遊戯王 ―― strayeD girls ――   作:James Baldwin

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黒の邂逅

 人も傾き始めた夕暮れ時、黒江は一人帰路を歩いていた。

 

『黒江、本当に力を貸さなくて良いのか?』

 

「だからそう言っているでしょ。それと、貴方は出てこないで」

 

『……しかしだな』

 

「私はデュエリストじゃない。ああいうのはデュエリスト同士で解決するものよ」

 

 尚も食い下がろうとするスーパーキャプテンに、黒江は無表情ながらも少し腹立たしげな語調で答えた。

 

『どうにも、怪しい臭いがするんだがなあ……』

 

 スーパーキャプテンの呟きを無視して、黒江は足早に住宅街を往く。

 

 どうして自分の心が揺れたのか、黒江にはそれが分からなかった。あの話を聞いてなんとも思わない人間ではないはずだが、だからと言ってそれで根本の考えが簡単に揺れる人間でもない。

 依然として、黒江はデュエルモンスターズを続けることを拒んでいるのは事実なのだ。

 

「っ」

 

「ぁ」

 

『黒江、危ないぞ。もっと周りを見て歩くんだ』

 

 自身の心境に当惑しながら歩いていたその時。

 考え事をしていても注意を怠っていたわけではないが、曲がり角で人とぶつかってしまう。

 この数日でよく人とぶつかるなと自身の注意力が散漫になっていることを危惧しながら、黒江は差し伸べられた手を取った。

 

「ありがとう」

 

「いえ、大丈夫ですよ。私の方こそぼうっとしていました」

 

 相手の少女は黒江と歳は変わらないように見えた。

 膝上まで伸びた黒髪に、ハイライトの消えた虚ろな青い眼。身長は黒江より少し低いくらいか。しかし、黒江同様に整ったスタイルをしている。

 自分が自分でなかったなら、きっと彼女のようだったかもしれない。黒江はそんなことを漠然と思った。

 

 ふと少女はその眼を虚空へと、正確にはスーパーキャプテンへと向ける。

 

「……貴女も精霊に好かれている方なんですね」

 

『む。もしや君、私のことが見えているのかね?』

 

「はい。私もそういう体質なので」

 

 昔は今よりもう少し多かったが、この時代、デュエルモンスターズの精霊が見える体質というのはかなり珍しいものだ。

 何となく存在を感知できる者なら百万人に一人、ハッキリとその姿を認識できる者はさらに少なく実に一千万人に一人程度の割合でしか存在しないと言えば、彼ら彼女らがどれだけ希少な存在であるか分かるだろう。姉妹三人揃ってハッキリと精霊の見える遊佐家など、存在そのものが天文学的確率によって成り立っていると言っても良い。

 事実、黒江は姉妹以外で精霊が見える人間と出会ったのは初めての事だった。

 

 少女はどこか嬉しそうに黒江に手を差し出す。

 

「ここで会えたのも何かの縁です。私は命堂涅音(みどうクオン)。涅音で良いですよ。貴女は?」

 

「命堂、涅音……ね。私は遊佐黒江よ」

 

「黒江と呼んでも?」

 

「ええ」

 

 その手を握り返しながら、黒江はその名に衝撃を受けた。

 

 命堂涅音と言えば、忘れるはずもない。先程先輩達が忌々しげにその名を口にした因縁の相手だ。命堂涅音なんて珍しい名前、そう何人もいるものではないだろう。

 

 嫌な偶然だ。

 こんな時には、必然や運命といった物の介在を疑ってしまいそうになる。

 

「黒江はデュエルモンスターズはやっていますか……という質問はするだけ無駄ですね」

 

 涅音は黒江の腰に装着されたデッキホルダーを見ながらそう言う。

 

 正直なところ、それで自分がデュエリストだと判断されるのも御免蒙りたかった。

 赤の他人同然の彼女に言ったところで意味の無いことだが、どうしてか自然と黒江は言葉を紡いでいた。

 

「……まあ、ほとんど付き合いでだけどね」

 

「付き合い」

 

「ええ。姉と妹が本当にデュエルモンスターズが好きなの。その流れで最近、私も始めることになったのよ」

 

 黒江はあまり会話を続けるのが得意な方ではない。

 必要に迫られれば不自由なく会話出来るが、普段のそのコミュニケーション能力は最低値付近で堂々と居座っている。そうでなければ、高校に入るまでまともに友達が出来たことがないなどという恐ろしいことにはならない。

 

 だが、この会話は必要に迫られるようなものではない。

 だというのに黒江の口は自然と回っていた。

 

「そういう貴女は?」

 

「私はほら、この通り」

 

「それは……プロのライセンス、というものかしら?」

 

 涅音が懐から出して見せたのは一枚のカード。

 それはデュエルモンスターズで生計を立てている証。これが無ければ国内外問わず公認大会に出場して生活できるだけの賞金を得ることはできない。無論、ライセンスの無いアマチュアでも優勝賞金自体は得られるが、プロのライセンスを持つデュエリストと違ってスポンサーが付くことが無いのだ。逆に言えば、ライセンスを所有するプロのデュエリストならばスポンサーが付いて、勝利すればそれだけのリワードを得られる。

 灰都もまた紫陽コーポレーションの社員であると同時に、紫陽コーポレーションや他にもいくつかの関連企業からスポンサードを受けているプロのデュエリストである。事実として今の遊佐家の貯金は三人姉妹が一生遊んで暮らしても尽きない程度にはある。

 

「ほとんど大会にも出ていないし、スポンサーが付いているわけでも無いのですが、一応は」

 

「そうなの? でも、ということは貴女はデュエルモンスターズが好きなのね」

 

 なんとなしにそう言った。特に深い意図は無かった。

 けれども、涅音はその一言にほとんど変わらぬ表情ながらに何とも複雑極まる顔を見せて吐き捨てる。

 

 

「────そういうものでもないですよ」

 

 

「え?」

 

 予想外な答えに黒江は二の句を口に出来なくなった。

 プロのデュエリストだと言うのに彼女の口振りはまるでデュエルモンスターズに興味が無いか、なんならデュエルモンスターズに好意的ではない者のソレであったのだ。

 

 その矛盾の理由が黒江には分からなかったが、しかし彼女が纏う雰囲気とその答えに黒江はどうしようもなく感情を揺さぶられた。

 

「……妙な空気になってしまいましたね、ごめんなさい。私はこれで」

 

「そうね。そろそろ私も行くわ」

 

「貴女とは気が合いそうです。それにまたどこかでお会い出来そうな気がします。それでは、またどこかで。そちらのヒーローさんも」

 

『ああ、達者でな』

 

 涅音はそう言うと踵を返してその場を後にする。

 

『……不思議な少女であったな』

 

「ええ、そうね」

 

 残された黒江は、その後ろ姿が完全になくなっても彼女のことが頭から離れなくなっていた。

 

 そして暫くその場で呆然と立ち尽くした後で、彼女もまた駆け足で来た道を戻るのであった。

 

 

 □

 

 

「まずは部員を見つけるところから始めなきゃいけないな」

 

「凛星の穴も埋めなきゃいけないしな」

 

「? 副部長は来ない?」

 

 副部長が来ない前提で話を進める二人に、御代は首を傾げた。

 そんなに強いと言うのなら尚のこと戦力として数に入れなければならないと考えるのは当然のことだろう。

 

桐紙凛星(きりがみリンゼ)さんは今、海外留学中なんだよ」

 

「海外留学……」

 

 教員なのもあり、あらかた特筆的な生徒の事情は理解している一条がそれに答える。

 特にデュエルモンスターズ部副部長こと桐紙凛星はこの学園創立以来の才媛とされており、その存在は今年赴任したばかりの彼の耳にも届いていた。

 

「アイツは頭が良いしデュエルもめちゃくちゃ強いからな。前々から紫陽コーポレーションにスカウトされてたんだよ」

 

「それを引き受けたから、今は海外で勉強をしつつ経験を積んでいるんだ」

 

「あの紫陽コーポレーションから……」

 

 紫陽コーポレーションと言えば、デュエルモンスターズの展開規模ゆえに今や国会議員になるよりも難しいとされる超々一流企業。

 商標関連の話もあり、その利益の全てを独占しているのだから当然だろう。今やその勢力は一国にも相当、いや超えるやもしれないと言われるだけのことはある。

 

 そんな紫陽コーポレーションからスカウトを受けるとは一体どれほどの人物なのか。御代は気になったが、この部にいればいつかは会える。そしてデュエルする機会にも巡り会えるだろうと御代はデュエリストの本能を疼かせた。

 

「……でも、遊佐さんまでダメだとなったら本当にアテが無くなるな」

 

「弱っちいヤツや、やる気のねえヤツは駄目だ。アタシ達と同じくらい、この状況にマジになってくれる気概のあるヤツじゃなきゃな。センコーは何か良い感じのやつ見つけられたか?」

 

「うーん、一応私の方でも当たってはみたんだけどね。どうにもデュエル部って聞いたら恐怖の顔で逃げるか、悪姫の手下かっていきなりデュエルをふっかけられて大変だったよ」

 

「……」

 

 旭飛はそっと目を逸らした。

 

「ま、まあ良いじゃねえか。そんなヤツらは入れたところで大した戦力になんねえし」

 

「旭飛……」

 

「うちのパイセンの悪口言ってたから、ちょっと痛い目見せてやっただけだって」

 

 胡乱な目に見られて旭飛はあたふたしながら必死に誤魔化した。黒江がこの場にいたなら、何か可愛い先輩から可愛い一面のあるスケバン先輩へと認識がランクダウンしていたことだろう。旭飛としてはその方が良かったと言うだろうが。

 

「んー、となると彼かなあ」

 

「彼?」

 

「うん、良い奴ではあるんだけどね。ちょっと申し訳ないっていうかさ。後は仮入部してくれたけど、どうにも雰囲気が合わなかったらしくて辞めた人とか。望み薄かもだけど、声を掛けてみる価値はあると思う」

 

 一応、何人かは織奈の中でも候補が上がっているらしい。

 

「まあ、ほとんど桜慈学園(うち)で名前が通っているデュエリストはデュエルスクール側だからさ」

 

「なるほど」

 

 御代は納得した。

 結局、強いデュエリストは強さを求めた故に強くなった場合がほとんどだ。それだけ上昇志向があるなら、設備はともかく強い対戦相手にはまず事欠かないデュエルスクールに行くだろう。

 他の学校ならデュエル部という選択肢も十分にあるかもしれないが、桜慈学園のデュエル部ならご察しだ。

 

「……私も、誘ってみる」

 

「ありがとう、竜見さん」

 

 何にせよ、ゼニスDMSに勝って大会への挑戦権利を再び得る為には、まず彼らと戦えるようにならなくてはならない。

 さっそく挫折気味な現状に早くも不安が顔を出すが、どうにかしようと御代は無表情のまま奮起した。

 

 その後も、活動についての説明を御代に行ったりすること数十分。

 一条は織奈の説明が終わったのを見計らって、そろそろかと時計を見遣る。針はあと十数分で下校時刻となることを示していた。

 

「さてと。じゃあ、今日はこんなところかな? 下校時刻まであと少しあるけど、部活はここら辺で終わりにしようか」

 

「そうですね、一条先生。二人もそれで良い?」

 

「ああ、アタシは構わねえぜ」

 

「私も」

 

 では、これで今日の活動を終わりにします。

 

 織奈がそう締めくくろうとしたその時、

 

 

「────少し待ってくれるかしら」

 

 

「「っ!?」」

 

 

 この場にいないはずの存在が、帰宅したはずの遊佐黒江がそこにいた。

 驚く一同を他所に、黒江は一条へ何やら書類を渡すと彼の目を真正面から見詰めて口を開く。

 

「これ、入部届け。さっき職員室で貰って記入しておいたわ」

 

「え」

 

 唐突な黒江の行動に一同は未だに状況を呑み込めない。

 

「私、さっき涅音に会ったの」

 

「涅音って、命堂の奴にか……!?」

 

「ええ。大した偶然よね」

 

 黒江自身、意外に思われるかもしれないが偶然や運命と言った物を信じている質だ。

 

 だからきっと、あの時の邂逅は運命だったのだと黒江は思う。

 後にも先にもこんな出会いは二度と起こらないと、彼女は確信していた。そう思うと居ても立ってもいられなくなった。

 スーパーキャプテンは『青春だな』と言って今日初めて引っ込んだ。

 

「私はもう一度涅音に会いたい。会って、彼女を知りたい」

 

「……だからデュエル部に入るって?」

 

 旭飛が不機嫌そうに黒江に問う。

 それもそうだ。自分達の仇敵と出会い興味を惹かれたからと、いきなり現れて入部届けを叩き付けてきたのである。苛立つのも無理からぬ話だ。

 

「ええ。私にそれ以外の理由は無いし、先輩達にとっても今はそれが先に進める最善の手じゃないかしら?」

 

 黒江の言葉に再び部室の中は静まり返った。

 あれだけ自己主張をしない黒江の豹変とも取れる変わり様に何も言えなくなったのだ。

 

 しかもその内容はどこまでも独り善がりで自分本意な物。

 けれども、その提案を無下にすることはデュエル部には当然出来ない。

 

「……分かった。遊佐さん、君の入部を歓迎するよ」

 

「ええ。期待はしないで欲しいけど、部員探しも手伝ってあげるわ」

 

「ありがとう」

 

「それじゃ、中断して悪かったわね。私は帰るわ。お疲れ様」

 

 そう言って、唐突に現れては要件だけ告げて風のように去って行った黒江。

 一同が再起動したのはそれから数分後の事。

 

 何やら波乱が起こりそうだという予感を、この時誰もが抱いていた。

 果たしてそれが如何なるものかは、未だ誰にも分からない。

 

 

 けれども、今日この時を境に物語は動き始めるのであった。

 

 

 To be continued.

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