遊戯王 ―― strayeD girls ―― 作:James Baldwin
『【I:Pマスカレーナ】の効果。貴方のメインフェイズに、私はリンクモンスターをリンク召喚します』
『っ! まさか!?』
対戦相手の青年はこれから少女の行おうとしていることに気が付き、顔を驚愕一色に染め上げた。
『サーキット・オープン』
少女の冷淡な声が響く。
リアル・ソリッド・ビジョンによって、八つの空の矢印を携えたリンク・サーキットが中空に投影される。
これから呼び出されるモノを察している人間からすれば、それはひとえに
『アローヘッド確認。召喚条件は、リンクモンスター3体以上。私はリンク2の【I:Pマスカレーナ】にリンク1の【Erudite Vestiges】【be I am】【cry More】【Island】の4体をリンクマーカーにセット。サーキットコンバイン』
【I:Pマスカレーナ】と、おぞましさを煮詰めたような外見のモンスター達がサーキットに当て嵌められて行く。
『────溢れ出よ、地獄への憧憬、生への畏怖。リンク召喚、リンク
『【Running to Life】……ッ!!』
ソレは、なんと表現するべきであろうか。
あまりの恐ろしさ、奇妙で奇怪、見続けていれば何かを失ってしまいそうな、ソレはそんな見た目をしていた。
事実、そのモンスターを召喚した少女、命堂涅音以外のその場にいる人物は全員が全員同じように顔面を蒼白に変えている。
『【Running to Life】の効果を発動します。このカードがリンク素材とした【
『メインモンスターゾーン四箇所を封印……!?』
これでこのデュエルは終わった。
青年のモンスターゾーンにはモンスターが1体。効果を発動し展開する前に【I:Pマスカレーナ】からの一連の動きでフィールドを完全にロックされたのだ。
彼の手札、墓地、フィールド、EXデッキではこれを覆すことはできない。
絶望に打ちひしがれた顔で青年がターンエンドを宣言したところで、テレビの画面が暗転する。
「……いつ観てもこいつはトンデモ効果だな、マジで」
「対策されていてもこれだけの展開をしてくるからな。正直言って、彼女のデュエリストとしての才能が恐ろしいよ」
「四箇所ロックは埒外」
「……これが、命堂涅音」
旭飛、織奈、御代、黒江の順に感想を述べる。そのどれもが、デュエル部が直面している壁の高さに対する半ば呆れにも近いものだ。
黒江はいつか来たるその日に向けて、デュエル部の部室で織奈と旭飛、御代、そして一条の四人と共に過去の命堂涅音のデュエルリプレイを鑑賞していた。
今彼女達が観ていたのは、暮安区に存在する別の学校のデュエル部との一戦である。桜慈学園デュエル部と同じように強豪として数えられた一校であり、この時も、今後一切の大会への出場禁止が賭けられていた。
「思うに、彼女のデッキは現代のデュエルモンスターズにおけるほとんどの展開デッキに対してメタを張ることができる。基本、ここまで展開するには最高と言える程の初手の引きが必須となるけど、彼女の引き運はほとんど常に最高値の手札を引き寄せている。彼女は完全無欠だね」
「一条先生は勝てるのかしら?」
一条のデュエリストとしての知識、解析力による解説に頷いた黒江は、ふと気になっていた事を口にした。
過去、桜慈学園デュエル部を全国大会で優勝に導いた黄金時代歴代主将の一人ならもしかしてと思ったのだ。
しかし、それに対する反応は芳しくないものだった。
「うーん。先攻を取れたら善戦できるかなぁ。それでも彼女の展開を止められる引きが前提なんだけど。彼女のあの引き方はいっそ仕組んでいると言われた方が納得できるよ」
「先攻からアタシの酒呑童子で手札を消し飛ばしても、多分アイツはその後の2ドローで必要なカードを手札に揃えてくるだろうよ」
なんだそれは。
あまりにもデタラメな二人の回答に、黒江と御代は唸りたい気分であった。
「オレも聞きかじった話でしかないんだが、噂では彼女はデュエルモンスターズの精霊が見える体質らしい」
「あー、だから引きが良いってヤツか? まあ、確かにデュエルモンスターズの精霊とやらに好かれているなら、あの引きの良さも納得できるけどよ。正直言って、だとしたら打つ手なしだぜ全く」
黒江はその噂の是非を知っている。精霊に好かれていることがイコール飛び抜けたデュエリストの強さの秘訣という話にも一応の理解があった。
強いデュエリストは精霊に好かれているのだとする説は昔からあるのだと、姉の灰都がいつか言っていたのを黒江は覚えていた。斯く言う灰都も世間からは時折そのように噂されている。
無論、そうでなくとも豊富な知識に緻密なデュエルタクティクス、練り上げられたデッキ構築による強さを誇るデュエリストだって沢山いるし、単純に引き運の強いデュエリストならいくらでもいるとも灰都は言っていたが。
ちなみに、今日はサナもスーパーキャプテンも傍にはいない。なぜなら、黒江は今日どちらのデッキも持ってきていないからである。
理由は最近デュエルをし過ぎたから。尚、彼女の戦績は四戦三勝一敗だ。つまり彼女は先週末に行われたPlayersの店舗大会から一度もデュエルはしていない。
「……そう言えば、一人デュエル部に入ってくれるかもしれない人を見つけたよ」
涅音への対策に頭を捻っていた一同を見兼ねたのか、一条はそう言って資料をテーブルに置いた。
旭飛が興味深げに覗き込んだそこには、一人の人物についてのことが纏められていた。
「何何、
「オレも知らないな。多分、リボンの色からして一年生だけど……」
「私も知らないわ」
古鞘時葉。上級生である二人と、入学したばかりのコミュ障遊佐黒江は聞いた事の無い名前に首を傾げた。
それも無理からぬことだと一条が説明しようとしたその時、ここで意外な人物が声を上げる。
「古鞘時葉……知っている」
「お、マジか。どんなやつなんだ?」
御代だ。その人物を知っているという彼女に旭飛が問いかければ、彼女は何処か堂々とした態度で口を開いた。
「私のライバルの一人」
「ライバルぅ?」
「そう。中等部の時に、店舗の大会で何度か戦ったことがある。後、同じクラス」
御代はデュエルモンスターズを始めた頃からかなりの頻度でショップの店舗大会に参加していた。彼女いわく、古鞘時葉とはその時に出会い何度か対戦をした仲だと言う。
加えて同じクラスであるという一言に、黒江は内心愕然とした。教師である一条のことを覚えていないのに、見事にクラスメイトのことを記憶している御代に言葉を失ったのだ。後、クラスメイトのことをほとんど何も覚えていない自分の対同年代コミュニケーション能力にも。それをどうにかしようという気概は無かったが。そういうところである。
「それで、どうしてセンコーはこの古鞘ってヤツに目星を付けたんだ?」
「粗方のデュエリストには声を掛けてみたんだけどね。皆、デュエルスクールに通っていたり、部に所属してまでのやる気は無い子だったりで全滅だったんだ。それで、仕方ないから昔の筋を辿って情報収集していたんだけど」
「そうしたらコイツが浮上したと?」
「ああ」
旭飛が口を挟むとまるで極道や刑事モノの映画、ドラマみたいだなと黒江は思ったが、それは言わないでおくことにした。触らぬスケバンになんとやら。
頷く一条に、旭飛は意味ありげな笑みを浮かべる。
「……で? コイツは、アンタが目を付けるくらいには強いのか?」
「ああ。入ってくれたらとても心強いよ。最近はデュエルをしていないようだけど、それこそ竜見さんが言っていた頃の彼女は大会でも何度か勝ち星を上げている」
「でもブランクがあんのか」
「知人のやっているカードショップには足を運んでいるみたいだから、ブランクはあっても天元寺さんの心配するようなことはないと思うよ。それでも気になるようなら君がデュエルで試せば良い」
一条がそうつけ加えると、旭飛は嬉しそうに笑った。
どうやらある程度戦える人間が増えて嬉しいらしい。部のこともあるだろうが、きっと彼女は強いデュエリストと戦えることに対して喜びを見せているのだろう。
織奈はバトルジャンキーの嫌いがある旭飛の心中を察して苦笑を零すと、黒江と御代の二人に向き直る。
「デュエル部部長として、二人には古鞘時葉さんの勧誘をお願いしたい。頼めるかな?」
「勿論」
「……私と御代で大丈夫かしら?」
赤い眼に懐疑を宿して織奈を見返す黒江だが、実際の話、クラスメイトである自分たち以外に適任はいないだろうとも考えていた。適性はともかくとして。
「……任せた」
「……分かったわ」
その適性の有無は、織奈の沈黙が物語っていた。
□
「少し待ってくれるかしら?」
「? ……わ、私ですか?」
翌日の放課後。
黒江は早速、教室を立ち去ろうとする紺の長髪をハーフアップにした後ろ姿を呼び止めた。猫背気味なのもあって少し暗く大人しそうな雰囲気的の少女だ。
オドオドとした様子で辺りを見回した後、恐る恐る自分を指さした彼女に黒江は頷いてみせる。
「ええ、貴女よ。
「えっと……遊佐黒江さん?」
「私も居る」
「わっ……あ、貴女は竜見御代さんですよね」
「そう」
群青の目をぱちくりと瞬かせる時葉。
黒江が話し掛けたのを見て御代も合流すると、時葉もまた彼女のことを覚えていたらしく、その名を呼び当ててみせる。
しかし、意外な組み合わせだ。時葉はどうして自分が呼び止められたのか理解出来ずに疑問符を浮かべた。
「あの、それで遊佐さんと竜見さんは私に何か用事が……?」
「……ええ。ここではなんだし、ちょっと付いてきてくれるかしら。時間は取らせないわ」
「……わ、分かりました」
ちらちらと自らのデッキホルダーに送られる視線に、デュエルから遠ざかっていることにはやはり何らかの理由があるのだろうと察した黒江は、取り敢えず場所を変えようと提案する。
了解して後を付いてくる時葉。さあ、話をしようかというその時であった。
「……時葉、ここであったがなんとやら。私とデュエル」
「っ!? え、あ、デュ、デュエルですか!? あの、私、デュエルは……」
デュエル。
そう言われて、時葉は取り乱す。こういう展開も予想はしていたのだろうが、取り繕うことない宣戦に面を食らったようだ。
しかし、何もそこまで驚くことは無いだろうと黒江が思ったのも束の間、時葉は思いがけない行動に出る。
「────ご、ごめんなさいぃぃぃぃ!」
「あ」
それ即ち、逃走である。
気弱で大人しそうな見た目に反して、時葉の足はかなり速かった。
これには、今度は黒江達が驚かされる番であった。
けれどもこのまま彼女に逃走される訳にはいかない。先生に見つかって止められないことを祈りながら、黒江はクラウチングスタートの体勢を取った。
あそこまで離されたらもう追い付くことは不可能だろう。
己の運動能力の低さもあって諦観を覚えていた御代は、黒江が見せた教科書やテレビでアスリートがするお手本のような綺麗な姿勢に「おぉー」という気の抜けた歓声を零す。
「……ふっ」
そして、黒江は駆け出した。
持ち前のスタイルの良さと優れた運動神経、昔テレビで見た為に覚えていたアスリートの完成された走法の模倣。
普段はなあなあにやっている為に発揮されない黒江の能力が遺憾無く発揮されて、時葉と黒江の距離はぐんぐんと縮まって往く。
逃げ切れたかと後ろを確認した時葉の目に映ったのは、迫り来る黒いチーターと見紛うような黒江の姿であった。
「ひぃぃぃ!? 何で追ってくるんですかぁぁぁ!? 勘弁してくださいぃぃぃ!」
「待ちなさい、古鞘さん。話を聞いて」
「デュエルはしませんからぁぁぁぁぁあ!!!」
止まろうとしない彼女に、先ずは捕まえるのが先決かと黒江はさらに加速しようとする。
上履きで廊下を踏み込み、さあ更なる加速世界へ。
そんな時、第三者が黒江の前に颯爽と立ち塞がった。
「……っ! ……
「危ないのは遊佐さんだよ。あのまま走っていたら大変なことになってたかもしれない」
それはきっと一条の教師としての責務だろう。廊下を走るのは禁止。走っている生徒がいれば止めて叱るのは当然のことだ。
例え、相手が世界記録レベルの速度で走る生徒だったとしても。その行いが車の前に飛び出すようなものであったとしてもである。
それを理解しているからこそ、黒江は素直に己の非を認めた。
「それはごめんなさい。……後、ハンカチ使いますか?」
そして、ダラダラと冷や汗を流して顔を真っ白にした一条灯護に黒江はそっとハンカチを差し出すのであった。
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