遊戯王 ―― strayeD girls ―― 作:James Baldwin
爽やかな朝。一週間の始まりである月曜日に、鳥の囀りが一日の始まりを告げる。
『────HAHAHAHA!! 私、推さ「チェンジで」ぶほぁぁぁっ!!』
ピッチリスーツ男の顔面に、寝起きの黒江パンチが突き刺さった。
□
「どうして黒江は天元寺先輩と面識が?」
「どうしてって言われてもね。前に進藤っていう先輩に連れて行かれたのよ」
『人との縁は多くて損は無い! その面識が君に新たな世界を見せるのだからね! 竜見少女との会話ももう少し楽しみたまえ!』
翌日の放課後。
なんとクラスまで同じであった二人(御代は初めから知っていたようだが、黒江は本当に知らなかった)は、早速二人でデュエルモンスターズ部の部室へと向かっていた。
黒江はと言えば、結局姉からの課題と試練から逃げる方法は愚か、今日の呼び出しを拒否する体の良い理由も思い付かず、こうして大人しく部室を目指しているのである。
ちなみに、二人の後ろをふよふよと浮かびながら追従しているのは、今朝から黒江に付き纏い始めた【Tru-Strayed Super Captain】の精霊である。
絶賛無視されているが、懲りずに黒江へと好漢的持論を語り続けている。今のところ黒江と白袮以外誰にも認識されていないのが救いか。当然御代にも見えていない。
「前から思っていたけど、本当に予算の無い部活なのね」
『たとえ豊かでないとしても、その本質までは測ることはできないぞ』
黒江は辿り着いた部室の前で独り言ちる。
今どき、部活動の部室の大半はロックが完備された自動ドアなのだが、どうしてかこの部活の自動ドアは壊れており、妙に重たいドアを自力で開けなくてはならないのだ。そんなドアを勢い良く開けられる旭飛の筋力に、黒江はゴリラの装いをした彼女を幻視した。
「あれ、遊佐さんと竜見さんだよね? こんなところでどうかしたのかい?」
そんな二人に声を掛ける存在が居た。
「……一条先生?」
「うん、私は現国を担当している一条灯護。一応、今年からの赴任なんだけど、もう覚えていてくれたんだね」
『おお、君の恩師か! ふむふむ、人格者の気配を感じるぞ! 教育者として善き御仁だな!』
二人が振り返った先に居たのは丸眼鏡を掛けた温厚そうな優男、一条灯護。今年から桜慈学園高等部に現代国語の教員として赴任してきた青年だ。普段授業のほとんどを聞き流している黒江だが、名前を間違えるのは無作法だからと姉にキツく言われてからは一度聞いた名前は全て覚えるようにしていた為、若干印象の薄い彼のことも覚えていた。
意外な人物の登場に困惑する二人。気を取り直した黒江は用件を述べる。
「デュエル部に用がありまして」
「デュエル部に? もしかして入部希望とか「違います」そ、そうか。じゃあなんで?」
思わぬ即答はデュエル部の悪評故だろうと肩を落とした一条を他所に、御代が続けた。
「天元寺先輩に呼ばれた」
「ああ、なるほどね。それじゃあ入ってくれ」
御代の答えに納得したらしい一条。彼は二人を部室へと案内する。
「あの、どうして一条先生も?」
「ん? ああ、言ってなかったね。今年から、私がデュエルモンスターズ部の顧問になったんだよ」
黒江と御代は得心する。
しかし、どうして呼ばれたのかは依然として分からないままだ。
「おっ、来たなお前ら」
「本当に来た……」
果たして部室で二人を待っていたのは、得意げな顔の旭飛と愕然とした様子の織奈。
それもそのはずで黒江と御代、一条は知らないことだが、もう黒江を部に勧誘することは無理なのではないかと諦めムードであった織奈に対して、旭飛はそんな黒江を部に呼んでみせたのだと得意に語っていたのである。次いでにもう一人良さそうな新入部員候補も一緒に呼んだとも。それを信じられるほど織奈は楽観的ではなく、どうせ来ないと思っていたのだ。
「遊佐さんに、えっと」
「竜見御代」
「竜見さんか。オレはデュエル部の部長を務めている進藤織奈だ。よろしく」
立ち上がった織奈が御代と握手を交わす。互いに身長150cmを下回る二人が並び立っているのは、そういうのを主食としている層には恐ろしく受けたであろうがこの場にはそのような不健全な空気は微塵も存在していない。
席に案内された二人へご丁寧にお茶とお茶請けが出され、少ししたところで織奈が口火を切った。
ちなみに、旭飛は椅子の前足を浮かせてテーブルに足を置いたいつものスタイルである。
「遊佐さん、そして竜見さん。君達を腕の立つデュエリストと見込んでお願いがあるんだ」
「いや、私は別にデュエリストじゃ『君は私達のような迷い者をあれだけ華麗に導いたのだ。紛れもなくデュエリストだよ』……とにかく、私には無理よ」
「……私は事情次第」
黒江は完全拒否のスタイルを貫いているが、腕の立つデュエリストと言われて少々鼻が高くなった竜見は事情だけならと話を聞く姿勢を取った。
「このデュエル部が直面している危機はふたつある」
「二つ……」
二つの問題というのは多いのか少ないのか判断が難しいが、今のデュエル部の状態を考えるとどちらも一筋縄ではいかないような厄介な物なのであろうことは想像に難くない。
「まず一つ。うちの部は部員が足りていない。チームとして大会に出るには五人は必要なんだ。一応オレと旭飛、副部長の戦績……まあ主に副部長個人の功績でこの部は何とか成り立っている」
「あら、その副部長さんはデュエルが相当強いのね」
『三本の柱か。そこまで言うのなら、さぞやその副部長なるデュエリストは強いのだろうな』
「ああ、凛星は強え。正直この地区だとアイツ以外に敵は居ねえんじゃねえかってくらいな」
「アイツ?」
そんなに強いのかと驚き、それと張り合えるアイツなる存在に興味を抱く。
勿論、強い奴と聞けば戦いたいと思うようなデュエルジャンキーではない黒江は、その強さの程ではなくその正体が気になっただけだが。
「旭飛が言うアイツっていうのは、二つ目の問題にも関係してくる。二人……遊佐さんは知らないだろうから、竜見さんに聞くよ。この近くで一番評判の良いデュエルスクールは何処か知っているかい?」
「……ゼニスDMS」
「ゼニス、DMS?」
『ゼニス……頂点か。大層なネーミングだな』
デュエルスクールだのゼニスDMSだのと知らない単語に黒江は首を傾げる。だが、スーパーキャプテンの言う通り、確かに大層なネーミングである。……黒江は彼と意見があってしまったことに頭を抱えたくなった。
「そもそもデュエルスクールっていうのは、その名の通りデュエリストの為の塾だ」
『なるほどな。強い戦士を育てるための養成所といったところか』
「そんなものがあるのね」
「……君は結構な世間知らずだね」
デュエルスクール。それはプロのデュエリストを養成する専門学校。
この時代、デュエルモンスターズで生計を立てるプロのデュエリストはアスリート並みに多い。むしろ、世界の注目はスポーツよりデュエルモンスターズに向いていると言っても良い程だ。
老若男女誰でもプレイ出来て、紫陽コーポレーションによってカードの販売が一括管理されているゆえデッキを作るのに必要な金額がほとんど同じな為に資金面での格差が付かない。誰でも簡単に始める準備が整えられる。
しかし、だれでも簡単にできるからと言って良質なデュエル経験、カードやデュエルの知識、洗練されたデュエルタクティクスといった物は一朝一夕では手に入らない。
そういった物を誰でも手に入れられるのがデュエルスクールなのである。デュエルスクールを卒業したデュエリストは、大抵がプロのデュエリストになり、大手デュエルスクールで良い成績を残した者はほとんどが世界的に活躍するトップデュエリストの一員となる。カードなどへの初期投資が安い分、ここで投資することで周りに差を付けようとするデュエリストは多い。
「それで、そのゼニスDMSとやらは何なのかしら?」
「……ゼニスはこの暮安区で創立されたデュエルスクールで、恐らく国内では五指に入るデュエルスクールの最大手のひとつだ」
「つまりエリート」
「なるほどね。そのエリートとこの部活に何の関係があるの?」
黒江の問いに織奈は苦虫を噛み潰したような顔を、旭飛は腹立たしげに舌打ちをした。
「この部活は数年前までは地区大会優勝は勿論、全国大会でも上位常連の強豪だった。今年から顧問になってくださった一条先生も、その黄金時代に一つの世代を率いたOBなんだ」
『なに? この温厚で戦いに向かなそうな御仁が、そのような切れ者だと言うのか……?』
「こんな頼りなさそうな見た目して、このセンコーすげえ強えんだぜ。アタシに全然勝ち越させてくれねえんだよ。多分本気じゃねえし」
「旭飛、一言余計だよ」
「ま、まあまあ、進藤さん。私が頼りなさそうなのは事実だからさ……」
桜慈学園デュエルモンスターズ部が過去の強豪であるというのは知っていた。しかし、まさかこの丸眼鏡の優男がそんな強豪校の一つの世代を率いた人物だとは思わなかったらしい黒江と御代の二人は、顔に出さずとも内心でかなり驚いていた。
後、スーパーキャプテンもだいぶ失礼なことを言っていると黒江は内心で突っ込んだ。
「でも、盛者必衰って言うのかな。段々とその力も衰えていって、オレが入部した頃には今より少しマシってくらいだった」
「ま、それはそれ。そっからパイセン達とアタシらで頑張って結構良いところまでは行ったんだよ」
「オレ達の世代は自分で言うのもなんだけどかなり強かったからね。特に旭飛と凛星が」
「トーゼン。それにパイセンも強かったしな」
『……さぞかし良いチームだったのだろうな』
懐かしむようにそう言う二人に、当時はそれだけ良い雰囲気の部活だったのだろうと認識する。
だが、それがどうして今のような状態になってしまったのだろうか。
「……アイツさ。アイツが全てを壊した」
「そこで、そのアイツとやらが出てくるのね」
続けた黒江に、ああと肯定すると旭飛忌々しいといった顔でその名を口にする。
「アイツ────
当時中学3年生ということは、黒江や御代と同い年か。恐らくこの学園には在籍していないであろう。もしも在籍していたら相当な強心臓だなと、やっぱり黒江はズレたことを考えていた。
「命堂はいきなりうちの部室にやってくると、ゼニス対うちの部で練習試合を組みたいと言ってきやがった。しかも、妙な条件を出して」
「妙な条件?」
「アタシらが勝てばゼニスからの全面支援。アイツらが勝てば今後部としての大会への出場禁止。無茶苦茶だろ?」
確かに無茶苦茶な条件だ。普通なら受けない。
「オレ達は断った。でも、どういうことか学園側にも周到な根回しがされていて、オレ達はその試合を受けざるを得ない状況にされていたんだ」
「……卑怯」
「なかなかに非道ね」
『……下劣で醜悪だが、そういう輩もまたこの世には存在するからな』
反応は三者三様だが、概ね黒江も御代も、スーパーキャプテンもまたゼニス側の行いを快くは思わなかった。
「そして、五対五の総当たり戦。アタシと織奈は勝って、パイセン二人が負けちまった。多分凛星が出てたら勝ってただろうが、凛星は出られず。後は当時の部長とアイツとの一騎打ち」
「……まあ当然だけど、オレ達は先輩が勝つと疑っていなかった」
その口ぶりと現状からするに、その結末は……。
「結果、命堂のやつは無傷で、パイセンはほとんど何も出来ずに負けちまったってわけさ。アイツはマジで強かった」
「……」
「で、その最終戦の一部始終をネット放送されてたせいで、うちの部の評判はガタ落ち。パイセン達はみんな辞めちまって、今に至るってわけだ」
『なんと非道な……!!』
スーパーキャプテンが怒りを露わにする。
だが旭飛が言うように、命堂涅音とやらの実力がそれほどまでに高かったのもまた事実なのだろう。
それに黒江はやり過ぎと思う反面、何処か納得もしていた。理由はなんであれ、この部を潰したいのであればあまりにも正確無比で効果覿面だからだ。とはいえ、同じ立場になったとしてもそんなことはしないが。
「今のオレ達には、何も無い」
「そうね。確かに何も無いわ」
黒江がそう言っても、否定することは出来ない。それほどまでに絶望的な状況だった。
しかし、だからと言って引き下がるようなデュエルモンスターズ部ではなかった。
「……オレ達は先輩の夢を、再びこの部を最強にするっていう夢を叶えたい。叶えなきゃ、ダメなんだ……!」
「……」
そう言う織奈はどこまでも真剣で真っ直ぐだった。ただ一心に先輩の無念を晴らしたいと願っていた。
「頼む、二人とも。オレ達に力を貸してくれないか……!?」
「都合が良いってのは分かっちゃいるが、アタシもこの通りだ」
「……私からも頼むよ。この部には、君達の力が必要だ」
頭を下げる三人。
黒江は、それを見て心が揺れるのを自覚した。今までに経験したことの無い感覚に困惑する。
……これだから、デュエリストという人種は嫌なのよ。
「……分かった。私は入部する」
「! ありがとう、竜見さん!」
御代は彼らの決意に力を貸すことに決めたらしい。部室内の注目が黒江に集まった。
「黒江はどうだ、頼まれてくれるか?」
『どうするんだ、黒江。君の好きなようにすると良い』
「……少し、時間を頂戴。すぐには決められないわ」
黒江は、逃げるようにして部室を後にした。
To be continued.