遊戯王 ―― strayeD girls ―― 作:James Baldwin
進藤織奈と名乗った少女と初めて出会う少し前、桜慈学園高等部入学式直後の休み時間。
黒江は一人、校内を散策しながら地理を頭に叩き込んでいた。
それと言うのも、ただでさえ黒江のような対人スキルレベル1少女には付いていくことの出来ない途方もなく高等な十代少女のノリが、高校一年生の初日ともなればそれはもう白熱するわけで。
早速居心地が悪くなった彼女は本日唯一の休み時間を使って校内の探検を始めたのである。
これで彼女がデュエリストであれば話題のひとつもあったのかもしれないが、生憎とデュエルモンスターズに興味は無し。
ぼっち街道をひた走っているのを自覚しながら、姉妹にどう言い訳しようかと考えていた矢先。
黒江は廊下の曲がり角でテンプレチックに誰かとぶつかった。
「いてっ」
「っ、ごめんなさい」
ぶつかった衝撃はあるものの、どうやら向こうは相当軽いらしい。その場から微動だにしなかった黒江に対して、相手の少女は尻もちを付いてしまった。
手を差し伸べれば、少女はその手を取って「悪い」と礼を述べながら立ち上がる。
「いいよ、いいよ。オレが注意してなかったのが悪かった」
そう言った彼女は身長150cmに届くか届かないかといった小柄な体型であった。170cm近くある高身長の黒江は必然的に見下ろす形となるのだが、彼女はそれに気を悪くした風もない。
リボンの色からするに二年生か。小柄な少女もまた黒江のリボン色から彼女が下級生であることを認めたらしい。
黒江の対人スキルを鑑みれば、そのまま終わりという流れがいちばん良かったのだが、奇妙な間が出来てしまって互いにその場を後にできなくなった。
こういう時に何か話題でもあれば良かったのだが、そんなものは無いので空気が死んだ。
無表情気味な黒江と、本来はそれなりに活発な雰囲気を纏うであろう上級生の少女との間の空気は、九割方黒江のせいで恐ろしく重苦しい。
堪えかねた少女は、「怪我がなくて良かった」と黒江の身を案じるとすぐさま踵を返して去っていってしまう。
その後ろ姿、もっと言えば腰のデッキホルダーを見て嫌な予感を覚えながらも、それ以上に状況が打破されたことに安堵しながら。黒江もまたチャイムの音を聞き届け、慌てて教室へと向かうのであった。
□
黒江の自宅は、その成り立ちのために地価の高い暮安区の中でも高級住宅街と呼ばれる花見町にある新築マンションの一室だ。
一年ほど前に此処に引っ越してきてから住み続けているが、彼女と妹のみで暮らすにはその部屋は少々広過ぎる上、オートロック付きでセキュリティサービスもやり過ぎなくらいに充実している。その家賃は驚きの月100万
CとはCurrency of the worldの略称で、2050年から世界で統一された通貨のことである。その価値は1Cイコール1円と捉えて構わない。
そんな高級に過ぎるマンションに住んでいるのは偏に彼女達の姉である遊佐灰都の過保護さがゆえなのだが、そこに住む姉妹、特に黒江はまだまだ慣れそうになかった。
「ただいま」
「おかえりー、黒姉」
てててとリビングから現れた白髪の少女が黒江を出迎える。
少女の名前は
透き通る絹糸のような白髪に、遊佐家の遺伝である煌めくような朱の眼が可愛らしい元気な少女であり、今年から小学六年生になった黒江の妹である。
高校の入学式の後にちょっとした説明、連絡があった黒江とは違い、始業式だけで解散となった白袮は黒江よりも幾分か前に帰ってきてからずっと居間で寛いでいたらしい。
黒江が帰ってくるなり抱き着いて懐いた小動物のような仕草を見せる白袮であったが、思い出したかのようにハッとした顔をすると嬉しそうに口を開く。
「今日は灰姉が帰ってくるんだって!」
「そう言えば先週の大会で優勝したから、久しぶりに家に帰ってくるってメッセージがあったわね」
灰姉こと彼女達の姉である遊佐灰都は、オリンピックと並ぶ知名度を誇るデュエルモンスターズの世界的祭典WDC・春大会四連覇を成し遂げた、今や最強と名高いデュエリストだ。
デュエルモンスターズに興味の無い黒江と言えど、姉である灰都が活躍するのは嬉しい。そしてそんな姉が帰ってくるのだから、今日は腕に縒りを掛けて晩御飯を作ろうと黒江は意気込んだ。
そのやる気を常の人との関わり合いでも発揮するべきなのである。
「そう言えば黒姉は高校で友達できたの?」
「ぎくっ」
使い古されて一周まわって新しいけどやはり古風なリアクションを取りながら、黒江は慌てた。顔にこそ出てはいないが、内心はそれはもう大慌てである。
「もう、黒姉分かり易過ぎだよー」
もはや分かり易いとかそんな次元の話ではないのだが、そこは良くも悪くも遊佐家末妹。姉妹共通の知人から遊佐家の女は肝が据わりすぎていると言われるだけあって、どこまでも自分本意である。
「灰姉も友達作れって「私がどうかしたの?」あ、灰姉!」
「お、お帰りなさい、姉さん」
「うん、ただいま! 二人とも元気そうで良かったよ!」
噂をすれば現れたのは、二人の姉にして世界で最強のデュエリストと目される遊佐灰都。
今帰宅したばかりの彼女は、しかし姉妹の絆に拠る察しの良さで話の流れを何となく理解したらしく、胡乱な眼で黒江を見つめた。
「黒江ちゃん? もしかして……」
「と、友達なら出来たわよ?」
嘘である。
目が泳ぎまくっている黒江はいっそ哀れなまでに挙動不審であったが、灰都も白袮も嘆息して「ああ、いつも通りだったんだな」と黒江の寂しい高校生活を目に浮かべた。
「そ、そんなことより姉さん、優勝おめでとう」
「かなーり強引に誤魔化したね、黒姉……。ま、そんなことより私からもおめでとう、灰姉!」
「ありがとう、二人とも! お姉ちゃん、頑張りました!」
事実として三つほど存在する灰都がデュエリストとして活動する理由の、その大半は姉妹の為だ。後は単純にデュエルモンスターズが好きだから。
そしてもう一つは────
□
「はいこれ、黒江ちゃん」
「?」
姉妹の好事は自分のことより何倍も嬉しい黒江の張り切りで少々と言うにはいささか豪勢なものとなった夕食を済ませ、腹ごなしにテーブル越しの雑談に興じていたその時。
灰都はおもむろに何かを取り出して黒江の前に置いた。
「……デュエルモンスターズのカード?」
「なになに!? 黒姉もデュエルモンスターズやるの!?」
それは、デッキケースに収納されたデュエンモンスターズのデッキ。
真っ先にそれに食い付いたのは白袮であった。その目をキラキラと輝かせて、黒江とデッキケースを交互に見遣る。
何を隠そう白袮もまたデュエリストなのだ。
勿論、その動機は姉である灰都に憧れてのことで、彼女のWDC初優勝のその次の日に始めたのだが、今は憧れではなく純粋に楽しさからデュエルモンスターズに入れ込んでいた。
そんな白袮に急かされるまま、デッキケースからデッキを取り出すとカードを眺めていく。
だが、白袮はふとそのデッキに積まれているカード群を見て疑問を持つ。
「でー、でー、デーモン、スター?」
「De:Monstar、デモンスターだよ」
カードはどれも【De:Monstar】のカテゴリーに所属するものらしかった。
可愛らしい少女のイラストが描かれたカードと、まるで対象的な恐ろしい雰囲気の、またはどこか冒涜的な雰囲気のカード群だ。
白袮が疑問を抱いたのはその名前、もっと言えばその存在そのものについてであった。
「こんなテーマ見たことないけど、これってどこで先行実装されてるテーマなの?」
「それがね、どこでもないんだよ」
「え?」
彼女はこのカード達に全くと言って良いほど見覚えが無かったのだ。
新弾の情報は逐一確認し、その知識量は一端のデュエリストとしてかなりのものを誇ると自負する白袮をして、【De:Monstar】デッキなるものは存在すら知らない未知。
なればこそ、海外などで先行して実装されている中でもマイナーな方の海外先行テーマであるという線を疑ったが、姉からの答えは否定。
どういうことかと疑問符に頭を乗っ取られそうな白袮に助け舟を出すように灰都は続ける。
「これは、私達のお父さんが作った世界でひとつのデッキなんだ。ちゃんと紫陽コーポレーションのカードバンクに登録されているから、大会でも使えるの」
「父さんが……?」
「え、パパってそんな凄い人だったの?」
今は亡き父親が紫陽コーポレーションで働いていたことは二人も周知の事実であった。
しかし、世界的にポピュラーなカードゲームであるデュエルモンスターズのオリジナルカードを実装できるほどの重役であるとは欠片も思わなかったがゆえの反応だ。
「これを黒江ちゃんにあげる!」
「……私に?」
「そうよ! 本当はお父さんが私にくれた物なんだけど、私にはこの子達がいるからね」
そう言って灰都が慈しむような顔で腰のデッキホルダーを撫ぜると、ぱっと光が閃いて何かが彼女達の前に現れた。
『アミィ!』
「久しぶり、アミーちゃん!」
それは、わたあめのような30センチメートル程の胴体にくりっとしたつぶらな眼が付いた奇妙な生き物。【ガーリー・フェアリー アミティ】の名を持つ遊佐灰都のカードに描かれたモンスターだ。
その特異な容姿をした生き物は、実際に質量を伴って彼女達の目の前に存在していた。
あまり非現実的な物を信じていない黒江にも見えていて、しかも触れることの出来るこれは、所謂『デュエルモンスターズの精霊』と呼ばれる存在である。
デュエルモンスターズとは、元々は何処かの誰かが何らかの目的で生み出し、その屍と共に放置されていた数万、数十万、下手をすれば数百万にも登る未知のカードであった。それを紫陽コーポレーションがデュエルモンスターズOCGとして創り直したのが今流通しているカードだ。
現在出回っているカード総数は優に十万を超え、その全ての流通を紫陽コーポレーションが一括管理している。ちなみに、カードは全て1枚50C、ランダムで5枚が封入されるパックは150Cとどちらにせよとても安価で販売されている。
閑話休題。
つまるところ、この世界に存在するデュエルモンスターズのカードは全てが最初期の段階で存在していたのである。
そしてデュエルモンスターズとしてカードゲームのカードにした結果、それらはある特別な力、存在質量を秘めることが分かった。
それこそがデュエルモンスターズの精霊であり、リアル・ソリッド・ビジョンで投影されているのは実際は幻影ではなく、個々のカードに宿るデュエルモンスターズの精霊そのものなのだ。
『アミィー!』
「あ、あなた、飛びついてこないで」
「あはは、黒姉好かれてるんだよ。可愛がってあげて」
「この子、ベトベトしそうなのよ。見た目が」
だが、今彼女達はリアル・ソリッド・ビジョンを展開していない。
なればなぜ彼女達には精霊が見え、実際に触れ合うことができるのか。
それは、彼女達が稀に存在する精霊との親和性が高い体質を持つ人間だからである。
つまり、彼女達はリアル・ソリッド・ビジョンを用いることなく実際に精霊達と触れ合い、心を通わせることが出来るのだ。しかし、当の彼女達に詳しいことは何一つ分かっていないのだが。
「で、パパがこのカードを作ったってどういうこと?」
気を取り直し、アミィを膝に乗せながら白袮が灰都に問い掛ける。
彼女は悩む間もなく答えた。
「それはお姉ちゃんも分からないんだぁ。でも、社長に聞いたら使用許可は出されてるみたいだし、普通にデュエルで使うことはできるみたい」
「……それで? そんな貴重な物を私に渡す理由は何?」
訝しげな目でデッキと姉を見る黒江だが、その実、嫌な予感が迸っているのを自覚していた。
黒江はこの流れがどんな事態を巻き起こすのかを、自分にどのような苦労が降りかかるのかを長年の経験から理解していた。
それ即ち、この流れはつまり、
「では、黒江ちゃん! あなたに宿題を与えます!」
「っ」
「明日からデュエリストになって、お友達を100人作ること! これはお姉ちゃん命令だよ!」
「黒姉がデュエリストになるの!? やったー!」
「ちょ、ちょっと待って。ねえ……」
姉の無茶振りが始まるサインなのであった。
なんて理不尽な。
こればかりは姉と言えども横暴に過ぎると抗議の声をあげようとするが、それは諸手を挙げて喜ぶ妹を前にして憚られた。
そこまで計算されていたなら恐ろしい姉だと、姉妹にとことん弱い黒江は内心嘆息するしかないのであった。
────そうしてこの日、遊佐黒江は大いなる運命へと巻き込まれることが確定したのである。
それはそれは数奇で過酷な運命。
それを知る者は、まだ居ない。
To be continued.