ウマ娘短編   作:薩摩白熊

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たわけと女帝の娘の始まりのお話


たわけ娘の第一歩(※オリキャラ注意)

──わたししょうらいはたぁけとけっこんすゆー!

 

幼い私がそう言えば、「こら!お父さんをそんな呼び方しないの!」なんて叱責が母から飛んで来る。

 

そんな言葉を右から左に、父の膝の上といういつもなら早い者勝ちの特等席を独占しつつ、私は満足気にニコニコと笑っていた。

 

誕生日は好きだ。お祝いのご馳走もあるし、プレゼントもあるし、ケーキだってある。何より──父を一人占めしても文句を言われない。

 

いつもだったらこうはいかない。兄弟姉妹が虎視眈々と此処を狙っており、油断をすれば直ぐに取られてしまう。

 

一番上の姉など、私よりずっと大きいのに父にべったりだ。反抗期はどうした。

 

まあ気持ちは分かる。父はとっても優しくて、何だか安心する声で私の名前を呼んで、大事な大事な宝物に触れるように頭を撫でてくれるから。

 

「まあまあ、俺は気にしてないから。今は家族しかいないんだし」

 

「甘やかすな、このたわっ、んんっ…アナタ。もう少しちゃんと注意してだな──」

 

『たわけ』というのはウチの母から父への呼び名のようなものだ。

 

あまり宜しくない言葉という自覚があるのか、母は私達の前では極力使わないように気を付けているようだが、ふとした瞬間にそう呼び掛けてしまう。

 

お陰様で数多い私達姉妹が言葉を話せるようになり初めて父を呼ぶ時の呼び名が、『パパ』ではなく『たわけ』になるのは恒例行事と化していた。

 

世間一般ではあまり良い意味で使われる言葉ではないが、それでも私達がこの呼び方を好むのは両親の間に確かな絆を感じ取っているからだろう。

 

母が『たわけ』と呼ぶ時はその中に深い愛情が籠っていたし、それが分かっているから父も優しく微笑むのだ。

 

間違いなく、2人の間には私達に向けられているものとは違う、決して立ち入ることのできない強固な愛があった。

 

それが当時の私は何だか悔しくて、母に負けじと事ある毎に父を『たわけ』と呼んだ。

 

私の容姿は姉妹の中でも特に母とよく似ている。だからこれ幸いと母の口調や服装を真似してみたり、母のように大きくなるんだと牛乳をいっぱい飲んでお腹を壊したりもした。無念。

 

家族の中で父に一番愛されている母のようになれば、父をずっと一人占めできる──なんて、浅はかな考えをしていたのだ。

 

私は母になりたかった。強くて、美しくて、厳しいけど優しくて、何より父に愛されていた『女帝』は私の──いや、私達の憧れだった。

 

私は父のことが大好きだった。とっても優しくて、ちょっとだけ厳しくて、何より『女帝』に誰よりも愛され尊敬される父は、私達の誇りだった。

 

一番上の姉が父がトレーナーを勤めるトレセン学園に入学したのも、ウマ娘の本能以上に両親の存在があったからだろう。

 

親の七光りと言われぬよう、父のチームではなく別の新米トレーナーと専属契約を結び、遂には『G1』を勝利した。

 

あの日、幾度も敗れ続けたライバルにとうとう打ち勝ち、歓喜の涙を浮かべた姉の姿はとても美しかった。

 

両親に祝福の言葉をかけられる姉が羨ましくて、その時に私の夢は『G1』になった。

 

いつかレースで活躍して母や姉のようになると息巻いて、休みの日は父におねだりして走り方を教わったりもしたものだ。

 

そうして月日は流れ、私は晴れてトレセン学園に入学することになった。筆記は…まあそこそこだったが、走りを評価され総合的にはまずまずの成績だったと思う。

 

親元を離れた寮生活というのは私にとっては形だけの話で、学園には父が勤めているし、そもそも通学してもいいくらい自宅は近いところにある。

 

何なら小さい頃から父や母の仕事について行って勝手に探険していたので、もはや学園は勝手知ったる私の庭のようなものだ。

 

新鮮味が無いなー。何てことを思いつつ、選抜レースを目指して勉強にトレーニング、ついでにクラスメート達と遊んだりと忙しい日々を過ごす。

 

そんなある日の昼下がり。

 

「ねぇ、聞いた?例のチームが新人募集してるんだって!」

 

「聞いた聞いた!今度の選抜レース頑張らなくちゃ!」

 

姦しいクラスメートの会話を聞きながら、今日の私はテンションが低かった。

 

理由は──私が父のチームに入るのが難しいことを知ったからである。

 

父のチームに入る気満々で、スカウトの先約を受付中だと語る私に、あの『たわけ』は心底不思議そうな顔をして「えっ、ウチのチームはもう定員だから無理だぞ?」と、あっさり言い放った。

 

父は新人時代から『女帝』と呼ばれた現役時代の母と共に数々のタイトルを獲得した遣り手だ。

 

その後も多くの教え子を指導し、国内の重賞レースはほぼ全て──『G1』に関しては既存のものは全て制覇してしまっている。

 

そんな凄腕のトレーナーは、当然引く手あまたなわけで…チームは既に満員御礼、新人の募集は行っていない。

 

実家ではそんな風には見えないが、私の父は超優秀なのである。えっへん。…だが、その優秀さが今は恨めしい。

 

取り敢えず駄々を捏ねたり甘えてみたりしたが、父の答えは変わらなかった。ちっ、こうすればいつもはお菓子くらいなら買って貰えるのだが…今回は流石に無理か。

 

一番上の姉と違い、私は七光りと言われようが父のチームで走りたかった。母のように勝つ私を、一番近くの特等席で父に見てもらうのが夢だった。

 

その夢が脆くも崩れ去ったわけだが、意外と落ち込んでいない自分に気が付いた。だって直に選抜レースがあるのである。

 

選抜レースで凄いところを見せれば、父も考えを改めてチームに入れてくれるかもしれない。何なら、父が折れるまで選抜レースに出ては他のスカウトを断り続けるという強硬策も辞さない。

 

そんなわけで私はこの瞬間から、父のチームに入るため選抜レースに向けた特訓の日々を送り──当日のレース本番で、スタートから盛大に出遅れた。

 

(やらかしたやらかしたやらかしたやらかしたーっ!?)

 

父が見学に来ていないか観客席を見るのに夢中になっていたらゲートが開いて、当たり前のように大幅に出遅れ最後方の位置取りである。

 

これがそこいらの野良レースならハンデにもならないが、ここは天下のトレセン学園。

 

地元じゃ負け知らずは当たり前、自分以外の速いヤツらは大体蹴散らしてきた、みたいな連中が揃い踏みした修羅の国である。

 

普通だったらこの時点で終わり──だが、幸い私は普通ではない。あの『女帝』とそれを支える『たわけ』の娘である。

 

私が誰から才能を受け継ぎ、誰から鍛えてもらったか。それを「もうあいつは終わりだな…」みたいな感じの視線を向けてくる連中に思い知らせてやる。

 

駆け引きも何もない。身体能力に任せたゴリ押しで、最後方から一気に加速し無理やり捲って先頭を目指す。

 

結果は──ゴール前で差しきり見事に1着。

 

豪快なレース内容と、粗削りながら素質を感じさせる走り。何より祖母や母、そして姉から続く将来性を見込んだトレーナー達が私を囲み熾烈な勧誘合戦を繰り広げる。

 

しかし、残念ながら父の姿は無い。やっぱこの程度じゃダメか~、なんて内心ガッカリしながら肩を落とす。

 

その様子に、周りのトレーナー達は口々に「そのうちスタートは上手くなる」だの「ゲートの克服なら任せて」だの言い出した。どうやら出遅れたのを気にしていると思われたらしい。違うわ。

 

「こんな結果じゃ自分が納得できないので、今日のところはスカウトは辞退させてください」

 

そんな適当なことを言って、さっさとその場を後にする。

 

はー、テンション下がるわー。『たわけ』も愛娘の晴れ舞台なのに、何で見に来ないかなー。…今度デートに連れてってもらって、ついでにスイーツ奢ってもらお。

 

まあ何にせよ、今回は私の目的は達成できなかったわけで…ならば次に備えるしかない。

 

即ち、次の選抜レースに向けての特訓開始である。

 

大差でぶっちぎるくらい圧倒的に強ければ、きっと父も考えを改めて私にチームに入って下さいと懇願してくることだろう。

 

ということで、自主練の日々スタートであった。雨の日も風の日も、ひたすら速くなるためにコースを走る。

 

そんなある日、一人の男が私を見つめていることに気が付いた。やだ…ストーカー…?ルーちゃん怖ーい。

 

まあ学園のトレーナーだろう。トレーナーが担当のいないウマ娘のトレーニングを見学するのは、別段珍しい話ではない。というか私の所には頻繁に様々なトレーナーが来る。全て無視しているが。

 

「なあ、聞いていいか?」

 

何か話し掛けられた。やだ…馴れ馴れしい…

 

「スタートの練習はしないのか?」

 

「えっ、何で?」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

思わず返事をしてしまった私に対し、男は虚を突かれたように目を丸くして、結果2人して首を傾げながら見つめ合う。お互いに、相手が何を言っているのかよく分からなかった。

 

「いや、その…この間の選抜レースの結果が納得できなかったんだろ?ならスタートで出遅れたのを気にしてるのかと思っていたんだが…」

 

「全然違うが?」

 

ええ…と、何故か微妙な表情になる男。解せぬ。

 

「いやいや、あのスタートはアレだからね?ちょっと余所見してただけだからね?本当はもう一瞬でいの一番に飛び出して、影も踏ませずぶっちぎる予定だったからね?」

 

ええ…と、何故かめちゃくちゃ訝しげな目で見られた。解せぬ。

 

「というか何だ貴様、ストーカー風情が偉そうに」

 

「トレーナーだよ!ほらバッジ!」

 

「知ってる」

 

平然とする私に、男は肩を落として溜め息を吐いた。

 

「幸せが逃げるぞ。ツラいことがあるなら身近な誰かに愚痴でも聞いてもらえ」

 

「…………ああっ、そうだな!」

 

えらい溜めたな。理不尽も飲み込まないといけないって、大人ってのは大変だ。私はまだ無邪気な子供でいよう。

 

「じゃあ、そろそろ私は帰るから。貴様も気を付けて帰れよ?知らない人について行ったらダメだぞ?」

 

「君は俺の何なの…?」

 

呆れたような表情をした男に対し、私はフッとニヒルに笑いかけた。

 

「──歯ぁ磨けよ?」

 

「いやホント何なの!?」

 

まあそんな訳で。

 

長々と話したが、これが今後紆余曲折を経て腐れ縁となる私と共に歩むとある男とのファーストコンタクト。

 

特別な運命だとか、劇的なエピソードなんて何もない。実につまらない始まりのお話。

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