの突出した能力がある。しかしそれ以外はむしろ凡人より劣っているというパターンが数多くある。

 しかし天才の中にはあらゆる物を完璧にこなすタイプも稀だが存在する。ならばそれこそが本当の『天才』であり、『天才』という存在は『凡人』とは異なる別の存在なのか?

 

 ()()()()()()

 

 人間という生き物が行う可能性のある、()()()()()を比較してもいないのに?

 本当は、わからないだけではないのか。特に比較するための測り方が整っていない分野においてはまるで未知ではないか。

 ならば『総てにおいて優れている天才』は未だ証明されていない事になる。

 逆に『優れているものは何も無い凡人』も証明されていない事になる。

 単純な身体能力や技能では測れない、もっと奥。脳髄の奥の、更に奥。未だ見ることの出来ぬ範囲に潜めている何か。

 現在わたし達の認識する『天才』と『凡人』の違いなど、”それ”が目に見えてわかるかどうかの差ではないのか。

 

 観測の基になっている常識では測れぬそれを、あの日わたしは彼に見たのだ。

 

 誰しもに眠っている。未知の領域の術。生まれ持った形状、配列、精神、その総てを最も活かせる根底ともいえる一種。

 

 わたしはそれを『単一』と呼ぶ事にした。

 

 

 ▽▽▽

 

 シャルロット・ルクレールはセシリア程戦況を理解できておらず、また鈴程に勇敢かつ無謀ではなかった。が、この場で誰よりも冷静だった。

 

(普通に割って入るのは、ちょっと無理だな)

 

 他と同じく、アリーナ内からピットへ戻りながらそう結論付ける。

 自分自身でも驚くくらいに冷静だった。眼前の理解を超える光景にも一切影響されず。滞りなく思考を働かせ、先を考える。

 

 本当に何も出来ることはないのかと、自問する。

 

 半端な介入では確実に邪魔になる。というかこれ以上近付くだけでも邪魔になる。一歩も動かず、何もせず、観客に徹するのが恐らく最も妥当で的確。

 それでも考えを続けるのは、平凡なままでは嫌だから。可ではなく良がいい。他の誰でも出来る枠に収まっているのが嫌なのだ。

 役立ちたい、有益でありたい――()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 感情の高ぶりから弾き出された行動指針。対して思考は、本当にびっくりするほど冷静だった。冷酷ともいえる程に。淡々と事実だけをかき集めながら組み立てていく。

 

(…………光が散ってる、衝突の余波、残光、違う――破片だ。どっちが――うん、()()()()()()だ)

 

 確証はない。直感でしかない。けれども確信があった。

 シャルは先程の雪片弐型の『光が凝固した刀身』を見ている。恐らくあれが零落白夜の”次”なのだ。そして一瞬だけ見えた正体不明機の武装も、恐らくその”次”と同じ格にある。

 ならば今の零落白夜の刀身は、出力こそ大きくても根本的に劣っているという事になる。致命的な競り負けこそ起きていないものの、じわじわ削り取られる可能性がある。

 

 ()()()

 

 

「………………………………」

 

 

 

 ▼▼▼

 

 

 あとはもう。

 脳髄の奥の疼きを、直接腕に伝達する事だけに専念していればいい。

 

 ずっとそうしているように。ずっとそうしたかったように。それだけしか出来ない。それが出来る。それだけを考えている。それだけしか考えられない。いつから、ずっと前――最初から、こういう造りになっていた。

 

 ――もっと速く、

 

 目はいらない。眼球を動かしていては追いつけない。それに情報が脳に昇ってくるまで時間がかかりすぎる。だから肉体の方は()()。機体の方は――残す。地形の認識は必要だ。それ以外は()()

 耳もいらない。音より速いのだから、こっちは本当に何も要らない。身体も機体も全部まとめて()()

 言葉なんか一番要らない。言語に割かれていた部分を丸ごと全部()()()捨てる。空いた分を必要な方に回す。

 それでもまだ動かしておかないといけない機能が多すぎる。人の体ってのは、意識しないだけでこんなにも色んな事をしていたのか。

 いいや、()()。機体が代わりに出来ることは全部任せてしまえばいい。

 

 ――もっと強く、

 

 相手が動いているから適切な『位置』は常に変わり続ける。しかも尋常でない速度で。

 補うためにより速く動こうとすると、そう出来ない理由、法則、力――多種多様な理由が身体に纏わり付いてくる、ので。

 ()()

 スラスターの推力という速く動ける理由だけになったから、加速。想定されていない速度の域に入ってしまったのか、機体の軋みが一つ段階を上げた。

 激突。

 干渉を感じる部分はもうきっているので、感触は知り得ない。ただ自分がきれたかどうかは解るので結果を知るには十分だ。

 きれてない。

 相手の刃もだが、今度は勢いの方もいまいち通りが悪い。受けきれずに押しきられる。なので拮抗せず押されて後方へ。踏み込んだ感触が消える間もなく果てに――頭上を覆う遮断シールドに辿り着く。

 ()()

 吹き飛ばされた時に与えられた力が0になる。動いていた理由が消えて、白式は静止する。止まるために要する過程をすっ飛ばしたから、機体が更に軋みを上げた。

 当然の追撃を横から回り込ませた黒檻を四枚使って狙撃。相手は身体をぐるりと捻り、四肢総てを振るう。尖らせた黒檻の先端が細切れになってばらばらと落ちていく。無力化されるまでは一瞬だが、0ではない。

 

 ――もっと、

 

 右手の刀身を足元の遮断シールドに沈み込ませる。シールドと発生装置を繋いでいる部分を()()。黒檻三枚も同様に刺し、浮いたエネルギーを刀身に混ぜ込んだ。

 刀身が膨れ上がる。刃渡りはざっとアリーナの半分を越えたくらい。長さだけでなく、横にも大幅に増やした刀――とは呼べないただの塊を最高速度で振り下ろす。

 腕部の関節の損壊手前の駆動と引き換えに。

 点でも線でもない、()()()()が成った。

 

 この程度で、仕留めきれる訳がない。

 

 回避は出来ずとも、相手は迎撃が出来るのだから。隙だらけの大振り、故に重い一撃をぶつけられ零落白夜の一部があっさりと砕け散った。

 白式の腕が伝達した負荷にあらぬ方向へとねじ曲がる――寸前に、腕部から飛び出た黒檻が逆方向に伸び、突き立ち、抑えつける。

 

 相手は斬れない。

 でも追撃は切れる。

 こちらが切られる流れをきる。

 あのまま追い込まれ、切断される筋道は断てる(きれる)

 

 相手の方は威力で競り勝ったものの、激突の衝撃に跳ね飛ばされ――一ぐるりと回転、着地。それも巨大化した零落白夜の刀身の上に。

 鋼の獣(アブソリュート)が駆けてくる。

 光を灯した四肢で光を蹴って、翔ける。大気を割いて、疾走し、間合いを切り裂く。刀身をまとめていたエネルギーを()()()。空中分解した刀身が大小様々な破片となって周囲に飛び散る。だが足場の崩壊を意に介さず、アブソリュートは岩場を飛び移るかのような気軽さで間合いを裂ききって――0。

 

 迎撃は、間に合った。

 

 もう何度目とも知れぬ、防御不可能迎撃可能の光同士の衝突。ただ次撃、関節部の負荷で立ち上がりの遅れた白式の腕が一拍遅れ。右肩のちょっと下辺りを白い光が通り抜ける。

 

 握った刀ごと、身体の右腕と機体の右腕が宙に放り出された。

 

 回り込んだ黒檻が腕を拾い、先端の光刃で刺突。躱される。残った左腕で黒檻の根本を掴み、旋回。間合いと軌道を変化させた一撃が相手の白い装甲を抉り取る。

 浅い。脚を一本完全に()()つもりだったのに、薄皮一枚削いだ程度に留まる。別の黒檻が先端から腕だけを取って戻ってきて、そのまま巻き付いて繋ぎ直す。

 

 ――手が足りない、というより。

 

 最初に身体を繋ぎ直した時と同じ様に、身体と機体に巻きついた黒檻が()()()。正確には欠損部分を埋めるために最適な物質へと変化して充填されていく。

 身体の方の腕も、機体の方の腕もまとめて元の形に戻される。接合、修復、補強――三秒もかかる、この攻防においてそれは長すぎる時間だ。

 

 ”がぎり”

 

 先端の刀身が止まる――咥えられた。こちらは刀を抑えられれば刃を失う。けれども向こうは牙が塞がっても四肢の爪が残っている。

 《雪原》出力最大。迸るほどの力場を纏った脚部をぶつけ――左脚だった部分が三つの破片に変わった。別の黒檻が腕の時と同じように繋ぎ直す。だが元通りに動かせるまで今度は四秒もかかる。四肢が二つ、黒檻二枚が塞がった。次撃は、もう来ている。

 

 ――刃が、足りない。

 

 

 

 

 

 

 『零落白夜』

 

 白式の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)

 そう、白式の能力だ。

 雪片弐型の機能じゃない。

 

 だから、()()()()()()()ッ!

 

 ばぢんっと蹴り付けた脚部に光爪が食い込む――食い込んで、止まった。

 黒いフレームの表面ではなく、その内側から。白い光刃が突き破るように吹き出ている。そこを支点に、繋ぎかけの右脚で――叩き蹴る(きる)

 装甲だけでなく、その下のフレームの残骸も飛び散らせながら、アブソリュートが落ちていく。わざと盛大に身を引かれ、位置をずらされた。それに黒檻二枚を補強に使ったとはいえ、直りきってない脚の蹴りだ。直撃してもどの道威力が足りてない。

 追撃。

 スラスター、力場、重力、総て用いて下方へ右腕の刀身を突き出す。こちらの着弾よりも速くアブソリュートが弾かれるように飛び上がり、躱される。位置が入れ替わり、今度は向こうが加速をかけて爪牙を降らせる。

 上から下への攻撃が有利といわれるのは、上から下へと落ちる力が働いているからだ。上から下へは助けになるが、下から上へは枷となる。

 ()()()()()()()()()()()()()()だけだ。加速する一因は増えずとも、減速する一因が減った事で機体は滞りなく加速。

 降った爪を右手の刀身が受け止める。続いて繰り出された爪に――左腕を向けた。指先から鉤爪のように突き出た光刃は指の数と同じで五。それを束ねて腕と同じ程度の太さの一へ。

 足の爪先からも同様に突き破るように白が生える。胴を狙った蹴りは虚空をきる、そこにあった大気を断って、伝達されていた振動を一瞬だけ無に返しただけに終わる。

 行き先は見えている。四肢が届かずとも黒檻は届く、その先端に光刃を灯した六枚がアブソリュートを追う。

 絡め取るように回り込む黒檻に対し、アブソリュートはただ速く走る。檻が出来る前にその爪牙で持って、間合いの外へと駆け抜ける。

 出来損ないの檻が機体の周囲に戻るよりも速く。不可視の足場を数度蹴って向きをねじ変えたアブソリュートが白式へと迫る。

 攻撃の踏み込みの寸前で、その身体が沈む。()られた空間が力場の形成を阻む。出来損ないの力場では、鋼の体躯を支えるには不十分。それでも完全に踏み外すことはなく、体勢がほんの僅かに歪む程度。即座に立て直したアブソリュートが飛び退くように跳躍。

 その瞬間でも、致命的なのだ。

 左腕の先の刃をほどき、数と長さを増やす。避ける先に黒檻を回り込ませる。行える流れの総てを断れるように組み立てた。四肢を塞ぐには十分な数。かつこちらは右腕も空いている。

 アブソリュートが、その場に止まる。

 愚策とも言える行動。虚空ではなく、本物の大地を踏みしめながら鋼の獣は天へと吠えた。爆裂する音。聴覚がオフになっているのに、咆哮したのだと認識出来るほどの圧が伝搬する。

 そうして。

 

 アブソリュートが()()()()()()()()()()()()に、こちらの刃が総て叩き落とされる。更には()()()()()()()()()()()

 

 右手の刀身、左手の鉤爪、両足の爪先――では足りない。少しでも鋭角な部位に、スラスターにも――いや機体の部分すべてに。光刃を装甲と見間違えるほどに纏って、こちらも()()()()

 

 刃同士ではなく、機体の全てが激突する。

 

 機体と、身体の奥で何かが軋む。いや軋み続けている。一撃ごとに、大きくなっていく。見えずとも聞こえずとも、警鐘は意識に届く。

 想定されていない挙動を求め続けた結果として。負荷を蓄え続けた結果として、機体が緩やかに致命的に壊れていく。機体が保たないのに、より柔い身体の方が保つわけもない。

 だから、何だというのか。

 まだ、足りないのに。

 機体の速さも、刃の強さも、能力の精度も、何もかもが思い描く最適にまるで足りていない。だからまだ止めない。止められない。こんな程度ではまだ全然足りない。

 もっと速く、

 もっと強く、

 

 もっと、もっと、

 

 

 

 ――心身が、”ぴしり”、”ばきり”と、ひび割れる。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 縦横無尽に暴れ狂う黒檻が、時折アリーナの壁面に突き刺さる時がある。移動の補助や外れた攻撃に見せかけられているが、本当の目的は『補給』である。

 シャルルはそれを解ってはいなかった。ぼんやりと察してはいたが、確信は無かった。それにどういう目的での行動かはどうでもいい――重要なのは、白式が一部でもこちらに近付く瞬間があるという点。

 

 だから、その瞬間に全てを賭けた。

 万が一に備えて試合前に準備していた作戦の一つ、二人しか知らない切り札を切る。

 

 結果として、シャルル・ルクレールは賭けに勝った。それまでと同じように黒檻が本体へと巻き戻される。ただし今度はその先端に()()()()()()()()()()

 

「あと、は――――――――ッ!!」

 

 ラファールの全身各所に配置されたハードポイントに武装が出現する。両手には複数の武装を同時に運用するためのアダプター、背部のスラスターユニットは丸ごと砲と入れ替わる。脚部を始め空いたスペースにはミサイルポッド等々――とにかく同時運用可能な武装総てを出現させ、トリガー(ぶっ放した)

 狙いは付けない。付けられない。白式だけ避けるなど器用な真似はできない。当たるかもしれないという可能性を込みで、それでもシャルは引き金を引いた。

 とにかく一発でも多く撃つことを優先したフルバースト。一瞬でも、刹那でも、それより短くとも、あの二機の攻防を『停める』必要があるからだ。

 けれども二機ともミサイルどころか弾丸よりも速い。視界を埋め尽くすほどの弾幕の中、何事もなかったかのようにひたすらに切り結ぶ二機が見えた。

 

「だめ、か!?」

『いいや、十分だ』

 

 焦燥するシャルに、誰かが通信で応えた。

 一言も喋れなかったのではない。喋らなかったのだ。身動き一つできなかったのではない。あえてしなかったのだ。指先一つ動かす力をも――この瞬間に温存していた。

 破片だけを纏った腕を上げ、その左目を眩いばかりに金色に輝かせ。

 

()()()()……!』

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒの放つ不可視の網が、アブソリュートの四肢に絡みついた。

 恐らく維持ができても数瞬後に引き千切られただろう。だがそうなる前にラウラの側が限界を迎えた。僅かに残っていたレーゲンの腕部装甲は火花を噴いてはじけ飛び、エネルギーを使い果たした事で消えていく。

 ちなみに背負っていた人間の一部が火を噴いた事で鈴の髪がちょっと焦げた。

「ゥ熱ァ――!?」

「借、り……かえ、し…………――」

 悲鳴を上げて飛び跳ねる鈴の背で、ラウラは今度こそ本当に意識を手放した。

 

 『停まった』のは一瞬を気が遠くなるほどに分割した一欠片の間。

 それだけでも、戦況を動かすには足りるのだ。

 

 黒檻が巻き戻りつつ、白式の左腕に巻き付く。黒折が回収した物を巻き込むように。

 先端の異物の正体は――()()()()()()()()()()。余分なパーツが、オレンジ色の装甲が、吹き飛ぶように剥ぎ取られた。

 現れるのは回転式弾倉と杭を組み合わせた武装。六九口径パイルバンカー。第二世代型最強と謳われた装備――名称を《灰色の鱗殻(グレー・スケール)》。

 黒檻が三枚巻き付いて腕と武装を結び付ける。物理的攻撃力しか持たぬ筈の杭はこの瞬間だけ防御不可能の光刃と化した。

 最大出力の雪原、溶け落ちるほどに出力の上がったスラスター、後先を考えぬ、自壊覚悟の最大加速の踏み込み。万全ではないにせよ体勢を戻しつつあったアブソリュートは、四肢の一つを繰り出した。これまでと同じなら、致命的な競り負けは起こさない。

 同じ、ならば。

 

 激発。

 

 黒檻で強制的に性能と速度を引き上げられたパイルバンカーが断末魔のような発射音を上げる。が、まだ機構は生きている。

 光爪が競り負けて弾き飛ばされ、衝撃にアブソリュートが仰け反った。

 そして。がら空きになった胴部に吸い込まれる様に光杭が叩き込まれる。

 

 激発。

 

 発射の衝撃に耐えられず、パイルバンカーが歪みながら砕けていく。

 

 激発。

 

 機構が死んでもなお黒檻が無理やり弾倉を回して発射させる。

 

 激発。

 

 外殻の大半が吹き飛び、骨組みだけになってもなお発射させる。

 

 激発。

 

 もはや杭が辛うじて残留しているだけ。杭の纏う光が一層と輝きを増す。ここにきて更に出力を上げ――

 

 激発。

 

 杭も、他も、腕部の大半を巻き込みながらパイルバンカーが砕け散って吹き飛んだ。

 白式の腕が残骸になるほどの攻撃を余すこと無く叩き込まれ、アブソリュートも吹き飛んでいく。わざと引いたのではなく、純粋な破壊力の結果として。

 アリーナの壁面に叩き付けられ、更に地を数度跳ね、転がり――爆発。真っ赤な炎が吹き上がる。

 

 

 

 しん、と。

 先程までの攻防が嘘のように静まり返る。アリーナの中では赤い炎が揺らめくのみで、他に動くものは何もない。

 安堵の息を吐いたのはセシリアとシャル。他にも大半の人間が、これで終わったと思っていた――そう思いたかったのだ。これでも駄目だとしたら、本当にどうしようもないから。

 だから、無意識の内に目を背けていたのだ。

 ()()炎。

 ()()()()()なんて、ありえないというのに。

 

 ――『零落白夜』と『獣王爪牙』は同類だ。

 

 だからこそ、どちらかの一方的な圧倒はありえない。斬り合い、ぶつけ合い、削り合うほどに。互いの能力はより高く、強く、研ぎ澄まされていく。

 零落白夜が刃の数を引き上げた直後に、獣王爪牙も刃の数を増やしたように。同じことが出来るのだから、どちらかの優れている点はもう片方へのヒントになりうるのだ。

 

 赤い炎が舞っている。

 ごうごうと不自然なまでに勢いを増していく。白い機体は既に炎の内にあって姿が見えない。

 

 【量子転送要請承認】

 

 零落白夜が()()()()()()()()()()()()()という事は。その発想を()()()()()()()という事でもある。使い方を知らなかった装備が持ち出される条件が整った。

 

 【各部接続箇所解放、不要装甲強制排除、冷却機構全稼働、活動限界残百八十】

 

 ”ごおん”と地響きのような音がした。

 一度だけでなく何度も、規則的に。それが足音だと気付けたのは果たして何人居たのか。揺らめく炎の――()()()()()()()()()()()()()の中から。

 ()が歩み出てくる。

 

 ”           ”

 

 言葉ではない、しかし音でもない。更に野太く、重く、強く、雄々しく、そして禍々しく。咆哮が周囲一体へと迸るように轟いた。

 全身に赤い増加装甲を着込んだ事で、メインカラーを白から赤へと変え。更にその背には身の丈と同じかそれ以上の大刀が背負われている。

 

 ――交戦開始(エンゲージ)――獣王爪牙・緋緋色金(アブソリュート・ブラッディ)

 

 シャルがへたりこんで、鈴はラウラを投げ捨てて中に戻ろうとして、セシリアは鈴を止めた。そして最も危機である織斑一夏は、

 

 

 ▼▼▼

 

 

 生まれて初めてだ――()()()()()()()()()()()

 

 必要な力を生み出す腕がある。あらゆるものに食い込める刃がある。

 だからこれまで届かなかった数多の物が思うとおりに両断できる。

 けれどもそれはただの当たり前でしかない。

 

 こんなにも断ち(きり)づらいのは初めてだ。

 

 鴨が葱を背負ってくる――いや狼が刃物を背負ってきた。

 同じ武器、同じ特性――同類。これだけ良質な相手には初めて会った。ただ強いだけではない、ただ速いだけでもない。俺の唯一にして根底の分野において匹敵している。

 最も断ち(きり)づらいという事は。

 最も断ち(きり)甲斐があるという事に他ならない。

 

 楽しい。

 今この瞬間が、本当に楽しい。

 

 相手がこっちの想定を上回る度に、こっちもそれを上回ろうと湧き出てくる。より速く、より強く、より巧く、より正確に、今まで押し込めていた奥底の衝動を存分に回せているという実感があった。ずっと座っていた後に思いっきり伸びをした時のような、ずっと付けていた重りを全部外した時のような――開放感と高揚感が抑えられないほどにある。

 

 それはまだ終わらない。

 今も続いているのだ。

 

 アブソリュートが”抜刀”する。背負った大刀がレールに沿って展開され、咥えるようにマウントされる。次いで機体の周囲を揺らめいていた赤光が刀身へと集中する。燃え上がる刀身を構え――アブソリュートが駆ける。装甲を増したのに、段違いで速い。身体の各部から噴き出ている赤い光――スラスター。

 残った黒檻の総てを周囲に飛ばし、エネルギーをかき集める。それらを雪片弐型に集中させて最硬度にして最大威力の刀身を作る。長さはさほど要らない。とにかく硬く堅牢になるように、塗り固めるように。瞬時加速、脚部の力場による炸裂、一挙手一投足毎に、何かが致命的に壊れていく。もうどうでもいい。

 より強く、より速く――あれを断つ事だけに専念する。

 俺は、そのために在る生き物だった。

 

 激突はアリーナのちょうど中央付近。

 真っ赤に燃え盛るような大刀と輝きを最大に増した白い光刃が接触する。

 

 

 

 

 

 

 

 ”ざん”

 

 零落白夜の方が中ほどで断ち切られた。

 握っていた筈の雪片弐型の柄は、いつからかばらばらに砕け散っている。握る手ごと身体から落ちていく。半分以上が刃の通った胴体もずれ――る前に残った黒檻総てが身体に巻き付いて固定する。

 総ての黒檻が塞がるという事は、外からエネルギーを引っ張ってくる手段が無くなったという事でもある。

 もう刀は無い。スラスターも分断された。生きている機能は今度こそ本当に数えるほど。巻きついた黒檻は修復のためとはいえ、体の動きを阻害して拘束も同然になってしまった。

 

【うん。ここまでだね! 十分だよ、むしろ()()()()()()()()()でここまでよく粘れたといえる! がんばったで賞をあげちゃおう!】

 

 ごおん、ごおんと響かせながら遠ざかっていく。それはアブソリュートが切り抜けた後に走り去っていくことを意味していた。その道筋にオイルと思しき液体が大量に零れ落ちている。向こうも無傷ではない。

 

【ちょっ待って、もう無理だってば! それ以上はだめ、ホワーッやべえ白式が完全に引っ張られてる、こっちじゃ制御が――……】

 

 ()()()

 

 まだ試していない事がある。

 まだやりたい事がある。

 まだできる。

 まだやれる、

 

 まだ――続けたい。

 

 光も音も声も痛みも苦しみも、何も感じない。感じるための部分をもうとっくに断ってしまった。ただ奥底からとめどなく溢れる欲求だけがあり、突き動かされる。僅かでも動けるのならば、止まらない。

 そのためだけに生きるのだ。

 それが俺の最も相応しいあり方だ。ようやくわかった――思い出した。

 ()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()

 

「もういい」

 

 半ば千切るように身を捻った先に、人が居た。

 消えかけのセンサーが、それだけを伝えてくる。他は姿も、形も、声も、何もわからない。今必要無いから、断ってしまった。

 

「頼むから、もうやめてくれ」

 

 でも何故か、本当に何故かはわからないのだけど。

 きっとそれは千冬さんだった。

 

「あなたが、そこまで代わることはないんだ」

 

 位置だけは拾っているから、彼女がこちらの顔へ手を伸ばしたのはわかる。けれどもどういう顔をしているかはわからないし、何か言っているのかわかっても、内容までは拾えない。

 

「頼むから…………お願いだ……」

 

 緩やかな動作で、彼女はこちらの頭を抱え込んだ。向こうは生身なのに、機体を着たこちらと高さに差がない――脚部が半ばから溶け落ちている。

 全部断っているのだけども。

 どうしてか、この人が酷く似つかわしくない事をしているような、気が、する。

 

「何も言わずに、行ってしまわない約束だっただろう……?」

 

 聞こえないはずなのに。わからないはずなのに。それは諌めるためではなく、叱るためでもなく、止めるためでもなくて。すがりつくような、弱々しい、

 

 まるで、泣きそうな。

 

 どう応えようにも、声は出ない、両腕も繋ぎ直してる途中で、動かない。いやそもそも――身体でもう動かせる部分が残っていなかった。

 自分の状態を自覚してしまったことで、身体が最後の支えの糸を切られた。残った機体がばかばかと展開しながら排熱。またはその動作にすら耐えられず、がらがらと崩れ落ちていく。

 崩壊に任せるまま傾いだ身体は、地面に落ちる前に受け止められ――じゃない。抱きとめられた…………抱? おい仕事しろ触覚。というか何で消えてんだよ。誰だこんな重要な感覚断ったの俺だったわ。

 未だに何も見えない、何も聞こえない、何も感じない、互いの位置だけで、辛うじて状況を知っているだけなのに。何一つとして、受け取れていない筈なのに。

 

 ――どうしてこんなに、温かいんだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【っしゃあ! ナイスちーちゃん意識が逸れた強制オフ! オフオフオフ全部オフ!! 今日はもう店仕舞いでーす!!!】

 

 いや。いやいやいや。待て待てちょっと待て。

 本当の本当に今更なんだけど。マジで今まで気付かなかったんだけど。

 

 ……誰これ?

 

 

 

 






雪/片/弐/型「      」

双/天/牙/月「      」

インターセプター「はわわ……」


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