魔法科高校の劣等生〜魔法世界に這い寄りし過負荷〜   作:味噌漬け

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第三十六話 錯思

 

 九校戦、二日目。

 前日の真由美や摩利を始めとした各選手の活躍によって生まれた熱意が残っているのか、朝から会場は多くの観客達で賑わっている。

 しかし、そんな未だ嘗て無いほどに盛り上がっている会場に対し、焦燥しながら病院へと向かう者達がいた。

 

「…………」

 

「ほのか、大丈夫?」

 

 美月と幹比古が目覚めたと病院から連絡を受けた達也達は二手に分かれ、それぞれの病室へと訪れていた。

 美月の病室のドアに手をかけたほのかであるが、その顔は青く、一筋の汗が流れている。

 ほのかの中にある罪悪感が原因であろう。医者からできる限り刺激を与えないようにと、忠告を受けた彼女はどんな顔をして美月に会えば良いのかわからなくなっていた。

 

「…私が開ける」

 

「ううん…。大丈夫だよ」

 

 ほのかに気を遣っているのか、雫もドアに手をかけるが、ほのかは首を振り、出来る限り静かにドアを開けた。

 

「………」

 

 そこにいたのは濁った目で窓の景色を眺める美月。

 その姿は泡沫のように繊細で、脆弱で、儚げだった。

 ほのか達の気配に気がついたのか、美月は彼女達の方に視線を向ける。

 

「ほ…の……か…?」

 

 ほのかの姿を見た美月は目を見開きながら呟く。

 ひとまず、問題は無さそうだと感じたほのか達は心の中で安堵した。

 …しかし、それは勘違いであることを思い知らされる。

 

「……なさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめ…」

 

「………っ!」

 

「み…美月……?」

 

 いきなり涙を流し、膝を抱えて謝罪を連呼する。

 かつて物静かながらも、どこか気の強さが伺えた今までの美月からは想像もつかない…弱々しく…哀れな姿であった。

 

「美月!!」

 

 流石に見ていられなくなったほのかはその両腕で美月を包み込む。

 

「大丈夫…大丈夫だから……。私こそごめんね。肝心な時に居てあげられなくて…」

 

 ほのかは美月の背中を優しく撫でる。…まるで、己の娘を慰める母のように。

 だが、美月の嗚咽は止まらない。

 

「ごめんなさいごめんなさい…。私が余計なことばかりしてせいで。みんな…みんな傷ついて…。幹比古君…ほのかちゃん、エリカ…ごめんなさいっ…わ、私がもっとしっかりしてれば……私が私が私が私が私が…」

 

「……っ!!」

 

「…………」

 

 その身体を震わせ、懺悔をし続ける美月に、ほのかは優しく、労わるようにぎゅっとその身体を抱き寄せる。

 雫はその光景を悲痛な目で見守っていた。 

 

 

 

 

「……ごめん。帰ってくれないか」

 

 場所は打って変わり、幹比古の病室。

 ベッドにいる幹比古はエリカ達に目を向けずに言った。

 

「……ミキ…」

 

 思わず呟いてしまった普段嫌がる渾名も、今の幹比古には聞こえていないようだった。

 彼の手をよく見ると、布団を強く握り締め震わせている。

 その姿を哀れに感じたエリカは、何とか励まそうと近寄ろうとした。

 

「っ!?ーー来るなっ!!!」

 

「っ!!?」

 

 突然の幹比古の大声にエリカは立ち止まる。

 幹比古の目はこれ以上近づけば殺す…と言わんばかりに黒い感情に満ちていた。

 ショックのあまり呆然とする彼女を見た深雪は幹比古に対し怒りを抱く。

 幹比古とは殆ど関わりのない深雪ではあるが、それでも幹比古のことを心底心配しながら看病していたエリカがここまで拒否されるのを見れば当然であろう。

 

「……貴方っ!!」

 

 眉間に皺を寄せ、幹比古の元に行こうとする深雪。

 しかし、それを達也が制止する。

 

「深雪…止めろ」

 

「ですが、お兄様!!」

 

 肩を掴む達也を深雪は反感の目で見る。

 それに対し、達也は憐れむような表情であった。達也が視線を幹比古の方に向けると、それに釣られて深雪も幹比古を見る。

 すると、ようやく深雪も達也が止めた理由を理解した。

 

「頼む…頼む…。近づかないでくれ……今の僕は…僕は…」

 

 今にも壊れそうな幹比古の姿。

 幹比古は怒っているのではない…怖がっているのだ。

 身体を震わせ、唇を青くし、その目は恐怖に支配されている。

 

「……PTSDか」

 

 PTSD(心的外傷後ストレス障害)…。生死に関わる事柄を体験すると、その時の記憶が後になって蘇り、日常生活に支障をきたす精神障害の一種である。

 大黒竜也として戦場を経験している達也によって、この病気は身近なものと言っていい。

 幹比古も球磨川によって傷そのものは無かったことにされても、死んだ経験とその記憶は消えたわけではない。その恐怖がフラッシュバックしたのだろうか。

 

「(…だが、妙だな。PTSDになったというなら、医者が面会を止めても良いはずだが……)」

 

 今の幹比古を見る限り、面会謝絶されてもおかしくないだろう。

 つまり、医者や看護師とはある程度接することが出来た…ということである。

 知り合い限定なのか…それとも今になって発症したのかは分からない。どちらにせよ……

 

「(幹比古はもう()()かもしれないな……)」 

 

 PTSDもそうだが、今の幹比古は魔法師として必要なものが壊れてしまっている。

 人としては必要ではないのかもしれないが、時には兵士…兵器として扱われる可能性すらある魔法師にとって、その欠落は致命的だ。

 それは下手をすれば魔法師としての【死】に近い。

 

「…………」

 

「エリカ。済まないが、俺はもう病室から出る。仕事の準備もあるからな…」

 

 友人として助けてあげたいのは山々であるが、元々そう言った感情に対して知識として知ってはいても、心そのものに疎いが故に理解のできない達也には厳しいだろう。

 

「…………そう」

 

 エリカはそう一言だけ呟くと、落とした視線を幹比古の方へと向けた。

 

「…ミキ…幹比古くん。また来るね」

 

「……………」

 

 幹比古は答えない。

 ただ俯き、死んだように生きているだけだ。

 そして、病室を出た達也たちは廊下を歩く。

 すると、エリカが達也と深雪に向けて口を開いた。

 

「後で話したいことがあるんだけど…良い?出来ればみんなに…」

 

「あぁ…。わかった」

 

「わかりました」

 

 何か覚悟を決めた様子のエリカに達也と深雪は頷く。

 言葉を発さなくても、皆の思いは同じだろう。この場にはいないほのかや雫も同様に…。

 

 

 

 

 九校戦本戦【クラウド・ボール】

 圧縮空気を用いたシューターから射出されたボールをラケットや魔法で打ち返し、相手コートに落とした回数を競い合う競技である。

 

「ごめんなさいね。達也くん…急に担当代わってもらっちゃって…」

 

 第一校の天幕内にて真由美が申し訳無さそうに言う。

 真由美もこの競技に出場するようで、CADの調整を達也に任せていた。

 天幕内は達也と真由美の二人きりだ。

 

「いいえ。大丈夫ですよ」

 

 無愛想ながらもハッキリと答える達也に真由美は安心した表情を浮かべた。

 そしてその後、眉間に皺を寄せると達也に耳打ちする。

 

「……それで何かわかった?」 

 

「……」

 

 何か…とは間違いなく、幹比古の件だろう。

 真由美は達也からの報告を受けた後、短い時間ながらも彼に調査を依頼。そしてその報告をメールだけではなく、このような二人きりの場所でも受け取っているのだ。

 ()()()、真由美が達也と二人きりになりたいとか、話したいとか、達也にチューニングしてもらったCADを使いたい…とかそんな理由ではないのだ。ないったら無いのだ。

 

「何故、幹比古が暴走したかはまだ分かりません…」

 

 ですが、と達也は続ける。

 

「今回の幹比古の件は作為的なもの…俺はそう思います」

 

「……どういうこと?」

 

「その場にいたクラスメイトの証言ですが、幹比古は()()に抵抗していたようです」

 

 これはほのかとエリカからの情報である。

 

「抵抗……」

 

「精神系の魔法なのか、それとも別の要因かはまだ不明ですが、本人の意志による犯行でははないでしょう。そして…目的ですが、第一校に対する妨害が考えられます。可能性の一つですが」

 

「なるほどね……」

 

 真由美は顎に手を置き考え込む。

 

「つまり、私達第一校が活躍することが気に食わない存在がいるってことね。もしかしたら他校が…いや、それは…」

 

 恐らく犯人の目的は、幹比古を暴れさせ問題行動とすることで間接的に出場を禁止させること…真由美はそう考えていた。

 第一校は二年連続でこの九校戦を制覇している。

 優勝を狙うどの学校も第一校を目の敵にして、妨害してもおかしくない…と推測するが、真由美は首を振って、己の考えを否定した。

 

「(他校が邪魔をするにしてはやり方が稚拙ね…。いくら優勝を狙っているからといって、こんな作戦を採用するかしら…。なら、一体誰が…)」

 

 真由美は暫く考え続けるが、答えが出ないようで一旦、思考をストップする。

 真由美は真由美で情報が足りていないのだ。下手に続ければ、それは推理ではなく妄想になる。

 

「はぁ…。球磨川君が証拠を消しちゃったのが痛いわね……。いや、そのままにしたら私達は間違いなく出場停止になってたから、文句なんて言えないんだけど……」

 

 感謝しても仕切れないはずなのに、何故かする気になれない。

 証拠を消したのは間違いなく第一校にとって得なはずなのに、それが調査の妨げになっている。まさに良いも悪いも全てが台無しにされたような虚無感が真由美の心の中を巣食っていた。

 

「(球磨川か……)」

 

 達也も同様に球磨川に対しては今回の事件に関して、複雑な心境だった。

 

「(恐らくあいつは俺以上に事件について知っている……。それも敵の正体にまで……)」

 

 達也は朝に聞いたエリカからの話を思い出していた。

 

 

 

 

 時は戻って、数時間前。

 後から合流したレオを含めたエリカ達はホテル内の一室にて話していた。

 

「ーーこれであたしから話せることは全て話したわ。ごめんなさい。色々誤魔化してて…」

 

「…そっか、ミソギくんがそんなことを………」

 

 幹比古の暴走から球磨川による制裁、事件のことについて詳細に聞いたほのかは怒るわけでもなく、悲しむわけでもなくただ寂しそうに、そしてどこか悔しそうな表情をしていた。

 

「ごめんね。エリカ…。私がもっとしっかりしてれば、ミソギくんにもエリカにも負担かけなかったのに…」

 

 ほのかは悔しそうに歯を噛み締める。

 雫も深雪もそんなほのかを心配そうに見ていた。

 

「そんなことないわよ。ほのかは美月のことを守ってくれたじゃない。むしろ、何にも出来なかったのはあたしよ…。ミキも球磨川くんも美月も誰も止められなかったし、助けられなかった……」

 

 そう言うエリカの顔は後悔に満ちていた。

 幹比古との関係や実力を考えると、確かにあの場で一番幹比古と球磨川を止められる位置にはいただろう。しかし、現実は甘くなかった。エリカは誰も救えず、後始末も何もかも球磨川に押し付ける形になってしまったのだ。その無念は計り知れない。

 

「……それで、幹比古の様子がおかしくなったことについて心当たりはあるか?」

 

 二人の懺悔の応酬を達也が断ち切る。

 残酷なようだが、今は後悔している暇などないのだ。敵が九校戦のこの会場にまで潜入していることを考えると、早急に対策、そして犯人の特定までしなくてはならない。

 

「……っ! え、えぇそうね。…そのなんて言うんだろう…自分の中にある不満が爆発した…そんな感じだったわ」

 

「う〜ん…。私が見た時は、暴れたいのを我慢して苦しんでた…ように見えたなぁ」

 

「不満か…。幻覚の類では無さそうだな」

 

「そうですねお兄様。これはマインドコントロールに近いと思います」

 

 エリカとほのかの証言に達也と深雪は同じように考えたのか、二人で目を合わせ頷き合う。

 

「マインドコントロールって…。前のブランシュの時みたいな?」

 

 ほのかの疑問に対し、達也は答える。

 

「ああ。だが、今回は完全に正気を失わせてる以上、凶悪さでいえば遥かに上だ」

 

「……一体、誰がそんな魔法を…」

 

 雫が呟くが、誰も答えることが出来ない。

 重くなる空気の中、レオが口を開いた。

 

「会場内じゃ選手以外、CADの持ち込みが禁止されてるよな。なら、会場にいる間は大丈夫なんじゃないか?」

 

 九校戦会場では選手に対する妨害等を防ぐために選手または関係者以外の魔法の使用及びCADの持ち込みが禁止されている。入場の際の厳しいチェックや監視カメラなどのセキュリティも充実しているため、会場内で敵が魔法を使うことは不可能に等しい。

 

「会場内なら大丈夫でも、ホテルに戻る時に狙われますよ。今回だってそうでしょう?」

 

「まぁ…確かになぁ…」

 

 実際にそれで狙われたのが幹比古である。

 だが、レオの言うことも確かではあり会場にいる間、つまり競技中は妨害されることはないだろう。

 

「(……移動中に事故が起きたのも、幹比古が狙われたのも会場では魔法が使えないから…そう考えると辻褄は合う…のか…?)」

 

 バスの運転手も幹比古もそうだが、一連の事件に共通するのはどちらも踠き苦しんだ…という点である。幹比古に使われたような正気を失わせるレベルの魔法であれば、事故を起こすのも容易いだろう。

 

「(もしそうなら…犯人は単独犯…。それも無頭竜に雇われた魔法師の可能性が高い…)」

 

 この二つの事件の犯人は同一人物の可能性が高いと達也は考えていた。

 だが、どうにも釈然としないようで眉間に皺を寄せる。

 

「(だが、なんだこの違和感は……。何か大切なものを見落としているような……)」

 

 この違和感は真由美の元に行った後も続くことになる。

 

 

 

 

「ーーくん…達也くん!」

 

「っ!?」

 

 真由美の呼びかけに達也は我に帰る。

 見ると、真由美が心配そうに達也を見ていた。

 

「大丈夫?達也くん?」

 

「……ええ。大丈夫ですよ。どうぞ。調整が終わりました」

 

「あっ…ありがとう」

 

 達也は真由美にCADを手渡す。

 そして達也は真由美に警告するように口を開いた。

 

「油断はしないで下さいね。会長が狙われる可能性もありますので」

 

 真由美は真剣な面持ちで頷く。

 

「ええ。そうね」

 

 そして切り替えるように笑顔を見せると、達也に背中を向けた。

 

「それじゃあ行きましょうか。競技場に!」

 

 ジャージを脱ぎ捨て、ユニフォームの姿で歩くその姿は可憐であり、その一方で女王の風格を彷彿とさせた。

 その後、真由美は卓越した魔法力と、それを支える万全な整備がなされたCADによって見事優勝を勝ち取る。

 この日はトラブルらしいトラブルは起きずに、ただ平和に大会が進んでいった。

 だが…この次の日、三日目にて事件は起きる。




お久しぶりです。味噌漬けです。
卒論やら就活のストレスの中、なんとか書き上げることが出来ました。これもいつも読んでくださる皆様のおかげです。
まだ落ち着いていないので、更新ペースはまだ遅いままとなってしまいますが、気長に待って頂ければ幸いです。今回は読んで頂きありがとうございました。
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