遊戯王 ―― strayeD girls ―― 作:James Baldwin
会場を熱気が包む。
世界的なデュエルモンスターズの大会である
瀬戸際に立たされた春のチャンピオンの姿に観客達は固唾を飲み、声援を送る。
「私のターン、ドロー! スタンバイフェイズ、メインフェイズ!」
溌剌とフェイズを宣言しながら、どこかアイドルめいた明るい色合いのドレスに身を包んだ灰髪の女性は冷静に状況を確認する。
都合五度目の自らの手番。ライフは互いに半分の4000を下回っている。
こちらの手札には切り札とそれをフィールドに出せるだけのリソース。
相手の手札はゼロ。
向こうのフィールドには攻撃力2700のSモンスターが1体に、何らかの効果の発動に対してチェーンしそれを無効、破壊することができる
それに対して自らのフィールドは更地。ここからの挽回は余程のプレイングスキルとデッキポテンシャルが無ければ無理だろう。
だが、彼女にはそのどちらもがあった。臆する必要は無い。
「私は手札から魔法カード【ファンシー・ソング】を発動するね!」
「そうはさせない! その時、【フルール・ド・バロネス】の②の効果を発動! その効果を無効にして破壊する!」
それは予想していた展開であった。
【ファンシー・ソング】の効果は発動するターン【ガーリー】モンスターしか特殊召喚出来なくなるという制約を受け、デッキから同じレベルの【ガーリー】モンスターを二体、効果を無効にして特殊召喚するというもの。このデュエル中1ターン目にも使用したカードであり、テキストを覚えていなければ相手の使うカードをデュエル中に確認することが出来ないデュエルモンスターズにおいて、効果を既に知っている厄介なカードならばたとえ一度きりであろうと妨害札の使用を惜しむことは無い。
青年の従える花の騎士が魔法カードのビジョンを剣で叩き割る。普段は実体を持たない設定のリアル・ソリッド・ビジョンに投影された騎士の一挙手一投足は、しかしこの世界的大会においては人智を逸した風格と共に質量を伴う。
巻き起こった風に靡く灰の髪。スカートがめくれないように手で抑えながら、彼女は冷静に対局を見据える。
だからこそ、彼女はふっと笑みを浮かべて次なる展開を始めた。
勝利へ繋がる最後の展開を。
「墓地の魔法カード【乙女の使命】を発動。自分のターンに相手が効果を発動した場合、墓地のこのカードを除外することで、相手フィールドのカードを1枚選んで破壊できる! 私はその伏せカードを破壊するよ!」
「っ」
伏せられていたカードは【無限泡影】。相手のモンスターカード1枚の効果を無効にしてしまう恐ろしいカードだが、モンスター以外にはほぼ使い物にならない。
これで妨害の心配は無くなった。
「私は手札から魔法カード【ルール・オブ・ガーリー・マスター】を発動。墓地に存在する【ガーリー】のカード名が記されたカードの種類が8種類以上の時、私の墓地のカードを全て除外することで
「っ、来たか……!」
「世界はガーリー! ルールはカラーリング! 可愛いこそが絶対法則! 来て、【ガーリー・マスター サブライム】!」
やや年齢に対してやり過ぎ感の否めない決めポーズと決めゼリフ。
そして、世界に可愛いの神威が顕現した。
それは装飾的で女の子らしいふわふわとした風貌のドレスに身を包んだ強大な天使。
事実、【ガーリー・マスター サブライム】は天使族光属性レベル12の最上級融合モンスターだ。
天使族光属性で統一されたテーマである【ガーリー】は、他でもないWDC・春三連覇の偉業を成した彼女の活躍によって使用人口の多いテーマであり、これまでに相応の対策も取られてきた。この【ガーリー・マスター サブライム】は【ガーリー】デッキにおいて最も警戒するべきエースモンスターで、対戦相手の青年もまたこのカードを酷く警戒していた。
何故ならば、このカードがフィールドに召喚された時、デュエルの勝敗は自ずと決するからである。
「【ガーリー・マスター サブライム】の①の効果を発動! あなたのフィールドのカードを2枚まで選んでデッキに戻すよ! 私は【フルール・ド・シュヴァリエ】と【フルール・ド・バロネス】を選ぶね!」
「……っ、くそ」
また、【ガーリー】デッキの恐ろしさは対象を取る効果が存在しないことにもある。
対象に取られないカードはこのデュエルモンスターズOCGにおいてかなりの数存在するが、選ぶという文言に対する耐性は『カードの効果を受けない』といったものがほぼ全てだからだ。そして、そういう類のカードはエースモンスターや癖のあるカードばかりで、そう易々と出すことは出来ないのが常。
エースモンスターを失ったことで、青年の場はがら空き。
【ガーリー・マスター サブライム】の攻撃力は脅威の4000。既に半分を切っている彼のライフポイントはこのカードの攻撃を受ければゼロになる。
ここに、勝敗は決した。
「バトルフェイズ! 【ガーリー・マスター サブライム】でダイレクトアタック! プリティー・グレイス・バスター!」
「ぐ、ぁぁぁぁあっ!!!」
LP3800→LP0
天使の指で象られたハートから、虹色の波動が解き放たれる。
それは青年の身体を容易く吹き飛ばし、ステージ端の防護障壁へとその身体を打ち付けた。
LPがゼロになったことを示すピーッというけたたましい音。
それを聞いた瞬間、会場が沸いた。
「今年の優勝も、
「みんな〜! 応援ありがとう! 君も、良いデュエルだったよ!」
遊佐灰都は、人好きのする笑みを浮かべて健闘を讃える。
斯くして2105年春のWDCは、遊佐灰都の四連覇によって幕を閉じるのであった。
□
その日は朝から妹が騒がしかった。
正確には、自分の事なのに自分以上に喜びを露わにする元気な妹の対処でどうにも疲れていた。
心の豊かさは姉に、活発さと元気は妹に吸い取られて生まれてきたのではないかと心のどこかで自嘲する。
などと考えはするものの、むしろそれを好ましいと思う程度に少女は唯一の家族である姉妹を愛していた。
午前八時過ぎの街中では全世界で愛されるカードゲーム、『デュエルモンスターズ』の新弾パックを告知する張り紙が貼られており、公式大会を喧伝するアド・ビジョンが中空に投影されていた。
そんな見慣れた光景に、心のどこかで「所詮はカードゲーム。何を熱中しているのか」と疑問を抱きながら、これから三年間通うこととなる通学路を記憶していく。
東京二十四区の一つ『暮安区』は2075年、今から三十年前に誕生した歴史の浅い街だが、現在の世界的ムーブメントであるデュエルモンスターズOCGを生み出した『紫陽コーポレーション』が本社を暮安区花見町に移転してからは、それこそ渋谷や新宿といった大都会にも引けを取らない程の繁栄ぶりを見せていた。
オタクカルチャーに富んだ日本だけでなく、アジア諸国や欧米、中東でも大人気のデュエルモンスターズを今の形にした、この世界で最も力を持っていると言っても過言ではない企業なのだから当然と言えば当然か。自分のことにすら無関心気味な彼女にとっては、それこそ至極どうでも良い話ではあったが。
彼女、
毎朝妹によってツインテールに結われる黒髪は艶やかで、その顔立ちはモデルやアイドル顔負け、170近い長身でスレンダーなスタイルを持った完全無欠の美少女なのだが、ハイライトの無い眼のせいもあってかどうにも人形のような印象が拭えない、有り体に言って孤高で孤立気味な少女。
街往く人々の中には少女の容貌に見惚れ、思わず振り向く者も多いが、生来無気力で家族以外には無関心な彼女には全くもって関係の無いことであった。
加えて、この世界の人々は文字通り老若男女がデュエルモンスターズに熱中していて。黒江にとってすればそんなに打ち込める物があって羨ましいと思う反面、正直なところ、大人にもなってカードゲームをやっている彼らのことが妙に理解できなかった。
世の中の認識からすれば、彼女の方がズレているのだが、たとえそうだとしてもだ。
無趣味で自らも認める程に無味無臭のつまらない人間である黒江は、世間でここ何十年間と大流行しているデュエルモンスターズにも当然全く興味が無い。やろうと思ったことも。
いや、何故そんなにも人気なのかということにはほんの少し興味があったが、それも頭に過った次の瞬間には掻き消えているような弱々しい下火だ。
それでも確かにそれは珍しいことではあった。彼女の頭の中に形を成したまま残っている事物が、基本的にその姉妹と両親についてのことのみであるという事実からもそれは窺い知れよう。
そうと言うのも、黒江の姉が今や国会議員になるよりも難しいとされる紫陽コーポレーション社員にして、世界的な大会で活躍するデュエルモンスターズのプレイヤー『デュエリスト』であるから、というのが大きな理由を成していた。
愛する姉が人生を捧げていると言っても過言ではない程にデュエルモンスターズに浸っているのだから、気になるのも無理はない。
まあ、再三となるが、だとしてもカードゲームなんかをやろうとは思わなかった。
「おはようございます」
「……おはようございます」
気が付けば学校に到着していたらしい。
この学校の教員らしい女性が、続々と登校する少年少女達を校門の前で待ち設けていた。
中学時代の学校の成績が全て中の上であった彼女のコミュニケーション成績は、悲しいことに下の下だ。見知らぬ人に最低限の挨拶ができるだけマシなレベルである。
対人恐怖症だとかあがり症だとかそういうわけではなく、生来の無気力ゆえに友人経験に乏しい彼女は、悲しいかな必然的にこの十五年間の人生の中でコミュニケーション能力を磨くことが出来なかったのだ。
無論、挨拶をした生徒がそんな風だからといって特別態度を変えるわけではないのが教師というもの。
優しさに満ちたほんわかとした笑顔で少女の挨拶を聞き届けると、女性は黒江に講堂へと向かうように促した。
桜慈学園はマンモス校。生徒の数もかなり多いのだが、ひと目で黒江が新入生であることが分かったのは、そのリボンの色がゆえだ。桜慈学園の一年生、新入生は赤、二年生は青、三年生は緑でネクタイ・リボンが統一されているのだ。
(……ここでも流行りはデュエルモンスターズなのね)
辺りを見遣れば、新入生だけでなく上級生と思われる生徒らも腰にデッキホルダーを携えている姿が度々見受けられた。
デュエルモンスターズOCGはカードゲームでありながら、今となってはオリンピックにも匹敵、否、大小様々な大会のその開催頻度を考えればオリンピックすらも超えるやもしれない人気を誇り、その普及率は今なお加速度的に増え続けている。
そんな流れに逆らい続けてはいるものの、友人を作ったならばまず間違いなく話を振られることは明白。デュエルモンスターズはカードイラストの変遷もあり十代女子人気も高いのだ。
彼女の対人能力を考えれば、そもそも友人ができるかも分からないのだが、それは言わぬが花だろう。
しかし、姉妹からはせめて五人は友人を作るようにと口を酸っぱくして言われているため、渋々ながらも彼女は友人を作ろうとだけは考えているので、彼女の十五年間の人生の中で大きな進歩である。
取り敢えず、友達を作るならデッキホルダーを持っていない人にしよう。
黒江はそう決めて講堂へと歩を進めた。
□
「ここがデュエルモンスターズ部の部室で、改めて、オレはここの部長の
進藤織奈と名乗った特徴的な一人称の小柄な少女は、そう言って黒江をこじんまりとした部室に案内した。
手を差し出して握手を求める少女を身長差故に見下ろす形になりながら、黒江は一人思う。
……どうしてこうなった。
黒江は入学二日目に頭を抱えたくなった。
To be continued.
――今日のキーカード――
【ガーリー・マスター サブライム】
レベル11 光属性 天使族 融合 効果 ATK4000/DEF2000
「ガーリー」モンスター×4体
このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
①このカードが特殊召喚に成功した場合、フィールドのカードを2枚まで選んで発動できる。そのカードを持ち主のデッキに戻す。
②このカードが墓地に送られた場合、自分の墓地に存在する「ガーリー」カードを5枚以上選んで発動できる(同名カードは1枚まで)。そのカードをデッキに戻してシャッフルし、戻した枚数-5枚のカードをデッキからドローする。
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今日のキーカードはこれね。
名実共に「ガーリー」デッキのエースカードを担っているカードで、このカードも当然だけど「ガーリー」モンスターが基本的に備えている“選んで”発動する効果をもっているわ。
このカードの強みは、その効果を特殊召喚という条件のみで発動できるところでもあるわ。正規の手順を踏んで融合召喚してさえいれば、墓地や除外ゾーンに存在するこのカードを「死者蘇生」や「D・D・R」といったカードで引っ張ってくるだけでこの効果が使えてしまうの。
それに②の効果も忘れることは出来ないくらいに強力よ。
手札が枯渇しがちな場面も多いデュエルモンスターズにおいて、墓地に「ガーリー」カードが貯まってさえいればドローできるカードに制限が無いこの効果は恐ろしく使い勝手が良いもの。できることなら直接除外することで除去したいわね。
……こんなところかしら。
それなら、また次回の『遊戯王 ―― strayeD girls ――』で会いましょう。