Re:escapers   作:闇憑

101 / 102
京都競馬場 第11レース 第133回天皇賞(春)(GI) その1

「はーい、着いたよ、キッド」

『ぶるる(へーい)』

 

 京都競馬場。

 付き添ってくれた厩務員君に促されて、馬運車から降りて、待機用の馬房へ向かう。

 

 ……京都、京都か……今世だと初めてなんだよね、京都。

 もう人間だった頃の記憶なんて朧げなんだけど、京都という街で、なんか変なモノを見た記憶だけはあるんだよね……

 

 だからさ……その……明らかにこの世のモノじゃない、漆黒の馬体の馬が、フラフラしてるんだけどさ……うん、こっち見るな。こっち来るな……まだそっち行かないから、俺は!

 

「キッド……何気にしてるんだ?」

『ぶるるる(なんでもないよ、なんでもないです)』

 

 心配する厩務員君を誤魔化すために、見なかった事にするように心掛けるが……。

 

 やがて、先着した美浦勢に続いて、近場の栗東勢の馬たちが待機用の馬房に入って来ると。

 

『キッド……何がいるの?』

『さあ……?』

 

 ディープの奴含め、あの黒鹿毛をチラチラ気にする俺が、周囲にとって気になるらしく。……やっぱり、あの黒鹿毛の馬が見えているのは、人馬問わず、俺だけらしい。

 

 ……とりあえず、周囲を不安にさせないように、どっしり構えておくしかないよなぁ……ああ、寝れねぇ。

 

 

 

『……………』

 

 春天当日。

 宿泊していたホテルからほど近い京阪本線の駅から、電車に乗って、淀の駅まで行く途中。

 新野女史と二人で椅子に座っていたのだが。

 

「……ひそひそ」

「……………」

 

 な、何事だろうか?

 ……なんか、周囲の乗客から、ものすげーチラチラ見られてるのである。

 

 ……いや、だって……京都市内からタクシーとか『渋滞に巻き込んでくれ』って言ってるようなモノだし。

 だったら『臨時列車も出てるみたいだし、定時運行されてる電車に乗って、淀駅まで行ったほうがスケジュール的に良いんじゃね?』と判断しまして。

 それに、地図を見てみると。駅から少し距離がある他所の競馬場とは違い、本当に駅直結の競馬場みたいだし。

 

 なので、寄り道したい場所もあったので、混み合う時間より少し早めに出たつもり……なのだが……

 

「なんか、やけに混んでるね」

「春天だからですかね?」

 

 出発時には座れるほど空いていた車内は。

 三条や東福寺なんかのターミナルを過ぎるごとにすし詰めのギュウギュウになって行き……最後の中書島を超えると、もう満車状態であった。

 

 そして……

 

『淀~淀~』

 

 一気に降りていく乗客たち。

 当然、俺たちも続いて降りたのだが。

 

「……工事中なんだ」

 

 到着した淀駅のホームは仮設ホームで、まさに高架工事真っ最中といった感じで。

 そこに人がごった返していたのである。

 しかも、今日に限っては、京都競馬場の客を捌くために臨時列車を6本も走らせる予定らしい……

 

「……すげー客だな……」

 

 ……やっぱりタクシーで来るべきだったか。

 そう思って居たら。

 

「あの、バーネットキッドの蜂屋オーナーですよね?」

 

 前に居た集団の一人が、俺に問いかけて来る。

 

「あ、はい」

「前、どうぞ。今日の主役でしょ」

「あ、ありがとうございます」

 

 と。そんな調子で。

 一人、二人と、前に居た人たちが、俺に道を譲ってくれて……気がつくと競馬場方向に向かって、モーゼの十戒の如く、パックリと道が割れまして。

 

「あ、ありがとうございます! すいません! ありがとうございます!」

 

 ぺこぺこと頭を下げながら、新野女史の手を引いて。

 一般通路から馬主用の受付まで、文字通り『花道』を注目を浴びながら、走り抜ける事になってしまった。

 

「……なんか、やけに目立っちゃったね」

「こうなるとは思いませんでした……」

 

 そんな風に。

 周囲に迷惑かけながら、過去一恥ずかしい、競馬場への到着の仕方をする羽目になり。

 

 ……『もう、レースの日に競馬場行く時は、タクシーか車で行こう』という教訓を得たのだった。

 

 

 

「ってな事が、さっきありまして。

 ……お陰で、レース前に願掛けの『無事を祈りに』ライスシャワーの墓にお参りに行くつもりだったんですが、パァになっちゃいまして」

 

 馬主席にようやっと到着して、今日、新馬戦に出る予定の篠原会長と新野パパに説明すると。

 ひとしきり生暖かい目で笑いものにされた後に……

 

「一足早いウエディングロードだねぇ」

「人前式か。なかなか現代風だね」 

「はい? ……あっ!? いえ、違うんですよ!

 俺一人だけ競馬場行っても、彼女という盾が無いと困っちゃうからで……」

 

 やべぇ……変な外堀が埋まった気がするぞ、コレ!

 いかんて、コレ!!

 

「っつか、結婚なんてしたら、ゲーマーどころか馬主なんて出来ないですよ。

 背負うモノが無くて、失敗しても破滅するのが自分一人だからこそ、やってられるんであって。

 本来の私は、皆さんみたいな、こんな場所に来れる『ハイパーお金持ち』じゃないですからね?」

「真面目だねぇ……で、式は何時にするの」

「勘弁してくださいよぉ……申し訳ないですけど」

 

 と……新野パパが。

 

「そうは言うがね、蜂屋君。

 今どきの若い女性はセクハラだ何だと気軽に非難するが、そもそも女性には妊娠出産の適齢期があるのを知っているかね?」

「農高で畜産関係の授業を受けたんで、そんな事は百も承知しておりますが」

 

 ついでに、責任取るのは、多分俺じゃありませーん。などとは言えず。

 

「いや、冗談抜きにね。

 娘もそうなんだけど、昨今、女性のキャリア志向とかで30超えて結婚出産とか言ってるけど、いざ子供が欲しくなった時に『後悔する事になる』んじゃないかなぁ、と思うんだ。

 ほら、馬でも、初仔から第四仔あたりまでは兎も角、馬齢が10歳を超えて老化が進むと目に見えて仔馬の能力が衰える事が多いでしょ?

 無論、確率論なんだけど、『確率論だからこそ』そういうのは無視しちゃいけないと思うんだよ」

「あー……」

 

 ふと、思い出す。

 志室園長が、コントで『そういう障害の子供』を演じてた、強烈な奴を。

 

 アレはコントだからこそ笑いが取れるようになっていたが。

 小学校低学年の頃、クラスでそういう障害を持つ子が居て、色んな意味で当人も周囲も笑えない状況になったもんなぁ……

 

 ……って、いやいやいやいや。彼女の旦那ポジは別の人の担当だよね!? 俺じゃねーぞ、オイ!

 

「だから、お金持ちの家は結婚が早いんだよ。

 『家』の後継者を少しでも優秀……というか『生物的なハンデを生み出さないために』」

「あとは代々続く商家とかで女系が多いのは、外から優秀な婿を迎える事が多いからだね。

 というか、篠原家(わたし)も入り婿だしね」

「うわぁ……リアルでもお金持ちの世界って、俺屍(人間ダビスタ)だぁ……」

 

 噂には聞いていたが。

 愛だの恋だのとは程遠い、人間の生き物としての生々しいリアルに触れていると。

 『青春』なんて、ほんと束の間の幻想だよなぁ、としか思えなくなって来るよなぁ……と。

 

 今までは頼もしい盾だった新野女史が、色んな意味で爆弾になっている事に、頭が痛くなって来て、その時の俺は『真剣に逃道を探さなきゃ』とか考え始めたのだった。

 

 ……既に手遅れだとも知らずに。

 




京都競馬場や淀駅って、この頃、改築前の状況だってのをすっかり忘れてまして。
色々と、ほぼ書き直しになったのは秘密です。……たった20年前なのに、ネットに資料が余り残ってないんですよね……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。