魔を統べる少年と南瓜を裂く鋏 作:マロニー
「街に?」
サラダを頬張りながら、ランデルがおうむ返しをする。
ある日の昼食の時の事。肉はどうしても食えないと、もきゅもきゅとサラダを食べていた彼に、ソロモンが打診したのだった。
「ああ。ここに来てからまだ外には出てないだろ?リハビリも兼ねて俺たちと一緒に来ないか。何か記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないしさ」
「確かに…うん、ついて行かせてくれ」
大男は、相変わらずそれに合わないような控えめな動作でこくりと頷く。それを見てソロモンもニコリと純朴な笑みを浮かべた。
「よかった!じゃあ準備していてくれ。
まだ時間には余裕があるからさ」
「ああ。…あ、でも、俺お金とかが」
「うーん。その分は出すって言いたいんだけど、俺たちもお金持ちって訳じゃないからな。まあ、それは後で考えるよ」
さて。そんな風に買い物をする一行が出立の準備を整えていく。
頭数があまり多くとも、ただ買い物に苦労をするだけであるので付いていく人員はそこまでの数ではない。ただその中でおや、と目が付くようなメンバーが少し居た。
一人はガープ。
戦闘をこそ、彼は熱心に取り組むが、こう云った買い出しなどはあまり好まない人物。いつもはペルペトゥムに在中している彼ではあるが、ポータルでこちらに来たタイミングで、丁度買い出しに行く事を聞き、そのまま同行を願い出たのだ。
「ガープがこういうのに付いて来るのなんて珍しいな」
「ついでに用事があるだけだ。気に食わなければ勝手に離れて行け、ヴィータ」
「いや、そういうわけじゃなくってさ…」
そしてまた一人。
ふと目に付く人物。
ソロモンにとっては此方の方が、随分と予想外で驚くべき人物だった。
「…あんたも珍しい気がするよ、アマゼロト」
「ええ。私も少し、興味がありまして」
「興味?」
「はい、今から行こうとしている所には幻獣の目撃情報がある事はご存知ですね」
「え、そうなのか?」
「おや?それを知ってそこに行こうとしていたのではないのですか」
「うーん…幻獣に興味があるのか?
それと戦いたいとかって事か」
「ふふ…まあ、そういった所です」
「でも、アマゼロトがいるなら心強いよ。
気配を感じ取ったりするのも上手だしさ」
「あまり油断はしないように。気を抜いているようだと、背後から何者かに刺されてしまうかもしれませんよ」
「…き、気をつける」
…
……
そうして、ある村に来る。卵や羽、鳥の製品などが安いと聞き、ここに来たのだ。
油なども安く売っていそうだ。
市場は平和な喧騒に包まれている。
どこからか笛の音が聞こえる。音楽隊か、はたまた子供の遊びだろうか。
「へえ!思ったより人が多いな。
てっきり、もっと田舎だと思ってた」
「この辺りは食べ物が美味しくて有名なのよ。少し前までは知る人ぞ知るって場所でもっと人が少なかったのだけれど、有名な美食家がここを誉めてから有名になったみたい」
「なるほど…
だからシトリーも一緒に来たのか」
「ええ。ただ、買い物もちゃんとしないといけない事は分かっているわ。迅速に終わらせてから、少し食べに行くわね」
「は、はは…」
そう言いながらマイペースに、少し目を輝かせて周囲を見回す鎧の女騎士、シトリーにソロモンは少し苦笑いをする。
間違いなく頼りになるのだが、なんだかただの買い出しに戦力が過剰になったな、と。
そうして、ふとランデルの方を見た。
ランデルは、ただ呆然と街を見ている。きょろきょろと周りを見回すことすらせず、無気力なように。
「…どうだ?何か思い出せたか?」
「ひっ…うわあっ!」
「な…ど、どうしたんだ!?」
「あ、ああ…ソロモンか。
ごめん。なんだか、ぼーっとしてて…
なにか、大切な事を忘れてて…でも、俺はそれを思い出すべきじゃないような気がして…」
「無理はしないようにな。
まだ怪我が治りきってるわけじゃないんだから、焦りすぎてもよくないよ」
音楽、音楽。
きっとその音はどこかの楽団の音なのだろう。歩いている内にもそこらから聞こえて来るそれは、彼らの心を癒す音だった。
「うん、そうするよ。できるだけゆっくり」
音楽、音楽。
疲れたような笑みを浮かべるランデル。刺青だらけの青年と、その倍以上の体格がある大男の並ぶ姿は異様なものだったが、その二名とも、恐ろしく純朴で優しい点では共通していた。
「俺はこの辺りから来たのかな…
少し、懐かしいような気がするんだ」
「本当か?そうだったらいいな。
こういう平和なところだったら、きっと…」
音楽、悲鳴。
つんざく悲鳴と破壊の音が、二人の会話を途中で裁断する。
「!?な、なんだ!」
困惑して止まっていると、その向こうから大量の人が走って来る。その先頭に立ち、説明している人間がいる。周囲に必死に喧伝しているそれ曰く、恐ろしい人食いの怪物が出たのだと。
「…ッ!ヴィータ!」
「わかってる!」
悲鳴と、肉をすり潰す様な音が少し近づいてきて、こちらにも今や聞こえるようになる。
その音に驚き竦むランデル。
そしてその横でソロモンは既に走り出していた。横に既に幾人もの仲間を連れ添って。
「ランデル!避難誘導を頼む!
まだ逃げ切れてない人が居るはずだ!」
「ソロモンたちは!?」
「俺たちは向こうで幻獣を倒しにいく!
そっちの誘導を任せたい!」
「…わ、わかったッ!」
幻獣とは何か。そんな恐ろしい化け物を相手に勝てるのか。色々と疑問はあったが、その発言の力強さと嘘のなさに気圧された。
そうして、大男は市民達の誘導をすることにした。自分は軍人だったのだから、それくらいは身体が覚えている。
軍人であったことは覚えている。だが、自分に関する全ては思い出せない。ただ一つ、今も背中にある背嚢の中身だけは、覚えている。
……幻獣を倒すことのできる者が討伐しに行き、その実力がない者たちを避難させる。それは正しく、賢い判断であったはずだった。
だがソロモン達の誤算として。
この襲撃を、火事場を食い物にせんと回り込んでいる者がいたこと。この襲撃が、人の悪意がある計画的犯行だったことだった。
「ヒャッハッハァ!
やっぱりこっち来るよなあ!」
「うわあああっ!
誰か、誰か助け…ぎゃっ!」
避難を続けていた民をすり潰す影。
それはマキーネだった。本来ならば一般的なごろつきが持てるはずもないそれを駆る姿は、誰かから奪ってきたのか乱雑な操作だった。
しかしそんなものであっても、ただの市民の前には圧倒的な暴力になる。
(な…なんだよ、あれ。
あんなデカいもの、踏まれたり、近づいただけでもぺしゃんこに…ッ!)
ランデルの震えが止まらない。
だが恐怖は当然の如くありながら。あの巨大な機械そのものに対する驚愕や、驚きは無いことに気がつく。まるで、自分はああいうものを見慣れていたかのように。
(………ッ!震えてる場合じゃない!
どうする、俺、俺が…っ!)
ランデルの息が荒くなり、その潰された市民から目を逸らす。血だまりに変わってしまった人間の姿が、どうしようもなく怖くて。
でも、俺はソロモンから任されたのだと。
(俺が、やらないと。でも、戻れなかったらどうする?ここには止めてくれる人もいない)
(…『戻る』?何から戻るんだ。
いや、そうだ。俺にはそれはわかっている)
─ソウダ。解ッテイルハズダゼ。
脳髄と腰の辺りで、そんな声が肉の中から響いた気がした。おぞましい声。
(…止めてくれる…以前の俺には、誰がいた?そうだ。俺には仲間がいたんだ。なんで今まで忘れて─)
きゃあああっ!
ランデルの思考を甲高い悲鳴が遮る。
目の前では、下手くそな操縦から逃げている市民。そしてその中で、荒れた道で転んでしまった子どもがいた。
「クソっ、このポンコツが!
俺は上手くやってるのに、全然動かねえじゃねえか!不良品掴ましやがったな、あいつら!」
「まあいいか。こんくらいのガキくらいの方が元気があって殺し甲斐があるってもんだしなァ…」
操縦席で一人、下卑たひとり言を呟き続けるごろつき。
そして、転んだまま恐怖に塗れる女児の姿。
それを見て、ランデルの脳裏に一人の少女の姿がフラッシュバックした。
短髪で、強くなってて。
それでも泣き虫なのは変わらなくて、そばかすも化粧で隠していて。こんな、どうしようもない殺人犯を慕ってくれる──
(…ウルスラ…
…ごめんな。兄ちゃん)
(…また、人を殺すよ)
チキ。
ランデルが、腰に付いたランタンに手を掛ける。背嚢から、重い、重い何かを取り出した。
それは大砲のような拳銃だった。
「オラオラ、もっと暴れやがれ!抵抗してみろよ!そんでさっさと死に…ん?」
チキチキ、チキ。
震えが止まらない手が、ランタンのツマミを引いていく。火傷の跡でべろべろになった掌が、その恐怖を塗り潰していく。
ガキン。
ランタンのスイッチが、上がりきった。
震えが止まった。
青い光が、昼だというのに目に映えた。
「おいおい、かっこいいなぁ〜あんちゃん!子どもを助けないとってかぁ?いいぜ、それならお前から殺してやるよ!ヒャッハッハァッ!」
せ
ろせ
ころせ
toten sie toten sie
toten sie toten sie toten sie
toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie toten sie
…
……
「ヒッ…」
「ぎ…ぎああああ!!助けてく…!」
あっという間だった。
幻獣を扱い、けしかける男たちの一団は、ソロモン達の活躍により制圧される。しかしその幻獣たちは突如暴れ出し、ソロモン一行ではなく、それまでこき使った男たちへと牙を向けたのだ。止めようにも、そうしている時間がないほどの出来事だった。
「やれやれ、助けを求めるくらいならば元より幻獣など使わなければ良いものを」
「そんな事を言っている場合かッ!…ヴィータ!さっきのこいつらの言葉は聞いていたな!」
「ああ!アマゼロト、シトリーたちはここで幻獣たちがまた来ないか見張っててくれ!俺たちは早く避難した人たちのところに行かないと!」
勝利を確信していて故か、小物故の慢心か、幻獣に喰われた者たちの、制圧される前に言っていたことである。本命は逃げ出した市民をマキーネで殺す事であるのだ、と。
「クソ、まんまと時間を稼がれた!
頼む、みんな無事でいてくれ…ッ!」
その声にまるで呼応したかのように、悲鳴と鳴き声が聞こえる。そしてその合間に聞こえてくる音は、爆発の様な激しい音。
「くっ…やはり、虐殺が始まっているか!」
ガープが悔やみつつそう声を挙げる。だがそう言いながらも、違和感を感じていた。
ただの虐殺ならば、ただ駆動音と悲鳴だけが聞こえて来るだろう。だがこれは。
この金属音はなんだろう。
金属で金属を締め殺すような。
……走り着いた場所の光景は異様だった。
足先からぐちゃぐちゃに壊されたマキーネ。遠巻きに、震えて怯える避難民たち。
その視線の先には、マキーネと。
そして…
「い…いぎゃあああああッ!
いでぇ、い…やめ、頼む頼むやめてやめろやめあああああああああッ!腕が!俺の腕、腕こんな、二つに裂けていいいいいいッ!」
ぶぢん。
ぶぢ、ぶぢん。
ぶぢ。
「い゛ぎゃっ」
一際大きな大きな断末魔と共に、悲鳴は一切止んだ。その操縦席から、ずるりと身を起こすのは、怪物のような大男一人。
手には巨大すぎる拳銃。
そして、大きなペンチのような鋏。
片方の脚はぶらりと不自然な方向に曲がり、それでも折れた脚で歩く。
腰元に光を放つ物体。
それはまるで、魂を拷問するような蒼色だった。
「奴め…
やはり『追放メギド』だったのか…!?」
「…違う!メギドじゃない!
ランデルは、ただのヴィータのはずなんだ!まだ会って少しだけど、優しくて、気弱なただのヴィータ、なのに、なのに…」
市民もそのあまりの凄惨な光景に吐瀉をしたのだろう。酸っぱい匂いが充満している。そのような匂いが漂う中、折れたままにこちらに歩く大男の不気味さ。そして、至る所が乱雑に『裂けた』ごろつきの死体。
それら全てを、見て。
「なのに、こんな…あのランデルがこんな…
こんな…ぐっ…」
「うっ…おええええっ!」
「吐いている場合じゃないぞ!
指示をしろ、ヴィータ!」
「ぐっ…殺さないで、くれ…!
まずは、話をしたい…!」
ランデル・オーランドは蒼いランタンを動かしたままに、こちらに向かって来る。今の彼には、こちらはどう映っているのか。
それはわからない。
ただ、襲ってくる。
迎撃すべく、ガープが盾を構えた。
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