「バーネットキッド号の育成時代の様子ですか?
そりゃあもう……毛色もそうですが、色々な意味で目立つ馬でしたよ」
当紙の取材に、育成牧場のスタッフの一人である桧垣正信氏は、そう答えた。
「来た当初は、人慣れしては居ても馬慣れはしていない……そう、彼の母父のツインターボのような『馬嫌いの馬』って感じでしたね。
まあ、育成環境がそうだったんでしょうけど……どこか、自分を人間だと思ってたんだと思います。
ただ、ターボと違って臆病ではない……というか、そっち方面からは程遠い性格でした。体格も良かったですし、神経と食欲の太さは父父のオグリに似たんじゃないでしょうか。
というか……一匹狼から、群れのボスに成り上がった馬ってのも、また珍しいんですよ」
「一匹狼から群れのボスに、ですか?」
「ええ、最初、放牧された当歳馬たちの群れに戸惑っていて、全然馴染めなかったんです。
で、既存の群れから弾き出されていたんですが……一頭だけでも、全然堪えてないんですよ、あの馬。
とりあえず『ごはん貰えて走り回れればいいや』って態度で……飼い葉の食いも全然衰えないし、スタッフが逆に心配になった程だったんですが、ある事件が起きましてね」
「事件?」
「注意はしてるんですがね……ほら、こんな環境でしょ? 稀に山のエゾシカが牧場に乱入してきちゃったりするんですよ。
で、他の馬たちがパニックに陥って逃げまわってる最中に、一頭だけ悠々と飼い葉食べていてですね……これだけでも神経の太さが信じられないレベルなんですが、その乱入したエゾシカがキッドの飼い葉を食べようとちょっかいをかけた途端、怒って逆にエゾシカを追い回し始めましてね……こう『何すんじゃゴルァ!!』って感じで。
ステイゴールドにもそんな逸話があるらしいですけど……まあ、そんな事件があって以降、他の馬からも一目置かれて、一匹狼から裏ボスにクラスチェンジした感じですかね。
で、群れから弾かれる馬、ってのは育成の途中でソレなりに居るんですが……その弾かれた弱い馬が、徐々にキッド号を慕い始めてですね……気が付いたら、もう完全に群れになって、新しいグループが出来上がっちゃったんですよ」
「色々破天荒な馬だった事は解ってますが、育成からそんな感じだったんですか」
「ええ。
でも、怒ったのはそれくらいかなぁ……普段は本当に大人しいし頭が良くて人懐こい。
群れと言っても、既存の群れから弾き出されて来た、大人しい馬たちばかりだから、喧嘩になる事も少ないし、トラブルがあってもキッドが仲裁して和を保っていた感じですかね。
ただ、それが面白くないボス馬も何頭か居たんですが……それが悉く、キッドに負けているんですよ。
何しろ体格もいいし、普段は大人しいけど暴れたら一番ヤバい馬ってのは、馬たちも解っているんでしょうね……中にはキッドに負けたボスが自分の群れから追い出されて、行きついた先がキッドの群れだった、なんていう馬も居ましたよ」
「はぁ……なんとも凄い馬だったんですね」
「ええ。
他にも、蹄鉄や馬装なんかは、こっちがビックリするくらいスムーズに終わりましたし、ゲート訓練も苦にしませんでしたね。試験もイッパツだったんでしょう?
なんでも、生産牧場……というか静舞の農高でもそうだったみたいですね。頭絡とか全然嫌がらなかったと聞きました。
その分、騎乗調教なんかに回せたんですが、群れの中でも常に先頭を切って走り回る馬でしてね……走る事に関してだけは『絶対に抜かせない』ってくらい負けん気は強かったですよ。
そう……知っての通り、ちょっと強すぎるくらいでしてね……臆病ってワケでもない、完全に性格的なモノなんでしょうが……」
「あ、じゃあその頃から」
「ええ、今の競馬のセオリーである『中段以降につけて第四コーナーからの差し、追い込み』なんて駆け引きは、絶対拒否というか……無理にやらせると、調教そのもののやる気をなくしてしまいまして。
ボスでありながら群れを嫌うという変わった気性で。それも含めて、天性の走り屋だったんでしょうね」
「なるほど……石河調教師が新馬戦でおっしゃってた『とにかく前に付けろ、行きたいようにいかせるんだ』って指示は」
「ええ、結局、安堂騎手も、館騎手ですら、逃げ以外は無理だった、って聞きましたね……弟のほうは、御せたようですが」
「なるほど……本日は、大変興味深いお話、ありがとうございました」