芸術家提督ー英雄列伝 作:後世の歴史家(自称)
題にも列伝とある通り、外伝という括りで違う提督のお話になります。
今回もよろしくお付き合いください。
第一話 栄光の始まり
「歴史とは、勝者が自らの正当性を示す為に生み出した事実を基にした伝説である」
古くは神々の時代から現代社会まで、採用された言葉や語句や修辞の差を考慮しなければ、何世紀にも渡って使い古された表現である。
初めて深海棲艦という存在が確認されてからおよそ十年、まだ仕事無き元帥が量産される前の時代。アメリカで言えば黄金の20年代、日本ではかつての戦後復興期に匹敵するだろうか。”まだ”国の根幹を揺るがすような腐敗もなく、新たな敵との生存競争に意欲が燃えていた時代である。
「集団・組織の団結を強化し、一つの方向を向かせる為に最も効果的なのは”共通の敵”の存在である」
ある証言によれば、”数十年後のとある執務室で某提督が発した言葉”だそうである。
もっとも、当の本人も
「誰かが言った言葉の何番煎じかだね」
と言っている通り、”大多数には含まれない誰か”が語り継いできた言葉である。
地球上の主要な資源の殆どが尽き、遅々として進まぬエネルギー転換と世界規模で起こるマイナス成長、それに起因する社会秩序の乱れ…
元先進国を中心に訪れた長い”退嬰の時代”は、国連最後の採択となった「人類共通の敵との闘い」によって一度に吹き飛んだのである。
艦娘と鎮守府による沿岸防衛網が完成される前までに被った被害は、「世界の主要都市のおよそ半数が焼け野原(面積比)」というものだった。
あの大戦に参加した主要国に誕生した艦娘…この時代の悲願は太平洋の制海権奪還だった。
北太平洋奪還の鍵はミッドウェーとハワイの攻略である。この時、艦隊司令長官に抜擢されたのが海軍で初めて英雄と呼ばれた男、山口提督である。この時齢31。
艦娘との揺るがぬ絆と、何より各鎮守府司令官との強固な信頼関係から、後世「山口一家体制」とも呼ばれた海軍の古き良き時代である。
彼と、彼が率いる”連合艦隊”が世界を驚かせるまで、あと半年である…
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御前へ荘厳な軍歌とともに壇上に歩みを進めるのは、艦隊司令長官任命と共に中将に昇格した山口提督、大学校が士官学校と名前を改めてからはじめての、”映えある一期生”である。
31で艦隊司令長官という大抜擢と、何より彼の若さから、世間の期待を一身に背負った存在である。
その人気ぶりは数十年後、”北海のガンコジジイ”が就任した時をも上回る。
彼の最初の仕事、「鎮守府人事の刷新と組織改編」も相まって古参からは「3代目は家を潰す」などと、彼の若さとともに陰口を叩かれたものだ。が、ご存じの通り彼は自らの地位と名声を、半年後に行われる”初めての大規模作戦”で確立するのであった。
ちなみに、この時の組織改変で戦術研究科が設立され、古参勢が栄転という形で配属された。
当時閑職として置かれた組織がおよそ二十年の熟成期間を経た後にある悲劇の発端となるのだが、今はまだ関係の無い事である。
4月半ば、山口提督は各鎮守府の人事を完了した。
呉には士官学校で”闘将”とよばた一つ下の宇都美。佐世保には、彼も席次を争った坂本。そして舞鶴には静原。
横須賀には司令長官本人である。しかし彼は横須賀に異例の事ながら参謀を招いた。秋山提督である。彼の”ハンモックナンバー”は下から数えた方が早い。しかし「あいつは首から下が不器用だっただけさ」と言い、大本営の資料庫で燻っていた所を引っ張り出したのである。
皆新進気鋭の少将であった。
この5人が久方ぶりに一堂に会したのは5月の初旬である。会場は呉であった。提督達曰く、「大本営には余計な羽虫が多い」そうである。
鎮守府のある一室では真剣だが悲壮感とは疎遠な戦略会議が行われていた。
「これはこれは長官、並びに提督諸兄、呉にようこそ」
呉提督 宇都美。どんな劣勢でも闘志を失わず、僅かな勝機をモノにする。彼の率いる水雷戦隊の瞬間火力は凄まじく、彼相手に一度守勢に回れば手を焼かないものは無かった。特に旗艦にあって突撃を指示する姿は闘将と呼ばれたものである。
「書類上私は”上”になっているが、そのようなみみっちい事でウダウダ言うつもりはない。我々は悲願である太平洋における制海権確立を目指す同志なのだから。気楽に行こうや」
艦隊司令長官兼横須賀提督 山口。卓越した航空戦術と統率力で圧倒的な攻撃力を発揮する。かつて二航戦を率いたあの名将と同じ姓を持ち、嘘か誠か似たエピソードが数多く残されている。彼がただの前線指揮官を超える点は、軽視されがちな兵站についても意識した事だろう。もっとも、思考と結果は必ずしも一致した訳ではなかったようである。
「呉に来るのは久しいな。長き退嬰の時代は終わった。未来地図の再建に向けて手を取り合うのは必然でしょう。階級などと言う御大層なものは二の次だ。改めてよろしく」
舞鶴提督 静原。当時の海軍において数少ない補給戦をこなせる人物である。彼の守勢の強さも相まって長期戦では負け知らずである。演習では敗北したものの、あの闘将宇都美さえ完全には攻め切れなかった程である。
「正直私を選ぶとは思ってもいなかったな。ハンモックナンバーやら派閥やらで牛耳る時代は終わったと言うことかな。登用に感謝する。明日静かに飯を食べる為に、今日手を取り合おう」
佐世保提督 坂本。やや大仰な物言いがタマに傷だが、戦場外までを見渡す大局観の持ち主である。主力打撃艦隊を敢えて遊撃に置くなど、相手の裏を掻く思考と攻守共に隙の無い用兵が持ち味。同期の山口とは席次を争った、よく言えばライバル、悪く言えば敵同士と言う間柄。このような関係の2人が、人事において一方がもう一方を抜擢するのはいつの時代でも類を見ない事だろう。
「大本営のバカどもは身内争いが大好きだからな。権力のイスとは誰のためのものなのか。椅子取りゲームの代わりに昼寝していてくれればどれほど助かることか。私の首から上は有効に使ってくれ。よろしくな」
横須賀艦隊参謀 秋山。卓越した戦術眼を持ち、後の大規模作戦でその手腕を遺憾なく発揮する。頭はキレるが極度の運動音痴であり、相乗効果で教官に疎まれていた。佐世保の坂本と並んで見通す力に秀でた智将である。
「…まあ、わざわざ運営を中断してまで集まってもらった訳だが、議題は知っての通り太平洋奪還作戦についてだ。どんな些細な事でもいい。意見を出してくれ」
「一度に全域は無理です。北と南、どちらかに絞るべきでしょう。残りは後段作戦か、新規で攻略すべきです」
「北太平洋に絞っては?北方海域を制圧した上でそこから東進、ミッドウェーを制圧することでハワイ奪還の足がかりとする」
「確かに、両諸島を制圧できれば、我々は橋頭堡を築ける。奴さんは太平洋のど真ん中で補給拠点を失う。もっともあいつらに母港や補給という概念が有ればの話だが」
「しかし長官、アリューシャンまででもかなりの長躯になりそうです。補給や損傷艦の後送。何より主力が不在の間に本土を攻撃されては困る」
「アリューシャンを今確保する意義はあるのか?攻略に進発してから夜半に反転、でも良い気がするが」
「少なくとも北方海域千島を抑えるのは私も賛成だ。しかしなんだ、こう、やはり”あの”作戦に大分似ているな」
「ふむ、あまりあやかりたくはありませんね」
「かつてと違い、我々の戦略目標は決まっている。北太平洋奪還に必要であれば、抜かりなく進めばいいだろう」
「一理あるな。ではまとめてみよう。間違っていたら教えてくれ」
「我々の戦略目標は北太平洋奪還である。その上でまず北方海域 オホーツク海・千島列島の制海権を確立する」
「間違いない。これは補給路を含めた後方安全確保のために最低限必要だ」
「…続いて第二目標はミッドウェーの攻略。それに先立って攻略部隊は千島列島より北上、陽動を行った上で東進、ミッドウェーへ向かう」
「ここを取れば後方に安全海域を持てる。しかし、陽動を看破されないか?アリューシャンを攻略しないということは、敵の南下部隊によって後方を遮断されることになる」
「北方海域に監視拠点を設けたらどうだ?同時に我々の前進基地にできれば、補給線も短くて済む」
「夏に決行すれば大掛かりな建築は必要ない。ドックと港湾設備があれば十分。ならば妖精さんのことだ。大した時間はかかりません」
「場所は…そうですね、単冠湾がいいでしょう。あまり本土からは突出しないが、北方への出撃にはもってこい。おまけに”最初の作戦”で使われた地だ。ここで天佑をましょうや」
「坂本、しかし佐世保からは些か遠いぞ?大丈夫なのか?」
「大規模作戦を行うにしても、何ヶ月も行うわけにも行くまい。不都合が無ければ諸君と共に北に在ろう」
「ならば問題はない。概要は決まったな。各自戦術面の検討を頼む。一月後にまた会おう。それまで練度向上と艦隊整備、備蓄…まあ全てだな、を頼む。新生海軍、我らで勝利をもたらそう」
「おうともさ。近海勢力の掃討もだな、抜かりなくゆこう」
「ところで同志諸君、この後一つ、どうですかな?呉の鳳翔は味も場所も、他所には負けてないと思いますぞ」
「ははは、再開を祝して一杯か。悪くない、では一つ邪魔しようかね」
銘々の秘書艦と共に”呉の鳳翔”の元を訪れた5提督からは、夜の帷が落ちても笑い声が絶えなかった。
ー日本海軍栄光の日々の始まりである。
彼らは、”純粋に同じ志を抱く者達”です。念のため…
今回もお読みいただきありがとうございました。