IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI 作:SDデバイス
▽▼▽
だから、俺はまだ続いている。
こうして、目が覚めたんだから。
ところで目を覚ましたら真っ先に目に入ってくるのは何だろうか。
まあ大体天井だろう。大穴で床だったりする。基本的には見慣れた自室の内装の一部だろうか。『起きる場所』ってのは無意識の内に決まっているのか、寝床を移したりすると起きた後に脳内の予測光景と実際の光景が一致せずに混乱したりするのだ。
だがそれは完全に見知らぬ場所の話で。ある程度見知った場所ならば、すぐに補正される。
ちょくちょく世話になってるせいか、保健室の内装は見慣れている。どこか一部でも目に入れば、そこが保健室なのだと理解できる程度には。
だから大きな混乱は無い。
はずなのだが、正直超混乱してる。
そもそもここが保健室なのだと認識するまでに結構時間を要した。何故かといえば、視界が別のもので埋まっていたから。
銀、白、真っ赤ともう一色は無機質な金色。
その全ての色を携えている人間に一人だけ心当たりがある。今俺の視界を埋め尽くすほどに顔を近付けている人間がまさにそいつ――ラウラ・ボーデヴィッヒ。
白い肌でない別の白が見えるのは、包帯や絆創膏だろうか。後半戦にはほとんど参加していないが、前半戦で十二分に戦っていたのだから無傷なはずもない。
どうでもいいが、俺はベッドに寝ている。ラウラの顔はその状態の俺の顔と
いわゆる馬乗りである。
おい待て。これ本当にどうでもよくねえぞ。完全にマウント取られてるじゃねーか。起きたら即詰んでる。違う、一番おかしいのは――ここまで近付かれて気がつけなかったことだ。
いきなりぐいと胸ぐらを掴まれてもろくな反応を返せなかった。抗うという選択肢そのものが、脳裏に浮かばない。頭の奥は、今もなお
なので、そのまま。
されるがままに――唇を奪われた?
「………………?」
本当にただ、唇同士を重ねているだけだった。
こいつは俺に敵意を持っていたはずなのに。舌を噛みちぎる訳でもなし、何か飲ませてくる訳でもない。そもそも不意打ちをするのならもっと確実に急所を狙ってくるはず。
本当に、何がしたいのか、
「お前を私の嫁にする。決定事項だ。異論は認めん」
「てめえ何語で喋っておられる……?」
体勢も行動意味不明だが、続くラウラの第一声も意味不明を極めに極めていた。俺の人生の中で最も意味の解らない言葉であるのは間違いない。
まず嫁じゃなくて婿だろうがとか、色々と言いたいことがある。ありすぎて、逆に何も出てこない。ツッコミが大渋滞を起こしている。玉突き事故かもしれない。
「日本では気に入った相手を『嫁にする』というのが一般的な習わしだと聞いたが、違うのか?」
「ああ、そっちの意味か。言い回し自体はそこまで間違ってねーよ。だけどそれは好ましい相手への呼び方だ。俺相手には一番当てはまらねえし、あと行動の方は本当に全然関係ねえ」
「? 間違っていないぞ。私はお前を
「………………はァ?」
もしかして。
ちょっと強く殴りすぎてしまったのだろうか。
「それに口づけというのも求愛の行動なのだろう? ならばそちらも間違っていない。私はお前が好きだし、今後共に在る存在として欲しいと思っている」
俺の上で、ラウラはさも当たり前のように語る。冗談とは無縁な性格という印象そのままに。語る様子は真剣そのもの。言葉に嘘は一切ない。たぶん。
だからこそ解せない。
確かにぶつかった結果として、ある程度認め合ったといえなくもない。ラウラの俺への態度が軟化していても、おかしくはない。だが、だからって何故ここまで一気に進んでいる? 進み過ぎじゃない? 懐かれたってレベルぶっちぎってるんだけど純粋に何これ。
「ああ、だがこれだけは間違えてくれるなよ。私がお前の物になるのではなく――
ラウラの顔が再度近付いた。睨みつける寸前まで力が込められ、二色の眼が爛々と輝く。一歩も譲らぬと代弁するかのように。
「お前をもらう。私にない強さを持つお前を、私の欲しい強さを持つお前をもらう――
激戦をくぐり抜けた後だから、身体には治療の痕跡である包帯や絆創膏だらけ。髪もぼさぼさで、服だってしわだらけ。
「いいか。私が
その程度はねのけると言わんばかりに。
気高さをそのままに、美しさに陰り無く。
とんでもなく獰猛に、ラウラ・ボーデヴィッヒは言い放つ。
「騒がしいから様子を見に来てみれば、今日くらいは大人しくできんのか怪我人共が」
簀巻にしたラウラを担いで、千冬さんが呆れるように言い捨てた。ちなみにその簀巻っぷりは相当で、喋るどころか身動きすら出来そうにない程にぐるぐる巻きの強制安静状態である。
「こいつは別の場所に寝かせておく……織斑、お前もしばらくは安静にしておけ。事情聴取は回復してからだ」
「あっちょ、千冬さ――行っちまった」
呼び止める声が聞こえなかったのか、聞く気がなかったのか。すっかり
なんだろう。
あれから何がどうなったとか、あの犬畜生はどこ行ったとか、そういえばラウラ一回溶けてたけど大丈夫なのかとか、他の連中は無事なのかとか、今学園はどういう状況なのかとか――あんだけ盛大にダメージ負った俺は、本当に
色々と考えたり確認しなきゃいけない事があるはずなのだが。何か、こう、起きてからの展開がジェットコースター過ぎて。色々と吹っ飛んでしまった感が凄まじい。
「いーやもう! 呼ばれるまで寝てよ!!」
思考をぶん投げた。用がありゃ嫌でも起こされるだろう。何か問題が残っていたとしても、どの道体力は必要になる。休める時に休んでおく事は、最善でなくとも最悪ではないはず。たぶん。
改めてベッドに倒れ込――右手のガントレットが視界に入る。俺自身もだが、機体も結構損傷していたはずだ。あと何か生えてた。
機体が手元に在るということは、誰よりも知っているやつが居るということでもある。
「なあシロ、相当ぶん回したけど機体の方どうなってる?」
俺だけしか居ない保健室の中に、俺の声だけが響く。
頭の内からは、何も聞こえない。
「あれ、おーいシロってば」
声は返ってこなかった。
音声も返ってこなかった。
何度呼びかけてみるも、結果は変わらない。
「………………………………え?」
応えは、ない。
▽▽▽
辺りはしんと、静まり返っている。
消灯時間は過ぎていない。が、教員は別として生徒は出歩くような時間帯ではない。寮から少し離れ、アリーナまでもまだ距離がある。舗装された道でもない。本当に何も無い場所。
そこに、彼女は立っていた。
人目を避けるようにこの場所へやってきてから、彼女はずっと佇んでいる。
その手には携帯電話が握られていた。後一操作で発信できる状態であるのに、未だその指先が動く気配は無い。視線は画面を見ているようで、実際は何も見ていない。
心ここにあらず、と言うべき状態であった。
”ぴりりりり”
音自体は、何の変哲もない着信音だ。
けれども唐突だった。前触れ無く鳴り出した電子音は彼女の精神を盛大に不意打つ。携帯を取り落としそうになりつつも何とか掴み直し、慌てて電話に出る。
動揺に思案はすっかり流されてしまっていたから。
『
核心を叩き付けられる。
何かを言うよりも、何かを考えるよりも早く――意識の空白に言葉がするりと潜り込む。
今度こそ篠ノ之箒の手から携帯が滑り落ちた。
がちゃんと音を立てて携帯は地面に転がる。画面の明かりが消えていないから、壊れてはいないのだろう。けれども既に耳元には無い。漏れ出た音が僅かに聞こえる事はあっても、声を言葉して受け取るのは困難である。
そのはずなのに。
だというのに――通話相手の声は何の滞りなく箒の耳に届くのだ。まるで今も携帯が耳元にあるように、はっきりと聞こえてくる。
『うんうん、そうだよね。辛いよね。自分も居たのに、届く距離に居たのに、何も出来ずに蚊帳の外だったもんね。箒ちゃんは割って入れる
――
オンリーワンが欲しい。
一方的に告げられる。
事実を確認させるように。言葉を染み込ませるように。箒自身気付かない――ようにしていた部分も含めて――自覚せるように。
『大丈夫、
優しい声だった。べたつくような甘さがあった。まとわりつくような粘度があった。捉えた相手をぐずぐずに溶かすような響きだった。
『ちゃあんと、
用意して、
あげる』
ブレイジングサマーメモリー ~癒やしのホワイトビーチ~
「IS学園にだって娯楽施設ぐらいありますよ!
何を隠そう、エネルギー確保のために海洋プラントだってあるんですからね。
プライベートビーチの一つや二つ、確保済みなんです!!」
それは山田先生からのプレゼント。日頃アホみたいに多発しまくる乱入戦への報酬として、臨海学校の自由時間は夢のリゾートアイランドに決定した!
きらめく太陽。飛び散る飛沫。そびえ立つ椰子の木とヤドカリとオオカミ。
そして浜辺を彩る夏色の代表候補生たち……!
こんなリゾート見た事ない! IS学園の夏、いよいよ開幕!