生まれ育った故郷を離れ電車に揺られること4時間。時刻はちょうど午後二時ごろ。
東京臨海部某所、ミソラ学園の門の前に到着したとき、僕はその敷地の広さにまず絶句した。
一体どれだけの資金がこの場所に費やされているんだろう、考えるだけで恐ろしい。
というか、そんな他人事っぽく言っているが他人ごとではないことに今更になって気が付いた。
親があんなんなので奨学金で入学したからあんまり学費のことなんて考えてなかったけど、僕生きている間にこのお金、返せるんだろうか……
緊張と不安が混在する中で後ろの方から突然声が聞こえた。
「なんだい、君は?ここは関係者以外立ち入り禁止だよ。」
突然の声に僕はビクッとした。
いつの間に現れたのだろうか、紺の服を着た若い警備員が僕を疑うような目で見ていた。
確かに、集合時間は午後4時だからこんな時間に来る生徒はふつういないだろうし、まずこの派手さにかける地味な姿も生徒に見られない原因の一つなのだろう。
とりあえず、僕は持ってきておいた合格通知を見せることで警備員に納得してもらうことにした。
すると、警備員は一瞬目を丸くして僕と合格通知を何度も交互に見たが、一致したと分かるとすぐに態度を改めて
「これは、これは、失礼しました。どうぞお入りください。ご案内します。」
と頭を下げた。
僕もつられて軽く会釈した後、警備員が案内する方へとついていく。
「やっぱり、この学校に入った目的は目指せトップアイドルですか?」
歩いていると不意に警備員が口を開いた。
「いえ、特にそういうわけでは。」
「そうですよね。雰囲気からしてなんとなく、そう思ってました。」
ハハッと警備員は軽く笑う。
僕をバカにしているのか?この人。
「そんな、怖い顔しないでください。ただちょっと珍しかったんです。初めてなんですよ、あなたみたいなタイプの入学者。この学校の合格基準って……知ってるわけないですよね。僕もはっきりとは知らないんですけど、入試の結果とか関係なしで、いかにアイドルになる素質を持っているかで決められるそうなんですよ。
外部から入れるのは多い年でも50人。そういうこと、どこかでしらべてきたんですかねー、いつでもここに来る人たちってちょっと偉そうなところがあるんですよ。
自分が選ばれた存在だって自慢したくて仕方ない、みたいな。だからちょっとうれしかったんですよ、君みたいな子がいてくれて。」
警備員はこちらに晴れやかな笑顔を向ける。その嬉しそうな口調で、僕もなんだか特にうれしいわけでもないのに楽しい気分になってくる。
「どうです?どうせ早く来たんですからちょっと校内でも回ってみます?」
「いいんですか?」
この人、本当にただの警備員なのか、とすこし疑いたくなってしまう。
堂々と仕事サボって一人の生徒についていって、そのうえ校舎まで案内してくれるという。まぁ、僕にとっては願ってもない話だから断ることはしないけど。
「どうせ、この時間帯はいつも暇ですし。なーに大丈夫です。僕もココに努めて結構になりますからね。たいていのことはドーンとお任せください。」
そう言って反り返って右手で大きくたたいて校舎へと進んでいった。
まず初めに案内されたのはこれから僕たちが授業を受けることになる教室。
どんな教室が用意されているのかと思えば、用意されていたのは教室の面積は一般に比べて並外れているものの、普通の高校となんら変哲のない教室だった。
「以外でしょ?あんな外観だからもっとすごいの想像してる人が多いんですけど、一応ここも一般私立高校で専門学校ではないですからね。普通に授業とかはしますよ。」
僕の考えを読んだように説明を加えてくれる。
さすがに手馴れてるなー。
「じゃあ、次は想像通りになる場所に行きましょうか。」
ニコッと笑うと、またしてもせっせと足を進めていった。
☆
本日二度目の絶句。
あいた口がふさがらないとはまさにこのことだ。
確かに想像通りと言えば想像通りだけど……
「これが、この学園がアイドル養成学校と言われるゆえんの一つである特別ステージホール。音響設備、ライト、その他もろもろのものが一式すべて用意され、観客もちゃんと入るんですよ。しかも、この学園にはこのホールが3つもあるんです。」
ゆうに1000人は入れそうな特大ホールが学園の敷地内に3つも。
驚いている僕のそんな姿を心から楽しそうに警備員は見ていた。
「ステージに立ってみます?気持ちいいですよ、あそこから見るのは」
本当にこの人何でもアリだな!
これが経験則という奴なのだろうか。全然自分がやっていることに不安を感じていない。
この警備員に対して一種の尊敬を僕は覚えた。
「……立ちたいです」
どうせ立てるなら立っておきたい。この人の前でなければ僕は立つ勇気も出ず一生立てないかもしれない場所なんだ。
「では、行きましょう」
そして、そこから見た景色は何とも言葉にしがたいものだった。
対してステージは高くないはずなのに、全体がまんべんなく見渡せて、前に観客がいっぱいにいるって考えただけで、興奮した。
こんなところで、彼女たちは歌っていたのか。
だから、あんな歌がうたえるんだと、僕はなんとなく納得した。
「いいですね、ココからの景色」
自然とそんな言葉が口から出ていた。
警備員は満足したように微笑んで
「でしょ?」
と、うれしそうに答えたのだった。
☆
少しの間、校内をもう少し回って、僕たちは最後にこれから3年間お世話になる寮へと向かっていた。
「部屋番号はすでに渡されていますよね?何番でしたか?」
僕は、ポケットから番号の書かれた札を取り出して警備員にみせる。
「F508ですか。でしたらこっちですね」
迷わず警備員は歩いていく。
無人の寮というのは、なんだかとてもさみしい感じがした。
といってもそれは学校も同じなのだが、なんというか高校生の寮と言ったら、皆がワイワイ騒いでいて、料理を準備してたり、ゲームをしてたりと盛り上がっている場所というイメージが一番強いからなのだろう。
そんな寂寥感にも似た感覚に襲われながら、通っていく部屋の番号を漠然と眺めながら
歩き進めていった。
さすがに話題が尽きたのか、このときは警備員はあまり話をしなかった。
そして、F501という部屋番号が見えた時点で警備員が足を止めた。
「申し訳ありませんが、僕はそろそろ仕事に戻らなければなりません。すぐそこに部屋はありますから時間まではどうぞご自由に入って使っててください。
なーに、入学者なら自分の部屋を使うくらい大目にみてもらえますから。」
では!と元気よく去ろうとする警備員を僕は「あの!」と声を出して止めていた。
きょとんとした顔で、警備員はその場に止まってくれる。
「あ、えっとその、いろいろありがとうございました。」
なんだかんだ言いつつ、この人にはとても助けられた。
この人のおかげで全く知らなかったこの高校のこともある程度は知ることができたし、なにより初めの方にあった緊張はほとんどと言っていいほどなくなった。
全部この人のおかげだ。
「いえいえ、では楽しい学園生活を、って言っても僕まだまだここで働くつもりですけどね。またどこかで会いましょう。頑張ってくださいね。」
そういうと、彼は今度こそ足早に元来た道を戻っていった。
僕は、そのままの足でまっすぐと進んでいく。
順に502、503と部屋の番号が大きくなっていく。
そして、508。僕は今度は鞄から専用のカードキーを取り出して、それを差し込んだ。
カチャっとロックが解除される音がする。
そして、ドア開いて一番最初に目にしたのは……
「え……と……」
タオル一枚だけを体に巻き付けた青緑のロングの髪をした可愛い美少女だった。