魔法科高校の劣等生〜魔法世界に這い寄りし過負荷〜 作:味噌漬け
第六話 入学式
国立魔法大学付属第一高等学校入学式当日、新入生の入学式の最後のリハーサルで校内が忙しくしている中、校門前にて一組の男女が言い争いをしていた。いや、興奮する少女を少年が諌めていたと言うべきか。
「納得出来ません!」
一人の長髪の美少女が訴える。
「まだ言ってるのか……?」
もう片方の長身の少年が落ち着かせようとするも、少女の方は落ち着かないようで……。
「なぜ!お兄様が補欠なのですか!?入試の成績はお兄様がトップだったじゃありませんか!!本来なら私ではなくお兄様が……」
「…深雪………」
現在言い争いをしているこの男女……少年の名は司波達也、少女の名は司波深雪という。
このふたりは普段は言い争いをしないほど仲が良い。むしろ、仲が良すぎるとも言っていい。深雪は達也のことを大切に思っており、達也も深雪のことを大切に思っている。
だが深雪にとって、今回の入学試験の結果は納得のいくものではなかったらしい。
「落ち着け深雪。此処ではペーパーテストより魔法実技が優先されるんだ。補欠とはいえよく一高に受かったものだと……」
説明しようとするも、深雪は一喝する。
「そんな覇気のないことでどうしますか!!勉学も体術も!お兄様に勝てる者などいないというのに!!」
深雪の評価は間違ってはいない。達也に勉学も体術も勝てる人間などそうそう居ない。
しかし、次に出てきた深雪の言葉は達也にとって無視出来るものでは無かった。
「魔法だって本当なら……」
深雪の言葉に達也は大声で口を挟む。
「深雪!!」
「…!?」
声を荒げた達也に、深雪は息を飲んだ。
そして、気づく。自分が言ってはならないことを言いかけたことを。
「
「も、申し訳ございません……。」
すると達也は自分の左胸を見る。そして今度は深雪の左胸の辺りを見た。その視線の意図は深雪も理解していた。
深雪の制服には八枚花弁のエンブレムがあるが、達也にそのエンブレムはない。
第一高校では一科生と二科生と区別するために制服に違いがあった。
エンブレムが無い達也は二科生であり、エンブレムがある深雪は一科生ということである。
そして兄に叱られたことで落ち込む深雪に、達也は優しく手を乗せ頭を撫でた。
「謝ることは無い。お前はいつも俺の代わりに怒ってくれる。その気持ちは嬉しいよ。俺はいつもそれに救われてるんだ」
「嘘です……」
すると途端に二人の醸し出す雰囲気が甘い空間へと変わっていく。それは兄妹が出すものではなく、恋人同士が出すようなものだった。
「お兄様は何時も私を叱ってばかり……」
「嘘じゃないって。お前が俺の事を考えてくれているように……俺もお前の事を
「…………」
達也の言葉に深雪は固まってしまう。
深雪の様子に達也は不思議そうに首を傾げるが、特におかしなことを言ったつもりはない。
「お……お兄様……そ、そんな……」
すると深雪の顔は茹で蛸の如く赤くなっていく。そして達也に背中を向けクネクネ動きながら、如何にも喜んでいると身体で表現していた。
「
「…?」
そんな深雪の様子を見て達也はますます首を傾げる。
達也が言った言葉は文字通り兄妹として『思っている』なのだが、深雪の中では『想っている』と伝わってしまったらしい。
「(何か、誤解をしているような気がするが……まあいい。)」
達也は不思議には思うものの、気にしないことにしたようだ。
そして、深雪に話しかける。
「深雪」
「はい」
「お前が答辞を辞退しても、二科生の俺が代わりに選ばれる事は無い。賢いお前なら分かるだろ?」
達也の言葉に深雪は喉を詰まらす。
「そ、それは……」
達也は二科生であるため深雪が答辞を辞退したとしても代表に選ばれる事はあり得ない。
それだけ一科生と二科生の扱いの差は大きい。
深雪にもそれは分かっている。
しかし、理解することと納得出来るか否かは全く別の話だ。
苦しむ深雪に対し、達也は優しく語る。
「それにな深雪、俺は楽しみなんだ。可愛い妹の晴れ姿を……この駄目兄貴に見せてくれよ」
後ろから達也にささやかれるように耳元で言われた深雪は、先ほどとは比べ物にならないくらいに顔を赤くする。
しばらく固まるものの、なんとか再起動した妹は愛する兄に言葉を返した。
「お、お兄様は!駄目兄貴なんかじゃありません!!わたしの敬愛する……世界一立派なお方です!!」
達也は自分を卑下して言うことがある。たとえ兄自身の言葉であっても深雪はそれを絶対に認めたくはなかった。
「ですが……分かりました。ワガママを言って申し訳ありませんでした。それでは……行って参ります」
決意する妹に兄は発破をかける。
「行っておいで」
兄の言葉に妹はとびきりの美しい顔で口を開いた。
「はい!見ていてくださいね。お兄様!!」
「ああ」
そして深雪は答辞のリハーサルに行くために、元気よく体育館へと向かう。
達也は入学式まで間の時間をどう潰すかを考えながら校舎を見上げた。
しかし、彼らは知らない。司波達也が最高点数で入学した
◇
リハーサルが終了してすぐ、球磨川は誰よりも早く適当に席に着き、ジャンプを読んでいた。
ジャンプは廃刊はしてしまったが、商店街の外れにある潰れかけの古本屋の隅に数冊だけ置いてあったのだ。
それを見た球磨川がかなり喜んだのは言うまでもない。
『…………』
しかし、せっかくのジャンプを読んでいるものの、その顔は少し不満気だ。
実の所、球磨川は合格してしまったことに思うところがあった。
それもそうだろう。たった一ヶ月で受験範囲やCADの操作などを覚えるのは難しい。
CADに関しては起動するのでやっとだった。そんな球磨川が高点数など取れるわけもない。彼は筆記と実技も、両方最低成績であると自負していた。
だが、彼は補欠ではあるものの合格してしまった。彼は間違いなく安心院が絡んでいるだろうと推測している。
不合格ならまだしも、安心院の力で合格してしまったのなら、それは「また勝てなかった」と言うほかなかった。
「球磨川くーん!」
「球磨川。」
そんな彼の元にほのかと雫がやって来た。
ほのかは球磨川に話しかける。
「もー。球磨川くん。校門で待ち合わせって言ったじゃない。」
ほのかの抗議に球磨川はヘラヘラと笑う。
『僕は10分も待つと死んじゃう病気なんだよ。』
『つまり、待たせた誰かが悪いのであって』
『僕は悪くない。』
「球磨川くんはジャンプ読みたかっただけでしょ!!……はぁ。」
「ほのか、球磨川に何言っても無駄。」
明らかな嘘にほのかはため息をつく。
そんな彼女に雫が気にするなと肩に手を置いた。
たった数ヶ月とはいえ、彼等は騒動の後も時々連絡を取ったり、勉強会もしている(球磨川はジャンプを読んでいたが)。そのため、球磨川の何を言っても無駄な性格はある程度理解していた。
『二人は座らないのかい?』
『僕の隣なんかどう?』
球磨川の質問にほのかはしどろもどろになる。
「そ…それは…。」
『…?』
球磨川が首を傾げると、複数の男子生徒達が彼女達の傍を通る。
そして、一人の黒髪の男子が球磨川達を睨んだ。
「まさか、ブルームがウィードとつるんでいるとはな。」
「「…!?」」
『…?』
突然話しかけられたことにほのか達は驚く。
球磨川はブルームやウィードの意味を知らないため、相変わらず首を傾げていた。
『ブルーム?ウィード?何それ?』
球磨川の疑問に黒髪が答える。
「そんなことも知らないとはな。いいか、よく教えてやる。」
黒髪は球磨川に話す。
制服にあるエンブレムの有無。一科生と二科生の区別。そして、そこから生まれるウィードという蔑称の意味を…。
「つまり、ウィードである君は所詮、俺らブルームの控えに過ぎない。君と俺の存在自体に差があるということだよ。」
「ちょっと!そんな言い方ないでしょ!!」
ほのかは抗議するも黒髪は哀れみのようなものを込めた目で答える。
「君たちも大変だったね。こいつに弱みでも握られて脅されていたんだろう?」
「なっ……。」
あまりの言い分にほのか達も言葉を詰まらせる。
しかし、冤罪すらかけられた球磨川本人は彼の話を興味深そうに聞いていた。
『へぇ…。』
差別の話もそうだが、なによりもそんなことを嬉々として話す黒髪を獲物を見つけたようにニヤリとした笑みで見ていた。
そして、球磨川は口を開く。
『まぁ、それは一先ずどうでもいいや。』
「は?どうでもいい?」
黒髪はその素っ気ない反応に困惑する。
普通、こんな話をするなら、恐れるか怒るかの二択である。
しかし、そこは差別を冤罪を…愛しく受け入れる球磨川禊。
差別…?中傷…?迫害…?彼にとってはいつものことである。
『つーか、お前誰だよ?』『人様に話しかける時は』
『自己紹介くらいするってお母さんから習わなかったのかい?』
「なっ!?」
先程の話を聞いてもなお、ヘラヘラと笑い尊大な態度をとる球磨川に、黒髪は言葉を失う。
『というかさぁ…。』『そんな業者の発注ミスで済むようなことをグチグチ気にするなんて』
『君ってよっぽど器が狭いんだね。』『親の教育がしれてるよ。』
「球磨川くん!?」
「球磨川…!」
球磨川の挑発に彼女達は怒らせてどうするのかと驚く。
黒髪も怒りなのかなんなのか、身体をフルフルと振るわせていた。
しかし、球磨川は辞めないし止まらない。
『あーごめん。』『図星だった?』
『僕って後輩たちから正直者って呼ばれて慕われていてね。』
『本当のことしか言えないんだよ。』
呼ばれてもいなければ、慕われてもいない。
どの口で正直者だと言っているのだろうか。
流石に限界だったのか黒髪は口を荒げる。
まだそこまで声が大きく無いのは冷静さを失ってはいない証拠か。
「ふざけるなよ…。ウィード如きが…こ、この俺を…一科生をバカにするのか!!」
そして黒髪の怒声を聞いても、なお球磨川はヘラヘラ笑う。
『おいおい。』『なんでそうなるのかな?』
『僕はお前のことはバカにしても一科生のことは何も言ってないぜ。』
『僕は悪くない。』
球磨川のペースにはまる黒髪。彼は何とかこのイライラを抑えていた。
「(お…落ち着け…。これは挑発だ。)」
球磨川の挑発は一周回って黒髪を冷静にさせる。
黒髪は何とか冷静さを取り繕い口を開く。
「…どうやら口先だけは一丁前のようだね。それにしても、こいつみたいな口だけの男に仲良くする君たちもどうかしてるよ。しかも、二科生と仲良くするなんて、君たちの力もたかが知れているのかな?」
「え…?」
「……!」
矛先をほのか達に変える。
突然、口撃されたほのかは、いきなりのことに対応が出来ずにいた。
雫はほのかを庇うように前に立つ。
球磨川から逃げたかったからなのか何なのか、どちらにせよ黒髪はやってはいけないことをした。
彼は知らない。自分の言葉が球磨川の琴線に触れたことを。
「本当理解できないね。もしかして、ブルームのフリをしたウィーd…」
『そこまでだよ。黒髪ちゃん。』
球磨川が口を挟む
その瞬間、周りにいた人間達に寒気が襲った。
『どんだけトチ狂ったらさ』『僕みたいな
『目が腐ってるんじゃねーの?』
球磨川はジャンプを置いて、ゆらりと立ち上がる。
「(な…なんだ…これは…?気持ち…悪い…?)」
黒髪は歪な感覚に囚われる。
視界が螺子曲がる。
今までにない生理的嫌悪…。球磨川の立ち上がり方も話し方も、歪んで、ぐらついて、どことなく気持ち悪い…。
球磨川から過負荷が吹き出すように広がっていく。
まるで、オーケストラを聴いている最中に、いきなり不協和音を鳴らされたかのような不快感…。
車酔いとはまた違う。異質な気持ち悪さ。
雫達が動けない中、唯一ほのかだけが動く。
「(これは…あの時の…!?)」
ほのかは思い出す。自分が巻き込まれた事件にて球磨川という男から発された過負荷を…。
そして、それがもたらす災厄を…。
『別に僕のことをどれだけ貶しても構わない。』『でもね、黒髪ちゃん。』『温い友情をモットーとする僕は』『友達を馬鹿にされて黙っていられるほど
球磨川は先程までの陽気さとは打って変わって、ヘラヘラ笑いながら鋭い目で黒髪を睨みつける。
怒っているはずなのに、笑っている。笑みと目の感情がアンバランスで気持ち悪い。
空気が汚染される…。螺子曲がる。
黒髪は重力場にはまるかのように球磨川の過負荷に圧倒され動けないでいた。
雫ですらも球磨川の変貌ぶりについていけない。
「(…何か…される…!?)」
今までに経験したことない、凄まじい殺気が黒髪を襲う。
いくら魔法師といえども、高校生が出して良いものではない。
「球磨川くん!駄目!!」
螺子を取り出そうとする球磨川。それを止めようとするほのか。突然のことに身構えようとする黒髪…。三つ巴の衝突になりかけた時、体育館に音声が響く。
[只今から国立魔法大学付属第一高校入学式を取り行います。新入生の皆様は素早く席にお着席ください。]
『……!』
「…くっ。」
球磨川が音声とほのかに気を取られると、その隙に黒髪が前の席へ逃げるように走る。
敵に逃げられたことで球磨川はつまらなそうに席に座った。
ほのかは最終的には穏便に済んだことでホッとする。
『あーあー。また勝てなかった。』
球磨川はため息をついた。
こんばんは味噌漬けです。今回は球磨川に言わせたいことを言わせてしまったら長くなってしまいました。運が良かったね。名も無き黒髪よ。ほのかちゃんが止めようとしなかったら螺子ふせられてたぜ。多分これから黒髪は出ないかも。そろそろ、司波兄妹やエリート代表の森崎とも絡ませたいなー。じつを言うと、黒髪が元々森崎だったんですけど、ほのかに照準を変えた部分でどうしても違和感がのこったんですよねー。
もし良ければ、今回の感想を書いてくださると嬉しいです。