大浦るかこさんとメール投稿者さん、思い出せない友人へ捧げます。
〇2021年2月7日
「みずちる、なんてどうだろう?」
ハスキーな声が響く。落ち着いた声色とは逆の、ギリギリを攻めた発言。
「いやっ、ダメでしょそれは!」
「そうかい? パチモノ臭さがいい味出してると思うんだけどな」
「パチモノどころか完全にアウトだよ!!」
「ちろるは厳しいなぁ」
声高な主張も、柳に風と言わんばかり。
「るかこは……メチャクチャ笑ってるね。みあはどう思う?」
「うぇっ? わたし!?」
素っ頓狂な声。はちみつ色の髪が揺れる。頭の動きからも油断していたことが見て取れた。
「おいおい、キミも同期の一人だろう。少しは考えてくれないと」
「え~……あー……そうだなぁ……」
みあと呼ばれた少女の視線が右上を向く。半開きの口からは唸り声しか漏れ出ない。
「みあは考え中ということにしよう。るかこはそろそろ話せる?」
ちょ、ちょっと待って。そう言いおき呼吸を整えた眼鏡の女性――るかこが語りだした。
「ちろる先生が言う通り、みずちるはちょっとまずい気がするかな」
「おや。他の2人はともかく、るかこは乗ってくれると思っていたんだけどな」
「個人的には好きだけどね。今はほら、ナナシさんも見てるから」
「ふむ?」
そこで会話が止まる。おそらくコメントをスクロールしているのだろう。目の動きが速い。相当コメント読みに慣れていることが分かる。
少しの時間で『AniMare Official / あにまーれ公式:……。』というコメントを見つけたようだ。少女の口から含み笑いがこぼれた。
「熱心な運営様だよホントに」
「そんなこと言わないの!」
「おうおう。これでは先生というよりは、口うるさい学級委員みたいだね」
いったい誰のせいだと思ってんのよ! 2本の角が特徴的な少女――ちろるの叫び声を背景に追いやり、少女は話を進めていく。
「このままでは決まらないだろうし、各自で候補を考え、次回決めることにしようか」
「そうだね、そうしよう」
助かったと言わんばかりの勢いで賛意を示す湖南みあ。
「しっかり考えてきてよ、みあち」
チクリと釘を刺す大浦るかこ。
「うー、うーっ」
唸り続ける月野木ちろる。
「それではボクの初配信にして、初めての同期コラボはこれでおしまいだ。リスナーのみんな、見に来てくれてありがとう」
さあさあ締めるよ。せーの――
「「「「おつまーれ」」」」
――余裕があり、視野が広く、場を適切にまとめられる大人びた少女。
――それが彼女。
〇2021年2月10日
ファンネーム 雨雲
配信タグ #雨雲こいこい
イラスト #水神様が見てる
切り抜き動画 #みずちの貯め池
2021年2月7日に月野木ちろる、大浦るかこ、湖南みあと共にあにまーれへ加入した。
モチーフは龍の一種とされる
一人称はボクであり、同期の面々をそれぞれ『ちろる』『るかこ』『みあ』と呼ぶ。
呼ばれ方にこだわりはないらしく、同期の各人からは『ずーちゃん』『ちーなん』『ずっちー』と好きなように呼ばせている。
相当な美少女だと自称しているが、おかめの面にアロハシャツといった奇抜なファッションを好んでいるため、美少女扱いされることはほぼない。
ごくごく稀にお面を外した姿を配信に乗せるようだが、アーカイブが残っておらず、本人の意向もありその個所の切り抜き動画が存在しないため、真偽は定かではない。
元個人勢。月野木ちろると同様に因幡はねるが主催した『
落ち着いたハスキーボイスと視野の広さ、司会進行に定評がありコラボでの評価は高い。一方で個人配信は感情の起伏が殆どないため「なにを考えているのかわからない」「不気味」などと酷評が目立つ。本人もそれを気にしていたのか、あにまーれ所属報告以外のソロ配信はアーカイブが残っていない。
あにまーれ所属後の初配信では第一声が「コラボ専門Vtuberの極富ずちなだ」であった。古参リスナーである雨雲の納得と新規リスナーの困惑をよそに、すでに初配信を終えていた同期三人を呼び込み突発コラボを実施している。
コラボでのトーク回しは熟練の一言に尽きる。自身のハッシュタグは個人勢時代のままにすると素早く決めた後、3人の魅力を引き出すトークをしながら同期コラボのハッシュタグ検討までを30分の枠内で進めてみせた。
〇2021年2月12日
カラン コロン
軽快な音が鳴った。グラスの中を泳ぐ氷が脳裏に浮かぶ。さわやかな音色に混じって弾ける炭酸の気配が、スピーカー越しでかすかに届いた。
「はい、音を入れたよ」
雰囲気のせいだろうか。ずちなの声が普段よりも軽やかに聞こえる。
「さて。事前にSNSでも伝えた通り、本日は飲酒雑談コラボだ。お相手はもちろん――」
勿体ぶるような間の取り方。
「――愛すべき同期の湖南みあだよ。どうぞ」
カシュッと聞こえた。プルタブを開ける音。んくっ、んくっ、と気持ちよい飲みっぷりが画面越しに伝わってくる。
続いて硬いもの同士がぶつかった。状況からすれば机と缶だろう……まさかとは思うが、一気に飲み干したのだろうか。
「はいどうも~。有閑喫茶あにまーれの湖南みあですっ」
「漫才師みたいな自己紹介をありがとう。今ので何缶目だっけ?」
「5缶目でーす」
ご機嫌な声。配信開始早々、だいぶ酔いが回っている様子が見て取れる。
「おっと、だいぶ出遅れてしまったようだ」
「ずっちーも早く飲みなよぅ」
「酷い言い草だな。フライングしたのは君だろうに」
クックッ、と満更でもなさそうな笑い声。しばしの無言。
どうでもいいが、おかめの面をつけたまま飲酒するのか。どうでもいいが。
「ふぅ……かけつけ一杯、って感じかな」
「いぇ~い!」
「はいはい。いえい、いえい。というか本当にテンション高いな君は。さしものボクも押され気味だよ」
苦言を呈してはいるものの、表情は笑顔。
酔いに任せて振り回す湖南みあと、飲酒してるとは思えない安定感でツッコミを入れる極富ずちな。雑談は漫才の様相を呈していた。
話題が回る。舌が回る。リスナーの思考も付いていくためクルクル回る。
万華鏡のような時間はあっという間に過ぎていく。
最後まで見たはずだが、終了時刻は覚えていない。
アーカイブの配信時間は体感の三倍以上になっていた。
〇2021年2月20日
「――ということで、しばらく配信をお休みすることにしました」
本当は個人配信か、ツイッターで報告しようと思っていたんだけどね。
「ずーちゃんが活動休止する前にコラボをしたい、って何度も何度も言ってくれたの」
「ちろるは数少ない、元個人勢の仲間でもあるからね」
個人勢が企業へ所属することはそれほど多くない。ちろるとずちなは、あにまーれにおいて『白宮みみ』に次ぐ同率2番目の元個人勢であった。
二人は個人勢時代に絡みがあったわけではない。ずちながコラボ主体のVtuberとはいえ、
そのまま活動を続けていたなら知り合うこともなかった二人が、同期としての絆を育んでいる。きっとそれは、新人が同時デビューするよりも遥かに奇跡的な出来事だ。
「さて、熱烈ラブコールに応えてくれたのが昨日だったから、何を話すか決めてはいないわけだが。ちろる、何か言っておきたいことはあるかい?」
「急に締めのあいさつみたいになるね!?」
「いやいや。君はこれまでの配信で毎回泣いてるじゃないか。ちゃんと話せるときに聞いておくべきかなと」
「お気遣いどうも!」
るかこやずちなと会話をしている時、ちろるは憤っている割合が高くなる。どちらかというとダウナーなボケである両者に対して、ツッコミを入れずにはいられないのだろう。
「たびたび思うが、よくそこまでツッコミができるね」
連続で叫んで疲れたのだろう。大きく深呼吸をしたちろるは、やや掠れた声で応えた。
「だって、他にツッコミをいれる人がいないんだもん」
「そうやって貧乏くじを引き続けるわけだ」
「貧乏くじだと思ってるんだ……みるちーずの時くらい、ずーちゃんもツッコミをやってよ」
「前向きに善処する方向で検討しよう」
「それ、やらない人の言葉だよね」
気を付けよう。ずちなの言葉は殊勝だが、その態度は馬耳東風であった。
「ところで。ちろるの休止前に、同期コラボのハッシュタグが決まって助かったね」
「全然決まらなくて、最後はリスナーさんの投票になったけど、本当によかったよ」
「みるちーず自体はボクも気に入ってるよ。ただ、みずちる推しが全然いなかったのは未だに不満だけど」
「だから、そのタグは危なすぎるってば!」
喜怒哀楽の激しい元個人勢と、安定感が取り柄の元個人勢のコラボは進む。お互いの知識を、経験を、思いを語る。
酸いも甘いも噛み分けてきた二人だ。ひた走ってきた道のりの背後には、一休みのつもりが立ち上がれなかった同類の
プロとしての冷徹さが最後の会話かもしれないと囁く。同期としての絆がきっと次もあるよと励ます。『つづきからはじめる』を選択できるかは、神ならぬ身にはわからない。
ゆえに、日々を全力で生きるのだ。
配信の終わり際になり、ずちなによる唐突なピアノ演奏が始まる。
サプライズの中身はベートーヴェンピアノソナタ第26番。
『さよなら』を告げるソナタに重なった「「おつまーれ」」は、二人の涙に濡れていた。
〇2021年4月27日
配信画面に一冊の本が映っている。
数年前に
「この本の面白いところは、タイムスリップや過去改変が一般的になっており、法律で規制されている点だ」
ずちなが言う。
「まっとうな倫理観を持った主人公は、禁忌となっている過去改変をする気などない。しかし、暴走した機器の制御はできず、生きている以上、食べる物が必要だ」
飢えを
「本能と理性の間でさまよう主人公が、過去改変を是とするのか否か。核心については伏せさせてもらうが、ここで質問だ」
何気ない口調の裏に、隠し切れない興味を秘めてずちなが問う。
「もしも過去を変えるチャンスを得たとしたなら、そしてそれが禁忌であったならば、るかこはどうする?」
問われたのは本企画の主。
出張版の電脳図書室を依頼され了承したるかこは、感嘆の吐息をもらした。
「提案されたときは半信半疑だったけど、本当にたくさん本を読んでいるんだね」
「なかなかの読書家だと自負しているよ。ただまあ、そういうイメージがないのは重々承知しているさ」
ずちなの発言にコメントが盛り上がる。『たしかに』『草』『それはそう』『司会うまいから頭いいとは思ってる』『トークテーマで本の話題は出したことないよね』『草』『草』
しばし沈黙が続いたのはコメントを見ていたからか。ある程度の落ち着きを取り戻したところで会話が再開した。
「どうやらボクのイメージは総括すると、『教養はないけど地頭が良い』って感じみたいだね」
「ちーなんはその評価をどう思ってるの?」
「内容がどうであれ、イメージが定着するくらい見てもらえているのは嬉しいよ」
「つまり、内容自体には異議を唱えたいってことね」
「……。ところで、先程の問いに答えてもらってないのだが」
露骨な方向転換。普段のるかこなら追及していただろうが、今回は読書会。趣旨を優先することにしたようだ。
「タイムスリップができるなら過去を変えたいか、って話よね。私なら――」
仮定の話に花が咲く。それぞれの見地から語られる持論がリスナーを唸らせる。コメントまで巻き込んだ考察や討論は1時間以上続いた。
「さて。議論も煮詰まってきたところで、リスナーから募集した本の紹介へ移ろうか」
「えっ、今からするの?」
「当然だとも」
予定調和のように伸びていく配信時間。いつものことと割り切っているリスナーたち。
さすがに尺を意識していたのか、ずちなの手腕か。円滑に本の紹介は終わる。あとは締めの挨拶を残すのみ。そう思っていたところで、ずちなから新情報が発表された。
「最後に告知を失礼するよ。明々後日の4月30日はボクの誕生日だ。あにまーれに所属して3ヶ月も経っていないから不思議な気分ではあるけれど、
〇2021年4月30日
誕生日記念逆凸。
あにまーれ所属後、極富ずちなが初めて行ったソロ配信であった。
「まあ、初めに宣言した通りボクはコラボ専門のVtuberだ。一人で長々と語るつもりはない。さっそく逆凸を開始しよう」
語るが早いか、掛けるが先か。根回しの良さもあるだろう。早速一人目と通話がつながったようだ。
「もしもし組長。今大丈夫かい? 早速だけど――」
所属グループのリーダーを皮切りに、手際よく逆凸を繰り返していく。同グループの先輩。同社内で他グループの面々。一人一人の尺は2分程度にまとめていたため、おおよそ50分で22人への逆凸を完遂していた。短いからと侮るなかれ。
「さて、残りは同期だけだね。面倒だから一気に掛けてしまおうか」
突如始まった同期コラボ。思い出話はそこそこに、逆凸した先輩方からみた極富ずちなの印象で盛り上がった。
「コミュ強って評価が多いのは、同期としては意外だったかな。何回かコラボして分かったけど、ちーなん、意外と心理的距離感の詰め方に慎重なタイプでしょ」
「その評価は間違ってないよ。ただ今回は、今日がはじめましての人が多かったからだと思う」
「うぇっ!? 話したことなかった人にも凸したの!?」
みあの驚愕と前後して、コメントが加速した。『確かに困惑してる人多かったな』『探り探りの会話がすぐ盛り上がって草だった』『コイツ相手に合わせるのやたら上手いよな』
「事前に許可を取っているのだから問題ないだろう?」
『普通の感性ならそれでも
「もちろん感謝はしているさ」
「そういう話じゃないと思うんだけど……」
他の評価も話の
「名残惜しくはあるが、そろそろお開きの時間だね。逆凸させてくれた先輩方。今ここに集まってくれた同期の2人。裏で何度もコンタクトをとってきたけど、しっかり我慢して休んだちろる。ここまで付き合ってくれたリスナーの皆。誰が欠けてもこの企画は成功しなかったよ」
あにまーれに所属してから得た絆や縁を順々に確認する。指折り数えるように。心に刻むように。
「貰ったもの全てに応えられたとは思わない。でも、その時々で最善を繰り返してきたつもりさ。ボクがここにいるのはみんなのお陰。当たり前のことだけど、改めて感謝させてほしい」
こうやって語ると気恥ずかしいな。
照れているのがはっきりとわかる声色。
「だらだら続けても仕方がない。まずは今回の配信を締めるとしようか」
最後まで残ってくれた同期との「「「おつまーれ」」」が響き、配信画面を蓋絵が覆った。
◑
配信が終わってもすぐに閑散とするわけではない。コメント欄には名残を惜しむリスナーの書き込みが流れていた。記念配信だからか、いつにもまして勢いがすごい。
普段は視聴専門のワタシも、せっかくの記念配信だから書き込むことにした。大した内容ではない。日々楽しませてもらっている感謝を述――
15年後……
怖い……
みんなありがとう……
――なんだ、これは。
終了したはずの配信。微かに聞こえた言葉。独特のハスキーボイス。
鳥肌が立った。背を伝う冷や汗が止まらない。
コメント欄に変化はない。誰も聞こえなかったのだろうか。
混乱と恐怖でしばらく固まったワタシは、結局書き込むことなく配信を閉じ、そのまま床についた。
明日になればいつもの日常が待っている。何の根拠もなくそう信じて。
●2021年5月7日
極富ずちなが一切の活動を停止して1週間。
事前告知もなく。なにか事情があるのかすら分からない。
記念配信の最後が頭から離れないワタシは、少しでも情報があればと掲示板を覗いてみた。
最近774inc.内でAPEXが流行ってるな
128:量産型774 ID:k8ZLTlv3d
第5回CRカップの練習だろ
132:量産型774 ID:yMIg07zEm
参加するの誰だっけ?
134:量産型774 ID:IU/J4Kyci
風見くくと杏戸ゆげ
137:量産型774 ID:Hx/OEk7cw
今週のみるちーず配信良かったな
みるちーずの話題が出てきた。ここだと思い、一石を投じてみる。
最近ずちなの音沙汰がないけど、理由を知ってるヤツいる?
140:量産型774 ID:HzvR5v+2M
>>138 ずちなって、るかこの同期の?
143:量産型774 ID:0qvhRtCI+
>>138 そういや最近見ないな
144:量産型774 ID:xLPnu1zGn
>>138 4月30日の記念配信が最後だっけ
147:量産型774 ID:D6qQpavCX
>>138 ちょっと前まで毎日SNSにいた気がしたけど
151:量産型774 ID:KYYVRtw1l
少し情報を漁ってみるか
ほとんどは些細な感想だったが、151番の人は動いてくれるようだ。
願わくば吉報を。祈りながら掲示板を見続ける。
幸か不幸か、151番の人はネットに強かったらしい。情報が出てくるまで時間はかからなかった。
【速報】極富ずちなの初配信が視聴できない【エラー】
どくん、心臓が大きくはねた。
>>162 は?
166:量産型774 ID:X2aJy14ph
>>162 BANでも食らったんじゃないの
171:量産型774 ID:IS/UaFnD2
>>166 いやいや初配信だぜ? いくらあにまーれ所属だからってそんなこと……
175:量産型774 ID:99QfZWnyU
確認したけどマジだった。配信開こうとしても全然開けない。いったい何が――
見ていられたのはそこまでだった。
急いでYoutubeを開き、極富ずちなのチャンネルへ跳ぶ。
投稿動画のタブへ切り替え、画面をひたすらにスクロールしていく。新人ならば追加日が古い順でソートすれば良いが、ずちなは元個人勢だ。あにまーれ所属前の動画に埋もれてしまう。
焦りを自覚しながらサムネイルを見ていく。確か大きな文字で『新人です』と書いてあったはず。
――あった。
震える指でサムネイルをクリックする。情報の送受信が始まった。普段なら気に留めない短時間のはずなのに、時が止まっているのではないかと錯覚してしまう。
早く。早く。
画面が切り替わった。
黒一色の静画が目に映る。重い動画のはじめはこんなものだ。掲示板から見に来ている人が多いに違いない。そうやって必死に自分を励まし待ち続ける。
5分待った。画面に動きはない。
10分待った。画面に動きはない。
20分待った。画面に動きはない。
途中から無駄だと悟りはしたが、それでも1時間待ち続けてみた。
画面は決して動き出さず。黒塗りの長方形のままだった。
●2021年8月15日
いったい何があったんだ……
3ヵ月と少し前、初配信の視聴エラーを皮切りに彼女の痕跡が少しずつ消え始めた。
アーカイブは視聴しようとしてもエラー。販売延期だった誕生日グッズはオンラインショップから消え去った。本人のSNS投稿も、有志のファンアートも、いくら探しても出てこない。
掲示板でも同様だ。
新規視聴者です。みるちーずのメンバーと由来を教えてください。
86:量産型774 ID:6TZ61GZn0
>>83 新人だ!
87:量産型774 ID:bEQ6El/yE
>>83 囲め囲め!
89:量産型774 ID:kIQ618nYu
>>83 お茶をお出ししろ!
92:量産型774 ID:1oskMk7zK
>>86>>87>>89 テンプレ乙。で、みるちーずについてだっけ
97:量産型774 ID:IiS0+Lduz
最近のリスナーさんだと、ちろ先知らないのかな
100:量産型774 ID:itEZ0OiIB
>>83
・メンバー
湖南みあ、大浦るかこ、月野木ちろる の3人
・由来
それぞれの名前の頭文字をとって『みるち』そこに複数形の『s』を付けて『みるちーず』
103:量産型774 ID:9xjgfv8bb
>>100 有能
105:量産型774 ID:ZHnxfOc2K
>>100 有能
107:量産型774 ID:+gKLH18nA
>>100 有能
新規を騙って反応を見ても、誰ひとり彼女に言及しない。
みるちーずの由来に関しても、それらしい理屈が付けられていた。
彼女がいなくても、否、彼女がいない今こそが正常と言わんばかりに、世界は淡々と回っていく。
――ここまで思考して、ふと、彼女の名前を思い出せないことに気付いた。
背筋が凍り付く。心臓が早鐘を打つ。
なぜ? なぜだっ? なぜ思い出せないんだ!?
頭を掻きむしる。脳の奥底を
熱が出んばかりに思考を回し、やっと思い出せたのは『極 ず 』という虫食いだった。
完全に思い出せず、そればかりか、紅茶に入れた角砂糖のように溶けていく記憶。
――時間がない。
焦燥感に駆られるまま、ワタシはキーボードを叩き始めた。
推敲している余裕などない。書いた
急がねば。
急がねば。
急がねば。
●2021年8月18日
得体の知れない何かに急き立てられながら、以前に書いた文書の投稿準備を開始した。
投稿先は大浦るかこのGoogle form。『裏ラジ オウルナイト』の1コーナーである『ふつおた』だ。
はっきりいって書いた内容は覚えていない。大事なことだった気はするのだが、寝て起きた時には遅くまで書き物をしていたこと対する後悔と眠気しか残っていなかった。
過去のワタシは今のワタシが覚えていないことを予測できたのだろうか。スマートフォンのTo Doリスト。アラーム。壁に掛けてあるカレンダー。ありとあらゆる手段を用いて『ふつおた』へ投稿するように求めていた。
Google formにたどり着いたところで文書を開く。To Doリストには『内容を見ることなく、全文をコピー&ペーストすること』と書かれていたが、さすがに覚えていない文章を見ずに送信する蛮勇はない。送信する責任を負う以上、中身を把握することは義務である。そう自分自身を説得し、視線を文字列に滑らせた。
とんでもない内容だった。
みるちーずに4人目がいたという妄言。こんなものを送ろうとしていたなんて、過去の自分は狂っている。送信する前に気付けてよかった。早く消してしまおう――Google formを閉じようとしたが、どうしてもバツボタンを押せなかった。
心音が耳元で大きく響く。冷や汗が止まらない。寒い。寒い。なのに、なぜだろう。頬を流れる一筋だけが熱いのは。
しばらく逡巡したのち、投稿先の変更を折衷案とした。『なかった夏の思い出』というテーマ。フィクションとしてなら送ってもいいだろう。
今の気持ちを追記したうえで投稿ボタンをクリックし、達成感やら虚無感やらを噛み締めつつ天井を見やる。
ガタン
不意に静寂が切り裂かれた。音がしたのは後ろ。何事かと振り返る。
白い
MSM-07。初めて惚れ込んだロボット。親に頼み込み買ってもらったガンプラ。
丁寧に置き直し、改めて眺める。
鋭利な三本爪を持ち上げたその機体は、42年前に世へ出たという。人気は今も変わらない。
きっと、15年後も人気だろう。
根拠はないが、強く、強く確信した。