魔を統べる少年と南瓜を裂く鋏 作:マロニー
「おや?目覚めましたかー?」
「…ここ、は…」
男が目を覚ました場所は医務室。白く清潔的な部屋と薬品の匂いが彼の肺を満たした。
「私はユフィールと言います。貴方の名前を聞かせてもらってもいいですかー?」
「俺…名前?
俺は…901…いや、俺は…」
「…えーと、多少の意識の混濁が見られるようですね。大丈夫ですよー、ゆっくりでいいですから」
ずきりと痛む頭を抱えるようにうずくまる大男。うずくまろうと、そこらの成人男性を超えるほどの大きさはあるだろう。それほど、異常なまでの巨漢だ。
「あ、よかった!目が覚めたのか!」
そうした空間に、ユフィールとその大男とは別の声が医務室に入ってくる。少年の声だ。
「あ、ソロモンさん。
ご用事は済んだのですか?」
「うん。幻獣の巣がポータルの近くで助かったよ。ウェパル達も楽な仕事だって言ってたよ」
「それでえっと…今は?」
「ああ、はい。ちょうど目を覚ました所で、お名前を聞いている所です」
ソロモンは、それに無言のまま大男に目を向ける。その視線に背を正して、大男はその純朴そうな顔をぴしりと整える。
「ええと…俺はランデル・オーランド。階級は伍長で、所属は…パンプキン・シザーズ…第3課です」
自己紹介が進むにつれ、二人の顔が怪訝に染まっていく。そしてその様子を見て、ランデルの顔もまた不安そうに、おろおろとしていく。
「す、すいません…
俺、何か失礼な事言いましたか?聞き取れないところがあったとか…」
「ああ、いや。違うんだ!
ただそれは…メギドラルでの軍団名の事か?」
「めぎ…えっと、すみません…?」
「いえ、それは無いと思いますよー。私が彼の身体を検診したところ、完全なヴィータ体でした。追放メギドでない限り、彼はただのヴィータです」
横合いからユフィールが助け舟を出す。
成る程。だが、ではそうなると、何故あの場に突然彼は現れたのか。そして、今語った彼の部隊と所属は何を表しているものなのだろう?
そういった事の質問は当然した。
しかし。
「…あまり、覚えてないんです。
俺が思い出したくないのか、覚えてないのかはわからないんですけど…」
大男…ランデルはそう答えるばかりだった。大きな体躯とは裏腹に、濡れた子犬のように申し訳なさそうにしゅんとした顔をする。
「…ここにきた時の彼は傷だらけでした。それこそ、いつ死んでもおかしくないくらいにはです。そのせいで記憶の一時的な障害が起こってしまっているのかもしれません」
再び、ユフィールの助け舟。
そういう事ならばとソロモンが声を上げる。
「…それならさ。少なくとも、記憶が戻るくらいまでは俺たちと一緒にいないか?そうしたら俺たちも何かわかるかもしれないし」
その誘いに、ランデルはキョトンと口を開けてソロモンを見つめる。
「いや、もしよかったらなんだけどさ。
でも多分、あんた行く場所も無いだろうし」
「ええ、まあ…
正直ここが何処かもわからなくって…」
「だろ?ならそうした方がいいと思うぜ。
下手に歩き回るよりは安全だと思うしさ」
尚も誘い続ける少年。少しだけ困ったようにおろおろと視線を泳がすランデルは先程まで話していた女医、ユフィールと目が合う。
ユフィールはまた、微笑む。
「私もそれがいいと思いますー。まだ怪我も治り切っていないですし…何より、記憶の混濁がまだ残っているのが医者として心配です」
そうまで言われてしまうとランデルもまた、断る理由もない。そもそもこうしてここに留まる事を申し出て貰えるという事も破格なほどにありがたい事であるのだ。自責や申し訳なさ以外に、断る理由はない。
「じゃあ、言葉に甘えて…
すみません、少しだけお世話になります。
えっと…ソロモン、さんでしたっけ」
「ああ、敬語なんて良いよ。多分、ランデルの方が年上だし、俺なんてそんな偉いもんじゃないからさ」
その発言に、横のユフィールが眉根をしかめる。この少年は、自分がこの軍団において一番の重要人物であるという事を自覚していない節がある。その度に周りが口を酸っぱくして言おうと、どこか実感をしないというか。
ただ当然、他二人はその心中を知る筈も無い。だから代わりに、巨漢が…ランデルが口を開く。
「わかりま…いや、わかった。
ありがとう、ソロモン」
ランデルはそう言うと人懐こそうな、卑屈そうな笑みを浮かべる。それだけで、気の弱く心優しい青年であると言うことがわかるようだった。
「よかった!じゃあ、改めて宜しく!」
そうして二人は握手をした。
体格も姿も何もかもが違う二人ではあるが、互いにこの青年には気が許せそうな、そんな気がしていた。
「…そうだ。俺の近くに背嚢は無かったか?
出来れば、近くに持って置きたいんだけど…」
「ん…ああ。あったよ。
すごく重かったからここには持ってきてないけど…大事な物なのか?」
「…ああ。俺がずっと持って置かなければいけないものなんだ」
…
……
「へーえ。いい身体してんじゃねえか。こいつはただのヴィータにしとくにゃ勿体ねえな」
「はは…ありがとうございます。
ただ、その…『ヴィータ』ってなんですか…?」
「…おいおい。お前、そんな所から忘れちまってんのかよ!」
ランデル自身がとても気弱で優しい青年であるからという事もあるだろうか。少なくとも今居る面々には説明をと、彼の紹介をした所、多くのメンバーから話しかけられている。今、彼に興味津々と話しかけているのはブネだ。先ほどまでは、ハックに話しかけられていた。
「…うーん。にしてもさ。俺バカだからわかんねんだけど、普通のヴィータがアニキに召喚されることなんてあり得るのかよ?」
「……気になるならあっちの研究組の話に混ざって来たら?ずっと話してるわよ」
「げ!…俺、やっぱあれこれ考えるの向いてねえ気がする」
ウェパルがモラクスに対して指さした先には、4人ほどが集まって話をしていた。小難しい単語と煮詰まった会話を見るや否や、モラクスは退散していってしまった。
フォラスが、ユフィールに質問をする。
「…堂々巡りになっちまうが、ヴィータがフォトンを使って召喚される訳はねえんじゃねえのか?確かにフォトンを含んでる生き物な事には間違いないが、それが出来るならこれまでも苦労しなかった筈だぜ」
「ですが調べた所、ヴィータと差異があるところは殆ど無いんです。恐らく、覚醒していない転生メギドですらないかと…」
「殆ど、か。
ちょっと違う所はあんのか?」
「はい。頭…と腰の辺りでしょうか?
そこに…う〜ん。うまく言えないんですが、影のような何かがあるような」
「影?なんだが曖昧だな」
「すみません。解剖などができればハッキリわかるのでしょうが、そういうわけにもいかないので…」
「まあ、そりゃそうだよな…
悪いなこっちこそ」
その二人の会話を聞き、バルバトスが重々しく顎に手を当てる。
「彼…ランデルはヴィータでありながらソロモンの指輪において召喚された。それはあり得ない事だ。ソロモンの指輪でそれが出来るなら、メギドラルはヴァイガルド中の人間を、それこそ海の奥底などの適当な場所へ召喚してしまえば征服が完了するんだから」
それをまた聞き、サルガタナスが口を挟む。
「召喚されたのは事実なワケでしょ?その前提から疑ってたらなにも変わらないわ」
「ああいや、否定しているわけじゃないんだ。
ただ…どうしても『ソロモンの指輪がヴィータの召喚は出来ない』という前提を考えるなら、ランデルが少しなりともメギドに関係がある人物じゃないと辻褄があわないんだ」
「…じゃあ、ひょっとして幻獣なんじゃないの?ヴィータ離れした体格だし、オーブとして幻獣を召喚する事はよくやってるでしょ」
「おいおい、それは流石に突飛すぎやしないかい?」
やんややんやと、ああでもないこうでもないと考察組が討論を進めている少し遠くでは、再びランデル。ジズやブエルなどの幼少組が、恐る恐ると言ったように様子を伺っている。
するとランデルは背嚢を漁り…
掌に飴玉を二つ出した。
「えっと…食べるか?」
「わあ…いいの?」
「うん。さっき、ラウムさんから貰ったんだけど…俺より君達に食べてもらった方が良いと思ってさ」
「やったあ!ありがとう、ランデルさん!」
…緊迫した空気は無くなり、代わりに無邪気な笑い声とそれを見守る微笑みが作る優しい空間が出来あがる。
ランデルは思いの外、小さい子への関わり方に慣れているようである。
(うーん…とりあえず、仲良くなれそうでよかったかな…)
少し心配そうに様子を眺めていたソロモンも、ほっと心を撫で下ろす。
瞬間。
「ソロモン王。少し良いですか」
びくりと、肩を震わせる。
まるで気配を感じなかった。
これほど気配を消すことが出来るメギドは彼の軍団の中にもごくわずかだ。アリトン、アザゼル。そして……
「あ、ああ。どうしたんだ?アマゼロト」
「いえ、大した事ではないのですが…
少し、忠告をとも思いまして」
「なんか、珍しいな。危ない事があっても鍛錬の一貫だって教えてくれないこと多いのに」
「些か、彼はイレギュラーすぎる気がしましてね。貴方に死なれてしまっては私もエリゴスも困ってしまいますから」
アマゼロトはそう言い、くく、と含み笑いをする。そしてまあ呼吸を整える。
「では『忠告』を。
彼にあまり近寄らない方がよいと思います」
「…ッ!なんで、そんな事を…!」
「なにも、根拠のないまま言っている訳ではありません。虫も殺せないような優しい青年である事は見てもわかります」
「ですが、彼からは少し、覚えのある匂いが多分にしましたので…」
「『覚えのある匂い』?」
「血の匂いですよ」
「…!?」
「それも、一人殺した程度ではここまでべっとりと臭いは付かないでしょう。何十人…いえ、何百人と届くかもしれませんねぇ…」
そんなまさか。そう思いながらランデルを遠くから見る。アバラムに無茶を言われ、困ったように笑っている。その顔は、人を殺すどころか傷つける事すらも出来るようには見えない程柔和なものだ。
まだ、会ってから1日程度も経っていないし、それこそまだあまり話してもいない。だがそれでも。そんな事ができる人間じゃない。
ソロモンはそう確信していた。
そう、それこそ『恐怖や痛みを無視せねば』。
そんな事は絶対にしないと。
「うーん…アマゼロトの勘違いじゃないか?
本当に殺してるって言うならすごい残酷だったり、冷酷だったりするだろ?
少なくとも…ほら。ああして、子ども達とも仲良くしてる姿は、俺には嘘だとは思えないよ」
「…そうですか。まあ確かに私はあくまで、経験に伴う忠告しただけです。間違えているかもしれませんしね」
アマゼロトはそれを言うと静かに背を向ける。動きには、全く音が無かった。
「ですか、心に留めておきなさい。いつか彼と殺し合う時が来るかもしれません」
最後に、そう言い残して。
(……)
まさか、そんなはずは無い。
今でもそう思ってるし、それは揺るがない。
だがほんの少しだけ、ソロモンの心には澱が残った。
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