Re:escapers   作:闇憑

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とりあえず、生存報告がてら……
多分、まだ死んでません。


京都競馬場 第11レース  第133回天皇賞(春)(GI) その2

「え?」 

 

 中心に一本の木が生えた、円形のパドックを黙々と回る馬たちを見ながら。

 俺――蜂谷源一は、疑問の声をあげる。

 

 えーと、1、2、3……………18頭いない?

 出走表を見直すと、そこには確かにキッドも含めて17頭のハズなのだが……

 

「ん?」

「あ、いや……変わったパドックだな、って」

 

 新野パパや篠原会長にオカルトを疑われるのが嫌なので。

 うっかり見えちゃってるモノから軽く目をそらしながら誤魔化す。

 

 そう、事前情報で知ってはいたが。

 『真円のパドック』なんて場所を歩く馬を見るのは、これが初めてである。

 

「ああ、京都は初めてだっけ?」

「はい。というか、関西は宝塚記念に一度行ったっきりですね。

 基本、関東と札幌の競馬場だけで……あぁ、そっか。キッドって関西には滅多に顔出さないから、電車があんなことになったのか」

 

 新馬戦からGⅠまで。

 レースした場所は基本、箱根より東側だし。菊花賞はブッチして宝塚以外はレース無かったし。

 

 と、同時に……

 

「なら、このパドックはキッドにとって困ったことになってるかもなぁ……」

「と、いうと?」

「お笑いの本場で、新規のお客様相手に芸を見せられないじゃないですか。

 ストレス大変だろうなぁ……」

「いや、どっちかというと芸よりもレースを期待してると思うけど」

「だからですよ。

 調子乗りのアフォやってる時のほうが、キッドって強いんですから」

 

 

 

『………』

 

 引綱を引かれながら『変なパドック』を黙々と歩く。

 つか狭い。歩きにくい。終始微妙に体を曲げて歩かなきゃいかん。

 

 何より……『居る』。

 

「落ち着け、キッド」

 

 引綱を通じて、焦りが厩務員君にも伝わっているのだろう。

 ああ、なんというか……周囲から多分ご新規さんだと思われる期待の目が集まってるってのに、芸の一つも出来やしねぇ……

 

 だって『居る』んだもん。目が離せないんよ。……ディープの奴のそばに。

 

 やがて、止まれの合図と共にやってくる相棒(あにき)に。

 

「兄貴。キッド、昨日からディープを意識してるのか、ちょっとイラついてるみたいだ。

 もうある程度割り切って、早めに仕掛けて、行きたいように行かせるほうがいいかもな」

「珍しいな。どんな初めてな場所でも、ふてぶてしい程に図太いのが売りなキッドが。

 ……やっぱりディープの鞍上の『庭』だって分かってるのかなぁ……」

 

 うん。それも有る。

 『館さん鞍上でディープインパクトと京都競馬場でガチレースしろ』って『水中で河童と相撲を取れ』と言われてるに等しいと、俺も思うんよ。

 

 でも、まあ……うん。俺、競走馬だし。

 やるしかないか。

 

『ヒン(しゃーない、やるぞ!)』

 

 軽く一鳴きして。

 俺は返し馬でターフを走り始めた。

 

 

 

「ところで、蜂谷オーナー(妖怪単勝転がし)、パドックを見ての天皇賞の予想は?」

 

 パドックから馬主席に帰ってきて、開口一番。

 新野パパに問われた事がソレである。

 

「いや、分かんないです。

 とりあえずご祝儀にディープとキッドで連複3000円買いましたけど」

「また同着?」

「いや、流石にソレは無いんじゃないですかね?」

 

 つーか。

 あの伝説になった有馬に限って言えば、実質的にキッドの負けなのでは無かろうか?

 何しろ、一枠一番の最有利なポジションからレースを運んで、最後はアレである。

 

 ……ほんと、底の知れないモンスターだよなぁ……ディープインパクト。

 

「ただ、キッドって関西の競馬場は、あまり走ってませんからねー。初めてのレース場での不利は少なからず有るかと」

「ああ、中山巧者の定評はあるよね、キッド」

 

 そう。

 キッドって今までのレースを見る限り、中山得意なんだよね……走り慣れてるというのも有るけど、何より直線が短いってのも有る。

 GⅡGⅢのレースとか……特にこの間のダイヤモンドSなんか、狂った勝ち方したからなぁ……

 

 

「それを考えると、淀の坂からの最後の長い直線がどうなるか、ですかね。

 同じくらい直線の長い東京競馬場でも良い勝負はしてるけど……うーん、平凡な分析で申し訳ないです」

「やっぱりソコに落ち着きますか。……となると、本当に試金石かもしれませんね」

「え?」

「ロンシャン2400……キッドなら『偽りの直線(フォルスストレート)』ごと捻じ伏せられるんじゃないかと」

 

 うへぇ……凱旋門行き(どっかいけ)の圧がこちらからも……

 

「……まあ、その辺は、今回と宝塚を見てからの判断ですよ」

 

 凱旋門行きの話題から逃げるために。

 俺は目線を馬場のほうに目をそらした。

 

 

 

『春の日差しが、汗ばむような初夏の様相を見せています。

 歴史を重ねた133回の春の天皇賞。

 

 まず、注目は17番バーネットキッド。大外枠ですが一番人気。非常に落ち着いてます。その目線の先に見据えているモノは凱旋門かはたまたライバルか。

 続いて二番人気、4番ディープインパクト。こちらも成長を見せたのか、去年とはうってかわって、落ち着いた佇まいです。

 

 この二頭が台風の目として注目を受けています』

 

『さあ、日本中のホースマンの夢を乗せたファンファーレが、京都競馬場に響きます。

 ゲートインが始まりましたが……やはり古馬だけあって、全頭非常に落ち着いています

 ……そして、最後にゲートに収まるのが17番のバーネットキッド。千両役者が今、ゲートに収まりました』

 

『スタートしました!

 ポーンと飛び出したバーネットキッドに対し、ディープインパクトやや出遅れたか。つづいてビッグゴールドとトウカイトリックが続く…………』

 

 

 

 ゲートが開いて。

 目の前に広がるのは『初めて走る馬場』の『いつもの風景』。

 ペース配分の指示は鞍上の兄貴に任せるとして……とりあえず最初はやりたい放題行っちゃうぞー♪

 

 スタート直後の坂を先頭を切って坂を駆け上がると。第四コーナーから直線に向かってカーブしながら下り坂を一気に駆け下る。

 

「せっ、セオリー無視か……下りで加速しよった」

「おいおい、京都知ってるんか」

「3200だぞ……」

 

 どよめく会場の声を無視して、あとはひたすらに突っ走る。

 ……以前の東京(ダイヤモンドS)だと、後続はコレで心が折れてくれたんだけど……

 

「流石に付き合ってはくれないか」

 

 一周目のスタンド前。

 鞍上のぼやきと、戸惑いの混じった強烈な歓声を聞きながら、ただ一頭突っ走る。

 

 元より。

 走り自体は器用ではあっても、レース運びの駆け引きそのものは、そんな器用ではない自覚はある。

 ならば、ただひたすらに、スタミナと力でねじ伏せるのみ。

 それに……(ディープ)相手に、出し惜しみなんてしている余裕、有るわけ無い。

 

 幸いにして馬場の状態もかなり良い。後続に高速展開を強要するには持ってこいだ。

 

『さあ、第一コーナーを回って後続を10馬身以上、大きく大きく突き放したバーネットキッド。

 そのまま向こう正面に入って淀の坂を駆け上っていくが、このペースで本当に大丈夫か!?』

 

 坂を踏みしめる……四肢が焼けるように熱い……アドレナリンが回る。

 ははは……つらい? 痛い? 知ったことか!

 

 絶対に俺が先頭じゃーっ!

 

『第三コーナーを回ってバーネットキッドが逃げる逃げる! 残り800下り坂で更に加速!』

 

 よし!

 ……これだけ引き離せば、後は……

 

『第四コーナーにただ一頭、突っ込んできたバーネットキッド! これはセイフティリードか!?

 しかし、後ろから上がってきた! ディープだ、ディープインパクト来た!! 来たっ! 来たっ!』

 

 俺とお前の二頭(ふたり)きりだ!!

 

『鞭が入る!鞭が入る! ディープインパクトが加速! 

 バーネットキッドが逃げる、逃げる! 5馬身、4馬身、3馬身、一気に差を詰めていくディープインパクト!

 飛んだ! 飛んだ! 最後の直線を滑走路に羽を広げて一気に迫る!』

 

 うおおおお、直線くそ長ぇ!

 っつか、中山や東京と違って最後全部平坦だからディープの加速がすげー!

 

『残り200を切った! キッド粘る! ディープ迫る! 並んだ! もつれた! もつれた! 大接戦だ!』

 

 あははは、知ったことか、ぶっ壊れるまで……え?

 

『首の上げ下げ! 今、ゴール!!』

 

 その瞬間……俺は、見てしまった。

 一瞬、僅かによろけたディープの奴を『黒い影』が支えた事を。

 

『3:12秒8! レコード更新! 最後は空前の二頭によるマッチレース!

 三着に10馬身の大差でリンカーン! さらに空いて四着ストラタジェム!

 凄まじいレースになりました第133回天皇賞!』

 

 そして……

 

『今、出ました! 一着、ディープインパクト!! 皐月の雪辱を果たしました!!

 バーネットキッドの連勝記録は12連勝でストップ!

 怪盗キッド、ついに京都競馬場で御用となりました!』

 

 ほんの僅か。

 ゴールの瞬間、俺の前にディープがいた事実を。

 

 ……嗚呼、負けたのか……

 

 って。いや、ディープの奴になんか憑いてなかった!?

 あの黒い影は、本気で何だったんだ!?

 

「お疲れ様、キッド。行こう」

『………』

「キッド、終わったんだよ、行こう」

 

 厩務員君に引綱を引かれながらも。

 それでも俺は、その場に立ち尽くして、ディープの奴を凝視し続けたのだった。

 

 

 

 後に。

 

 『余程悔しかったんですかねー。レースが終わった後、動かないでディープを睨みつけていましたよ』という(元)厩務員君の言葉から。

 『やはり負けず嫌いはオグリの血だったか』と、浪漫あふれる誤解が広まったのを、種牡馬になった時に漏れ聞いたのだが……まあ、それは別の話である。

 

 ……都市伝説の真相なんて、知るもんじゃねーよな……

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