魔法科高校の劣等生〜魔法世界に這い寄りし過負荷〜 作:味噌漬け
それから数日が経った八月一日、達也たちは九校戦の開催地へと向かうことになった。
九校戦自体は八月三日から始まるのだが、夕方から懇親会があるため、その時間に間に合うように前々日からその会場に行かなくてはならないのだ。
「…………」
バスによる移動の最中、深雪は周りが騒がしい中ひたすら無言を貫いていた。
いや、無言どころではない。その顔は感情すら消え失せ、精巧に作られた人形のような美しさと不気味さが感じられる。
近くの席に座る生徒達は深雪の放つツララの如く、鋭くて冷たい威圧感に萎縮していた。
「ええと…深雪、お茶でも飲む…?」
ほのかは恐る恐る深雪に水筒を差し出す。
そんな彼女に対して深雪は初めて微笑みを向けた。
「ありがとう、ほのか。でもごめんなさい、私そんなに喉が渇いてないの。……だって私はお兄様と違って、この炎天下にわざわざ外で立たされてたわけじゃないんだもの」
「……そ、そう?」
深雪は笑って断るも、その目は一切笑っていなかった。
ほのかはまるで液体窒素をぶっかけられたように身体が凍てついていく感覚に襲われる。
実際、深雪から冷気が漏れ出していたのだが。
しかし、深雪が不機嫌なのにも理由があった。
「誰が遅れて来るのか分かってるのだから、わざわざ外で待つ必要なんて無いというのに……。なんでお兄様がそのような辛いお役目を……。しかも機材で狭くなった作業車で移動だなんて……。せめて移動の間くらいは、ゆっくりとお休みしていただきたかったというのに……」
そう達也はある人物を待つために夏の炎天下の中、外で待っていたのだ。
生粋のブラコンである深雪からしたら、何の落ち度もない達也がこの暑い中、何十分も待たされるという理不尽は耐え難いものである。しかも同じバスではなく、作業車に詰め込まれての出発だ。自分の自慢の兄がこのような扱いされることが本当に気に食わなかったのだ。
ちなみに達也たちを待たせていた人物は
「お兄さんのこと思い出させてどうする」
「不可抗力だよ…」
雫が呆れながら小さな声で言うと、ほのかは少々怯えながら呟いた。
「(ううう…気まずい…。こんな時、なんて言えばいいんだろう…?ミソギくん辺りなら何て言うのかな…?)」
ほのかはあまりの気まずさにどうすれば良いのか自分の知り合いなら何て言うのか参考にしながら考える。
すると、自分の中にいるイマジナリー球磨川が囁いた。
(『全く同感だぜ。深雪ちゃん』『こんな暑い中、ずっと外で待たせるなんて理解できないよ』『でもさぁ』『それなら何で君は一緒に外で待たなかったんだい?』『それがダメなら、トイレ行くフリして、達也ちゃんにジュース買ってくるとかすれば良かったんだ。』『でもしなかった』『全く、そんな君の自分のことは棚に上げておいて他人を責めるところ、僕は好きdーー』)
イマジナリー球磨川が全て言い切る前、ほのかは全力で頭を振った。
「(…って違う違う!!こんなこと言ったら深雪が落ち込んじゃうじゃない!!もっとポジティブに考えないと……!)」
ほのかはほのかで球磨川に毒されてることに気がついていないのだろうか…?
そもそも球磨川を参考にすること自体が間違ってると思うのだが…。
さらに脳内でイマジナリー球磨川が『正直に言うのも友情だよ?』と言うが流石に却下する。
ブツブツ呟く深雪と、頭をぶんぶん振りながら割と酷いことを考えているほのか。
そんな二人を見て、ため息をついた雫はフォローに出ることにした。
「深雪」
「…?」
雫が身を乗り出しながら深雪に話しかけると深雪も反応する。
雫は無表情ながらも優しい声色で話し始めた。
「でも、そんなところがお兄さんの立派なところだと思うよ」
「えっ?」
突然、愛しの兄が褒められたことに戸惑いながらも頬を赤く染める深雪。
そんな彼女を見て、雫は好機だ!と言わんばかりに畳み掛ける。
「バスの中で待っていても誰も文句を言わないのに、"選手の乗車を確認する”という仕事を誠実に果たしたんだよ。つまらない仕事でも手を抜かず、当たり前のようにやり遂げるなんてなかなかできないよ」
徐々に深雪の冷気が収まっていく。
そして雫はトドメに差し掛かった。
「深雪のお兄さんって本当に素敵な人だね」
「そ……そうね。本当にお兄様って変なところでお人好しなんだから」
深雪は頬に両手を当て、顔を赤くしながら幸せそうに言う。
どうやら機嫌は直ったようであった。
ほのかもまた赤面しながら聞いていた。
「(… こういうセリフを赤面しないで言えるのって雫のキャラよねぇ……)」
赤面するほのかと、ご機嫌な深雪、ことが収まって胸を撫で下ろす雫…。
こうしてバスの中には束の間の平和が訪れたのであった。
◇
異変は高速道路を走る道中に起きた。
「ねぇ…あの車…おかしくない……?」
「えっ?」
一人の女子生徒が異変に気がつく。
彼女の視線の先にはバスよりも後ろにいるもう片方の車線を走る一台の車があった。
その車はユラユラと走っているかと思えば、急にスピードを上げてバスを追い越す。
すると突然ブレーキをかけ始め、火花を上げながらスピンした。
そのままドリフトをかけるかのように曲がり、ガードレールに激突したかと思いきや、バスの行手を防ぐかのように爆発する。
「「!!」」
生徒達はその光景に驚く。
バスは急ブレーキをかけ、止まろうとするが止まらない。逆に車内から「キャッ!」や「うわっ!」など悲鳴が上がるだけだった。
「ダメだ!避けられない」
誰かがそう言った時、複数の生徒が咄嗟に動き出した。
「吹っ飛べ!」
「消えろ!」
「止まって!」
複数の生徒が事態を何とかしようと魔法をかける。
しかしそれは逆効果だった。
「バカ、止めろ!」
摩利が焦りながら生徒達を止めようとする。
同じ対象に対して無秩序に魔法を重ね掛けすると、それぞれのサイオン波が互いに干渉し魔法による事象改変力を弱めてしまう。
つまり達也の使う魔法を消す技術、キャストジャミングと同じことが起きるのだ。
この場を切り抜けるには多勢ではなく、個人の圧倒的な力が必要となる。そう考えた摩利は十文字へと視線を向けた。
「十文字!」
「むっ!」
十文字も同じことを考えていたのか、既にCADを構えて起動式を展開していた。
しかしこのサイオン波の乱流の中、三巨頭たる十文字といえども炎と衝撃の両方に対処するのは難しい。
すると、深雪が立ち上がりCADを起動する。
「私が火を!」
「司波!?無茶だ!いくらお前でもこんなサイオンの嵐の中でなんて……」
摩利が止めようと声をあげた次の瞬間、彼女は目の前で起きた出来事が信じられずに言葉を失う。
そう…深雪を囲む無秩序に発動していた魔法式の残骸が
「(消えた……!!?)」
「いきます!」
深雪がそう言うと魔法が発動し、冷却魔法によって燃え盛る車が一瞬で鎮火した。
すると十文字が叫ぶ。
「防壁は任せろ!」
十文字が発動した防壁魔法がバスを包み込む。
バスと車は正面衝突し、車はバスが突っ込んだ勢いで潰れていくが、防壁魔法によって守られたバスには傷一つなかった。
「みんな、大丈夫?」
バスが完全に停止すると、真由美がバスにいる生徒全員に呼び掛ける。
急ブレーキの衝撃で軽い怪我を負った者はいたが、幸いにも重傷者はいなかった。
「十文字君ありがとう、さすがね!」
真由美がそう言うと十文字が腕を組みながら答える。
「……いや」
「深雪さんも素晴らしかったわ!あの緊急時に適正かつ適度な魔法……私達三年生にも難しいわ」
「光栄です、会長。……ですが上手く対処できたのは、バスに減速魔法を掛けてくださった市原先輩のおかげです。市原先輩、ありがとうございました」
深雪が頭を下げると長髪の美少女、生徒会書紀の市原鈴音も同様に笑みを浮かべて軽く頭を下げる。
その静かな仕事振りに周りの生徒達も「全然気づかなかった……」と感嘆していた。
「それに比べてお前は……真っ先に場を引っ掻き回して!」
摩利が一人の女子生徒… 千代田花音に注意する。
彼女は真っ先に車の異変に気がつき、なおかつ魔法をぶち込むという褒めた方が良いのか悪いのかイマイチわからない働きをしていた。
言えることはただ一つ、焦りすぎは良くない。
「いたっ!?でもあたしが一番早かったじゃないですか!!」
「早ければ良いってもんじゃない!冷静になれ!!」
「うぅ……すみませんでした……」
すっかり落ち込む花音に、摩利はため息をつく。
そして摩利は深雪を一瞥する。
「(市原の魔法に私ですら気付かなかった。しかし、司波のこの落ち着き具合、余程の修羅場を経験しているのか。それに……)」
摩利は顎に手を当て考え込む。
「(あのサイオンの嵐と乱立した魔法式が消えたのは……いや、
真っ先に思い浮かぶのは真由美である。
しかし真由美が使えるのは魔法式を撃ち抜くタイプであり、今回のような魔法式の残骸をまとめて霧散させるようなタイプではない。
「(…もしかして球磨川の仕業……?いや、彼はこの場にはいない……)」
魔法ではないとしたら全てを無かったことにできる球磨川の仕業か。
しかし彼は選手でもスタッフでもないため、バスにも作業車にも乗ってはいない。
しかも達也からの報告が本当ではあれば、球磨川が深雪の周りにある魔法式をなかったことにするためには状況を把握しなければならない。
そんな面倒なことをするなら車そのものを無かったことにする方が早いだろう。
「(それならば一体誰が……)」
摩利はふと窓の外へと目を向ける。
事故車の傍で技術スタッフの生徒達が救助活動をしている。
しかし、車が炎上していたのもあってドライバーの生存はまず無いだろう。
そして、現場記録のために車にビデオカメラを回し、悩ましげな表情を浮かべる達也の姿が目に映る。
「(……まさか、な)」
ふとよぎった考えを、摩利はあり得ないと直ぐに否定した。
◇
「……失敗したようね」
とあるホテルの一室、どこかの学校の制服を着たクールな女子高生が呟いた。
彼女は携帯を閉じ、小指に巻きつけた赤い糸を引きちぎる。
すると、その糸は直ぐに霧散した。
「あきゃっきゃ!!意外に上手く行きそうだったのにねぇ!!アンタも失敗することあるんだぁ……?」
ワイシャツを着た金髪の女子が嘲笑しながらケーキを乱暴に口に入れる。
すると女子高生は腕を組んで、冷たい表情を浮かべた。
「…別に可笑しなことじゃないわ。私達は所詮、負け組。上手くいかないくらいが当たり前よ」
「きゃきゃ!確かにそうかもね。んで?これからどーすんの?失敗しちゃったけど」
「……別に問題ない。寧ろ、あれを免れる力があるとわかっただけ
女子高生がそう言うと、金髪はパフェを貪りながら言う。
「そーだねー。まっ私としてはスキル使えればどーでもいいんだけど」
「…いずれ使う時はくるわ。それまであなたは待機よ。でも、わかってるわね?余計なことはしないように」
そう言う女子高生の目は鋭く、意を決したものだった。
そしてそれを聞いた金髪は大笑いする。
「あきゃきゃきゃ!!わかってるわかってる!」
「それなら良いわ」
なんの確認なのかはわからないが、女子高生は金髪が頷くのを見ると安堵したように紅茶を啜る。
「それにしても今回の依頼もたいへんそーね!さーてダイジブかなぁ?」
絶対に冷やかしであろう言葉。
しかし女子高生は彼女のそんな言葉にも律儀に答えた。
「問題ないわ。私たちの
「……そーね」
女子高生がそう言うと金髪はつまらなそうに同意する。
第一校…もとい九校戦。切磋琢磨する魔法の祭典に過負荷の魔の手が這いよろうとしていた。
こんばんは味噌漬けです。ほのかはだいぶ球磨川に毒されてきましたね。
今回で今年の更新は終わると思います。
割と難航してまして、しばらく書き溜めますので楽しみにお待ちしてくださると嬉しいです。
もしかしたら番外編の方も投稿すると思います。よろしくお願いします。
皆様、よいお年を!