遊戯王 ―― strayeD girls ――   作:James Baldwin

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デュエルモンスターズ部

 春の暖かな陽射し。目を覚まし始めた町の喧騒。

 黒江は二度目となる桜慈学園への通学路を往きながら、腰に付けたデッキホルダー(正しくは妹に付けさせられた)を撫ぜて、何度目とも知れぬため息を吐いた。

 ブレザーのポケットには、姉から押し付けられた展開式デバイス型携帯デュエルディスクの重みが感じられる。

 

「まさか、私がデュエリストになるなんてね」

 

 その独り言にはこの世界からズレた少女の、それはそれは大きな万感の念が籠っていた。

 

 遊佐黒江にとって、デュエリストとは未知にして羨望と侮蔑の対象という、あまりにも矛盾した曖昧な存在であった。

 

 その潔いまでにデュエルモンスターズに打ち込む生き様に憧れを、所詮カードゲームに何を本気になっているのかという蔑みを。

 姉や妹のこともあるし彼女自身はそこまで思っていないつもりであろうが、事実として言ってしまえば、単純明快にそれだけが彼女の中での姉妹以外のデュエリストというものであった。

 

 遊佐黒江は、基本的に受動の塊だ。

 無関心で無気力、自分からはほとんど動かない。人生になあなあと言っても良いレベルに。

 それに対して、デュエリストという生き物が基本的に自発的で真剣な手合いが多いというのも抱く想いの複雑さの一因であった。

 

 何にせよ、一昨日までの彼女は思いもしなかっただろう。

 まさか、自分が高校デビュー二日目からデュエリストになるということを。

 

「……まあ、適当にやっていれば姉さんも白袮も諦めてくれるでしょう」

 

 これから先、デュエルモンスターズを発端として思いがけない出来事がいくつも起こるのだが、そんなことなど露知らず。

 

 人生なあなあガールは、今日もまた無感動無関心に一日を始めるのであった。

 

 

 □

 

 

 一年生二日目ということもあり、授業とは名ばかりの説明会四時間分を見事に無表情で聞き流した黒江は、今日のお昼は何を作ろうかと思案しながら書類を手に廊下を歩いていた。

 

 何やらいろいろあったらしく、クラスの保健委員会なるものに勝手に所属することになってしまったのだ。

 本人は説明同様に聞き流して適当に受け答えしていた為、ほとんど事の次第を覚えていなかったのである。自業自得である。押し付けるような形となってしまって申し訳ないと生真面目そうな少女に謝られたが、結局本人は大して気にしていなかった。

 こんなのでも小学校中学校の成績は常に中の上を維持できていたのは、いったいどういうことなのか。白袮は不思議でならなかった。灰都曰く、うちの子はみんな優秀らしい。姉バカである。

 

 保健室の先生に書類を渡して、さあ帰ろうかという時。

 

「君、ちょっと待ってくれ」

 

「? ああ、昨日の……」

 

 黒江のことを呼び止める存在がいた。

 振り向けば、そこにいたのは昨日ぶつかった先輩。その顔は真剣そのもの。

 

 もしや彼女はお礼参りにでも来たのだろうかと大分ズれたことを考えながら、彼女の出方を窺った。

 

「オレは進藤、進藤織奈だ。君は?」

 

「私は……遊佐黒江です」

 

「遊佐さん……か。ごめん、ちょっと来てくれないかな?」

 

 これは所謂「表に出ろ」的な誘いなのだろうか。

 もしそうだとしたら、昨日ぶつかった時の誠実で優しそうな雰囲気は演技だったとでも言うのか。黒江は恐ろしくなったが、おもわず頷いてしまう。

 姉は「友達を作るなら、先ずは人を信じるところから始めよう!」と小学生の自分に熱く語ったが、別に黒江は人を信じていないわけではないのだ。ただ、妙に認識がおかしいだけで。

 

 兎にも角にも、今は目の前の先輩のことだ。

 歩きながら黒江は織奈に話し掛ける。

 

「あの、昨日のことはごめんなさい」

 

「ん? いや、全然気にしてないよ。オレの不注意が悪かったんだし、さ」

 

 できすぎた返答に黒江の心の中の棒振りが「ええー? ほんとにござるかぁ?」と疑いの声をあげた。妹の白袮にオススメされたゲームアプリだが、正直微塵もハマらなかった黒江はそもそもその存在すら覚えていない。つまり心の中に棒振りもいない。

 

 どうやら織奈は真にそう思って反省しているらしい。

 そもそもの話ほとんど疑っていなかったが、形で疑うのさえ馬鹿らしくなった黒江は取り敢えず黙って織奈の後を追い掛けた。

 

 

 □

 

 

 そうして、話は戻る。

 

 織奈に促されるまま、小さな部室の大部分を占領するテーブルに向かい合って黒江が座ったのを認めて、織奈は口を開いた。

 

「さっきも言ったけど、ここはデュエルモンスターズ部。部って言っても、部員はオレを含めて三人しかいないんだ。他の二人も事情があって休部している」

 

 それは実質廃部状態なのでは、と思ったがそんなことは本人を前にして言うものではない。

 黒江はどことなく嫌な予感を覚えながら、話の続きを促した。

 

「見たところ、君は新入生だろう?」

 

「ええ、まあ、そうですね」

 

「……頼む!」

 

 そこまで聞くと、織奈は立ち上がりテーブルに手を付くと頭を下げた。

 黒江はとても慌てた。

 

 先輩がほぼ初対面である自分に対して、いきなり頭を下げ始めたのである。それは誰でも驚くというものだろう。

 しかも相手は一人称も相まって何処か男らしさのようなものを纏ってはいるものの、それを抜きにすれば中学生、下手をするとそれ未満にも見える可憐な容姿の少女だ。

 

「あの、頭を上げてください」

 

「……話を聞いてくれるか?」

 

「聞きますから」

 

 そうすると、ホッとした顔を見せて織奈は顔を上げる。

 もしかすると、ただならぬ事情があるのかもしれない。黒江は珍しくちゃんと話を聞く姿勢を取った。

 

「先ず大前提として、君はデュエリストだろう?」

 

「……始めたのは今日からですけど」

 

「そうなのか? いや、だが、初心者でもデュエリストならオレは構わない」

 

 あ、この人苦手だ。妹と似たタイプだけど、この人は妹じゃないから苦手。

 織奈の少し強引に過ぎる嫌いを見て、黒江は密かに彼女のことを苦手認定した。

 

 実際ルールすら分からないレベルなのだから、織奈が構わないとしても黒江は困るのだが、織奈は話を続ける。

 

「君の力が必要なんだ」

 

「私の、力?」

 

 目を瞬かせる。

 いきなり力が必要などと言われても、黒江にはさっぱりだ。

 

「正確には君の未知数のデュエリストとしての腕前だけどね」

 

「え、いや、だから私は」

 

「さあ、先ずはデュエルをしよう!」

 

 そう宣うと、彼女はテーブルの上にプレイマットを広げ、腰のデッキホルダーを取り出した。

 

 テーブルデュエルだ。

 リアル・ソリッド・ビジョンを用いた真に現実に迫ったデュエルとは別に、この世界におけるデュエルモンスターズの主流スタイルのひとつ。

 リアル・ソリッド・ビジョンによる投影を用いたデュエルは狭い室内でやるには論外なので、テーブルデュエルをするのは当たり前と言えば当たり前なのだが、それはそれとして唐突な展開に黒江はついていけていない。

 

 しかし先方はやる気そのもの。

 仕方なく、黒江は初めてまともにデッキホルダーからデッキを取りだした。

 

「ルールが分からないので教えてくださいね」

 

「もちろん!」

 

 さあ、デッキを配置していざデュエル。

 

 ……そう思った矢先のこと。

 

 

 

「────織奈ァッ!!」

 

 

「あ、旭飛(アサヒ)!?」

 

「っ」

 

 第三者が扉を乱暴に開け放って、その場に現れた。

 

 織奈によって旭飛と呼ばれたその少女は、一言に言えばスケバン(・・・・)であった。シャツの上から羽織ったスカジャンに長いスカート、髪の毛は頂辺が茶色でそこから金色に染まったプリン髪と呼ばれるグラデーション。マスクを付けていて顔は窺えないが、怒髪天に突く勢いで怒りを露わにしているのは確かだ。

 身長140cmと少しの織奈に対して彼女は170cm近い黒江に並ぶほどであり、ズカズカと目の前までやってきた彼女の威容にきっと織奈は恐ろしい程の威圧感を受けていることだろう。

 

「お前、休学開けてたのか……!?」

 

「そんなことはどうでも良いだろうがよ。てめえ、何やってんのか分かってるのか?」

 

「いや、新入生をデュエル部に勧誘しようと「堅気を易々と誘ってんじゃねえ!」易々とってなんだよ!」

 

 堅気とは???

 黒江は目の前で起こっている仁義なき戦いに困惑する他なかった。

 

「パイセンの夢を叶えんのは、アタシとてめえと凜星(リンゼ)だって約束しただろうが!」

 

「っ、だからってお前は問題起こして休学しちまうし、凜星は大変なんだから仕方ないだろ!」

 

 ヒートアップする口論。パイセンだとか凜星だとか知らない単語、人名。

 それはともかく、このままでは手が出かねないと危惧した黒江は声を上げた。

 

「あ、あの」

 

「なんだよ、新入生。帰りたいなら帰って良いぞ」

 

「そういうことではなくて……」

 

 いや、帰りたい。それは事実だ。けれどもこれを見過ごして帰るのは気が引けた。

 歯切れの悪い黒江に、スケバンは若干苛立ち混じりに口を開いた。

 

「まず名乗れよ、新入生。アタシは天元寺旭飛(てんげんじアサヒ)だ。後、ついでにアタシの前でもコイツの前でも敬語は無しだ」

 

「……遊佐黒江よ」

 

「黒江だな。で、黒江、悪いことは言わねえ。ここでのことは忘れて帰んな」

 

 そう言う彼女は本当に黒江のことを思って言っているらしく、厳ついスケバンという旭飛の評価は見た目に反してまともな先輩へと一段階上がった。

 だが、そうだとしても黒江は退き下がるつもりはなかった。

 

「悪いけれど、それは出来ないわ」

 

「遊佐さん……!?」

 

「……なんだと?」

 

 部屋の空気が凍りついた。

 人の感情はここまで他者に影響を及ぼせるのかと他人事のように思う黒江だったが、そんなことを考えていると旭飛が背中を向けて部室から去ろうとしているのに気がつく。

 

 もしかして、ここは退いてくれるのだろうか。

 そんな黒江の淡い期待は容易く裏切られる。

 

「付いてきな、黒江。てめえの覚悟を見せてもらう」

 

 それだけ言うと旭飛はその場を後にした。

 

 これこそが本当の「表に出ろ」である。

 

 

「……?」

 

 

 当事者の黒江は最後まで頭にはてなを浮かべるばかりであった。

 

 

 To be continued.

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