魔法科高校の劣等生〜魔法世界に這い寄りし過負荷〜   作:味噌漬け

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出会い編
第一話 悪平等(ノットイコール)との再会


 球磨川禊…。彼が卒業した箱庭学園において、その名を知らぬ者はいない。

 深淵をも思わせる酷く濁った眼…。ニヤニヤと張り付いた笑み。その童顔からは想像できない悪辣な言動に、不気味な仕草…。不死身のような精神力であらゆる敵を螺子伏せてきた最低最悪最恐の男である。しかし、決して強いわけではない。むしろ、その逆…最弱なのだ。あらゆる勝負に負けてきた常敗の男…それが球磨川禊である。

 そんな彼は今…

 

『てへっ!また死んじゃった!』

 

 ぽっくりと死んでいた。

 

『いやーまさか、神社の階段から脚を滑らせるなんてね!』『昨日、雨だったみたいで濡れていたみたいでさ。』

 

 彼は誰もいない教室でカッコ…括弧つけながら話している。

 ここは彼の精神世界というべき場所で、彼は死んだらいつもそこにいた。

 本来なら別の存在もいたのだが…。

 

『でも、神社の神主さんが拭いてないのが悪いよね。』

『あんなんじゃ観光客が滑るのは当然さ!』

 

 

『だから、僕は悪くない!』

 

 神社にとっては、とんだとばっちりである。

 そもそも雨は降っていたが乾いていたし、転んだ原因は球磨川が週刊少年ジャンプに夢中で階段を踏み外したからだ。

 そんな責任転嫁がお家芸の彼の決め台詞とも言うべき言葉が教室に響くと、彼はつまらなそうに肩を竦める。

 

『…安心院(あんしんいん)さんがいなくなって…少しは静かになると思ったけど…。』

『いないならいないで寂しいものだね。』

 

安心院(あじむ)なじみ…。宇宙が誕生する前から存在し、一京をも超えるスキルを持つ悪平等の人外である。

 彼女は球磨川にとって、好きな女の子であり、姉のような存在であり、宿敵のような存在だった。

 いつもなら、彼女は球磨川の精神世界に居座り、死んだ彼を揶揄うのだが…そんな彼女は獅子目言彦という不可逆のデストロイヤーに殺されてしまったのだ。

 

「やぁ。僕のこと呼んだかい?」

 

『……ッ!?』

 

 突然、教室に広がる女性の声。

 聞き覚えのある声に球磨川が振り返ると、そこにはいつものように教卓に座る栗色の長髪の制服を着た美少女…安心院なじみがいた。

 

『な…なんで、安心院さんが…?』

 

 流石の球磨川も驚きを隠せていない。

 そんな彼を見て、安心院は微笑む。

 

「君も知っているだろう?言彦が倒されて、不可逆が可逆になったのさ。そのおかげで、こうして復活したというわけなのだが…全く、球磨川くんと来たら、僕のような美少女をそんな妖怪を見たような目をで見て。相変わらず最低だね。いや、僕は人外だし、案外間違っていないのかな?」

 

『相変わらずのマシンガントークだね。』『でも、元気そうで何よりだよ。』

 

 球磨川は感動のあまり、目に涙を浮かばせる。

 

「ふっ…。死んだってのに元気も少しおかしいがね。それに、本当に元気ってわけでもない。」

 

『…?』

 

 安心院の言葉に球磨川は首を傾げる。

 

「流石の僕も復活するために力をほとんど使い果たしてしまってね。」

 

『ふーん』

 

 安心院は少し肩を竦めると、その後にとびっきりの美しい笑顔で両手を叩いた。

 

「だから!球磨川くんに少しお願いがあるんだ!」

 

『え?』

 

「まぁ、ちょっとしたおつかいみたいなものさ。」

 

『あー僕、今週のジャンプを買うの忘れてた〜。というわけで、さっさと行かないと…。』

 

 球磨川は露骨に態度を変え、教室の出口の方に身体を向ける。

 球磨川にとって安心院からの頼み事は大半、碌なものじゃないからだ。

 しかし、その瞬間…まるで重い何かに押し潰されたかのように床に這いつくばった。

 

『ぐえっ!』

 

「全く、こんな美少女の頼みを断るなんてね。重力を操るスキル…躯重量(ぐらびど)まで使わせちゃって…。それに、最新号のジャンプは君、読んでいただろう?何てったってジャンプに夢中で脚を滑らせたんだからね。」

 

『いや君…美少女って歳じゃ…グエップ!!』

 

 球磨川の言葉に安心院は眉間に血管を浮き出し、重力をさらに大きくする。

 流石の球磨川も限界だったのか、大声で叫んだ。

 

『ちょ、ギブギブ!わかった!頼み事聴くから!これ解除して!』

 

 球磨川がそう言うと、安心院はスキルを解除する。

 球磨川は立ち上がるとズボンを叩いて、ため息を吐いた。

 

『はぁ…。また勝てなかった…。』『というか、力を使い果たしたんじゃなかったっけ?』

 

「ほとんど…と言っただろう?人の話はよく聞くもんだぜ。」

 

『君は人じゃなくて。人外(ひと)だろうに…。』

 

 球磨川は小声で愚痴る。

 球磨川は楽しそうにしている安心院を見て、少し不機嫌な声色で話した。

 

『それなら、とっとと話してよ。』『どーせ、ロクな頼み事じゃないんだしさ。』

 

「わかったよ。そんな目で見ないでくれ。」

 

 安心院は一呼吸置くと再び口を開く。

 

「結論から言うと、君には未来に行ってもらう。」

 

『未来?』

 

 あまりに突拍子もない話に、球磨川は首を傾げるばかりだった。

 

「何も僕にとって死んだことは無駄じゃないみたいでね。現在(生きる目的)ばかりを探していた僕が死んで、復活したことで現在ではなく、未来に繋がるスキルを得たのさ。」

 

『正直、よくわからないけど続けて。』

 

 イマイチ要領の得ない球磨川に安心院は少し笑いながら話続ける。

 

「まぁ簡単に言えばタイムスリップの能力だよ。その名も…」

 

 安心院は一呼吸を置き、勿体ぶったように口を開く。

 

未来試行(タイムマネジメント)

 

『未来試行…ね。』

『で、そのスキルを使って、君は僕に何をさせようっていうのかい?』

 

 球磨川の質問に安心院はアッサリ答える。

 

「いや、何も?」

 

『え?』

 

「君は未来に行って、いつも通りにすれば良いさ。必要なものは僕が準備しておこう。」

 

 流石の好条件に球磨川は警戒する。

 

『いや、何か裏があるんじゃないの?流石に僕に有利過ぎないかな?悪平等の安心院さん?』

 

 球磨川の言葉に安心院は笑顔で答えた。

 

「実験…じゃなくて時間旅行に連れて行くんだ。下手すれば頼りになる人は誰もいない可能性が高い。それを考えると、別に好条件ではないと思うがね。」

 

『ちょっと待って?』『今、実験って言ったよね?』

『もしかして、君も初めて使う…』

 

 球磨川が言い切る前に安心院が口を挟む。

 

「さぁ!出発しよう!安心院さんのドッキドキ時間旅行だよ!!」

 

 安心院がそう言うと、教室の扉がガラッと開いた。

 そして、ブラックホールが如く、吸い込んでいく。

 

『うわっ!ちょっといきなり!?』

 

 球磨川は吸い込まれないように必死で床にしがみつく。

 安心院はそんな球磨川を見て、ドヤ顔で話す。

 

「時間は待ってくれないんだぜ?」

 

『いや!上手いこと言ってる場合じゃないでしょ!?』

 

 球磨川は床にも這いつくばれず、何とか扉を掴んで、必死に抵抗していた。

 理不尽も不条理も愛するように受け入れる彼には珍しいくらいの抵抗である。

 

『あッ。』

 

 流石に限界だったのか、扉も外れ、教室の外にある穴に吸い込まれそうになる。

 安心院はそんな球磨川を見て、再び口を開いた。

 

「そーだ。もう一つ、言いたいことがあったんだ。」

 

 その顔は姉のようであり、母のようであり、女神のような…そんな慈愛に溢れた表情をしていた。

 

「球磨川くん…念願の初勝利おめでとう。」

 

「…!?安心院さっ」

 

 突然の褒め言葉に球磨川は最後の最後に括弧が外れてしまう。

 女神のような微笑みを見せる安心院を最後に、彼は意識をとざした。

 

 

 

 

「頑張ってね。球磨川くん。」

 

 

 

 


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